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ノート:創価学会/過去ログ4

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検証不可能な記述の削除について 

上記ドイツの件の削除でこのような合意が図られたならば、同様にフランスについての記述も日本語による検証が難しいと思われます。

日本語による文献/文書引用を行っての記述もないようですし、フランスに関する記述について、少なくとも一旦は削除すべきことを提案します。

--G.KOSHINO 2008年11月20日 (木) 14:44 (UTC)


G.KOSHINO氏の提案に賛同します。--Pass Lab 2008年11月23日 (日) 17:52 (UTC)


私も、G.KOSHINOさんのご提案に賛同します。 --Necessary 2008年11月25日 (火) 1:28 (UTC)

G.KOSHINO氏の提案がノートに於ける合意に達し、同提案が成立したものと宣言します。ページ保護の解除後、ドイツに関する記述と併せてフランスについての記述を削除します。これらの記述を当ノートにおける合意なしに復活させることはできません。--Pass Lab 2008年12月1日 (月) 02:52 (UTC)

ローカルルール2に基づき検証可能性に関し信頼できる情報源に該当しないと思料される出典先及びそれに基づく記述を削除しました。すなわち当該出典先の編集者は、日本における複数の民事訴訟において名誉毀損に基づく損害賠償を命じられており、それらの判決で学会批判を生業としている等と指摘されるなど、著しく中立性の欠如した筆者であり、検証可能性に記されている「事実確認について評判がよくない情報源、あるいは事実確認の機能を欠く情報源(「TVで観た」等)、または編集上の監督を欠く情報源」に該当するとみなされます。また削除した部分は、いずれも潜在的に紛争の元となる危険性を孕んでおり、当該部分の復活に関しては、適切な出典を示したうえで当ノートで議論すべきであると提案します。--Pass Lab 2008年12月31日 (水) 14:52 (UTC)


Pass lab氏のご提案に異論ありません。相当数において適切な出典を欠く記載があると考えられますので、少なくともノートでの議論を通していくというのが筋でしょうね。--G.KOSHINO 2008年12月31日 (水) 17:34 (UTC)

通りすがりのギャラリーです。架空のギャラリーとは申しますが、発言する人は小数ながら、案外みんなこういうところは見ているものですよ。衆人環視だということを忘れないで下さい。 以前の記事で読んだカルト・セクト問題が削除されていたので、不審に思ってノート拝見させて頂いた次第です。過去に白熱した議論があったようですね。 雑音が多くて、なかなか論点が掴めずに読むのに苦労しましたが、主な論点は「カルトと認定された」か否かということでよろしいでしょうか?

私はドイツ語もフランス語は読めないので、残念ながらカルト認定の議論についていくことはできないのですが、 http://www.miviludes.gouv.fr/IMG/pdf/Rapport_MIVILUDES_2005-2.pdf フランス語を読めなくてもフランスの議会がカルト・セクトを話し合う席上で創価学会を名指しで問題に取り上げているのは間違いないんです。良いとか悪いとかではなくて、フランスにはフランスの価値観があって、それに基づいて議会が議論しているわけです。 カルト・セクトが問題になっているのは海外での事例ですので、日本語で入手できる情報がほとんど2次情報に限られているということもあって、信頼に足る情報を得ようとすれば原文にあたる他ないと思います。ソースが絶対に日本語でなければならない理由はありません。言葉の解釈が争点になるのであれば、争点を棚上げすればいいのではいですか?なぜ全否定して初めから無かったことにしてしまうのでしょう? もちろん悪意に基づく中傷や根拠のない捏造は論外ですが、あったことを恣意的に無視することも誠実な態度とは言えません。wikipediaの記事が完璧であった試しはないし、その必要もありません。規約を盾に自由な編集が妨げられるようなことがあってはなりません。

これでは一体誰の為のWikipediaなんでしょう? 良くも悪くも、創価学会は賛否両論たくさんある組織なんです。 利用者はその賛否両論こそ一番知りたいところではないのでしょうか? 思うに、現時点での記事は骨抜きになっているようで百科事典としての価値があるとは思えません。 創価学会に関してはアンチ・シンパ両極端で、過去のノートを拝見した限りにおいては、結局全か無かの結果となってしまいなりがちです。これではいつまで経っても中立の観点など望むべきもないのでしょうか。いっそうこんな記事なら項目ごと削除したほうが良いのでは?となるとまた元に戻ってしまいますね? 冷静に議論を積み重ねて下さい。決着がつかない議論は棚上げするという判断も必要ではないでしょうか。 --成明 2009年5月6日 (水) 12:13 (UTC)

ごく冷静な観点に基づけば、(査読制度を採用するなど)権威ある日本語の文献によって検証することが可能でない事実について、日本語のWikipediaで記述する必要はないでしょう。「賛否両論」や「利用者の知りたい事」を記述することがWikipediaの目的ではありません。成明さんは今一度、Wikipediaの趣旨に関わる諸ページをご覧いただいたほうがよろしいかもしれません。殊に名誉棄損や信用棄損など民事・刑事にわたる不法・違法行為に関わる蓋然性のある記述は、臆病なほど厳密に検証・検討すべきなのだと認識しております。軽はずみな好奇心や恣意的な思惑に基づく記述は、切に避けたほうがよろしいでしょう。成明さんが望む内容を、ご自身で英語ページないし仏語ページでご自由に書き込んではいかがでしょうか。--Pass Lab 2009年5月7日 (木) 16:55 (UTC)

"権威ある"とはどういう意味なのでしょうか。Pass Labさんの意見がもしWikipediaの公式な見解だとしたら、外国に一次ソースがある全ての情報がその各国の言語でしか参照できないWikiだと言うことになってしまうと思われます。少なくとも、いち利用者として創価学会という組織に関する”風評”も重要な情報の一つであり、またWikiのような情報を参照するためのページで表記されるべき事だと考えます。"日本語の権威ある文献では未確認"と明記して書く方が、自然なのではないでしょうか。 --BeepCap 2009年10月15日(木) 09:05 (UTC)

BeepCapさん。まずはWikipedia:信頼できる情報源Wikipedia:検証可能性をよくご覧ください。一次ソースが外国語の情報でも、日本語で検証可能かつ信頼できる二次情報を提示すれば記載できます。一方、噂や風聞の類いは、信頼できる情報源による裏付けがなく、検証可能性を充足できないため、これらを記述することは認められません。風聞を書きたければ、それに相応しいブログや巨大掲示板において、自己責任で行うということになるかと思います。ウィキペディアが目指すのは、根拠の薄弱な噂を寄せ集めた掲示板ではなく、信頼性の高い百科事典です。--Pass Lab 2009年10月16日 (金) 06:53 (UTC)
Pass Labさん。ご紹介くださったリンク先Wikipedia:信頼できる情報源には ”例えば、相当する記事が英語の新聞にないような場合以外は、外国語の新聞を情報源として使ってはいけません。"とあります。今回はまさにこのケースで、外国語の情報が日本語(我々の母国語)の新聞に内容な場合に相当すると思われますが、如何でしょうか。--BeepCap 2009年10月16日 (金) 14:44 (UTC)
「日本語の権威ある文献では未確認」という言い回しも不自然な感じがするが…。「外国語の情報が日本語(我々の母国語)の新聞に無いような場合に相当する」、まあ結局、同じ結論にいたるのか。書けないという、ね。--Helvetical 2009年10月24日 (土) 16:53 (UTC)

私は今回の問題について、外国語による一次資料を元に記述を加えることに、全く障害を感じません。 Wikipedia:検証可能性において、“ウィキペディア日本語版では、可能な限り日本語による情報源を示すべき”とありますが、これは外国語による情報源を否定するものではありません。 さらに、Wikipedia:検証可能性において、一次資料の取り扱いについても注意を要する旨が示されていますが、 参照されるべき資料を諸外国の政府文書であると仮定するならば、それは強固な信頼性を備えたものであり、 情報源として扱うに足る存在であると言えます。 直接の参照はできませんが、政府の文書によってカルトと分類された団体一覧の記事は参考に値するでしょう。 記述の復活を望みます。--114.178.170.52 2010年3月11日 (木) 19:35 (UTC)

