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トッド・ジール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
トッド・ジール
Todd Zeile
2022年10月7日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ヴァン・ナイズ
生年月日 (1965-09-09) 1965年9月9日(59歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手
プロ入り 1986年 ドラフト2巡目
初出場 1989年8月18日
最終出場 2004年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

トッド・エドワード・ジールTodd Edward Zeile, 1965年9月9日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ヴァン・ナイズ出身の元プロ野球選手三塁手一塁手)。右投右打。

妻はロサンゼルスオリンピック段違い平行棒金メダリストのジュリアン・マクナマラ

所属したMLB11球団で本塁打を放つという、MLBの歴史上唯一の記録を持っている[1]

経歴

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ロサンゼルス・ドジャース時代 (1998年3月20日)

メジャーデビューまで

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高校卒業時の1983年6月6日にドラフト30巡目でカンザスシティ・ロイヤルズから指名を受けたが契約はせず、UCLAに進学。

3年後の1986年6月2日に、ドラフト2巡目でセントルイス・カージナルスから指名を受けプロ入りする。マイナーでは順調にステップアップをし、毎年二桁本塁打を放つ。

カージナルス・カブス時代

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1989年8月18日にカージナルスでメジャーデビューを果たす。この年は28試合に出場し、打率.256を記録。8月20日にはメジャー初本塁打も放った。

1990年は、捕手を中心に144試合に出場。打率こそ.244止まりだったが、15本塁打を放つなど持ち前のパワーを発揮。 しかし守備面では失策7、パスボール10、盗塁阻止率.316と大きな課題を残した。

1991年は、監督のジョー・トーリが守備面でジールより優れている、後のゴールドグラブ賞受賞者であるトム・パグノッツィを捕手で起用することを決め、ジールは打力を生かすために三塁手へコンバートする[2]。本塁打こそ減ったが打率.280、更に17盗塁を記録するなど、前年から飛躍した年となった。

1992年は、打撃三部門での成績が軒並みダウンしたが、四球を68個選び、出塁率.352を記録するなど少なからず収穫のあった年となった。

1993年は開幕から打点を荒稼ぎし、自身初の100打点以上を記録。

MLBストライキのあった翌1994年は、出場試合数が113試合だったにもかかわらず19本塁打を放った。

1995年は、34試合の出場で打率.291、5本塁打、22打点と好調を維持していたが、6月16日に通算141勝を記録しているマイク・モーガン投手とマイナー2選手との交換で、金銭と共にシカゴ・カブスに放出された。カブスでは79試合に出場したものの、打率.227と振るわなかった。

フィリーズ・オリオールズ時代

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1995年オフにFAとなっていたが、12月22日にフィラデルフィア・フィリーズと契約した。

1996年フィリーズでは134試合に出場し自身初の20本塁打を記録。しかし、8月29日に後日交換選手とのトレードでピート・インカビリア外野手と共にボルチモア・オリオールズへと移籍する。フィリーズは9月4日に後日交換選手としてカルビン・マドゥロギャレット・スティーブンソンを獲得した。オリオールズ移籍後は不調で、打率は.239止まりだった。

ドジャース・マーリンズ・レンジャーズ時代

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1996年10月27日に自身2度目のFAとなる。同年の12月8日にロサンゼルス・ドジャースと契約を結んだ。

移籍元年となる1997年は、久々に1つのチームでフルシーズンプレイし、自身初の30本塁打をクリアした。

1998年も打率は平凡ながら、40試合で7本塁打を放つなどまずまずの出だしだった。しかし5月14日にマニュエル・バリオス投手、ボビー・ボニーヤ三塁手、ジム・アイゼンライク外野手、チャールズ・ジョンソン捕手、ゲイリー・シェフィールド外野手の計5選手とのトレードで、マイク・ピアッツァ捕手と共にフロリダ・マーリンズに移籍する事になった。マーリンズ移籍後は打率.291と好調だったジールだが、7月31日にマイナー2選手との交換でテキサス・レンジャーズにトレードされた。この年2度目の移籍にもかかわらず、移籍後は調子をくずす事無くまずまずの成績を残している。

1999年は、レンジャーズでフルシーズンプレイし、打率.293、24本塁打、98打点という素晴らしい成績を残した。

メッツ・ロッキーズ時代

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ニューヨーク・メッツ時代
(2001年9月19日)

1999年10月28日にFAとなったジールは、12月11日にニューヨーク・メッツと契約。三塁にはロビン・ベンチュラがいたため、メッツでは一塁を守った。

2000年は22本塁打を記録したが、翌2001年10本塁打と低調な成績に終わった。ジールにとって2年連続で同じチームでフルシーズンプレイしたのは、メジャーデビューを果たしたカージナルス以来の事だった。

