ギャングス
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ギャングスは、かつてジャニーズ事務所に所属していたアイドルグループ・兼バンドグループである。 「リトル・ギャング」や「白虎隊」の後身であり、「ANKH」の前身となったグループ。
メンバー
[編集]- 結成メンバー
- 松原秀樹 (まつばら ひでき、1961年11月2日 - )大阪府大阪市出身、ベース担当。愛称:ひでき。
- 大野祥孝 (おおの よしたか、1962年2月15日 - )東京都練馬区出身、キーボード担当。愛称:おーちゃん。
- 曽我泰久 (そが やすひさ、1963年1月7日 - )東京都北区出身、ギター担当。愛称:やっちん。
- 長谷部徹 (はせべ とおる、 1963年6月21日 - )千葉県習志野市出身、ドラム担当。
- 途中から参加したメンバー
- サポートメンバー
概要
[編集]- 1976年に、元「リトル・ギャング」の松原・曽我と、元「白虎隊」の大野・長谷部が合体する事で結成し、川崎麻世のバックバンドとして活動。 また、渋谷哲平のバックも時折担当した。
- バックバンドの活動以外にも、1976年に「ジャニーズ少年団」の一員として、日本テレビの早朝子供番組『おはよう!こどもショー』のオープニングテーマや挿入歌を発表したり、テレビ朝日にて放送されていた子供番組『とびだせ!パンポロリン』に、歌のお兄さん役でレギュラー出演し、子供向けの歌を唄うアイドルグループとしての側面を見せていた。途中、メンバーの松原がドラマ『ゆうひが丘の総理大臣』の撮影で忙しくなると、まだ『3年B組金八先生』でデビューする前だった田原俊彦が、松原の代役で出演していた。
- 『ヤンヤン歌うスタジオ』(テレビ東京)にもレギュラー出演。この番組では、バックダンサーとして出演。榊原郁恵の『いとしのロビン・フッドさま』などでもバックを務めた。
- 1978年、音楽経験が豊富だった伊藤栄悟が新たに加入。 同年10月28日 - 29日には5人のメンバーで日劇『ヤング!ロックン・ロール・フィーバー 麻世 vs レイジー』に出演し、川崎麻世のバックバンドを務める。
- グループ最後期の1980年、更に新メンバーとして、ボーカル担当の柴谷英樹を迎える。その後まもなくしてバンド名を「ANKH」に変え、1980年に『24時間テレビ 「愛は地球を救う」3』のイメージソング「イマジネーション」で、フォーライフ・レコードからレコードデビューを果たした。
エピソード
[編集]- 楽器パートは、大野がギター、長谷部がドラムというのは最初から決まっていたが、残りのパート(ギターとベース)を決める際、松原と曽我の間で「ベースなんて地味だから嫌だ」と、ギターを取り合って喧嘩になった。そして最終的にジャンケンの3回勝負をして曽我が勝ち、松原がベース、曽我がギターに決まった。
主な出演作品
[編集]バラエティ番組
[編集]ステージ
[編集]- JOE vs JJS + GANGS 1976 サマー・ビッグ・シティ・コンサート(1976年8月9日 - 23日)
- 第56回 日劇ウエスタン・カーニバル(1976年8月24日 - 28日、日本劇場)
- ジャニーズ・ジュニア Jump up スターパレード ’77(1977年冬)
- ヤング!ロックン・ロール・フィーバー 麻世 vs レイジー(1978年10月28日&29日、川崎麻世のバックバンドとして出演。日本劇場)
ディスコグラフィ
[編集]シングル
[編集]- 『巨人の好きな子この指とまれ』(1976年10月、日本コロムビア)
- ※B面曲の『あいつの机』を歌っているのは、ジャニーズ少年団ではなく、ささきいさお。
アルバム
[編集]- 『とびだせ!パンポロリン 思い出のアルバム』
- (1980年3月1日。かおりくみことの共演曲『とびだせ!パンポロリン』を収録)
未音盤化曲
[編集]- 『おはよう!グッドモーニング』(1976年)
- 「ジャニーズ少年団」名義の楽曲。 作曲:ミッキー吉野。日本テレビ『おはよう!こどもショー』のオープニングテーマだったが、レコード化はされなかった。
- かわいいマリリンモンロー
- 他多数