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Wikipedia‐ノート:削除依頼/モネの池

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Earthbound1960さんへ。

ノート:モネの池を拝見しました。しっかり調べ物をされており、素晴らしいと思います。時間と手間がかかる作業だと思いますが、急ぐ必要はありません。自分のペースでのんびりやればいいんです。何週間とか何ヶ月とか、あるいはそれ以上かかったっていいんです。

私の発言をどう感じてらっしゃいますか?私は「B案件(転載)」については削除するほかないと思いますが、「E案件(特筆性)」については「価値がない」と否定はしていません。もっと平べったく言うと、「削除だと断定できるほと無価値とは言えないのではないかな?」です。ただ、基本的には「ただいま進行中・真っ最中」の事象であり、百科事典的な取り扱いや価値判断は難しい面はあります。

  • 「Wikipediaに掲載されているものの中には一過性のものが多数含まれています」
  • 実のところ、おっしゃる通りです。が、それはそれ。スピード違反で捕まった人が「他の車もスピード違反してるんだから自分だってスピード違反したっていいじゃないか!」と主張するのを、ウィキペディアでは「スピード違反の論理」と称していました。(この呼称はいろいろあって今はあまり使いませんが、WP:SPEEDというショートカットにそれが名残として残っています) まあ、心情的にはわかるのですが、よそはよそ、こっちはこっち、ということで。
  • コメントちょうど本日「全日空横浜サッカークラブ・ボイコット事件」がトップページに出ていました。脚注を見ると事件から1年内の新聞記事がほとんどで、1年間で収束しております。このような事件が有ったことを知っているのは、ドーハの悲劇を実際に見た世代くらいでは無いと知らない話でも有り、現在の大半のJリーグファンは知らない話だと思いますし、わざわざ百科事典に書き留めるほどの事では無いと思って眺めておりました。その記事を読んだ後で㭍月例祭様のコメントを読んだのでWikipediaで言うところの、「スピード違反の論理」に該当したのだと思います。ただ、50㎞/h制限の道路でも周りの車が80㎞/hで走っているにもかかわらず50㎞/hで走るのはそれはそれで迷惑な話だと思います。Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • 「特筆性」
  • (参考)Wikipedia:独立記事作成の目安#一般的な目安 「ウィキペディアの独立記事として作成、収録するだけの価値があると推定されます。
  • (参考)Wikipedia:信頼できる情報源#信頼性の評価信頼性はスペクトルのように幅があり、それぞれの背景を考慮する必要があります。
  • 基本的な考え方として、価値は「ある/ない」みたいな二択ではなく、「スペクトルのように幅がある」なかで「より大きい/より小さい」ものであり、断定できるものというよりは「推定」されるものです。
  • なので、私は「価値は全く無いと断言できます」とは申しておりません。「すごい大きいと言うほどではない」「より高めるとなおいいだろう」なのです。
  • 「一過性」
  • 「一過性」かどうかは現時点では判断できず、「現在進行中」と表現したほうがいいのかもしれません。
  • コメント未来を予測されたのは、㭍月例祭様のほうだと思います。コメントの中で「一連の出典は2015年秋から2016年5月の短い期間に収束しており、」とコメントされており。文面を読む限り2016年6月以降は出典が無いことを予測しておられるように読めます。Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • たとえば大地震などの場合、揺れた直後は「どこそこでお爺ちゃんが逃げようとして頭をぶつけて手当を受けた」「コンビニの棚の商品が床に落ちた」なんて情報が何度も繰り返し報じられます。しかし時間が経ってより甚大な被害が明らかになっていくと、「お爺ちゃんが手当を受けた」なんて情報は瑣末なものとして省みられなくなっていきます。1年後、3年後、10年後に振り返るときには、もはや言及されないでしょう。情報源の種類、時期、内容などによっては、「数や量が多い」としても「価値が大きい」とは限りません。特にニュース系の情報源の場合にそれが顕著です。逆に言えば、じゅうぶんに時間が経った後の非ニュース系の情報源(研究書だとか)で取り上げられる話題は重要度が大きいと「推定」することになります。
  • 今回は「モネの池」として注目されるようになったのが昨秋ごろで、今もニュース系の報道が続いているとのことです。数日で忘れ去られるようなニュースではありませんが、「ワンシーズン」限りかもしれません(現時点では判断できません)。もしかすると、この先3年、5年、10年と、毎年どこかで触れられたり、ニュース系ではない情報源で取り上げられるようになるかもしれませんよね(現時点では判断できません)。「数日で忘れ去られるニュース」よりは価値が大きそうだ、ということは現時点で推定できるのですが、2016年5月時点では、2016年5月時点での情報で判断するほかありません。今言えることは、「この1年ほどのあいだに注目された」ということだけです。