レッテル貼りは止めましょう

たしかにフランスのMIVILUDESが、かつて、1990年代、"セクト"(日本語で言えばカルトに類似した概念)を扱う文書でSGIについても言及していた時代がありましたが、2000年代に入ってからMIVILUDES文書はSGIに言及することもほとんどなくなり(せいぜい2005の一回だけ、しかも若干でしょう?)、MIVILUDESの文書の2006年版以降では、もうSGIについては全然言及していません。

かつて言及されていたのは、一部はMIVILUDES側のSGIに対する誤解が含まれていたことによる面もあるのでしょう。何しろ、フランスはカトリック信者が6~8割にも達する国ですから、大乗仏教というものに対する根本的な無知・理解不足・偏見がありますし、ヨーロッパ人特有のアジアの文化に対する偏見もあります。ヨーロッパ人の人種的な偏見は、それはそれは強烈ですよ。

例えば次のような事例を考察してみると、フランスやMIVILUDESで起きていることがよく理解できます。MIVILUDESでは、ある信者が自分の子供に対して宗教的な場に連れていったり、信仰(信心)を説くことを問題視することがあり、それを根拠にしてセクト的(カルト的)として言及することがあります。ところで、フランスで多数派のカトリックでは幼児洗礼(赤ちゃんのうちに、親の決定で、洗礼を受けさせてしまうこと)が一般的です。また、幼いころから当然のように教会に連れてゆき説教を聞かせます。聖書の内容の話だってしますし、「主の祈り」だって暗誦させるでしょうし、食事の前にはお祈りだってさせるでしょう。これを外部から見る醒めた視点をとってみますと、ある意味で、子供本人の意思を完全に無視したことが行われていることになります。さて、MIVILUDESはこれに対してどのような告発を行っているでしょうか? なぜかMIVILUDESは、カトリックにおける幼児洗礼や子供を教会へ連れてゆくことは問題視していませんし、文書に、カトリック信者の行為をセクト(カルト)として告発することもしていません。 これはいかがなものでしょう? つまり、こちらとあちらでは判定基準をご都合主義的に変えてしまっているということです。どうですか? 冷静に考えてみれば、MIVILUDESの構成員やその文書は、真の意味では中立的とはとても言えないでしょう。

MIVILUDESのメンバーは、人種的・歴史的・宗教的偏見含みで、拙速なレッテル貼りをしてしまった可能性は充分にあります。もしかしたら、MIVILUDESのメンバーも最近では自分たちの傲慢さや愚かさに少しばかり気づいて、少しづつですが反省する傾向が出てきているのかも知れません。(あるいはもしかすると、MIVILUDESの文書で指摘されたことをきっかけとして、SGIのフランスでの活動のしかたが慎重でひかえめになってきた面もあるのかも知れませんが。だとしたら、それはそれで現実問題として最近は該当しない、問題は無いということでしょう)

ちなみにWikipediaの記事「政府の文書によってカルトと分類された団体一覧」は、ここ数年の情報を反映してしていないようです。あの記事の過去の投稿履歴や投稿者(およびその仲間)の傾向などを、過去をさかのぼってじっくり分析してみると、どうもあの記事投稿者の大多数は、中立的ではなく、何らかの宗教の熱心な信者の方々のようで、純粋に学問的立場というよりも、特定の宗教の信者的な立場で創価学会に対して攻撃がしたかったり、悪いレッテルを貼るネタにしたいがために、特定の方法で情報を取捨選択しあの記事を書いているようです。そういう、いわば学問的でない、他者を誹謗したいという動機で記事を書いたものだから、2000年代に入ってSGIが言及されなくなると、それはあえて書きたくない、という気持ちが働いて、近年の文書の(SGIについては非言及の)文書の情報を載せようとしないのでしょう。動機が不純なのです。(私はどこの組織にも汲みしませんので、Wikipedia:中立性として)まったく困ったものだと思われます。

つまるところ、MIVILUDESでの言及はすでに過去形のことであるし、そもそもMIVILUDESという組織自体の構成員がほぼ全員ヨーロッパ人(=非アジア人)で、はっきりと表明はされていないがおそらく実際上クリスチャンが多いであろうことから、本当に世界的な視点で見て、第三者的である保証も、客観的に見て正しい判断をしているという保証もどこにもないので、Wikipediaの記事としては、これ以上、MIVILUDES文書をネタにして強引にレッテル貼りをするのは止めておいたほうがよいと思われます。--朝散歩の達人 2010年3月13日 (土) 07:23 (UTC)

保護解除について

編集合戦を理由に保護されていますが、みたところ編集合戦があるとは思われません。保護解除でよろしいのではと考えます。あるいは感情的な荒らしが多いということなのでしょうか。--Pass Lab 2009年2月2日 (月) 17:29 (UTC)

私の会話ページにお声かけがあったのでご返事いたします。1月25日から8日間で編集50回以上、そのうち(複数の執筆者による)記事の単純削除22回、単純リバート4回(悪戯対処のリバート1回を含まず)、内容の戻し1回、よって編集合戦状態と判断しました。Miya.m 2009年2月3日 (火) 01:04 (UTC)

私も、保護は解除すべきであると思います。 まず、編集合戦があるとは思われません。それに、最近の編集の性質を分析すると、主に

1)出典先が明示されていない記述の削除

2)出典先が明示されていたとしても信頼性に乏しいものの削除

3)検証不能な記述の削除

4)表記の中立化

の4点に分類されます。いずれも、ウィキペディアの「基本的な方針」に即した、至極当然の編集です。

ネット上での書き込みについても、名誉毀損にあたる恐れがあるものは、特に注意して書くべきだと思います。最近でも、いくつかの件で事件化、有罪化されており、社会の注目も集まっています。(下記参照)

単に編集の「回数」だけを見て判断するのではなく、編集の中身を見るべきではないでしょうか。

より公平中立な記述を確保するため、編集保護は解除すべきだと思います。

(参考)

http://www.asahi.com/national/update/0130/TKY200901300223.html

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009020300138&genre=C1&area=Z10

http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20090206-457776.html

--Necessary 2009年2月5日 (木) 2:27 (UTC)

たしかに編集回数は増えてますよね。ただ単純な削除もG.KOSHINOさんによる提案(検証不可能な記述の削除)を実行していると思われるものが数多いので、解除しちゃっても大丈夫かと。荒れたりしたらまた保護かければいいわけですから。--空クロレラ 2009年2月5日 (木) 14:38 (UTC)

そもそも「編集合戦」とは「2人またはそれ以上の執筆者が他の人が行った編集の一部または全部の差し戻しを繰り返すこと」(Wikipedia:編集合戦)であり、単純に編集回数が多い事のみを意味するわけではないと思われます。この点はNecessary氏に賛同します。創価学会をめぐっては2月3日、インターネットの掲示板で名誉を棄損されたとして損害賠償を求めた裁判で全面勝訴するという出来事がありました。同会がネット上の名誉棄損に対して毅然たる態度で臨んでいることが明白であるという情勢を踏まえれば、ウィキペディアにおいても、紛争の火種となりうる表記については、慎重の上にも慎重を期した編集が必要となるでしょう。私の編集回数がかさんだのも、そうした基準に準ずる形で潜在的に紛争となりうるクリティカルな表記を削除する点に主眼を置いた結果であったことを付言しておきます。いずれにせよ、論理的根拠に乏しい今回の保護を即時解除すべきだと提言します。意見のある方は、2月15日ごろまでに表明してください。--Pass Lab 2009年2月9日 (月) 15:39 (UTC)

その裁判の結果から言うと、つまり、ネット上で、例えば創価学会の名誉を毀損するような記事を書いて、それが事実であるというに足る出典なり証拠なりがない場合、書き込んだ人が訴えられる可能性があるってことですか?そうなると、ウィキペディア上でも記述は慎重に行った方が良いと思います。ですから、偏った記述内容の場合は特に、出典が曖昧であったり、検証不可能であったりしたものを削除することは、無難な選択ではないでしょうか。それに、最近の編集の内容を見ると、編集合戦というよりは、より中立性のあるものにしようと執筆者の皆さんで試行錯誤されていらっしゃるような、そんな良い印象でしたが…。--Yasupim 2009年2月9日 (月) 17:17 (UTC)

