Wikipedia:井戸端/subj/フィクションの項目であらすじは最後まで述べるべきか

フィクションの項目で荒筋は最後まで述べるべきか否か[編集]

あまり興を削ぐほど詳細にやることはないが、最後まで述べることは必要だと主張いたします。ウィキペディアは百科事典でありレビューサイトの類ではありません。客観的な知識を供給するのが目的であって読者(視聴者)の読書意欲(視聴意欲)を高めるのが目的ではありません。どうしてもネタバレが気になる方のためにはTemplate:ネタバレ}というものもあります。任意の紙の百科事典を引いて頂ければ分かるでしょうが、百科事典のフィクションの項目において荒筋の節があれば、必ず物語の最後までが淡々と説明されているはずです。

しかるにjawpではフィクションの記事の「あらすじ」なり「ストーリー」なりの節において、物語の導入部分しか述べていないものが圧倒的に多いです。それどころかせっかく書かれていた荒筋の後半を消去して周っている方もいらっしゃる始末……。憂慮すべき事態だと考え、井戸端で主張させていただきました(ちなみに以前Wikipedia:井戸端/subj/ドラマ等におけるあらすじ説明という議論もありましたが、改めて)。私の考えは間違っているでしょうか?

(この文書は、下書きはしたものの投稿するのを忘れて数ヶ月保存しておいたものですが、このたびダーティハリーにおける編集合戦の勃発に気づいたことを機に投稿いたしました。)--Five-toed-sloth 2008年7月17日 (木) 11:56 (UTC)[返信]

