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イギリス文化

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大英博物館は、世界でもっとも訪問者数が多い博物館であり、大英帝国の文化が繁栄している象徴でもある。
古英語で書いた『ベーオウルフ』という英雄の史詩。世界最古の英語の文献とみられ、今は大英図書館に所蔵している。

イギリス文化(いぎりすぶんか、英語: Culture of the United Kingdom)とは、法律国王を凌ぐ立憲君主制や、英国聖公会に由来した弱い者を助ける心理、理性科学を重んじる思考方式、貴族紳士の精神、大英帝国の時代で各植民地から取り入れた世界各国の価値観など、この5つの要素が1つにまとめた西欧文化である[1]

英語には「ブリティッシュカルチャー」と呼ばれることが多く、日本語中国語には「英国文化」で漢字表記することも多い。

概要

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イギリスは地理的にヨーロッパの辺境に位置しており、国境は欧州大陸と接触しないが、歴史上では西欧北欧中欧とは密接な関係を持っていた。そのため、よく欧州文化の中の1つとみなされている[2]イングランドスコットランドウェールズ北アイルランドコーンウォールといった5つの地域ではそれぞれに独自の風俗があり、各地域の独立性は非常に強く、統一的な風習が生まれ無かった。しかし、各地域は「イギリス王室」によって1つの国に統合し、中世から大量の古風・習慣・礼儀作法は王室の伝統を通じて中断なく継承されており、フランスドイツイタリアのような君主無しの共和精神に基づく文化とは対照的である[3]

イギリス文化の中でもっとも称賛されているのは「英語そのもの」と「英語の文学」である。近代に入ると、英語で書かれた文章は徐々に小説演劇の方向へ進化しており、これに連れて多くの劇作家詩人小説家が出現されていた。彼らは英語の複雑化と優雅化に大きく貢献していて、英国の文学だけではなく、米国の文学や言語習慣へも大きな影響を与え、総じて「英米文学」と呼ばれるようになった[4]。また、聖書・儀式・祈祷文・聖歌は全て分かりやすい英語を使っていることにより、英国聖公会はイギリスの国教になってキリスト教の中で3番目に多い信者数を有しており、その教義はプロテスタント教会のように簡潔で、その建築はカトリック教会のように豪華で、両方の良いところを持っている。

世界最古の大学院文化を持ち、「卒業後の大学院生は就職へ必要なく、官僚になる必要もなく、直接大学で授業する」というシステムを作り、イギリスは学術や科学技術を研究したい人にとっては良い環境が形成しやすい[5]。この大学院文化に頼り、イギリスは哲学科学技術医学に多く産出していたほか、革新的な発明も大学で誕生させつつ、結果として「産業革命」という科学的躍進事件が勃発され、地球と人類の歴史的進程を絶大な正の影響を与えていた[6]。現代では多くの世界名門大学はイギリスの大学院の仕組みを模倣していて、英国式の大学院教育を受けた知識人も自分が習得したもの、つまり民主制度科学建築音楽美術映画テレビなどの概念や文化は全世界へと広まっている。非欧州地域では、英国文化が西洋文化の代表格として認識している人が多い。

イギリス人の祖先の1つであるアングロ・サクソン人自身も、デンマークドイツ北部からブリテン諸島へ遷入した移民であったため、イギリス人移民移住行為に対して非常に包容しており、イギリスに植民された国々もその自由移民民主政治の価値観を取り入れている[7]二次大戦後にはイギリスは植民地の独立を快く承認し、これらの国々との領土争いは一切存在しない。一方、独立成功した旧植民地諸国は、殆どイギリスに対して憎しみや負の感情を抱いておらず、むしろより親密的な関係を求めて「英連邦」を加入している[8]。イギリスの価値観に一番近い国はアメリカカナダオーストラリアニュージーランドであり、現代ではこの5つの白人民主国家は「ファイブアイズ」という軍事同盟を結成している。また、旧植民地の文化もイギリスに逆輸入されていて、特にイギリス料理の中には大量のインド料理マレーシア料理中華料理の要素が反映されている[9]

スポーツは現代イギリス文化の中で非常に重要の一環になっており、クリケットサッカーテニスラグビーなど、数多くの国際的にも有名なスポーツ大会はイギリスで生まれていた。例えば、イングランドのサッカーチームが1872年に、スコットランドのが1873年に設立され、一方、FIFAワールドカップ1930年に、UEFAチャンピオンズリーグ1955年に設立された。イングランドとスコットランドが持つチームの歴史はなんと最初の国際大会よりも長い。だから現代サッカーの分野では「イギリスチーム」というものが存在せず、必ずイングランドとスコットランドに分かれている。