もし保護解除に賛成でしたらWikipedia:保護解除依頼にまで投票お願いいたします。--Web comic 2009年2月9日 (月) 20:00 (UTC)


離反者による批判について

項目内容にそぐわない記述を削除しました(荒しと思われるIP = 220.96.154.21による記述)。この内容を掲載するのであれば、当ノートで適切な新項目の設置を提案したうえで、合意が成立してから書き込むべきかと考えます。--Pass Lab 2009年2月21日 (土) 16:23 (UTC)

過去ログ化の提案

ページのサイズが574キロバイトに達していること、議論が落ち着いていることから、「ドイツに関する記述の削除について」までの部分について過去ログ化を実施してはどうかと提案します。過去ログ化と同時に、コピペが連続している箇所について、本旨を変えない範囲でリファクタリングを行いたいと思います。数日後に実行したいと思います。--Pass Lab 2009年2月21日 (土) 16:42 (UTC)

過去ログ化とリファクタについて、Pass Labさんのご意見に賛成です。議論も落ち着いているし、ブロードバンドのくせに、この項を読み込むまで、かなり時間かかりますからね。--空クロレラ 2009年2月22日 (日) 03:59 (UTC)

Pass Labさんの意見に賛成です。私も、そのことを言おうと思っていました。同じ事が何度も書かれているし、全体が非常に煩雑です。ていうか、ほとんどがコピペでしょ。わざと議論を不透明にする企てとしか言いようがない。議論が落ち着いた今、本旨を変えない程度で整理するのは、何の問題もないと思います。少なくとも、コピペ部分は、単純に削除しちゃってもいいのではないでしょうか。--Necessary 2009年2月23日 (月) 00:25 (UTC)

確かに、だいぶ読みにくかったですからね。過去ログ化とリファクタリングの御提案に賛意を表します。落ち着いているのですから整理できるところはしてしまった方が良いと思います。--Yasupim 2009年2月23日 (月) 17:57 (UTC)

過去ログ化しました。--Pass Lab 2009年3月1日 (日) 15:55 (UTC)

地方組織の公式サイトを掲載することについて

北海道から沖縄までの地方組織の公式サイトを掲載するのはWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアはミラーサイトでもリンク集でもありませんWikipedia:外部リンクの選び方に照らした場合あえて掲載するべきリンクではないと思いますがいかがでしょうか。SOKAnet (創価学会 公式サイト)(日本語)からのリンクで地域ごとの組織のHPに行くことはできるでしょうし、創価学会インターナショナルの外部リンクほど百科事典として記載すべきリンクであるようには思いません。--Tiyoringo 2009年3月8日 (日) 06:06 (UTC)--Tiyoringo 2009年3月8日 (日) 12:00 (UTC)

Wikipedia:外部リンクの選び方に基づき、当該リンクは<基本的な考え方>に合致しており、かつ、<禁止される外部リンク>には該当せず、かつ、<掲載してよい外部リンク>の範疇にあり、かつ、<掲載すべきでない外部リンク>に該当しない以上、項目に関する理解を促すための公式サイトとして現状のまま提示にしておくことに論理的に何らの不都合はないでしょう。むしろ、他のメディアに関わるリンクについては、日本語における検証可能性に疑義が呈されるものについては削除すべきものと判断されます。--Pass Lab 2009年3月8日 (日) 11:46 (UTC)

おそらく公式サイトならばどこまでも載せていいとはPass Labさんも思っておられないことと思いますが創価学会地方組織記事、地方組織関連人物記事がない現状ではそれほど有用なリンクではないのではありませんか。消防署、税務署などと比べた場合でも地域ごとに極端に活動内容に違いはないでしょうし。公明党日本共産党の地方組織HPが外部リンクに記載されていたならば同様に不適当と思います。Wikipedia:外部リンクの選び方#基本的な考え方その5にリンクは最小限とすべきとあります。--Tiyoringo 2009年3月8日 (日) 12:00 (UTC)

地方組織の公式サイトが「それほど有用ではない」とのことですが、私はそうは思いません。各地方組織の会館所在地や、各地方組織の歴史、独自の活動の内容、識者の声など、会員のみならず非会員にとっても、創価学会を知る上で貴重な情報を入手できるサイトだと思います。Pass Labさんのおっしゃる通り、特に不都合がないかぎり、あえて削除することはないと思います。--Necessary 2009年3月9日 (日) 11:46 (UTC)

当該リンクを削除すべき積極的事情ないし理由はなく、論理的にもWikipedia:外部リンクの選び方との整合性に問題はなく、「有用である」と考える人がいることは自明のようです。公称会員世帯数800万余の巨大な組織であることを考え合わせれば、方面単位の公式サイト程度であるならば、「リンク集」というほど徒なリンクの羅列にあたるとも思われません。削除する必要はないでしょう。--Pass Lab 2009年3月9日 (月) 16:26 (UTC)

まあ地方組織も有用だという言い分も分かるが、だからといって47都道府県の外部リンクをズラッと並べるのを良しとはしないだろう。今回は地方だけで13だが、地方組織が有用だとするならば各地方・都道府県サイトのリンク集 ([1]) を1つを外部リンクとするべきではないかね。--Knua 2009年3月9日 (月) 16:43 (UTC)

外部のリンク集への外部リンクというのは中途半端でアド・ホックな措置でしょう(リンク先の編集方針に依存するからね)。重ねて指摘すれば公称800万余世帯という巨大団体に関わる内容につき、全都道府県を網羅しようというのではなく、たかだか代表13方面へのリンクなので十分リーズナブルです。特段の事由がない以上、現状を維持すればよいと思料します。

「公称800万余世帯という巨大団体」の全国リンクにしては多くない印象を持っています。Wikipedia:外部リンクの選び方#基本的な考え方その5=リンク最小限の原則に照らしたとしても、Necessaryさんの言うリンク削ると便宜性が損なわれるという主張は一考すべき点ではないかと。そうなると敢えて削り込まなくても、という気になりました。Pass labさんが提起した「特段の事由がない以上、現状を維持」に一票、でしょうか。そう考えると、聖教新聞の公式サイトへのリンクなんかはあってもよいのでしょうね。--G.KOSHINO 2009年3月12日 (木) 16:22 (UTC)

G.KOSHINOさんの書き込み以降、適当と思われる期間を経たので、現在のまま13方面のリンクを残すこと、聖教新聞の公式サイトへのリンクを追加することで合意が成立したものとみなしたいと思います。--Pass Lab 2009年3月22日 (日) 02:25 (UTC)

矢野絢也氏との係争案件について

元公明党委員長矢野絢也氏と同党元議員とで争われている民事訴訟で、控訴審判決が言い渡されました。これに関わる記載を更新したいと思いますが、いかがでしょうか。その際、項目「創価学会」とは関係のない記述がありますので、削除してはどうでしょうか。具体的には、訴訟当事者が法人としての「創価学会」ではない訴訟に関する記述を削除するということです。--E8 2009年3月28日 (土) 01:59 (UTC)

適切と思われる期間が経過いたしましたので合意に至ったものとみなし、当該項目につき訴訟当事者が「創価学会」であるものに整理し、また項目タイトルも普遍化させました。--E8 2009年4月8日 (水) 17:37 (UTC)

Mario33333さんの投稿のリバートについて

利用者‐会話:Mario33333さんが多記事にわたり、創価学会批判に関する文言を削除修正または対立する団体などの批判を繰り返していたため(特別:投稿記録/Mario33333)、荒らし行為と見なしひとまずリバートしました。 --Qoop 2009年4月17日 (金) 02:19 (UTC)

関連項目/「鶴タブー」リバートについて

再び記載したいです。編集合戦になりたくないのでここに記します。G.KOSHINOさんはリバートで「リンク先の内容も出典も曖昧。加える必要ないのでは。」とコメントされてます。リンク先すなわち報道におけるタブー#鶴タブーが「内容も出典も曖昧」と知り得たのは、私が「鶴タブー」を加筆したからに違いないと思います。その意味で有用です。リンク先の内容と出典が曖昧かどうかはリンク先で行うべき議論です。少なくとも「鶴タブー」という"言葉"は存在します。また、創価学会と相互に関連した概念です。G.KOSHINOさんにコメント頂ければ幸いです。--Onverwacht 2009年5月6日 (水) 02:38 (UTC)