のっけから話の腰を折るようですが、「べき論」や正誤の問題ではないような気がします。短編や一話完結ものなら、簡潔にまとめることもできるでしょうが、未完の作品はそもそも最後がどうなるか不明ですし、、非常に長い長編、シリーズものなどは、下手に最後まで書こうとすると、それなりの文章量になるでしょう(ものによっては、他の部分より長いあらすじ、なんてことになるかもしれません)。
なおWikipedia:ウィキプロジェクト フィクション(準備中)はありますが、あらすじについての議論は起きていないようです。またWikipedia:ウィキプロジェクト 漫画#あらすじでは、可能であればネタばれはしないようにとなっています。-- 2008年7月17日 (木) 13:02 (UTC)[返信]
意見どうも。別に話の腰を折られたとは感じておりませんのでご心配なく。しかし、第一に私は「べき論」だと思います(主義の問題で言い争うつもりはありませんが)。第二に、郁さんの反論はごもっともですが、それらは本質的な問題ではないと思います。私(の言い方が不味かったのでしょうか?)は「何が何でも最後まで書け」と言うつもりはありません。無い袖を振れなどとは言いません(まあ未完=進行中の作品の項目を立てること自体に反対なんですがそれはそれとして)し、逆に記事のバランスを崩すほど長くなってしまうような場合も仕方がないと思います。例外は勿論ありです。あくまで「基本的に」です。
Wikipedia:ウィキプロジェクト 漫画での決定は率直に言って甘いと思います。……「ネタバレ」という言葉の意味にもよりますが。ここでいう「ネタバレ」ってのはどのくらいのレベルを指しているんでしょうか?--Five-toed-sloth 2008年7月17日 (木) 14:15 (UTC)[返信]
「そして……」で後をはしょることで「ネタばれを回避したことにする」という記述のしかたをよく見かけるのですが、こういうやりかたは、読者に充足感を与えないことで書籍の販促につなげる広告のテクニックをまねしたものでしょう。百科事典の書きかたとしてよくないとおもっています。百科事典では、粗筋を書くのなら全部書くべきだと思います。 --Hatukanezumi 2008年7月17日 (木) 15:44 (UTC)[返信]
Hatukanezumiさんの意見に同意です。あらすじと称する文が、「だが……」などと中途半端なところで終わることに、何か人をじらせるようないやらしさを感じます。延々と描く必要はないとは思いますが(悪い例:en:Akira (manga)#Plot summary)、あとを端折っているような「あらすじ」は未完の場合を除き望ましくないこと、ネタバレ警告の上でストーリーラインを最後まで解説すること、というようなガイドラインが定められるべきとも思います。--Nopira 2008年7月18日 (金) 14:53 (UTC)[返信]
基本的に「どんな物語なのか」は、その導入部だけでも説明可能な場合がある反面、逆に細にわたって書き綴られたものは、長編作品や映画丸々一本ともなると「うんざりするほど冗長」な記述になる場合も…ヘタぁすると作品に対する愛からなのか、延々と朗読版をこしらえてくれる人もいますが、百科事典である以上は「如何に簡潔にまとめるか」という視点が欠かせないように思います。その意味で、まず「どんな作品なのか」を説明するという観点のみをもって「冒頭(および登場人物の説明)で足る」のか、結末まで書かないと作品の説明ができないのかは考慮に値する問題だと考えます。そういう視点もなく「(須らく)全部書くべきだ」という視点は、実際問題として「個人的に書きたいから書こうと主張してるだけなんでないの?」という疑念を抱かせることはできても、賛同を得られないような気も…まあ気がするだけかも(漏電中)。
なんにしても「朗読版(細にわたって書き綴られた内容)は作品視聴者である記述者側の自己満足」のような気がします。そのあたりは、ザクザクと削ってどこまで簡便に出来るかを考えたほうがいいかと。まあ『指輪物語』のあらすじを「養父が拾った危険な指輪をフロドが仲間と万難を排して火山に投げ込む話」とまで簡素化しちゃうのもどうかとは思いますけどね…その辺りは記述者のさじ加減とはいえ、サクッと読める分量にまとめたほうが、百科事典の記事としては有益だと思います。--夜飛/ 2008年7月17日 (木) 16:02 (UTC)[返信]
「それが解説に必要なら載せるべき」でしょうが、全てに「結末を載せるべき」とは考えません。Hatukanezumi氏の言われるようなものは、確かによくない方法ですね。Wikipediaは理解をしてもらうための場で、知識欲を満たす場でも読書欲を促進させる場所でもないため(より影響を与えるかもしれない後者については、ネタバレテンプレの他に{{Story}}などもありますし)、結末を書くべきか書かないべきかは一律にきめる事ではないように思います。あえていうなら「書いてよい」かなと。--春日椿 2008年7月17日 (木) 16:27 (UTC)[返信]
長編作品や未完作品では、粗筋を書いても作品の説明になってないということはあるとおもいます。たとえば『大菩薩峠』(長編かつ未完) の記事の、現在の粗筋の節って、映画化された部分 (既発表作品の1、2割程度) を書いてるだけで、なくてもかまわないかもしれないとおもう。でも、登場人物紹介や「執筆時期による分類」なんかで工夫してて、そこは読ませますね。
(そうおもってるひとはいないとおもうけど) 単に「ネタばれ是か否か」という話ではないとおもいます。『デロリンマン』の記事は、元祖版・リメイク版いずれも粗筋を最後まで解説しながら、ラスト1ページについては解説してないけど、これで読者が不全感を感じることはないはずです。 --Hatukanezumi 2008年7月17日 (木) 16:42 (UTC)[返信]
Wikipedia:ネタばれに注意はある程度重要部分が書かれることを想定しており、結末もそう言った部類のものに入ると考えることは出来るでしょうが、必要以上にご丁寧な解説を行って、読む楽しみが著しく削がれるようになってしまってはどうしようもないと思いますね…。誰が見てもよくわかる説明とか何とか。--Marine-Blue [ 会話 履歴 電信 ] 2008年7月18日 (金) 06:00 (UTC)[返信]
念のため発言しておきますが、結末まで述べること=読む楽しみが著しく削がれるという訳ではないと思います。ストーリーが先に分かっていても読む楽しみは十二分にありますし(先に映画化作品を視てから原作を読みたくなって読んだことってありますよね?)。また、百科事典は「読む楽しみ」に配慮する必要があるのかというと、ないと思いますし。ケース・バイ・ケースですけど。--ろう(Law soma) D C 2008年7月18日 (金) 07:23 (UTC)[返信]
