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ノート:ニューエイジムーブメントの危険

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特筆性タグにつき

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日本のプロテスタントの指導者の一人奥山実が「教会最大の敵」と呼ぶニューエイジの本です。プロテスタント使徒継承の教義を持つローマ・カトリックや正教と違い、聖書、教理、信条で異端を見分けるしかなく、日本におけるプロテスタントの異端判断基準として重要な著書の一つです。りぼんのマンガなど他に出典のない小作品などいくらでもあるのに、特筆性タグが付けられるのは疑問です。--Evangelical 2010年4月28日 (水) 16:20 (UTC)[返信]

ノート:キリスト教と天皇(制)にまとめて返事を書きます。--Kinno Angel 2010年4月29日 (木) 23:47 (UTC)[返信]
特筆性タグを剥がさせて頂きました。理由・議論経緯についてはノート:キリスト教と天皇(制)にありますので御参照下さい。--Kinno Angel 2010年5月1日 (土) 02:23 (UTC)[返信]
キリスト教の立場からニューエイジを批判した本として、この本の他にプロテスタントでは、ルーテル教会マリア福音姉妹会の『偽りのメシア運動』、水草修治著『ニューエイジの罠』があります。またローマ・カトリック教会も教皇庁文化評議会著、教皇庁諸宗教対話評議会による『ニューエイジについてのキリスト教的考察』を出しており、キリスト教とニューエイジ間については大きな問題と認識されています。--Evangelical 2010年4月29日 (木) 07:09 (UTC)[返信]
書籍の内容(ニューエイジ)の特筆性に関して論じられているようですが書籍自体のの特筆性を示すものではないようです。また、奇しくもEvangelicalさんが、他の書籍の例を挙げられている通り他にも多くのニューエイジに関する批判本があり、むしろこの書籍に特筆性がない事を肯定しており、反証される論拠にはなっていないと思います。(余談ですが水草修治さんの名前が挙げられていたので当方、喜んでいます。今度、水草さんに会ったとき書籍に関して問い合わせてみようと思います。関係のない話失礼いたしました。)また、他の記事との比較は無意味です。何の論拠にもなりませんこと類似するコメントに重ねて申し上げます。この書籍に、特筆性があるという『出典』を粛々と提示してください。--パウロ2003 2010年4月29日 (木) 15:46 (UTC)[返信]
「むしろこの書籍に特筆性がない事を肯定しており」とされるのが全然理解できません。ニューエイジについて、これだけ本が出ているということは、新たなる異端の重要問題として、キリスト教界が対応に追われていることの証明です。他に何の出典もない日本の漫画作品一覧の大量のマンガ群より、奥山実牧師の推薦がよほど証明になります。推薦文一つなく、その作品以外に何の出典もない日本の漫画作品一覧のマンガ群にもタグをつけてきたらどうですか。--Evangelical 2010年4月29日 (木) 15:54 (UTC)[返信]
「その作品以外に何の出典もない日本の漫画作品一覧のマンガ群にもタグをつけてきたらどうですか」と言われましたが、甚だ遺憾です。タグを付けたのはわたしではありません。また、類似の記事のコメントでも推薦等の重複するご意見を頂いておりますが「特筆性を欠いているおそれがある」というタグは決して削除を念頭に置いたものではないということだけはご理解ください。--パウロ2003 2010年4月29日 (木) 16:28 (UTC)[返信]
書籍全体の特筆性についての議論の為に、一つ有効な手段として案を出したまでです。もし他に出典のないマンガすべてに対するタグ付けに賛同されるのでしたら、膨大な量となり私一人では限界がありますので、他に協力者が必要です。--Evangelical 2010年4月29日 (木) 16:31 (UTC)[返信]

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Wikipedia:特筆性 (書籍)という草案がございますので参考にしてください。--パウロ2003 2010年4月29日 (木) 17:05 (UTC)[返信]

それは当然読んでいますが、それなら日本の漫画作品一覧との整合性について誰か説明してください。また、それはまだ草案です。--Evangelical 2010年4月29日 (木) 17:29 (UTC)[返信]
コメント パウロ2003さんが2010年4月29日に書いた「他の書籍の例を挙げられている通り他にも多くのニューエイジに関する批判本があり、むしろこの書籍に特筆性がない事を肯定しており、」という一文を併せて考えると、上記のニューエイジ批判書籍の記事の内容は、例えば「ニューエイジへの批判」としてまとめられる内容、ということではないでしょうか。ニューエイジ批判書籍はWikipedia:特筆性 (書籍)でいえば「専門書・学術書」に相当すると考えられます。それぞれの学問分野、それぞれの学説・技術はもちろん特筆性がありますが、それらを扱った学術書・専門書を記事化すると他の類書と内容はほぼ同じになる。ニューエイジの場合、クリスチャンからみた問題点はほぼ同じになる。それなら「それぞれの学問分野、それぞれの学説・技術」「ニューエイジへの批判」の記事さえあればいいのではないか?また各研究者・専門家の項目があり、こういう著書がある、こう書いてる、と記してあれば、各書籍の項目を立てる意味は薄いと言えるでしょう。
漫画の場合、各作品のあらすじ・登場人物は別物です。性質上例えば「日本の漫画」でまとめて書くというわけにはいきません。--波定 2010年5月23日 (日) 12:52 (UTC)[返信]
それが各教派で同じではないのです。ニューエイジの宗教多元主義に対する警戒感について共通する点があるかと思いますが、ローマ・カトリックとプロテスタントで相違があります。マリア福音姉妹会の本は世界教会協議会(WCC)もニューエイジと結びついていると書いています。マリア福音姉妹会の本は100ページにもならず、水草師の本が164ページの小冊子であるのに対し、尾方師の著書はマリア福音姉妹会、水草師の本も参考文献にあげて382ページあり、内容も先の二冊より広く詳細になっています。マリア福音姉妹会はWCC系エキュメニズムに、水草師、尾形師の本は多元主義だけではなく、ローマ・カトリックの宗教的包括主義にも疑義を呈していることもあり、これにローマ・カトリックが同意するとは考えにくいのです。そこでローマ・カトリックも含めた記事を書くより、先のプロテスタントの二作を踏まえた内容になっているこの本を書く方が網羅的で容易であり、POVも発生しにくいのです。--Evangelical 2010年6月12日 (土) 07:12 (UTC)[返信]
全く、とは言ってないです。正教会やカトリックでの違う部分、のような細部ではなく、キリスト教の中心的教義への論難には同様の反発がなされるはずです。たとえばイエスが神ではなく、単なる偉大な宗教指導者だったとか、アセンデッドマスターだとかいう主張です。その他、教会がイエスの真の教えを抹殺したという陰謀論や、汎神論(多神教的部分)など批判者がキリスト教である限り抵触し、批判対象となる部分は存在します。まとめることのできる大きな共通部分があります。その上で各論者、各教派からなされた批判内容を、節を設けて説明すれば問題ありません。カトリック批判についても「ローマ・カトリックへの批判」という記事で説明すればいいでしょう。主張に重なる点があるからといって「ニューエイジへの批判」でカトリックへの批判をも含む必要があるとは考えません。書くとしても「他宗教に融和的態度をとることについてはカトリックも批判されている」ぐらいでよいと思います。--波定 2010年6月15日 (火) 06:59 (UTC)[返信]