カプサイシン
カプサイシン | |
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8-メチル-N-バニリル-trans-6-ノネンアミド | |
別称 (E)-N-(4-ヒドロキシ-3-メトキシベンジル)-8-メチル-6-ノネンアミド trans-8-メチル-N-バニリル-6-ノネンアミド (E)-カプサイシン CPS, C | |
識別情報 | |
CAS登録番号 | 404-86-4 |
PubChem | 1548943 |
日化辞番号 | J1.529F |
EC番号 | 206-969-8 |
KEGG | C06866 |
| |
特性 | |
化学式 | C18H27NO3 |
モル質量 | 305.41 g/mol |
融点 |
62 - 65 °C |
沸点 |
210 - 220 °C |
危険性 | |
NFPA 704 | |
Rフレーズ | R24/25 |
Sフレーズ | S26, S36/37/39, S45 |
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。 |
カプサイシン (capsaicin) はアルカロイドのうちカプサイシノイドと呼ばれる化合物のひとつ。部分構造にバニリン由来のバニリル基を持つために、バニロイド類にも属す。唐辛子の辛味をもたらす主成分で、辛味の指標であるスコヴィル値における基準物質。化合物名はトウガラシ属の学名Capsicum に因む。
特性
[編集]脂溶性の無色の結晶で、アルコールには溶けやすいが冷水にはほとんど溶けない。摂取すると受容体活性化チャネルのひとつであるTRPV1を刺激し、温度は実際には上昇しないものの激しい灼熱感をひきおこす。この機構はメントールによる冷刺激と同様である[1][2]。また、痛覚神経を刺激し、局所刺激作用あるいは辛味を感じさせる。体内に吸収されたカプサイシンは、脳に運ばれて内臓感覚神経に働き、副腎のアドレナリンの分泌を活発にさせ、発汗及び強心作用を促す。ワサビ、カラシの辛み成分アリルイソチオシアネートとは風味が異なる。
カプサイシンの受容体を持つのは哺乳類や昆虫であり、これらはカプサイシンを含むトウガラシを食べるのを避けるが、鳥類の受容体にはカプサイシンが反応しないため[要出典]、鳥類はトウガラシを辛いとは感じず食べることができる。さらに食べ物を咀嚼する哺乳類に対し、鳥類は食べ物を丸のみにするため、種が潰されない鳥類に食べられるほうが種の生存率が上がると考えられている。
毒性
[編集]- マウス実験における LD50(半数致死量)は、経口 LD5047.2mg/kg、皮膚 LD50 512mg/kg、カプサイシン単体の発がん性は不明である。一方、他の物質と同時に摂取するなどで癌発生を促進する可能性を示す研究がある[4]。しかし、がん細胞のアポトーシスを誘導するとする研究も報告されている[5]。
- 唐辛子の大食いに挑んだ男性が、カプサイシンの作用で可逆性の脳血管攣縮を起こして倒れた事例が報告されている[6]。
歴史
[編集]本化合物[7][8]は1816年、Christian Friedrich Bucholz(1770年 - 1818年)によって(純粋でない形ではあるが)初めて抽出された[9][10][11][12][13]。Bucholzはこれをトウガラシ属の学名 Capcisumから「capsicin」と呼んだ。カプサイシンをほぼ純粋な形で抽出した[14][15]John Clough Thresh(1850年 - 1932年)は、1876年に「capsaicin」と命名した[16]。しかし1898年、カプサイシンを純粋な形で初めて単離したのはKarl Mickoである[17][18]。カプサイシンの実験式(化学組成)は、1919年、E. K. Nelsonによって初めて決定された[19]。Nelsonはまたカプサイシンの化学構造を部分的に推定した。カプサイシンは1930年に、E. SpathとS. F. Darlingによって初めて合成された[20]。1961年、日本人化学者の小菅貞良と稲垣幸男が類似物質をトウガラシから単離し、カプサイシノイド類と命名した[21][22]。
ドイツ人薬理学者ルドルフ・ブーフハイム[23][24](1820年 - 1879年)は1873年に、ハンガリー人医師Endre Hőgyes[25]は1878年に、"capsicol"(ある程度精製したカプサイシン[26])が粘膜に接触すると焼けるような感覚を引き起こし、胃液の分泌を増加させる、と記している。
1997年、カプサイシンを使った実験によりTRPV1を発見したデヴィッド・ジュリアスは2021年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
カプサイシノイド類