今のイギリスはアメリカと同様に「文化的超大国[10]」と評され、首都のロンドンは欧米人の古典文化と現代文化の交差点とされ、2013~2014年にBBCが行った世界的な世論調査では、イギリス文化はカナダ文化ドイツ文化次ぐ世界3番目に理解しやすい文化とみなされた[11]

歴史

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イギリス文化の歴史は他のヨーロッパの国々と比べると、やや複雑である。最初のブリテン島には多くのケルト人が住んでいたが、ローマ時代のイタリア文化、アングロサクソン時代のドイツ文化、バイキング時代のデンマーク文化ノルウェー文化、そしてノルマン人の王室が持てきたフランス文化に影響されていて、1つのイギリス文化へと融合していた[12][13]。また、イギリスという国は「王家」で「イングランド王国スコットランド王国ウェールズ公国北アイルランドカントリーコーンウォール州」の5つの地域を結び付いるため、各地域は国家統一とイギリス王室による統治を反対しない限り、どんな文化を保存しても構わない[14][15][16][17]。同じ現象はイギリスの旧植民地だった「インド」や「香港」にも反映されている。

具体的に言うと

  • コーンウォール文化ブリテン島でもっともケルト文化を保っている地域であり、ケルト人の独自の言語・伝統・社会構造は今でもコーンウォールに残っている。また、フランスのブルターニュ地方とはまったく同じ文化を共有しており、「ブリテン」と「ブルターニュ」はどちらもケルト語での「ブリトン人」を指している[18][19][20]
  • スコットランド文化ケルト人がノルウェー文化を中心とした北欧人の影響を受けて融合していたが、スコットランドが独自に発展させた文化がほかの地域よりも圧倒的に多い[21][22][23]
  • イングランド文化
    • もっとも複雑である。イングランドの民族的・血縁的な基盤はケルト人にあるが、紀元前1世紀から3世紀にかけて、ローマ人に約400年の植民を受けていたため、イタリア文化の要素が強い[24]
    • 5~9世紀にはアングロサクソン人の全族遷入によって、イングランド人の言語・風習・アイデンティティは元のケルト人と大きく乖離していて、独自の文化が生まれた。英国人の「常に移民する」という伝統はここから始めったとされている[25]。アングロサクソン人はドイツ人と同じ「ゲルマン人」という民族に所属しており、そのため、現代英語の文法や書き方はドイツ語と非常に似ている。
    • 10~11世紀にかけて、ヴァイキングという北欧人が植民・航海・武器・多数決選挙・均衡化政治などの文化をもたらし、イングランド人はこれらを更に発展させており、後の大英帝国の基盤を創った。一回目のヴァイキングはデンマーク人であり、かれらによる「法的支配」がイングランド全土に行われていた。その後、二回目のはノルマン人(フランス人に同化されたヴァイキング)であり、かれらによってイングランドの王室文化はできるだけ優雅的なフランス文化へ近づくようになった。この2つのヴァイキングの影響の下に、現代英国の法律はデンマーク王国のとほぼ同じく、現代英語の単語の45%~46%がフランス語から由来したという状態になった[26][27][28]
  • ウェールズ文化コーンウォールと同様にケルト文化を中心にしたが、少量のローマ文化や大量のイングランド文化が混んでいる。
  • 北アイルランド文化アイルランド・イングランド・スコットランドの3つの文化が平均的に混ざり合っている。

イギリスは大英帝国という世界的な植民帝国に成長したあと、ブリテン島には地球中からさまざまな人種民族を取り入れ、とくに人口の多い「インド」や地理的に近い「アイルランド」「カナダ」からの移民が多かった。19世紀から20世紀中盤にかけて、大英帝国は世界でもっとも多様性のある国と自称し続けていたが、第二次世界大戦後、植民地が独立したことにより、多様性最多の座がアメリカに譲った。そのため、イギリスは1970年代から再び「ブリテン島上の文化」のみを集中するようになり、今の段階では「ブリテン島上の文化=イギリス文化」という見方は正しいと言える。また、1989年ベルリンの壁崩壊や、2004~2007年のEU拡大に伴い、東欧からの移民が急増している。現在のイギリス政府は移民への「同化政策」を実施しており、初代の移民は自分の文化を保つことができるが、その二代目や三代目の子供は小学校の時から高校の卒業まで、イギリス文化における義務教育を受け続けることが必要としている[29]