Onverwacht様へ。僭越ながらコメントさせて頂きます。以降、ノートと通じて論じ合えればと思います。

リンク先の内容と出典が曖昧かどうかはリンク先で行うべき議論です

たしかにそのとおりですね。それをリパートの理由にすべきではなかったと反省しております。私もあまり時間に余裕が無く、報道タブーの記載項目について異議申し立てする予定はありません。申し訳ありません。しかし、記載については疑問がありますので、意見させて頂きます。

リンク先すなわち報道におけるタブー#鶴タブーが「内容も出典も曖昧」と知り得たのは、私が「鶴タブー」を加筆したからに違いない

いえ、以前より見知っておりました。また有用とも思いません。その言葉が”存在”し創価学会に関連するということと、wikipediaに記載すべき内容であるかどうか(特に創価学会のページにあえて記載すべきか)は別の問題と考えるからです。少なくとも「鶴タブー」という"言葉"は存在しますとOnverwacht様はおっしゃられましたが、私はこれを中立的な観点からの記述だとは思えません。またリンク先の記述も検証可能性の観点からして、曖昧と言わざるをえません。

たしかにそのことについては、先のページで意見すべきかもしれません。しかし、Onverwacht様はリンク先の検証可能性および中立的な観点というwikipedia編集の原則を鑑みて、関連項目の記載をなさったのでしょうか。この言葉の中立性および検証可能性に自信を持って編集なされたのでしょうか。言葉の"存在"のみを根拠とされるならば、編集における配慮が少し至らなかったということにはならないでしょうか。

たとえば、創価学会は各種マスコミから批判を受けているわけですが、その中には全く真実性を伴わなかった報道も多々見受けられたことを知る機会がありました。Onverwacht様の論法ですと、そうした真実性のなかった虚構も「報道された、ということは事実である」と言えてしまうと思うのです。wikipediaが事実でなく検証可能なことがらについてのみ記載するという原則を伴うのは、そのような事例を回避するためであると私は理解しております。

そして、創価学会はそのような話題について法的係争を辞さない団体です。以前も議論に上がっておりましたが、出版社などといくつかの法的係争を行っているらしいということを思う際、wikipediaにおける法的リスクを私は心配してしまうのです。

また「相互性があるか」については、いささかOnverwacht様の判断のみに依っている議論かと感じます。これについては判断つきかねるというのが、鶴タブーの記載を読んだ限りの私の感想であります。あるとお考えなら、Onverwacht様からこの言葉について、せめて創価学会側からの見解が付された文書などをお教え頂ければ幸いです。それから議論されるべきことと存じます。 --G.KOSHINO 2009年5月7日 (木) 19:28 (UTC)

私もG.KOSHINOさんに賛同します。鶴タブーという言葉には多分に偏向した党派性(共産党の自画自賛?)が感じられますし、リンク先の記述には検証可能な信頼すべき文献が全く提示されておりません。すなわち根拠とされているフォーラム21は、幾度も創価学会が起こした名誉棄損訴訟で敗訴している者が発行人と聞き及びますし、どちらかというと独自研究ないし自費出版に分類されましょう。いまひとつの「文献」である週刊新潮は、昨今の虚報事件をみれば、その体質ならびに信憑性はいわずもがなかと。WIKIPEDIAの趣旨からいって、こういったところへリンクを張ったり項目を立てたりするのは違法性を惹起する可能性があり不適当であることは明々白々です。--ふわりーな 2009年5月8日 (金) 14:10 (UTC)


「検証可能性」についての理解が不足していました。係るリバートに同意します。お手間煩わしG.KOSHINOさんにお詫びします。また、独善的予断についてすいませんでした。加えて感謝申し上げます。ありがとうございました。--Onverwacht 2009年5月10日 (日) 18:20 (UTC)


いえいえ、丁重な言葉を頂き、こちらこそ恐縮です。私自身もあらためて編集のあり方について再考する機会となりました。ありがとうございました。 --G.KOSHINO 2009年5月11日 (月) 00:21 (UTC)

項目「マスメディアとの関連」について

失礼します。創価学会の記事を読ませていただいたのですが一部の記事に推測があったので再考してほしい文章があります。

「機関紙である聖教新聞は会員による全国的な宅配網が整備されており、一般紙と同じく日刊で全国に配達されている。

自前の印刷所は持たず、全国紙の系列の印刷会社や複数の地方紙に聖教新聞の印刷を委託している。

地方紙としては輪転機を遊ばせておく時間を減らし且つ印刷代金を確保できる貴重な収入源、聖教新聞社(=学会)としては自社で全国に高速輪転印刷機の設備を維持せずに全国津々浦々に日刊で新聞を届ける事ができるという風に、両者の利害が一致している。全国紙でも、毎日新聞社や読売新聞社は聖教新聞の印刷を傘下の印刷会社で受託している[39]。このことは新聞社に往々にして創価学会批判を手控えさせると共に半ば宣伝に近い記事を掲載させる狙いがあるという見方があり[40][41]、経営を優先し、批判を控えるマスメディアに対する批判がある[40]。」

 この記事に関してなのですが上半分にあたる。 「機関紙である聖教新聞は会員による全国的な宅配網が整備されており、一般紙と同じく日刊で全国に配達されている。

自前の印刷所は持たず、全国紙の系列の印刷会社や複数の地方紙に聖教新聞の印刷を委託している。

地方紙としては輪転機を遊ばせておく時間を減らし且つ印刷代金を確保できる貴重な収入源、聖教新聞社(=学会)としては自社で全国に高速輪転印刷機の設備を維持せずに全国津々浦々に日刊で新聞を届ける事ができるという風に、両者の利害が一致している。全国紙でも、毎日新聞社や読売新聞社は聖教新聞の印刷を傘下の印刷会社で受託している[39]。」

 の文章は事実でありますので別に問題はありませんが。しかし、それに続く文章では


「このことは新聞社に往々にして創価学会批判を手控えさせると共に半ば宣伝に近い記事を掲載させる狙いがあるという見方があり[40][41]、経営を優先し、批判を控えるマスメディアに対する批判がある[40]。」

 上記のこの部分は上半分の事実に対する憶測のような気がします。  よって自分といたしましてはもう一度この記事を再考し、疑問に思ったこの下半分の記事を削除および訂正を提案したいのですがいかがでしょうか。最果て 2009年5月29日 (金) 11:38 (UTC)

最果てさんの記載趣旨を忖度させて頂き、新しい項目を立てました。確かに参照先[40]も[41]も客観的な裏付けに乏しい主観的評価を出るものではなく、また信頼性という点でも十分な担保がなされているとは言い難いと思われ、当方も削除が相当と思料いたします。--Pass Lab 2009年6月1日 (月) 01:58 (UTC)


Pass Labさんのご意見ありがとうございます。削除に意義がないようでしたら議題を立ち上げた日付から1週間後の2009年6月5日に「このことは~」から始まる部分を削除させていただきますがよろしいでしょうか。 あと、引用部分にカ「」をつけるのを忘れていました。訂正させていただきます。申し訳ありませんでした。最果て 2009年6月3日 (水) 09:56 (UTC)

議題を挙げてから1週間が経過しましたが異論がないようですので削除しました。最果て 2009年6月5日 (金) 06:19 (UTC)


失礼します。内容の一部に疑問点が浮かびましたので皆さんの意見を聞きたいと思います。

1点目


「海外メディアでは『TIME』誌が1995年11月20日号で「創価学会と言う権力」(THE POWER OF SOKA GAKKAI)と題した特集を組んだ。また、最近では『フォーブス』誌2004年9月6日号で「"先生"の世界」(Sensei's World)と題したベンジャミン・フルフォード、デビッド・ウェラン両記者による批判的報告が掲載された。」

この記事の基となったソースと人物を検索してみたのですが、あまり信用に置けないと感じました。 捏造箇所が多数あり、当時の時代情勢を比べて矛盾し、公的な学術機関においても取り上げられておりません。 さらにこの記事を書いた人物は過激な内容を好む傾向があります。