[編集]カプサイシンはトウガラシ中の主要なカプサイシノイドである。その他にはジヒドロカプサイシンがある。これらの2つの化合物は量の少ないノルジヒドロカプサイシン、ホモジヒドロカプサイシン、ホモカプサイシンよりも味および感覚が2倍程強い。純粋なカプサイシノイド類の希薄溶液は異なる種類の辛味を生む。しかしながら、これらの差異はより濃い溶液では見られない。
カプサイシンはトウガラシの房室間隔壁において、バニリルアミンに分岐鎖脂肪酸を付加することで合成されていると考えられている。具体的に、カプサイシンはバニリルアミンと8-メチル-6-ノネノイル-CoAから作られる[27][28]。
生合成は、Pun1遺伝子座に座乗し、推定アシルトランスフェラーゼをコードしているAT3遺伝子に依存している[29]。
6種の天然カプサイシノイド類に加えて、一つの合成カプサイシノイドがある。ノナン酸バニリルアミド (VNA, PAVA) が、カプサイシノイド類の相対的辛味を決定する基準物質として用いられる。
名称 | 略称 | 典型的な相対量 | スコヴィル値 | 化学構造 |
---|---|---|---|---|
カプサイシン | C | 69% | 16,000,000 | |
ジヒドロカプサイシン | DHC | 22% | 16,000,000 | |
ノルジヒドロカプサイシン | NDHC | 7% | 9,100,000 | |
ホモジヒドロカプサイシン | HDHC | 1% | 8,600,000 | |
ホモカプサイシン | HC | 1% | 8,600,000 | |
ノニバミド | PAVA | 9,200,000 |
利用
[編集]医薬品
[編集]TRPV1のアゴニスト(最も強力なアゴニストはレシニフェラトキシン:resiniferatoxin :RTX)であるカプサイシンで当該受容体を刺激すると痛覚神経は脱感作され、痛み刺激の伝達が抑制され痛みを感じにくくなることが知られている。この作用機序を利用して帯状疱疹後に発生する疼痛治療や糖尿病性神経障害による痛みの改善にカプサイシンクリームが臨床で使用されているが、一日数回の塗布が必要なこと[30]に加え、塗布直後の焼け付くような痛みの副作用が知られている[31]。この問題を解決できる可能性が高い鎮痛薬、若しくは炎症性疼痛から神経因性疼痛まで様々な痛みを改善する鎮痛薬としてTRPV1アンタゴニストの創薬研究・臨床開発が1997年以降多くの製薬会社でおこなわれている。実際、カプサイシン受容体と強力に結合するレシニフェラトキシンを修飾したヨードレシニフェラトキシン(I-RTX)はカプサイシン受容体のアンタゴニストとして作用する。実験用試薬としては他に、カプサイゼピンやルテニウムレッドなどが有名。臨床応用を目指したアンタゴニストとしてはSB-366791や SB-705498, SB-750364, A-425619などが開発されている。
また、カプサイシン単体ではないものの、トウガラシチンキとして湿布や外用消炎鎮痛剤等の外用薬に使用される。
医学品以外
[編集]- 体脂肪を燃やすなどのダイエット効果、健康増進効果があると俗に言われているが、国立健康・栄養研究所によれば、経口摂取によるカプサイシンの有効性に関して、ヒトでの信頼できるデータはあるが効果の報告に矛盾があり十分ではない[32]。
- 催涙スプレーやトウガラシ忌避剤[33]の成分にされ、対人、対獣の防御用などに用いられる。浴びると皮膚や粘膜がひりひりとした痛みを感じたり、咳や涙が止まらなくなったりする。
- 誤嚥性肺炎の防止に高齢者の嚥下反射の障害を改善させる方法の一つ[34]として、カプサイシン(唐辛子成分)入りトローチを用いることがある。
- 金魚や熱帯魚が罹患する病気の1つである白点病にカプサイシンが効用があるとされ、ふんだんにカプサイシンを含んだ鷹の爪を用いた治療法は、専門的な薬品の投与以外での有効な治療法の1つであるとされる。しかし初期、中期程度までは効用が見られるものの、末期症状にまで効用を見せるほど強い効果があるわけではなく、また即効性もないため、治療というよりは予防に効果があるとされる。
脚注
[編集]- ^ 富永真琴「LECTURES 生体はいかに温度をセンスするか:TRPチャネル温度受容体」(PDF)『日本生理学雑誌』第65巻4・5、日本生理学会、2003年、130-137頁、ISSN 00319341、国立国会図書館書誌ID:6622819。
日生誌, Vol.65, No.4.5, 130(2003) - ^ 富永真琴「温度受容の分子機構―TRPチャネル温度センサー―」『日本薬理学雑誌』第124巻第4号、日本薬理学会、2004年、219-227頁、CRID 1390282679247718912、doi:10.1254/fpj.124.219、ISSN 00155691。
