イブラーヒーム・ハーン・ガールディー
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イブラーヒーム・ハーン・ガールディー(マラーティー語:इब्राहीम खान गारदी, Ibrāhīm Khān Gāradī, 生年不明 - 1761年1月14日以降)は、インドのデカン地方、マラーター王国のムスリム武将。
生涯
[編集]イブラーヒーム・ハーンは当初、ニザーム王国に仕えていた。のち、マラーター王国の宰相府に仕えるようになった。
1761年1月14日、イブラーヒーム・ハーンは1万の軍勢を率いて、第三次パーニーパットの戦いでアフガン勢力ドゥッラーニー朝と戦った。彼は騎兵、歩兵、弓兵、砲兵を指揮していたが、さらにマスケット銃の部隊も存在していた。
だが、この戦いはサダーシヴ・ラーオ・バーウやヴィシュヴァース・ラーオが死亡するなどマラーターの大敗に終わり、イブラーヒーム・ハーンは敗走中にとらえられた。その後、アフガン軍のナジーブ・ハーンによって、ムスリムであるにもかかわらずヒンドゥーに仕えたとして拷問され、殺害されたと伝えられている。
なお、イブラーヒーム・ハーンの一族はその死後も王国に仕え、1818年に宰相が廃されるまで仕えている。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- Barua, Pradeep (1994). “Military Developments in India, 1750-1850”. The Journal of Military History 58 (4): 599–616. JSTOR 2944270.
- Shejwalkar, Tryambak Shankar (1946). Panipat: 1761. Deccan College Monograph Series (1st ed.). Poona (Pune): S.M. Katre for Deccan College Postgraduate and Research Institute. OCLC 219459942
- Verma, Abhas (2013). Third Battle of Panipat. Delhi: Bharatiya Kala Prakashan. ISBN 9788180903328