2点目

「しかし、1999年10月、公明党が自民党と連立政権を組んで、政権入りした以降、主要週刊誌における創価学会、池田大作に対する批判記事が激減しているとの指摘がある[5]。」

この記事は創価学会の名を意図的に貶めようという印象を受けます。


よって自分といたしましてはこれら2つの記事を訂正および削除を提案します。最果て 2009年6月8日 (月) 09:22 (UTC)

ローカルルールにあげられているWikipedia:検証可能性Wikipedia:中立的な観点をご覧になっていただければお分かりいただけるかと思うのですが、タイムやフォーブスが信用におけるかどうかを最果てさんやその他の利用者が判断することはWikipediaにおいてはすべきでないと考えられています。もし最果てさんがタイムやフォーブスに書かれた内容が信用ならないと思ったのであれば、最果てさんがより信用できると思ったものを出典として「その一方でこういった意見もあるよ。」と両論併記してください。私は仏教関係者でないのでそういった視点からこの件についてコメントすることはできませんが、宗教関係の項目では支持者も批判者もそれくらいの距離から自らのポリシーを抑えて「ここではこんな風に書かれてます。でもこっちではこんな風に書かれてます。」と淡々と出典を元に書く事が大切です。--小牧こまき2009年6月9日 (火) 19:19 (UTC)
苫小牧さん意見をありがとうございます。
少し疑問に思ったことを述べさせていただきます。
  1. 貴殿の仰ったとおり中立的な観点についてなのですが、Wikipediaでは5W1Hが曖昧な記事でも載せる必要があるのでしょうか。
  2. 検証可能性についてもこれらの記事は英語で書かれていますので、誰でも検証可能な記事だとは言い難いのですがいかがでしょうか。
もしこれら2つの疑問に対しても答えられるのならば自分は
「海外メディアでは『TIME』誌が1995年11月20日号で「創価学会と言う権力」(THE POWER OF SOKA GAKKAI)と題した特集を組んだ。また、最近では『フォーブス』誌2004年9月6日号で「"先生"の世界」(Sensei's World)と題したベンジャミン・フルフォード、デビッド・ウェラン両記者による批判的報告が掲載された。」
の後に「しかし、アメリカの公共的な学術機関では創価に関する論文が多数掲載されているがこれらの記事が参考にされている論文はない。」
を付け加えることで合意しますがいかがでしょうか。最果て 2009年6月10日 (水) 08:33 (UTC)
TIME誌の当該記事をざっくり読んでみましたら、導入が東村山のデマの一件から始まっているという、面倒くさいことこの上ない展開ですね。この問題は、まさにwikipediaの地雷で、以前より多くの編集者さん方から「層化からの訴訟リスクが高すぎる」と懸念されていた部分ではないかと。
小牧さんのおっしゃることは納得できて、海外含めた各種メディア報道を紹介するのはありえなくはないと思うんですけど、ただ雑誌自体の信頼性ではなく、記事内容の検証可能性はやはり問われうるし、層化周辺の高い訴訟リスクを考えると「両論併記」でもちょっと不安。そして、あえてこの「導入地雷記事」を記載する必要もなかろうに、ああ我らのwikipedia、くわばらくわばら、と思うんですがどうでしょう。
そしてフルフォードさんって。。。うん、中立性っていう以前に、どうなんだろかと(層化側の人にとってはフルフォードさんが批判しているという事実を記載しておいたままのほうが、逆に正当性が高まる的な要素があったりするかも?笑)

--せんとくん 2009年6月10日 (水) 17:21 (UTC)

せんとくんさん意見をありがとうございます。
TIMEの記事を訳してくださりありがとうございます。本当に助かりました。
ここからは遊びの文ですのであまり気にしないでください。
最後の文章に関してのことなのですが自分もそうした方が創価を説明するのにかなり楽だと思います。創価学会の批判者及び批判雑誌は大抵怪しいのでそれらの素性を記載すれば一発で正邪が明白なのですが、確かWikipediaのローカルルールの一つに「〇〇が批判しているからこれは△△と思われるような相対的な記事は載せるべきでは無い」というルールが存在していたような気がします。
もし無かったとしても
「この話は誰から来た?」
「〇〇です」
「見る必要ないな」
そのままゴミ箱へ……
倫理面の観点から見るとひどすぎるように思えるのですがいかがでしょうか最果て 2009年6月11日 (木) 10:13 (UTC)
最果てさん。私の言葉が足りていなかったようです。前述の意見で私はかのフルフォード氏の著作を出典とした情報の記載があることに対して、ちょっとした皮肉を言ったのです。お茶を濁すようで、すみませんでした。ただ「氏の出典だから記載から削除すべし」とまで言ってはおりませんから、ご容赦下さい。--せんとくん 2009年6月12日 (金) 15:12 (UTC)
(インデントつけました)個人的には「参考にされている論文はない。」という出典がほしいなと思うのですが、ここはしばしば意見の分かれるところですから積極的には反対しません。ところでタイムに「東村山のデマ」について書かれているのであれば、創価学会の「東村山のデマ」についての主張を出典つきで書けばいいのではないでしょうか(「東村山のデマ」が何なのか知らないので的外れかも知れませんが)。また、訴訟リスクについてのお話が出ましたが、その場合はWikipedia:削除の方針#ケース B: 法的問題がある場合に基づいて削除依頼を行うべきでしょう。--小牧こまき2009年6月12日 (金) 23:39 (UTC)

せんとくんさん意見をありがとうございます。

いえ……自分もせんとくんさんの最後の文章は皮肉だと分かっていましたので自分も皮肉で返したのですがやりすぎたと反省しております。申し訳ありません。笑いを取るつもりで書いたのですが駄目でしたか……

苫小牧さん意見をありがとうございます。

しかし、貴殿の意見は自分が示した2つの疑問に対して納得いく答えを提示してくださったら有効です。よって1週間後の2009年6月20日までに答えていただかなければ初めに提案したとおりに削除させていただきます。

蛇足になると思いますが東村山の事件は載せること自体が名誉毀損になる可能性があるので貴殿の意見に賛同を示し難いです。最果て 2009年6月13日 (土) 06:13 (UTC)

1については5W1Hが明確であったほうが好ましいでしょうが、せんとくんさんが「東村山のデマ」についての事柄であることは確認されているようですし、除去ではなく加筆修正で対応可能な範囲なのではないでしょうか。
2についてはWikipedia:検証可能性に「ウィキペディア日本語版では、可能な限り日本語による情報源を示すべきであり~」とあるように、日本語以外の出典を用いること自体は否定されていません。もしタイムやフォーブスの記事を日本語で取り上げたものがあれば差し替えたり、併記したりといったことは検討すべきですがこれも除去の理由にならないと理解しています。
こんな感じでお答えになっているでしょうか?
次に「東村山のデマ」についてですが「載せること自体が名誉毀損になる」というのはどうも想像しがたいです。もちろん一利用者が独自研究や妄想で組み立てた「東村山の真実!!」なんかを出典もなしに載せて非難すれば、それは名誉毀損となる可能性もあるかもしれませんが、Wikipedia:中立的な観点にそって特定の立場をとらない形で淡々と事実(OOはこう主張した、創価学会の主張はこうだった、裁判の結果はこうだった)を列挙すれば問題とならないように思います。もちろん私も法律の専門家ではありませんので、賛同を示しがたいということであれば、井戸端あたりで確認してみようかと思います。--小牧こまき2009年6月13日 (土) 13:46 (UTC)


「東村山のデマ」については、創価学会側が訴え、判決が確定している裁判については、全件で報じたメディア側が敗訴してるようです。たとえば週刊新潮は損害賠償金200万円の支払い命令(01年5月18日、東京地裁、確定)。週刊現代は損害賠償金200万円の支払いと謝罪広告の掲載命令(02年10月29日、最高裁)。東村山市民新聞(「東村山のデマ」の発生源)は損害賠償金200万円の支払いと謝罪広告の掲載命令(01年12月26日、東京高裁、確定)となっています。さらに、「東村山のデマ」を発生させた元である東京・東村山市議らが創価学会等を相手に、名誉毀損に基づく損害賠償を求めた裁判は、全て敗訴。さらに同市議らが東京都等を相手に起こした訴訟も全て敗訴しています。以上から、「東村山のデマ」を記述することそれ自体が直ちに名誉毀損に相当するかどうかは一考の余地があるものの、かなり神経質に記述しなければ訴訟で敗訴するリスクが高いことだけは確かでしょう。