- ^ 岡田洋二ほか、[カプサイシンの抗酸化活性部位の特定に関する研究]、杏林医学会雑誌 2013 年 43 巻 4 号 p. 107-114、https://doi.org/10.11434/kyorinmed.43.107
- ^ Mun Kyung Hwang, Ann M. Bode, Sanguine Byun, Nu Ry Song,Hyong Joo Lee, Ki Won Lee, and Zigang Dong., Cocarcinogenic Effect of Capsaicin Involves Activation of EGFR Signaling but Not TRPV1 2010/9, doi:10.1158/0008-5472
- ^ 倉森見典『カプサイシンによるアポトーシス誘導機構の解析』東京工業大学〈博士(理学) 甲第7510号〉、2009年。 NAID 500000512548。国立国会図書館書誌ID:000010946936 。
- ^ “「世界一辛い」トウガラシで脳血管にダメージ、男性入院”. CNN (2018年4月10日). 2018年4月14日閲覧。
- ^ カプサイシンの初期の研究の歴史: Harvey W. Felter and John U. Lloyd (1898). King's American Dispensatory. 1. Cincinnati, Ohio: Ohio Valley Co.. p. 435
- ^ Andrew G. Du Mez (1917). A century of the United States pharmocopoeia 1820-1920. I. The galenical oleoresins (Ph.D. thesis). University of Wisconsin. pp. 111–132.
- ^ C. F. Bucholz (1816). “Chemische Untersuchung der trockenen reifen spanischen Pfeffers" [Chemical investigation of dry, ripe Spanish peppers]”. Almanach oder Taschenbuch für Scheidekünstler und Apotheker (Weimar) 37: 1-30.
- ^ Jonathan Pereira (1854). The Elements of Materia Medica and Therapeutics. 2 (3rd U.S. ed.). Philadelphia, Pennsylvania: Blanchard and Lea. p. 506
- ^ Hugh J. Rose, Henry J. Rose, and Thomas Wright, ed.s, ed (1857). A New General Biographical Dictionary. 5. London, England. p. 186
- ^ “ADB:Bucholtz, Christian Friedrich”. Wikisource. 2012年5月14日閲覧。
- ^ 1817年、フランス人化学者アンリ・ブラコノー(1780年- 1855年)もまた、トウガラシの活性成分を抽出した。以下の文献を参照。Henri Braconnot (1817). “Examen chemique du Piment, de son principe âcre, et de celui des plantes de la famille des renonculacées”. Annales de Chemie et de Physique 6: 122- 131 .。
トウガラシの活性化合物の単離を試みたその他の初期の研究者としては
(1) Benjamin Maurach (Benjamin Maurach (1816). “Pharmaceutisch-chemische Untersuchung des spanischen Pfeffers”. Berlinisches Jahrbuch für die Pharmacie 17: 63-73. を参照、Maurachの論文のアブストラクトは以下で見ることができる: (i) Repertorium für die Pharmacie, vol. 6, page 117-119 (1819); (ii) Allgemeine Literatur-Zeitung, vol. 4, no. 18, page 146 (Feb. 1821); (iii) "Spanischer oder indischer Pfeffer," System der Materia medica ... , vol. 6, pages 381-386 (1821).)