2002年は、1月21日の大型三角トレードによってベニー・アグバヤニ外野手と金銭と共にコロラド・ロッキーズに移籍した。メッツは更にミルウォーキー・ブルワーズグレンドン・ラッシュ投手とレニー・ハリス三塁手を譲渡。ロッキーズはクレイグ・ハウス投手とロス・グロード一塁手をメッツに放出。更にロッキーズはアレックス・オチョア外野手をブルワーズに放出。そしてブルワーズはメッツにジェフ・ダミーコ投手、ジェロミー・バーニッツ外野手、ルー・コーリアー遊撃手マーク・スウィーニー一塁手、そして金銭を譲渡した。ロッキーズでは、18本塁打、87打点を記録した。

ヤンキース時代から引退まで

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2002年10月28日にFAとなり、12月11日にニューヨーク・ヤンキースと契約した。ヤンキースでは66試合に出場したが打率.210と不調であったため、8月18日にヤンキースから戦力外通告を受け、8月20日にモントリオール・エクスポズ(現在のワシントン・ナショナルズ)と契約。34試合に出場し、まずまずの成績を残した。

2003年10月26日にFAとなったジールは、2004年2月8日にメッツと契約。2004年はメッツで137試合に出場したが打率.233と、満足のいく成績は残せなかった。この年は14年ぶりに2試合ではあるが捕手としても出場した[2]。2004年11月1日にFAとなり、そのまま引退した。

現役引退後

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引退後は映画の制作会社を設立し、プロデューサー兼俳優として関わっている[1]。また2017年からスポーツネット・ニューヨーク英語版でニューヨーク・メッツの専属アナリストとして活動している[3]

選手としての特徴

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年間100打点と年間30本塁打を一度ずつ達成している。走塁面ではあまり足の速い選手ではないが、最高で17盗塁を記録したことがある。

守備面では捕手としては前述の通りであるが、三塁手転向後も1993年の33失策など安定しておらず、平均以下の評価であった[4]

2002年と2004年に、投手として1試合ずつ登板したことがある。2002年には1回を投げて三振を1つ奪っているが、2004年は1回で5失点した。

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1989 STL 28 93 82 7 21 3 1 1 29 8 0 0 1 1 9 1 0 14 1 .256 .326 .354 .680
1990 144 570 495 62 121 25 3 15 197 57 2 4 0 6 67 3 2 77 11 .244 .333 .398 .731
1991 155 638 565 76 158 36 3 11 233 81 17 11 0 6 62 3 5 94 15 .280 .353 .412 .765
1992 126 514 439 51 113 18 4 7 160 48 7 10 0 7 68 4 0 70 11 .257 .352 .364 .717
1993 157 647 571 82 158 36 1 17 247 103 5 4 0 6 70 5 0 76 15 .277 .352 .433 .785
1994 113 477 415 62 111 25 1 19 195 75 1 3 0 7 52 3 3 56 13 .267 .348 .470 .818
1995 34 148 127 16 37 6 0 5 58 22 1 0 0 2 18 1 1 23 2 .291 .378 .457 .835
CHC 79 325 299 34 68 16 0 9 111 30 0 0 4 3 16 0 3 53 11 .227 .271 .371 .642
'95計 113 473 426 50 105 22 0 14 169 52 1 0 4 5 34 1 4 76 13 .246 .305 .397 .702
1996 PHI 134 572 500 61 134 24 0 20 218 80 1 1 0 4 67 4 1 88 16 .268 .353 .436 .789
BAL 29 132 117 17 28 8 0 5 51 19 0 0 0 0 15 0 0 16 2 .239 .326 .436 .762
'96計 163 704 617 78 162 32 0 25 269 99 1 1 0 4 82 4 1 104 18 .263 .348 .436 .784
1997 LAD 160 672 575 89 154 17 0 31 264 90 8 7 0 6 85 7 6 112 18 .268 .365 .459 .824
1998 40 170 158 22 40 6 1 7 69 27 1 1 0 1 10 0 1 24 5 .253 .300 .437 .737
FLA 66 270 234 37 68 12 1 6 100 39 2 3 0 3 31 2 2 34 4 .291 .374 .427 .801
TEX 52 213 180 26 47 14 1 6 81 28 1 0 1 3 28 0 1 32 3 .261 .358 .450 .808
'98計 158 653 572 85 155 32 3 19 250 94 4 4 1 7 69 2 4 90 12 .271 .350 .437 .787
1999 156 656 588 80 172 41 1 24 287 98 1 2 1 7 56 3 4 94 20 .293 .354 .488 .842
2000 NYM 153 623 544 67 146 36 3 22 254 79 3 4 0 3 74 4 2 85 15 .268 .356 .467 .823
2001 151 612 531 66 141 25 1 10 198 62 1 0 0 2 73 3 6 102 15 .266 .359 .373 .732
2002 COL 144 580 506 61 138 23 0 18 215 87 1 1 0 7 66 3 1 92 27 .273 .353 .425 .778
2003 NYY 66 214 186 29 39 8 0 6 65 23 0 0 0 4 24 0 0 36 3 .210 .294 .349 .644
MON 34 127 113 11 29 2 2 5 50 19 1 0 0 1 10 0 3 18 3 .257 .331 .442 .773
'03計 100 341 299 40 68 10 2 11 115 42 1 0 0 5 34 0 3 54 6 .227 .308 .385 .693
2004 NYM 137 396 348 30 81 16 0 9 124 35 0 0 1 2 44 1 1 83 13 .233 .319 .356 .675
MLB:16年 2158 8649 7573 986 2004 397 23 253 3206 1110 53 51 8 81 945 47 42 1279 223 .265 .346 .423 .769