当然、全ての経緯を中立的に表記することも不可能ではないでしょうが、それを当該TIME誌の記事に関連して行うことは、あまりそぐわないでしょう。そういう間接的な、いわば「ついで」という形での事実記載ではなく、きちんと項目を立て、真正面から本格的に記述すべきかと存じます。こうした事件報道のプロたちですら軒並み名誉毀損で敗訴しているのですから、それを素人がWikipediaで行うのは至難の道でしょう。つまり、それだけ訴訟リスクの高い内容を、あえて取り上げるだけの価値があるのかどうか。それを考えると、問題化が懸念されそうなTIME誌への言及は削除が妥当という考えも首肯しうると思います。誤解を恐れず端的にいえば、そこまでして載せるほどの価値はないのではないか、ということです。--Pass Lab 2009年6月14日 (日) 01:27 (UTC)


苫小牧さん意見をありがとうございます。

貴殿の意見を読んで感じたことは貴殿は肯定意見と批判意見を同次元で扱っていると推察します。 自分の考えになりますが。人は肯定的意見ならば普通あまり気にしませんが、批判意見となるとその理由を肯定的意見と比べ、神経質になります。宗教は人間の深い部分に存在し、場合によっては宗教が自分の一部となっている人もいるのです。確かWikipediaでは事柄を肯定的に書くというルールがあったかと思いますが宗教に関してはそのルールを徹底的に行わなければならないと思います。特に創価学会は批判意見に関して異常なほど反応します。少しでも曖昧な批判記事を載せますとすぐに抗議が来ます。ですので、もし批判材料を載せるのであれば納得しざるを得ない事実。つまり創価がいつも言っている言葉5W1H(Whenいつ Whereどこで Why何故 Who誰が What何で Howどうしたのか)を明記する必要がありますし、誰が見ても容易に検証できる言語である日本語で書いていなければなりません。自分はその意味を込めて2つの質問を出しました。よって貴殿の示した答えでは納得し難いのですがいかがでしょうか。

誤解の無いように言っておきますがこの意見は貴殿の答えに対しての回答であり自分は創価が絶対などとは考えておりません。


後、本当に申し訳ありませんがどなたか問題となっている2つの記事の英訳をお願いできますか。おそらく自分と苫小牧さんの間で解釈の擦れ違いがおこってきている気が否めないのです。最果て 2009年6月15日 (月) 07:57 (UTC)

Wikipedia:井戸端/subj/訴訟リスクについてに質問を行いました。--小牧こまき2009年6月15日 (月) 18:16 (UTC)


自分の文章に関して不適切な文章が多数ありましたので訂正させていただきました。

そして、2、の日本語での検証可能かどうかの質問ですが確かに貴殿の言うとおり理解できましたので残るは1、の質問だけになりました。最果て 2009年6月16日 (火) 06:38 (UTC)


失礼します。自分の拙い英語力でTIMEの記事を読んでみたのですが、明らか創価に対して偏見を持っているような内容でした。東村山事件から始まりオウム真理教と並列して書かれ、公明党の政治問題。登場する人物はほとんど反創価の人間ばかり。5W1Hもあやふや。日本語のデマ雑誌をそのまま英文に翻訳したような代物のように思えたのですがどうでしょうか。

後、誰か英訳してください。本当にお願いします。最果て 2009年6月18日 (木) 08:58 (UTC)

英語から離れて久しい私にはお力になれなさそうです。どなたかに日本語に訳していただけるとやり取りの助けになりそうですが、Wikipedia上でそれを行うと著作権上の問題が発生しそうな気がします。ところで
  1. 東村山市議が亡くなった。
  2. 週刊新潮、週刊現代、東村山市民新聞は東村山のことは「創価学会が関係してるよ」と書いている。
  3. 創価学会は東村山のことは「創価学会が関係してないよ」と主張している。
  4. 週刊新潮、週刊現代、東村山市民新聞は損害賠償諸々を命じられている。
  5. 市議が裁判を起こしたが全て敗訴している。
  6. タイムが東村山のことは「創価学会が関係してるよ」と書いている。
今回のケースでは以上6点が検証可能のようですがこれらの情報から中立的な観点に注意して書けば次のようなことが書けると思います。
  • 東村山で市議が亡くなったよ。タイムが「創価学会が関係してるよ」と書いたけど過去に「創価学会が関係してるよ」と書いた週刊新潮、週刊現代、東村山市民新聞は敗訴してるよ。あと別の市議も東京都や創価学会を訴えたけど敗訴してるよ。
あるいは
  • 東村山で市議が亡くなったよ。週刊新潮、週刊現代、東村山市民新聞は「創価学会が関係してるよ」と書いたけど、その後創価学会との裁判に敗訴しているよ。あと別の市議も東京都や創価学会を訴えたけど敗訴してるよ。あと日本国外ではタイムも「創価学会が関係してるよ」と書いてるよ。
といったところでしょうか。今回の件は裁判の結果もあり、こういったことを踏まえて書くことが高い訴訟リスクをはらんでいるとは到底思えません。むしろ裁判の結果を除去したまま、散発的に特定の観点に偏った「私の知っている東村山の真実!!」的な内容のみが加えられるような事態こそ危惧すべきものでしょう。私はこの件についてこのノートで初めて知ったのですが、たいていの初見者にとって裁判の結果はとても強く印象付けられるだろうと思います。もちろん中には「国家権力の陰謀だ!」と考える方もおられるでしょうがどうとらえるかは読者にゆだねるというのがWikipediaであるはずです。
最後になりましたが、質問の1についてお答えします。現在の方針を読む限りでは最果てさんが「日本語のデマ雑誌をそのまま英文に翻訳したような代物」だと感じても、タイムの記事は中立な観点で言うところの「あらゆる観点」のうちのひとつととらえるのが限界でしょう。ただタイムが「日本語のデマ雑誌をそのまま英文に翻訳したような代物」であるならばそういった主張を行っているという出典を確保して書けるとより深みのある項目となりそうです。例えばタイムが記事中で週刊新潮、週刊現代、東村山市民新聞の何れかを引用あるいは支持していたり、タイムの記事に対する創価学会の主張があったりするといいですね。--小牧こまき2009年6月18日 (木) 11:02 (UTC)


詳細な議論の展開に感銘いたしました。私も誠に僭越ながら意見を述べさせて頂ければと思います。 私としましては、タイム誌・フォーブズ誌の記述については差し控えたほうがよいのではないかとの考えであります。

前者についてですが、指し示して頂いたリンク先を見てもわかるように、タイム誌がそのように書いたことは事実と言えましょう。ですがこの場合、検証可能性を問われるのは「タイム誌が書いたか書いていないか」ではなく、「タイム誌の書いた内容」についてではないかと思うのです。そして問題は、この一件(つまり「事件」ではない)について創価学会に非は無いとする現状の裁判結果から、タイム誌が導入において用いた「東村山と創価学会の関係」に疑義が呈される点です。要するに「関係がある」とする記述に疑問符がつくわけです。

また「関係がある」とする意見が創価学会側の名誉を毀損しているとの法的判断が下された以上、「関係があると言っている人たちがいる」ということを報道すること自体も名誉毀損事項になりえるのではないでしょうか。ゆえにここは一旦、裁判結果に記載を合わせるのがいいのではないかと。タイム誌は当時、それなりに慎重な書き方をしているようで、あくまで「関係があるという人々がいる」という程度にしています。しかし創価学会側にしてみれば裁判結果をもって「関係なし」となったにもかかわらず、この問題についていかなる形であれ再び記載されるのは心外であろうと拝察するからです。少なくともマスメディアとの関連という項目名の下で詳細を記述する必要はないのではないかと考えます。この点に関してはPass Labさんと同意見です。

