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ニオイクロタネソウ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ニオイクロタネソウ
ニオイクロタネソウ
分類APG IV
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 Eudicots
: キンポウゲ目 Ranunculales
: キンポウゲ科 Ranunculaceae
: クロタネソウ属 Nigella
: ニオイクロタネソウ N. sativa
学名
Nigella sativa L.
シノニム
  • Nigella cretica Mill.
  • Nigella indica Roxb.
  • Nigella truncata Viv.[1]
和名
ニオイクロタネソウ
英名
black caraway, black cumin, nigella, kalonji, charnushka

ニオイクロタネソウNigella sativa)は、東ヨーロッパブルガリアルーマニア)と西アジアキプロストルコイランイラク)が原産のキンポウゲ科の一年草[2][3]。ヨーロッパの一部、アフリカ北部、東はミャンマーまで、広い地域に帰化しており[1]、多くの料理でスパイスとして利用される[2]。セイヨウクロタネソウと呼ばれることもある[4]

名称

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属名Nigellaラテン語で「黒」という意味のniger指小辞がついた形であり、種子の色に由来する[2][3][5]種小名sativaは「栽培された」を意味する[2]

英語では様々な名前で呼ばれており、以下のような呼称がある。

ブラックシードやブラックキャラウェイは、セリ科の植物であるElwendia persica英語版シノニムBunium persicumと呼ぶことも)を指すこともある[10]

形態

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ニオイクロタネソウは高さ20 - 30センチメートルになり、葉は細かく分かれ、線状になるが糸状にはならない。花は通常、淡青色や白色で、花弁のような役割を持つ萼片が5 - 10枚つく。同属のクロタネソウとは異なり、総苞片はない[11]。萼片の上には蜜腺状の鱗片がある[12]。同属のクロタネソウの研究では、この蜜腺状鱗片は、実際には蜜を分泌しないものの、紫外線を反射することでミツバチマルハナバチの仲間を呼び寄せる働きがあると考えられている[13]。ニオイクロタネソウについても、ミツバチが多く訪れることが分かっている[12][14]

果実は大きく膨らんだ蒴果で、側面に稜があり、多くの黒い種子を含む。これらの種子はスパイスとして利用され、同じくブラッククミンと呼ばれるBunium bulbocastanum英語版の代替品とすることがある[2]

歴史

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メソポタミアでは、紀元前3千年紀後半から紀元前1千年紀後半まで、栽培、食用、薬用としての利用が確認されている[2]古代アッシリア(現在のイラク、イラン、シリア、トルコの一部)の楔形文字には、ニオイクロタネソウの様々な用途が記されており、例えば「幽霊が患者の上に横たわっている」場合、10シェケル(約110グラム)のニオイクロタネソウの実から作られた製剤で燻蒸することとされていた[2]

また当時は、死後の世界の旅に役立つと信じられていたと考えられていたため、ツタンカーメンの墓を含む古代エジプトのいくつかの遺跡から種子が発見されている[7][15]

紀元前2千年紀のトルコのヒッタイトのアンプラ(巡礼者がよく持ち歩いた、聖なる油や水を納める水筒のような形の小さな容器)からも種子が発見されている[16]。現在のトルコの地中海沿岸で、紀元前1350年から紀元前1300年の間に難破した船の発掘調査で、アンフォラと呼ばれる取っ手のついた背が高くて首の細い壺に入ったニオイクロタネソウの種子が発見された[2]ヘブライ語聖書イザヤ書28:25-27にも、種子についての言及がある[2]

紀元1世紀、大プリニウスは『博物誌』の中で、「git」と呼ばれる植物に言及している[5]。この植物は、一般的にニオイクロタネソウのことであると解釈されており、その種子に、様々な治癒効果があると書かれている。消化促進剤として、蛇に噛まれたときやサソリに刺されたときの解毒剤の成分として、蛇を追い払うための燻蒸剤として、またパンの調味料として推奨されている[5]

同時代のディオスコリデスも「git」の似たような使い方を示しており、催乳薬、催淫薬、駆虫薬、消毒薬としての使い方も加えている[5]ほか、「git」の過剰摂取による致命的な影響を警告している。古典や中世の文献では、Nigella属の植物(特に本種)は、ムギセンノウナデシコ科)と混同されてきたというのが通説となっている[5]。生育習性や花はまったく似ていないが、かつて非常によく見られたこの雑草は、黒い種子を持つという性質がNigella属の植物と共通している。そのため、歴史的にも同じ名前がつけられることがあり、ムギセンノウ(Agrostemma githago)の種小名は、種が「git」に似ているという意味である[5]