(2) デンマーク人地質学者ヨハン・ゲオルク・フォルシュハーマー(Hans C. Oersted (1820). “Sur la découverte de deux nouveaux alcalis végétaux”. Journal de physique, de chemie, d'histoire naturelle et des arts 90: 173-174 .を参照)。
(3) ドイツ人薬剤師Ernst Witting(Ernst Witting (1822). “Considerations sur les bases vegetales en general, sous le point de vue pharmaceutique et descriptif de deux substances, la capsicine et la nicotianine”. Beiträge für die pharmaceutische und analytische Chemie 3: 43ff.を参照)がいる。 - ^ (1) J. C. Thresh (1876). “Isolation of capsaicin”. The Pharmaceutical Journal and Transactions, 3rd series 6: 941-947.; (2) J. C. Thresh (1876). “Capsaicin, the active principle in Capsicum fruits”. The Pharmaceutical Journal and Transactions, 3rd series 7 (315): 21 ff. この論文の要約: “Capsaicin, the active principle in Capsicum fruits”. The Analyst 1 (8): 148-149. (1876) . In The Pharmaceutical Journal and Transactions, volume 7, see also pages 259ff and 473 ff and in vol. 8, see pages 187ff; (3) Year Book of Pharmacy… (1876), pages 250 and 543; (4) J. C. Thresh (1877). “Note on Capsaicin”. Year Book of Pharmacy…: 24-25 . “Report on the active principle of Cayenne pepper”. Year Book of Pharmacy…: 485-488. (1877).
- ^ “John Clough Thresh, M.D., D. Sc., and D.P.H.”. The British Medical Journal 1 (3726): 1057-1058. (1932). PMC 2521090. PMID 20776886 .
- ^ J King, H Wickes Felter, J Uri Lloyd (1905). A King's American Dispensatory. Eclectic Medical Publications. ISBN 1888483024
- ^ Karl Micko (1898). “Zur Kenntniss des Capsaïcins”. Zeitschrift für Untersuchung der Nahrungs- und Genussmittel 1: 818-829. doi:10.1007/BF02529190 .
- ^ Karl Micko (1899). “Über den wirksamen Bestandtheil des Cayennespfeffers”. Zeitschrift für Untersuchung der Nahrungs- und Genussmittel 2: 411-412 .
- ^ E. K. Nelson (1919). “The constitution of capsaicin, the pungent principle of capsicum”. J. Am. Chem. Soc. 41: 1115–1121. doi:10.1021/ja02228a011 .
- ^ Ernst Späth, Stephen F. Darling (1930). “Synthese des Capsaicins”. Chem. Ber. 63B: 737–743.
- ^ 小菅貞良、稲垣幸男、奥村弘「蕃椒辛味成分に関する研究(第8報) : 辛味成分の化学構造について(その5) 辛味成分IIの化学構造」『日本農芸化学会誌』第35巻、1961年、923–927頁、doi:10.1271/nogeikagaku1924.35.10_923。; (en) Chem. Abstr. 1964, 60, 9827g.
- ^ 小菅貞良、稲垣 幸男「蕃椒辛味成分に関する研究(第11報) 二辛味成分の定量と含量」『日本農芸化学会誌』第36巻、1962年、251-254頁、doi:10.1271/nogeikagaku1924.36.251。
- ^ Rudolf Buchheim (1873). “Über die 'scharfen' Stoffe”. Archiv der Heilkunde 14: 1ff.
- ^ R. Buchheim (1872). “Fructus Capsici”. Vierteljahresschrift fur praktische Pharmazie 4: 507ff.
- ^ Endre Hőgyes (1877). “Adatok a paprika (Capsicum annuum) élettani hatásához”. Orvos-természettudumányi társulatot Értesítője.; reprinted in: Orvosi Hetilap [Medical Journal] (1878), 10 pages. Published in German as: "Beitrage zur physiologischen Wirkung der Bestandtheile des Capiscum annuum (Spanischer Pfeffer)" [Contributions on the physiological effects of components of Capsicum annuum (Spanish pepper)], Archiv für Experimentelle Pathologie und Pharmakologie, vol. 9, pages 117-130 (1878). See: http://www.springerlink.com/content/n54508568351x051/ .
- ^ F.A. Flückiger (1891). Pharmakognosie des Pflanzenreiches. Berlin, Germany: Gaertner's Verlagsbuchhandlung
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- ^ I. Guzman, P.W. Bosland, and M.A. O'Connell (2011). “Chapter 8: Heat, Color, and Flavor Compounds in Capsicum Fruit”. In David R. Gang, ed.. Recent Advances in Phytochemistry 41: The Biological Activity of Phytochemicals. New York, New York: Springer. pp. 117-118
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