ええ、全く同感です。--Five-toed-sloth 2008年7月18日 (金) 17:21 (UTC)[返信]
夜飛氏の仰る「書く必要がない場合」の存在は(あまり想像はつきませんが)可能性として理解できます。作品に淫した長々しい梗概(「朗読版」とは上手い表現ですね)が望ましくないことにも元より同意です……あまりそういう例は見かけない(むしろ作品に淫した長々しい登場人物紹介を頻繁に見かけてうんざりします)ですけど。
私は別に「個人的に書きたいから書こうと主張している」わけではございません(むしろ、原則的にフィクションの項目を執筆しないことを自らに課している位で)。ただ百科事典のフィクションの項目においてそれが基本的には必要不可欠だと(公人的に)考えているだけです。
私としては取りあえずHatsukanezumiHatukanezumi氏とNopira氏の仰る「販促的中断法の禁止」が定められれば満足です。……これはWikipedia:ウィキプロジェクト フィクションで諮るべきでしょうか? それとも独立にWikipedia:販促みたいな荒筋紹介はやめましょう(仮)みたいなガイドラインを立てる方針で諮ればいいでしょうか。あるいはWikipedia:ネタバレに注意に加筆する方向がいいでしょうか。--Five-toed-sloth 2008年7月18日 (金) 17:21 (UTC)【綴りを間違えました。失礼しました。--Five-toed-sloth 2008年7月18日 (金) 17:26 (UTC)[返信]
結末まで述べること=読む楽しみが著しく削がれるという訳ではないと思います>それは分かっていますよ。言いたいのは結末を書いてもいいからと言って何でもかんでもむやみやたらに書くのはやめてほしいってことです。--Marine-Blue [ 会話 履歴 電信 ] 2008年7月19日 (土) 08:15 (UTC)[返信]
こちらもそれは元より分かっている(つもり)です。過剰な記述は(半端な記述と同様)良くありませんよね。……(量だけの問題ではないでしょうが)私は例えば長編小説一本なら500字から1000字くらいにまとめるのが妥当かと思っているのですがいかがでしょうか。--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 11:00 (UTC)[返信]
文字数で決めるのはどうかと......。長編といってもピンキリですから。それに下手に数字を出すと、それを免罪符にする人が出そうな気がします。「百科事典らしく、簡潔に」でいいんじゃないかと。-- 2008年7月19日 (土) 11:46 (UTC)[返信]
あー、はい。仰るとおりです。…別にガイドラインに「荒筋は何字以内」みたいな文面を入れようと提案したつもりはなく世論がどの程度を適切とするか聞きたかっただけなのですが言い様が悪かったです。すみません。
問い直します。「私は例えば(自分が書いた唯二つのフィクション記事を例に出すと)アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー#荒筋くらいをやや過剰、月世界最初の人間#ストーリーくらいをかなり過剰と考えているのですが、皆様の不足 - 適切 - 過剰の感覚はどのようなものですか?」--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 12:51 (UTC)[返信]
(インデント戻し)「すべてを書くべきだ」には疑問を挟む余地があるのですが、「結末まで書くことは妨げない」(積極的には禁止しない)部分には異論はありません。ただ「簡潔にまとめる」のは必須条件だと考えています。なおFive-toed-slothさんの云うところの「想像がつかない」という部分に関しては、『マトリックス・レボリューションズ』を一例に挙げさせていただきます。なお『マトリックス・リローデッド』でも2007年4月の小生の編集以前の版ではあらすじがモノスゴイことになっていたので修正依頼が提出されるという事態になっており、これは「結末まで書かれたことで記事が台無しになっていたケース」だと思います。なお百科事典の記事としては、作品の販促的な活動はWP:NOTの視点からも芳しくないため、あらすじとして意図して未消化な状態で作品に誘導するということは目的外利用(「Wikipediaは宣伝媒体に非ず」)だとも思いますが、それはむしろ書き手側の認識や価値観の問題(これは価値観を盛り込んだ時点でNPOV的ではない)であって、同程度に粗筋の冒頭だけを紹介するだけでも書きようによっては十分に説明足りうるとも考えます。この例を『マトリックス』に求めることもでき、同項におけるあらすじは実質的に同映画作品の全体から見れば前半部に届かない程度の中途なものではありますが、これは作品の説明においては簡潔かつ十分なものだと感じます。--夜飛/ 2008年7月19日 (土) 12:54 (UTC)[返信]
なるほど。例示ありがとうございます。夜飛さんの編集は極めて妥当だと思います。『マトリックス』に関する見解にも同意です。ただ(本質的じゃないことですが)そのように荒筋の冒頭だけを述べた節を「荒筋」とか「ストーリー」とか呼ぶことにどうも違和感があります(代案:「プロット」)。--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 14:05 (UTC)[返信]

ところで、以前Wikipedia:井戸端/subj/ドラマ等におけるあらすじ説明で反語的に提案された「『概要』があれば『あらすじ』は要らないのではないか」という考えについて。当時および今回の最初とは違うスタンスの発言をしてしまいますが、「場合によってはアリ」だと思います。下手な荒筋があるよりも、努力して上手い荒筋を書こうとするよりも、秀逸な概要があるだけのほうが余程ためになるのではなかろうか……と先ほどノート:ダーティハリーで示された文案を見て思いまして。--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 14:05 (UTC)[返信]

  • 閑話休題。以上の議論の結果(少なくとも「販促みたいな書き方はやめる」は総意が得られたと思いますが)をどこかの文書に盛り込みたいのですが、どこがいいでしょうか? Wikipedia:ネタバレに注意、新ガイドライン草案、ウィキプロジェクト フィクションあたりが考えられますが。皆様のご意見を乞います。--Five-toed-sloth 2008年7月22日 (火) 14:44 (UTC)[返信]