後者についてですが、実は、勇気を出して創価学会に電話をして質問してみました。すると、ご丁寧に担当の方が「同じ年のフォーブズ12月27日号が、アメリカSGIのマクロスキー(?うまく聞き取れませんでした。。)氏が出した抗議文を掲載したとともに、当該の記事に誤りがあったと認めて訂正記事を掲載した」と仰っておりました。この出典は見つけておりませんが、事実だとすれば記載することについて一考すべき点と感じた次第です。 --G.KOSHINO 2009年6月19日 (金) 18:22 (UTC)

まず気になった点について先にコメントします。もしタイムが「関係があるという人々がいる」としているだけで自身の立場を明確にしていないのであれば「関係があると書いた」とするには注意が必要ですね。たとえばタイムがどのような立場(擁護、批判、中立)でどのような内容を書いたのかをしっかり確認したほうがいいかもしれません。
次に検証可能性についてですが、Wikipedia:検証可能性
  • 編集者が、例えばニューヨーク・タイムズの記事の中身が真実かどうか検証する責任があるという意味ではありません。実際のところ、編集者はその種の調査をしないよう強く求められます。なぜならウィキペディアでは独自研究(オリジナル・リサーチ)を発表してはならないからです。
という文言を見る限り、G.KOSHINOさんのおっしゃる「検証可能性を問われるのは「タイム誌が書いたか書いていないか」ではなく、「タイム誌の書いた内容」について」というご意見はWikipediaの求める検証可能性とは違うように思います。「タイム誌の書いた内容」が真実かどうかなどの検証はWikipediaでは行わず、外部の検証可能な情報(判決、新聞記事その他諸々)を出典として対立意見の提示を行うというのがWikipediaの姿勢であるはずです。
次に判決についてですが、判決というのは対象あってのものなので「週刊新潮、週刊現代、東村山市民新聞の報道」という対象と「それに対して損害賠償諸々を命じた」という判決は分けて扱うことはできないように思います。また「創価学会側にしてみれば裁判結果をもって「関係なし」となったにもかかわらず、この問題についていかなる形であれ再び記載されるのは心外であろうと拝察する」とのことですが、その推察は同意しかねます。この件を裁判の結果であったり訂正記事が出たことまで中立的な観点から書くということは、結果的に創価学会の主張の正当性を強調するものであるはずで、むしろ創価学会の望むところなのではないでしょうか。これまでノートで挙げられた各報道やそれに対する判決・創価学会の反論、それを受けての訂正記事の掲載などをまとめればある程度のものが書ける状態にはあると思いますし、ここまでお話を交わしてきた感触ではただ除去してしまうには惜しいと感じました。
最後にG.KOSHINOさん他、こちらのノートに投稿されている複数の方にお願いですが過剰なリンクはおやめください。直近のG.KOSHINOさんの発言を例とすれば[[マスメディアとの関連]]や[[Pass Lab]]、[[創価学会に電話をして質問してみました]]のリンクは無意味あるいは過剰です。前二つについては創価学会#マスメディアとの関連利用者:Pass Labなど適切な場所へリンクを変更するかリンクを切るようにしてください。また後者も同様にリンクを切るか必要であれば'''創価学会に電話をして質問してみました'''などの形で強調に置き換えてください。リンクは記事と記事をつなぐためのもので文章を強調するためのものではありません。--小牧こまき2009年6月21日 (日) 18:14 (UTC)

失礼します。グーグルの翻訳機能を使い、問題となっている記事らを英訳にかけてみました。何かの参考になれば幸いと思っています。

タイムズ英訳 [2]

フォーブス英訳 [3]


そして意見を述べさせて頂きます。これまでの意見を統合してみますと

海外メディアでは『TIME』誌が1995年11月20日号で「創価学会と言う権力」(THE POWER OF SOKA GAKKAI)と題した特集を組んだ。また、最近では『フォーブス』誌2004年9月6日号で「"先生"の世界」(Sensei's World)と題したベンジャミン・フルフォード、デビッド・ウェラン両記者による批判的報告が掲載された。ただし、両方の記事とも後日に謝罪文(または訂正文)を載せている。

太字の箇所が付け足す文です。このような内容が最も落ち着くのではないのでしょうか。

しかし、自分の本音といたしましては記事が謝罪文を載せている以上2つの記事を削除したほうが良いと思います。謝罪文を載せること自体その会社にとっては汚点以外の何物でもありませんし、創価も昔のことを引っ張り出されるのは面白いことではありませんから……創価と新聞社双方のため削除が妥当ではないのでしょうか。

そして、池田氏に関する部分はどうしましょうか。ここ2週間ぐらい1、の議論が活発でしたので自分も忘れていましたがこれも削除願いを出していたかのように思います。……本当にどうしましょうか? 最果て 2009年6月22日 (月) 05:11 (UTC)

私は法律家ではないので具体的な法的根拠を挙げることはできませんが、WikipediaにおいてはWikipedia:削除の方針#ケース B: 法的問題がある場合に当てはまらないものを「創価と新聞社双方のため」として除去するというのは過剰な対応でしょう。少なくとも最果てさんの主張を是とするのはWikipedia全体への影響が大きすぎます。最果てさんの論に従えばWikipedia上のあらゆる事件についての記述を除去しなければならなくなりますが、それは現実的な案ではないでしょう。
また池田氏に関する部分ですが「池田大作に対する批判記事が激減しているとの指摘」についても名誉毀損にあたるということであれば削除依頼を行ったほうがこちらで話し合いを続けるより速やかな解決が見られるかもしれません。削除依頼ではしばしば法律に詳しい方や経験豊かな管理者からのコメントがつくことがありますので、私よりもよっぽど信頼できる意見が期待できるでしょう。また名誉毀損にあたるということであればケースBとして削除が可能です。--小牧こまき2009年6月22日 (月) 10:21 (UTC)

TIME誌の東村山に関する部分についていえば、その記述内容を読めば容易に分かる通り、単純に中立的な立場で両論併記しているというスタンスではなく、全体として創価学会に批判的な内容を記した記事の導入部分に使われていることからも、一定の意図をもって編集されているものと見ることが可能です(もちろん、あくまでも中立的であると主張することも不可能ではないでしょう)。そのうえで冷静に考慮しなければならない事実は、この記事が出た時点では、日本において各メディアに対する名誉棄損訴訟の判決が確定していたわけではないということです。同誌が後に訂正記事を出しているという事実を考え併せても、全ての報道記事に対し賠償命令が確定している現時点においても、同誌が同様の記述を行う可能性はほとんど考えられないでしょう。確定した判決によれば、「東村山市議が万引き事件を起こして書類送検されたこと。検察での取り調べを目前に控えて自殺したと捜査当局が結論づけたこと」等が認定されています。このため、「市議は自殺したのではない」というスタンスに立つ側の主張を取り上げて同市議の死去に触れること自体が、ただちに名誉棄損などの違法性を孕む可能性も否定はできず、その事実を特定の団体との関係性で論じた場合には明らかに名誉棄損に相当すると考えたほうがよさそうです。従って、司法の明確な判断が下っている現時点において、あえてこれらの事実を両論併記することはもちろん、一方当事者に加担している可能性すら考えられる過去の記事について取り上げることは法的問題を惹起する可能性があるのですから、Wikipediaでの記述を避けるのが賢明ではないでしょうか。

一方で、この案件は、週刊誌によって起こされた名誉棄損事件としては、類例のないほど悪質なものと考えられるので、冤罪報道事件の最たる例として新たに項目を立て、詳細に事実経過を記載するなどの方途は、ないわけではないと思われます。いずれにしろ、確定判決によって裁かれた側の立場の論調に付随させる形で、しかも「ついで」の形で論じるには不適切な内容であろうかと考えます。--Pass Lab 2009年6月22日 (月) 11:23 (UTC)

2009年6月18日(木)11:02の発言2009年6月21日(日)18:14の発言はTIMEの扱いなど正確でなくなっている部分もありますが、Pass Labさんの想像されているような形での両論併記は提案していないつもりです。Pass Labさんの懸念されているような形になっているでしょうか?--小牧こまき2009年6月22日 (月) 14:03 (UTC)
両論併記の必要性とその危険性については、2009年6月22日 (月) 15:41 (UTC)の発言をご参照ください。--Pass Lab 2009年6月22日 (月) 15:45 (UTC)