年度別投手成績

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W
H
I
P
2002 COL 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 3 1.0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00 1.00
2004 NYM 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 9 1.0 4 0 2 0 0 0 0 0 5 5 45.00 6.00
MLB:2年 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 12 2.0 5 0 2 0 0 1 0 0 5 5 22.50 3.50

年度別守備成績

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投手(P) 捕手(C) 一塁(1B) 三塁(3B) 左翼(LF)






































































1989 STL - 23 125 10 4 1 .971 5 19 17 2 .105 - - -
1990 - 105 533 56 7 3 .988 10 136 93 43 .316 11 104 8 1 7 .991 24 11 42 7 2 .883 1 0 0 0 0 ----
1991 - - - 154 124 290 25 18 .943 -
1992 - - - 124 80 235 13 19 .960 -
1993 - - - 153 83 310 33 26 .923 -
1994 - - - 112 66 224 12 26 .960 -
1995 - - 34 310 30 7 31 .980 - -
CHC - - 1 17 0 0 3 1.000 75 35 134 11 13 .939 2 0 0 1 0 .000
'95計 - - 35 327 30 7 34 .981 75 35 134 11 13 .939 2 0 0 1 0 .000
1996 PHI - - 28 223 16 4 30 .984 106 72 179 10 13 .962 -
BAL - - - 29 24 56 3 9 .964 -
'96計 - - 28 223 16 4 30 .984 135 96 235 13 22 .962 -
1997 LAD - - - 160 105 248 26 27 .931 -
1998 - - 1 2 0 0 0 1.000 40 25 53 6 2 .929 -
FLA - - - 65 43 122 5 11 .971 -
TEX - - - 52 38 91 12 7 .915 -
'98計 - - 1 2 0 0 0 1.000 157 106 266 23 20 .942 -
1999 - - 1 1 0 0 0 1.000 155 104 294 25 23 .941 -
2000 NYM - - 151 1205 95 10 88 .992 - -
2001 - - 149 1184 112 11 105 .992 - -
2002 COL 1 0 0 0 0 ---- - - 139 87 257 21 23 .942 -
2003 NYY - - 23 181 15 1 11 .995 30 17 49 6 8 .917 -
MON - - - 34 22 67 5 4 .947 -
'03計 - - 23 181 15 1 11 .995 64 39 116 11 12 .934 -
2004 NYM 1 0 0 0 0 ---- 2 12 0 0 0 1.000 0 0 0 0 ---- 67 386 23 2 35 .995 46 38 73 8 7 .933 -
MLB 2 0 0 0 0 ---- 130 670 66 11 4 .985 15 155 110 45 .290 466 3613 299 36 310 .991 1498 974 2724 228 238 .942 3 0 0 1 0 .000
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録

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背番号

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  • 58 (1989年 - 同年途中)
  • 27 (1989年途中 - 1996年途中、1997年 - 1998年途中、1998年途中 - 1999年、2003年 - 同年途中、2004年)
  • 14 (1996年途中 - 同年)
  • 25 (1998年途中 - 同年途中)
  • 9 (2000年 - 2001年)
  • 7 (2002年、2003年途中 - 同年)

脚注

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  1. ^ a b Noah Yingling (2020年3月30日). “Colorado Rockies forgotten players: Todd Zeile”. Rox Pile. 2021年1月31日閲覧。
  2. ^ a b Zeile to make first start behind plate in 14 years”. ESPN.com. 2008年2月24日閲覧。
  3. ^ Mets Broadcasters”. MLB.com. 2021年8月18日閲覧。
  4. ^ 2002 MLB Scouting Reports: Rockies”. CNNSI.com (2002年3月19日). 2008年2月24日閲覧。

外部リンク

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