  • コメントこれは先ほど例にあげた「全日空横浜サッカークラブ・ボイコット事件」が該当する話では無いでしょうか?ファンの方には失礼千万な物言いになってしまいますが一般人からすれば「どうでも良い事」だと思います。また、今後この事件がスポットライトを浴びるとは考えられません。Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • コメント「批評的分析を加えることなく事件や事故をありのままに伝えるニュース」で無いことの証明に署名記事については記者名を加筆致しました。署名記事の意味についてはご存じと思いますので、説明は省略させて頂きます。Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • 「2016年5月のGWのある日に3000人が集まった」というのが、「モネの池」に対する注目の絶頂期なのか、今後も同程度の注目を受け続けるのか、そうだとしたらそれが3ヶ月続くのか、1年続くのか、30年続くのか、それは今の時点では判断できません。なので、その情報は現時点では「ニュース」側なのです。たとえば20年後に「このモネの池は2016年5月には1日に3000人も集まったことがあって、それがピークだったよ」という言及があると、それは「ニュース」側ではありません。
  • WP:NTEMPにありますように、「1980年から1981年の1年間だけ注目され、その後忘れ去られた」ようなものでも、「価値がない」わけではありません。しかし「過去30年にわたり言及がある」ようなものに比べると「価値は小さい」ということになるかもしれません。なので、もしも「根道神社」が記事として確立すれば、そっちは江戸時代から言及があるものですから、「モネの池」単独で記事にするより「根道神社」の中で「モネの池」に言及する形(「根道神社の近年の情勢」という文脈に置く)にしたほうが、全体としての価値はより確かなものになります。
  • ここらへんはすべて相対的です。30年にわたり言及があるものでも、100年の歴史を持つものの前では価値は小さいし、1500年の歴史を持つものの前ではもっと小さくなります。水素みたいな記事の前では、ほとんどの記事が「一過性」の事象ということになるでしょう。まあそこまで風呂敷を拡げるとメチャクチャになってしまうのですが、話を元に戻すと、メディアに頻繁に登場するようになってからまだ1年経っていないものは、それ相応の距離感で接するべきなのです。
  • コメント「全ては相対的で有る。」と言う言葉で総括されると返答のしようがありません。「Wikipediaに掲載する記事は、最低3年はメディアに取り上げられ続けていて、かつ専門書が発行されてから記事を書くように。」というような具体的かつ分かりやすい基準が無いと、新規参入するのは非常にハードルが高いと感じます。Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • そのほか
  • もちろん「相対的」というのは期間の話だけではありません。東京の商業地域では休日に3000人ぐらい集まることなど何でもない、注目に値しない(むしろ「3000人しか集まらなかった」になりうる)でしょうけれど、(失礼な言い方かもしれないですが)岐阜の山間部の田舎に3000人が集まるのは地元にとってインパクトがあるはずです。その意味では相対性は「価値が大きい」側に働くでしょう。
  • コメント独自研究になる恐れと、観光客誘致目的で書いていると邪推されるのが嫌で記載しておりませんでしたが、アマチュアカメラマン対象のツアーバスが関西及び名古屋から毎日来ているという事実も有ります。人数ではなくて質の問題だと思いませんか?Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • 一般論としては、新聞やテレビニュースなどの「ニュース系の情報源」の中でも、ローカル限定の「岐阜新聞中濃地域版」よりも全国区の「産経新聞全国版」のほうが「価値は大きい」ことになります。
  • コメント産経新聞で署名記事ですから一層価値は高いと思います。ネットだけで無く紙ベースの産経新聞の日曜版に掲載されているのですからそれなりの価値はあると思います。読売新聞か毎日新聞か朝日新聞に署名記事で取り上げられることといった具体的かつ明確な基準を作って頂くほうが本当は話が簡単だと思います。Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • さらに「ニュース系の情報源」ではないところからの言及が集まり始めれば、価値はより大きく確かなものになっていきます。『日帰りドライブぴあ』なんかがそれにあたりますよね。
  • そうした雑誌・文献もやはり情報源の価値としては幅があります。ミニコミ誌やバスの車内で無料配布されている小冊子みたいなものだって情報源になりますが、『るるぶ』とか『まっぷる』のような全国誌のほうがより価値が高い。しかしそういうのも「お金を払って掲載してもらう」タイプの広告宣伝の情報源とみなすむきもあり、もっと堅い雑誌であればなおよい。たとえば(私はその方面の知識がないのでテキトーですが)芸術雑誌、美術雑誌とか、地方活性化の雑誌に事例として掲載されるとか。「書籍」で言及があればさらによい。という感じで、情報源の価値とか重要性には連続性や相対性がありますけども、大きければ大きいほどよい、というものです。
  • コメント風景写真出版刊行(1989年創刊)の「風景写真」に初めて発表された部分の出典を明らかにしました。「風景写真」は写真雑誌の中でも「一般書店より写真店で販売されることが多い。」(風景写真編集部へのヒアリングですので『独自研究』です。)雑誌ですので『もっと堅い雑誌』に該当しませんでしょうか?