ルネサンス期には、レオンハルト・フックスが著書『New Kreüterbuch』の中で、当時知られていたNigella属の植物たちを明確に区別し、説明している[5]。フックスは、Nigella属の植物の種子を主にディオスコリデスや大プリニウスと同じ用途に使用し、さらに潰瘍、痛み、肺疾患に対する治療薬や駆風剤として推奨した一方で、致死的な過剰摂取について警告した[5]

ニオイクロタネソウは、旧世界では料理に風味をつける調味料として使用されていた可能性がある[2][15]ペルシャの医師であるイブン・スィーナーは、著書『医学典範』の中で呼吸困難の治療薬としてニオイクロタネソウを記述している[17]。ニオイクロタネソウはモロッコ、スーダン、その他多くの国で伝統的な薬として使用されている[18]

利用

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料理への利用

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ニオイクロタネソウの種子はスパイスとして多くの料理に使われる[2]パレスチナでは、種子をすりつぶしてqizhaと呼ばれる苦いペーストを作る[19]

乾煎りした種子はカレー、野菜、豆類に風味をつけるのに使われる。一部の文化では、黒い種子はパン製品の風味付けに使われる。ベンガル料理の多くのレシピで、スパイスの混合物であるパンチ・フォロン(5つのスパイスの混合物という意味)の一部として使用され、ナン・エ・バルバリーなどのナンに使われる[20]。また、中東ではmajdoulehまたはmajdouliと呼ばれる編みこみのひも状チーズにも使用される。

FDAは、ニオイクロタネソウをスパイス、天然調味料、または香料として使用するための一般に安全と認められるもの(GRAS)として分類している[21]

医薬品としての利用

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ニオイクロタネソウの種子に含まれる全成分のうち32%から40%を油が占める[7][22]。ニオイクロタネソウの油は、リノール酸オレイン酸パルミチン酸のグリセロールエステル、脂肪族炭化水素、アラキドン酸γ-リノレン酸トコフェロールなどが主である[2][7]。種子にはエッセンシャルオイル(0.4 - 2.5%)も含まれ、その主成分はp-シメン、チモキノン、a-ピネンカルバクロールなどのモノテルペン類である[2][7]。また、種子には微量のアルカロイド(ニゲリシン、ニゲリジン、ニゲリミン、ニゲリミン-N-オキシドなど)も含まれている[2][7]

臨床試験のメタアナリシスの一つでは、ニオイクロタネソウが収縮期および拡張期血圧を低下させる短期的な利益を有するという弱いエビデンス[23]が見つかり、ブラックシードオイルまたはパウダーがHDLコレステロールを上昇させる一方で、トリグリセリドLDLおよび総コレステロールを低下させることができるというエビデンスが見つかったが、この研究には限界もあった[24]。アフリカおよびアジアの伝統的な医療慣行においてニオイクロタネソウがかなり使用されているにもかかわらず、種子またはオイルの摂取がヒトの疾患の治療に使用できることを示す高品質な臨床証拠は不十分である[7]

