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グローズヌイ (駆逐艦・2代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
グローズヌイ
基本情報
建造所 レニングラードの造船所
運用者  ソビエト連邦海軍
艦種 駆逐艦
級名 グネフヌイ級駆逐艦
艦歴
起工 1935年12月21日
進水 1936年7月31日
就役 1938年12月9日
その後 1960年9月15日スクラップとして処分
要目
排水量 1,612トン
全長 370ft 1in(112.8m)
最大幅 33ft 6in(10.2m)
吃水 15ft 9in(4.8m)
機関 蒸気タービン 2基
推進 スクリュープロペラ 2軸
最大速力 38ノット(70km/h)
乗員 236名
兵装 130mm単装砲 4門
76.2mm単装高角砲 2門
45mm単装高角砲 2門
12.7mm対空機関銃 2門
21インチ3連装魚雷発射管2門
機雷95発
爆雷25発
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グローズヌイロシア語:Грозный「恐ろしい」の意)は、1930年代後半に建造されたソ連海軍グネフヌイ級駆逐艦。なお初代は、1904年に就役したロシア海軍駆逐艦。

艦歴

[編集]

レニングラードの造船所190号にて1935年12月21日に起工、1936年7月31日に進水、1938年12月9日に就役した。バルチック艦隊に配属された後、1939年5月に白海・バルト海運河経由で北方艦隊に転属した[1]フィンランドとの冬戦争中、同型艦グロームキイとともにペツァモ沖に機雷を敷設した[2]。冬戦争後、グローズヌイは11月から1941年6月8日まで修理を行っていた[Note 1][4]

第1駆逐艦隊に配属されているグローズヌイは1941年7月23日から24日にかけて同型艦のソクルシーテリヌイ機雷敷設艦カニンとともに白海の入り口に機雷を敷設し、その4日後にもカンダラクシャ湾に機雷を敷設した。8月の中旬、カレリアの海岸沿いを航行する船団を護衛し、8月の下旬にはソクルシーテリヌイとともにスピッツベルゲン島からの避難民を乗せた船をアルハンゲリスクまで護衛した。その1週間後、イギリスからの最初の護送船団を護衛した。9月10日から15日にかけて、グローズヌイと第1駆逐艦隊(ソクルシーテリヌイ、グレミャーシチイ、グロームキイ)は、イギリスの機雷敷設艦アドヴェンチャーから提供された機雷を用いてルイバチー半島沖に2つの機雷原を敷設した。10月24日から11月上旬にかけてはザーパドナヤ・リッツァ川付近のドイツ軍基地に対して130mm砲にて砲撃した。12月17日にはソクルシーテリヌイとともイギリスの重巡洋艦ケントを護衛し、英国の掃海艇と交戦したドイツの第8駆逐艦隊の迎撃を試みたが失敗した[5]

1942年1月に改装した後、グロームキイとともに軽巡洋艦ナイジェリアを護衛し、2月20日にPQ11船団と合流したが、強い嵐のため帰港を余儀なくされた。3月5日、グローズヌイは燃料切れになったグロームキイを救助するために航行し、115トンの石油を補給したが、3月7日に座礁し、スクリューと舵を損傷した。修理は3月23日に始まり、5月8日まで続いた。修理完了後はいくつかの護送船団を護衛し、1943年3月27から28および30日から31日にかけてはバクーおよびグロームキイとともにノルウェー沿岸でドイツ軍の補給艦を迎撃しようとしたが失敗に終わった[6]。その後RA54船団 JW55A船団 JW56A船団 JW56B船団 RA56船団 RA59船団などを護衛し、1945年3月6日に赤旗勲章を受章した[7]

戦後、1948年6月26日にバルチック艦隊に戻されたのち、1956年8月21日までの長期にわたる近代化を経て、1958年4月19日に標的艦に指定され、TsL-74と改名された。1960年9月15日にスクラップとして処分された[4]

脚注

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注釈

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  1. ^ Platonov says that she was under repair until 20 July at Molotovsk.[3]

出典

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  1. ^ Rohwer & Monakov, p. 233; Yakubov & Worth, p. 108
  2. ^ Rohwer, pp. 10, 13
  3. ^ Platonov, p. 175
  4. ^ a b Yakubov & Worth, p. 108
  5. ^ Platonov, p. 175; Rohwer, pp. 88, 93, 99, 127
  6. ^ Platonov, pp. 175–176; Rohwer, pp. 141, 167, 175, 239; Yakubov & Worth, pp. 107–108
  7. ^ Platonov, pp. 176–177; Rohwer, pp. 286, 292, 300–301, 311, 320

参考文献

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  • Balakin, Sergey (2007) (ロシア語). Легендарные "семёрки" Эсминцы "сталинской" серии [Legendary Sevens: Stalin's destroyer series]. Moscow: Yauza/Eksmo. ISBN 978-5-699-23784-5 
  • Berezhnoy, Sergey (2002) (ロシア語). Крейсера и миноносцы. Справочник [Guide to Cruisers and Destroyers]. Moscow: Voenizdat. ISBN 5-203-01780-8 
  • Budzbon, Przemysaw (1980). “Soviet Union”. In Chesneau, Roger. Conway's All the World's Fighting Ships 1922–1946. Greenwich, UK: Conway Maritime Press. pp. 318–346. ISBN 0-85177-146-7 
  • Hill, Alexander (2018). Soviet Destroyers of World War II. New Vanguard. 256. Oxford, UK: Osprey Publishing. ISBN 978-1-4728-2256-7 
  • Platonov, Andrey V. (2002) (ロシア語). Энциклопедия советских надводных кораблей 1941–1945 [Encyclopedia of Soviet Surface Ships 1941–1945]. Saint Petersburg: Poligon. ISBN 5-89173-178-9 
  • Rohwer, Jürgen (2005). Chronology of the War at Sea 1939–1945: The Naval History of World War Two (Third Revised ed.). Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-59114-119-2 
  • Rohwer, Jürgen & Monakov, Mikhail S. (2001). Stalin's Ocean-Going Fleet. London: Frank Cass. ISBN 0-7146-4895-7 
  • Yakubov, Vladimir & Worth, Richard (2008). “The Soviet Project 7/7U Destroyers”. In Jordan, John & Dent, Stephen. Warship 2008. London: Conway. pp. 99–114. ISBN 978-1-84486-062-3 
  • Whitley, M. J. (1988). Destroyers of World War 2. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 0-87021-326-1