ノート:三法印
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蔑称の言い換えについて
[編集]出典に現れる蔑称をそのまま使用したい旨を編集要約欄にて発表し、そのように編集していた利用者がおりましたが(参照)、その根拠となっているらしい一文が無出典であった(参照)ことがわかりましたので、この文を削除しておきました。これにより、現状では、「部派仏教」への言い換えを拒む文脈は三法印の記事に存在していないと思います。--Leonidjp(会話) 2017年9月18日 (月) 22:55 (UTC)
問題点の指摘
[編集]2017-09-15
[編集]出典たる資料に載っていない事柄が、あたかも載っているかのように見せかけられていました(参照)。WP:BP#虚偽情報の記載に該当しうるもの。2017/09/19(UTC)時点では修正済みです。--Leonidjp(会話) 2017年9月19日 (火) 03:26 (UTC)
2017-09-19
[編集]出典たる資料(広説仏教語大辞典p.701、および、コトバンク「法印」のページ)に「諸法実相印」という単語が存在していないのに、あたかもそれらのページにその語が存在しているかのような見かけがでっち上げられているのを見つけました(参照)。この種の「でっち上げ」的創作が継続されるようなら、WP:BP#虚偽情報の記載として投稿ブロックの対象にもなりうるでしょう。※ちなみに広説仏教語大辞典p.927には「諸法實相印」という項目がありますが、同辞典p.701に書かれている内容との関係性は不明です。p.927の諸法實相印の説明文は極めて短く、たったこれだけ↓ですので。
- 智顗に由来する。ナーガールジュナは三法印のほかに別の法印を立てなかった。〈『法華玄義』八上(大)三三巻七七九下〉
--Leonidjp(会話) 2017年9月19日 (火) 03:17 (UTC)
- 名数のもっぱら「3」にちなんだページを編集をしていて、たまたま知っていた仏教用語の三法印のページの誤りに気づいただけなのに、多大な興味を寄せていただきまして光栄です。
- ご指摘の点について、中村元氏は三宝印も無常印、無我印と端折っているので端折っただけと思われますが、念のため出典に忠実に修正いたしました。文意の流れも日本語の補足web出典が見当たらず、中文のものがたまたま検索上位に上がったのでそれで補強し、調整しておきました。--日経美痔根巣 須空流(会話) 2017年9月19日 (火) 17:05 (UTC)
- コメント 今後のために書き添えておきますが、くだんの広説仏教語大辞典p.701には實相印という見出し語が、独立の項目として立てられており、この語の典拠となる文献名も複数挙げられているくらいですから、「實相印(実相印)というのは中村元が便宜的に作った略称(=端折った書き方)だ」というように判断するのは早計だと思います。すくなくとも、この辞典のみに拠るかぎりは。それから、中村元が三法印を「無常印、無我印と端折っている」というのも、p.701の読み方としては不正確です。中村はそこで「無常印」・「無我印」とは書いておらず、下記のように書いていますので↓。
- 小乗仏教の三法印(無常・無我・涅槃)
- 中村はこのように、無常や無我に「印」の字を付けてません。--Leonidjp(会話) 2017年9月20日 (水) 09:24 (UTC)
- コメント 今後のために書き添えておきますが、くだんの広説仏教語大辞典p.701には實相印という見出し語が、独立の項目として立てられており、この語の典拠となる文献名も複数挙げられているくらいですから、「實相印(実相印)というのは中村元が便宜的に作った略称(=端折った書き方)だ」というように判断するのは早計だと思います。すくなくとも、この辞典のみに拠るかぎりは。それから、中村元が三法印を「無常印、無我印と端折っている」というのも、p.701の読み方としては不正確です。中村はそこで「無常印」・「無我印」とは書いておらず、下記のように書いていますので↓。