脚注

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  1. ^ a b Nigella sativa L.”. Plants of the World Online. Royal Botanic Gardens, Kew. 2024年4月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r Nigella sativa”. Herbalgram, American Botanical Council (2017年). 2024年4月9日閲覧。
  3. ^ a b Hyam, R. & Pankhurst, R.J. (1995). Plants and their names: a concise dictionary. Oxford: Oxford University Press. ISBN 978-0-19-866189-4  p. 341.
  4. ^ セイヨウクロタネソウ - 素材情報データベース<有効性情報>(国立健康・栄養研究所
  5. ^ a b c d e f g h Heiss, Andreas (December 2005). “The oldest evidence of Nigella damascena L. (Ranunculaceae) and its possible introduction to central Europe”. Vegetation History and Archaeobotany 14 (4): 562–570. doi:10.1007/s00334-005-0060-4. JSTOR 23419312. 
  6. ^ a b c d e f "Nigella sativa L." Germplasm Resources Information Network (GRIN). Agricultural Research Service (ARS), United States Department of Agriculture (USDA). 2024年4月9日閲覧
  7. ^ a b c d e f g h i j k Kalonji”. Drugs.com. 2024年4月9日閲覧。
  8. ^ Nigella seed” (英語). BBC Good Food. 16 July 2023閲覧。
  9. ^ Spice Hunting: Charnushka” (英語). Serious Eats. 2024年4月9日閲覧。
  10. ^ Bunium persicum - (Boiss.) B.Fedtsch. Common Name Black Caraway”. 2024年4月9日閲覧。
  11. ^ Nigella in Flora of Pakistan @ efloras.org”. 2024年4月9日閲覧。
  12. ^ a b Suchetana Mukherjee, Aninda Mandal, Sudha Gupta, Animesh Kumar Datta (2013-05). “Pollination events in nigella sativa l.(BLACK CUMIN)”. International Journal of Research in Ayurveda and Pharmacy 4 (3): 342-344. doi:10.7897/2277-4343.04307. 
  13. ^ Hong Liao, Xuehao Fu, Huiqi Zhao, Jie Cheng, Rui Zhang, Xu Yao, Xiaoshan Duan, Hongyan Shan, Hongzhi Kong (2020-04-10). “The morphology, molecular development and ecological function of pseudonectaries on Nigella damascena (Ranunculaceae) petals”. Nature Communications 11 (1): 1777. doi:10.1038/s41467-020-15658-2.. PMC 7156421. PMID 32286317. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7156421/. 
  14. ^ Muhammad Abrar, Sajjad Ahmad, Saboor Naeem, Spogmay Naeem (2017). “Insect pollinators and their relative abundance on black cumin (Nigella sativa L.) At Dera Ismail Khan”. Journal of Entomology and Zoology Studies (5): 1252-1258. ISSN 2349-6800. 
  15. ^ a b Zohary, Daniel; Hopf, Maria; Weiss, Ehud (2012). Domestication of Plants in the Old World: The Origin and Spread of Domesticated Plants in Southwest Asia, Europe, and the Mediterranean Basin (Fourth ed.). Oxford: University Press. p. 206. ISBN 9780199549061 
  16. ^ Saliha B, Sipahib T, Oybak Dönmez, E (2009). “Ancient nigella seeds from Boyalı Höyük in north-central Turkey”. Journal of Ethnopharmacology 124 (3): 416–20. doi:10.1016/j.jep.2009.05.039. PMID 19505557. 
  17. ^ Avicenna (1999). Canon of Medicine. Chicago: Kazi Publications 
  18. ^ Hassanien, Minar M. M.; Abdel-Razek, Adel G.; Rudzińska, Magdalena; Siger, Aleksander; Ratusz, Katarzyna; Przybylski, Roman (15 July 2014). “Phytochemical contents and oxidative stability of oils from non-traditional sources” (英語). European Journal of Lipid Science and Technology 116 (11): 1563–1571. doi:10.1002/ejlt.201300475. ISSN 1438-7697. 
  19. ^ Berger, Miriam (2019年3月28日). “Is the world ready for this Palestinian dish?” (英語). BBC News - Travel. http://www.bbc.com/travel/story/20190327-is-the-world-ready-for-this-palestinian-dish 2019年3月28日閲覧。 
  20. ^ Bramen L (16 February 2011). “Nigella Seeds: What the Heck Do I Do with Those?”. smithsonian.com. The Smithsonian Online. 4 January 2015閲覧。
  21. ^ Substances generally recognized as safe: Sec. 182.10. Spices and other natural seasonings and flavorings”. US Food and Drug Administration, Code of Federal Regulations, 21CFR182.10 (2019年4月1日). 2020年5月17日閲覧。
  22. ^ “Chemical investigation of Nigella sativa L. seed oil”. Journal of the Saudi Society of Agricultural Sciences 14 (2): 172–177. (2015). doi:10.1016/j.jssas.2013.12.001. 
  23. ^ “A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials investigating the effects of supplementation with Nigella sativa (black seed) on blood pressure”. Journal of Hypertension 34 (11): 2127–35. (2016). doi:10.1097/HJH.0000000000001049. PMID 27512971. https://dx.doi.org/10.1097%2FHJH.0000000000001049. 
  24. ^ “Nigella sativa (black seed) effects on plasma lipid concentrations in humans: A systematic review and meta-analysis of randomized placebo-controlled trials”. Pharmacological Research 106: 37–50. (2016). doi:10.1016/j.phrs.2016.02.008. hdl:2318/1562112. PMID 26875640.