  • この観点で、現時点では「モネの池」は情報源に基づく価値・重要度が「すごく大きい」とは言えません。それはあくまでも現段階で言えることであり、注目を集めるようになって1年ぐらいしか経ってないので、しかたがありません。この先、もっと取り上げられて情報源が増えて価値が大きくなるかもしれないし、そうならないかもしれない。
  • 「百科事典的な記事に発展するか」というのは、あくまでもその時点でどのぐらい情報源があるか(未発見の情報源も含めて)、で判断します。「これからもっとメディアや文献に取り上げられて情報が増える見込み」というのと、「まだ調べ物が不十分なので情報が集まりきっていない」というのは違います。「モネの池」が、現在進行形で注目を受けて人が集まり、情報源が増え続けているという段階では、判断はしにくいものです。「判断」には2つのタイミング・観点があって、「これなら記事として作成していい」と「これなら記事として削除すべき」の違いです。本当の本来でいうと、「作成していい」をバッチリクリアしてから作成するべきであって、そこが不十分だと「削除すべきでは」と言われてしまいます。「作成」と「削除」の境界が明確な一本線であれば単純明快なのですが、実際には両者の間には結構幅の広いボーダーのゾーンがあって、問答無用でバッチリOKとまでは言えないけれど、これは完全にアウトですとまでも言えない、ということがあります。私の場合、今回はそれをどうすれば「OK」側に近づけることができるかなー、という目で見ております。--柒月例祭会話2016年5月18日 (水) 04:33 (UTC)[返信]
  • コメント㭍月例祭様、色々と失礼な物言いをして申し訳ございません。ただ、私は曖昧な基準が嫌いなのです。曖昧な基準では中立性が保てないからです。中立性を担保するには明確な基準(数値化されていると尚良し)必要だと考えます。また、権威主義も嫌いですWikipediaにはダランベールディドロ百科全書派的なもの、正確には「権威有るブリタニカのような既存の知識にはとらわれず、あらゆる階層の知識を集合することで、新たな価値基準を創造する百科事典」を期待しておりましたので少々残念に感じております。ただ、それがWikipediaの方針であればそれに従うほかございません。色々とご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。決定には何ら異議申し立てをしないことをここに宣言します。Earthbound1960会話2016年5月18日 (水) 09:13 (UTC)[返信]
  • コメントまず、本論とは離れますが、Hmori1960.earthboundさんへのお願いです。他の利用者(例えば私)のコメントの途中に返信を挿入するのは控えていただけないでしょうか。(私自身もどこまでが自分のコメントなのか見通しが悪くなるので。)相手方の署名のあとにコメントするようにお願いしたいです。確かに私のコメントは箇条書き状にしているので、いかにもそれぞれの箇所に返信しやすそうな感じではありますが。よろしくお願いします。
  • 印象論ですけども、特に「課題」節あたりは直近の(ニュース的な)・雑多な・些末な・一挙一動を書きすぎているかなあという感じもしますが、現時点ではしかたがないのかもしれません。3年後、5年後ぐらいになれば、もうすこし安定的な情報源が出てきて、落ち着いた記述にできるかもしれませんが、今はこんなもんなのでしょう。--柒月例祭会話2016年5月21日 (土) 02:53 (UTC)[返信]
  • コメント㭍月例祭様、インラインでコメントしたこと深くお詫び申し上げます。以後はインラインでコメントしないように致します。確かに些末な雑多な情報の集合体でしか有りません。根道神社についても広報等の情報を拾っていくと「平成5年6月11日 白谷地区住民で草取り実施」的なものも含まれるかも知れません。その時はその時でご容赦ください。Earthbound1960会話2016年5月21日 (土) 08:11 (UTC)[返信]