関連項目

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参考資料

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脚注

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引用出典

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  1. ^ Little, Allan (6 June 2018). “Scotland and Britain 'cannot be mistaken for each other'” (英語). BBC News. https://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-44361867 6 June 2018閲覧。 
  2. ^ Calder, Simon (22 December 2007). “London, capital of the world”. The Independent (London). https://www.independent.co.uk/travel/news-and-advice/london-capital-of-the-world-766661.html 
  3. ^ London is the world capital of the 21st century... says New York | News”. Evening Standard. 25 January 2012時点のオリジナルよりアーカイブ。10 February 2012閲覧。
  4. ^ The rise of the novel”. The British Library. 4 August 2020時点のオリジナルよりアーカイブ。15 June 2019閲覧。
  5. ^ E. J. Kirchner and J. Sperling, Global Security Governance: Competing Perceptions of Security in the 21st Century (London: Taylor & Francis, 2007), p. 100.
  6. ^ Sheridan, Greg (15 May 2010). “Cameron has chance to make UK great again”. The Australian (Sydney). http://www.theaustralian.com.au/news/opinion/cameron-has-chance-to-make-uk-great-again/story-e6frg6zo-1225866975992 20 May 2012閲覧。 
  7. ^ Swaine, Jon (13 January 2009) Barack Obama presidency will strengthen special relationship, says Gordon Brown The Daily Telegraph. Retrieved 3 March 2010.
  8. ^ “World Service Global Poll: Negative views of Russia on the rise”. BBC. (4 June 2014). https://www.bbc.co.uk/mediacentre/latestnews/2014/world-service-country-poll 17 February 2018閲覧。 
  9. ^ “Jeremy Paxman: what empire did for Britain”. The Telegraph (London). (2 October 2011). オリジナルの12 January 2022時点におけるアーカイブ。. https://ghostarchive.org/archive/20220112/https://www.telegraph.co.uk/culture/books/8801370/Jeremy-Paxman-what-empire-did-for-Britain.html 19 November 2011閲覧。 
  10. ^ "The cultural superpower: British cultural projection abroad" Archived 16 September 2018 at the Wayback Machine.. Journal of the British Politics Society, Norway. Volume 6. No. 1. Winter 2011
  11. ^ “BBC poll: Germany most popular country in the world”. BBC. (23 May 2013). https://www.bbc.co.uk/news/world-europe-22624104 17 February 2018閲覧。 
  12. ^ Who were the Celts?” (英語). Museum Wales. 2023年11月16日閲覧。
  13. ^ Our Migration Story: The Making of Britain” (英語). www.ourmigrationstory.org.uk. 2023年11月16日閲覧。
  14. ^ Cultural Protection Fund”. BRITISH COUNCIL. 2024年9月1日閲覧。
  15. ^ DCMS's International Cultural Heritage Protection Programme” (英語). GOV.UK (2021年11月24日). 2024年9月1日閲覧。
  16. ^ United Kingdom - England - Herein System - www.coe.int” (英語). Herein System. 2024年9月1日閲覧。
  17. ^ UK's 'transformative' Cultural Protection Fund helping to save global heritage at risk”. BRITISH COUNCIL. 2024年9月1日閲覧。
  18. ^ DMC, Cornwall (2023年10月2日). “Exploring the Connections Between Brittany and Cornwall” (ウクライナ語). Cornwall DMC. 2024年9月1日閲覧。
  19. ^ esdale77 (2018年10月29日). “Armorica - Migration from Cornwall to Brittany” (英語). The Cornish Bird. 2024年9月1日閲覧。
  20. ^ Ertach Kernow – Cornwall and Brittany Celtic Cousins” (英語) (2022年9月1日). 2024年9月1日閲覧。
  21. ^ Between Scotland and Norway: connected cultures and intercultural encounters after 1700” (英語). University of the Highlands and Islands. 2024年9月1日閲覧。
  22. ^ Why do so many Scots cling to a false affinity with Norway?” (英語). The Herald (2023年7月29日). 2024年9月1日閲覧。
  23. ^ Reeploeg, Silke (2017-01-01). Between Scotland and Norway : connected cultures and intercultural encounters after 1700. https://www.academia.edu/70467020/Between_Scotland_and_Norway_connected_cultures_and_intercultural_encounters_after_1700. 
  24. ^ Roman Britain”. English Heritage. 2023年11月16日閲覧。
  25. ^ United Kingdom | DutchCulture | Your partner for international cultural ambitions”. dutchculture.nl. 2024年9月1日閲覧。
  26. ^ Child, Dave (2023年10月26日). “Half of the English language is of French origin” (英語). Readable. 2024年9月1日閲覧。
  27. ^ Athabasca University” (英語). Athabasca University. 2024年9月1日閲覧。
  28. ^ Technologies, Summa Linguae (2021年3月2日). “Connection and Similarities Between the French and English Languages” (英語). Summa Linguae. 2024年9月1日閲覧。
  29. ^ Ethnic group, England and Wales - Office for National Statistics”. www.ons.gov.uk. 2023年11月21日閲覧。