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ジョン・スコット (野球)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジョン・スコット
John Scott
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシシッピ州ジャクソン
生年月日 (1952-01-24) 1952年1月24日(72歳)
身長
体重
187 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1970年 MLBドラフト1巡目
初出場 MLB / 1974年9月7日
NPB / 1979年4月7日
最終出場 MLB / 1977年9月27日
NPB / 1981年8月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョン・ヘンリー・スコットJohn Henry Scott , 1952年1月24日 - )は、アメリカ合衆国ミシシッピ州出身の元プロ野球選手外野手)。

経歴

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1970年MLBドラフト1巡目(全体の2番目)でサンディエゴ・パドレスに指名され契約。

1974年9月7日にメジャーデビューしたものの、メジャー定着はならなかった。

1977年に新球団トロント・ブルージェイズに移籍し79試合に出場。4月7日の開幕戦では1番打者として球団史上最初の打者となった。

1978年セントルイス・カージナルス傘下3Aでプレーし50盗塁を記録したがメジャー昇格はならなかった。

1979年ヤクルトスワローズに入団し、来日。5月27日の対阪神タイガース戦(甲子園球場)のダブルヘッダーでは、計4本塁打(第1試合で2ラン・満塁、第2試合でソロ・3ラン)を放ち、2試合にまたがる形であったものの、日本プロ野球史上初の「サイクル本塁打」を記録した[1]。同年は第8節の6試合のうち、5試合連続で本塁打を放ち、この節だけで計8本塁打をマークするなど、長距離打者として開花した。

1980年にパワーのあるバッティングと俊足を生かした守備で活躍し、2年連続でダイヤモンドグラブ賞を獲得。

1981年も5月10日の対阪神戦で江本孟紀からサヨナラ本塁打を放つ[2]など、活躍が期待されていたが、同年5月26日の対阪神戦での守備中、甲子園のラッキーゾーンの金網に激突し、左ひざの側副靱帯を損傷[1]。以降シーズン中の復帰が叶わず、同年限りで解雇され、帰国した。

翌年にメキシカンリーグでプレーしたのを最後に現役を引退した[3]

詳細情報

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年度別打撃成績

[編集]
















































O
P
S
1974 SD 14 15 15 3 1 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 4 0 .067 .067 .067 .133
1975 25 9 9 6 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
1977 TOR 79 247 233 26 56 9 0 2 71 15 10 8 6 0 8 0 0 39 4 .240 .266 .305 .570
1979 ヤクルト 112 470 434 72 118 19 0 28 221 81 19 11 4 1 28 0 3 84 3 .272 .320 .509 .829
1980 123 488 449 63 120 22 4 16 198 69 20 13 3 3 32 1 1 70 3 .267 .315 .441 .756
1981 44 134 127 18 27 5 0 4 44 9 3 2 0 0 4 1 3 18 3 .213 .254 .346 .600
MLB:3年 118 271 257 35 57 9 0 2 72 15 13 8 6 0 8 0 0 45 4 .222 .245 .280 .525
NPB:3年 279 1092 1010 153 265 46 4 48 463 159 42 26 7 4 64 2 7 172 9 .262 .309 .458 .767

表彰

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NPB

記録

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NPB初記録
NPBその他の記録

背番号

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  • 34 (1974年)
  • 6 (1975年)
  • 11 (1977年)
  • 4 (1979年 - 1981年)

脚注

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関連項目

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外部リンク

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