最果てさんの指摘される「池田氏に関する部分」は、明らかにWikipedia:信頼できる情報源の「存命中の人物の項目中で、その人物に関する批判、否定、あるいは有害と解釈できる情報が掲載された場合にはすぐに取り除くべきであり、ノートページに移動してもいけません」に準じて削除が相当かと思われます。--Pass Lab 2009年6月22日 (月) 11:51 (UTC)

その一文はWikipedia:信頼できる情報源#存命中の人物の伝記にあるものですが、存命中の人物の伝記についてより詳しく論じたWikipedia:存命人物の伝記には「存命中の人物に関する否定的な情報で出典の無い、あるいは貧弱なソース(情報源)しかないものは、項目本文およびノートから即刻除去するべきです。」とあり、何でも除去すべきとはなっていません。このケースで考えてみると「出典がない」に当てはまらないのは明白です。続く「貧弱なソース」にしても、Wikipedia:信頼できる情報源#出所の不確かな素材の「ウィキペディアンはしばしばどこかで聞いたり読んだりして憶えたことを事実として報告していますが、しかし彼らはそれがどこだったかは憶えておらず、裏付けとなる証拠はありません。」という一文を見る限り、山田直樹 『創価学会とは何か』が出典として挙げられているこのケースには当てはまらないでしょう。そのため「明らかにWikipedia:信頼できる情報源の「存命中の人物の項目中で、その人物に関する批判、否定、あるいは有害と解釈できる情報が掲載された場合にはすぐに取り除くべきであり、ノートページに移動してもいけません」に準じて削除が相当」と即断するのは難しいように思います。--小牧こまき2009年6月22日 (月) 14:03 (UTC)
当該出典を参照する限り、何ら定量的な分析を伴うものではなく、「貧弱なソース」に当たるものと推量されます。また、Wikipedia:信頼すべき情報源の「底意や関係者間の対立、強硬な見解、そのほか報告に影響する先入観」に関しても大いに疑問がもたれるところです。--Pass Lab 2009年6月22日 (月) 15:43 (UTC)
Wikipedia:信頼できる情報源のその部分を根拠とするのであれば除去という判断もある程度納得できます。Wikipedia:検証可能性との兼ね合いが気になるところですが、そちらについてどのようにお考えでしょうか。--小牧こまき2009年6月23日 (火) 08:04 (UTC)
信頼できる情報源を欠く編集であるならば、検証可能性が成立しているとはいえず、除去されるのもやむを得ないと思われます。当該出典に関していえば、およそ「事実確認と正確さについて定評のある、信用できる第三者情報源」とはいえず、また問題の記述に関しても個人的な感想・雑感の域を出ず定量的・定性的な分析がなされているとはみられないとの印象をもちました。従いまして検証可能性が充足されているようには思われません。--Pass Lab 2009年6月23日 (火) 14:48 (UTC)
タイムがそれにあたるのかは意見の分かれるところでしょうが、おっしゃることは理解しました。--小牧こまき2009年6月30日 (火) 15:27 (UTC)

TIME、フォーブスの両誌については、検証可能性というよりも名誉棄損や侮辱等の違法行為に該当するかどうかの判断が必要かと思われます。その意味では、記述者が立証すべきは、当該事実に関する報道の有無にとどまるものではなく、その報道内容の真実性ないし真実相当性についても立証すべき可能性が否定できません。つまり、ここでいえばTIMEやフォーブスが報道したという事実を立証するのみでは足りず、その報道内容についての立証責任も生じる可能性がゼロではないということです。

殊に最近、インターネットでの記述をめぐる名誉棄損訴訟について司法当局の厳しい判断が下されるケースが散見されます。今年に入ってからも、ネット上の中傷行為で名誉棄損罪に問われ、一審無罪だった被告が高裁でひっくり返って有罪とされた例もありました。創価学会もネットでの名誉棄損に対して訴訟を提起しています。同会についてインターネットの掲示板で悪質な虚偽を書き込んだとして、東京地方裁判所が本年2月3日、豊島区在住の男性に対し損害賠償金80万円の支払いを命じています。判決は問題の記述が「インターネットの2ちゃんねるに掲載されていた情報を鵜呑みにした」ものであることを指摘したうえで、「情報収集をした上で表現行為に及んだものとはいえない」と厳しく処断しています。つまり、たとえ個人がWikipediaなどの掲示板の類いで、他の情報源の情報を引用しただけだと言い逃れようとしても、法的責任は免れないと判断されうるということです。数学や物理学の理論における真偽論争とは違い、直ちに違法性を生じかねない問題であれば、慎重の上にも慎重を期すべきではないでしょうか。--Pass Lab 2009年6月22日 (月) 12:15 (UTC)

ここまで私が対応策として挙げているのは、単に除去するのではなく、新聞報道やそれに対する判決・創価学会の反論などを淡々と追っていく、ということです。それはすでに述べているように、結果的に創価学会の主張の正当性を強調するものとなるはずです。もしPass Labさんが挙げられた2ちゃんねるの判例のようにタイムやフォーブスについて書くことが名誉毀損の恐れがある、あるいは訴訟リスクがあるとお考えになるのでしたら、本文とノートの削除依頼を提出したほうがいいかもしれません。可能性が100%でなくても、違法性の生じかねない問題についてはWikipediaでは削除されるはずです。--小牧こまき2009年6月22日 (月) 14:03 (UTC)

トマさんがまとめられた簡単な論旨(2009年6月18日 (木) 11:02 (UTC)記述の1〜6)を拝見しましたが、これでは、とても全趣旨を網羅しているとは言い兼ね、粗雑に過ぎるといえるでしょう。この件について論じるのであれば、少なくとも、関連する大半の訴訟の判決に論及したり、関連資料や書籍をできるだけ渉猟したり、生起した事実を時系列で整理したりして、複雑な事実関係をカバーする必要があるでしょう。訴訟当事者も複雑に入り組んでいるうえ、東村山市議の関係者サイドが、関連性が希薄と思われる相手に対しても訴訟を起こしてきた(そして、それら全てに敗訴してきた)背景事情も理解する必要があります。つまり、現実的な側面としては、創価学会側からの訴訟リスクだけでなく、東村山市議の関係者サイドから(正当・不当を問わず)訴訟を起こされるリスクが極めて高い点に目を向けるべきでしょう。たとえば東村山市議の関係者サイドは、同市議が転落した際に駆けつけた消防署員すらも、その責任を問うて東京都を訴えているという事実があります。繰り返しになりますが、「東村山のデマ」に関することは、法的な側面もさることながら、複雑に入り組んだ社会的・歴史的な背景事情からして、他の事実に関連した「ついで」という形で論述することは軽率であると思われます。そこまで論じようというのであれば、中途半端な形で触れるのではなく、がっちりと真正面から項目を立てて取り扱うべきではないかというのです。

そういう形でなく、端折った形でリスキーな記述を行うのが、果たしてWikipediaの使命であるかと問われれば、否といわざるを得ない気がします。Wikipediaは雑誌ではないのですから。なお、このノートでの議論程度であれば、結果として削除に収斂させれば、ただちに名誉棄損にあたる可能性があるとは考えにくく、むしろ後の議論に資する内容といえるでしょう。名誉棄損が懸念される内容と判断して当該記述を削除した事実をノートとともにログとして保管しておくのがよいのではないでしょうか。いずれにしても、Wikipeiaの記述は、言論の自由が認められる領域(違法性が阻却される領域)より制限(自制)されるのはやむを得ないと思います。Wikipediaは雑誌ではないのですから。--Pass Lab 2009年6月22日 (月) 15:41 (UTC)

当初からお伝えしている通り私は仏教関係者ではないので創価学会についての知識は皆無です。2-6についてはこちらで出た内容を整理しただけですし、1にしてもこちらで聞いた「東村山のデマ」と「創価学会」という語で調べて初めて知ったものなのですから、ノートでの内容以外にまだまだ重要な事項があるのであれば粗雑なのも当然でしょう。また「この件について論じるのであれば、少なくとも、関連する大半の訴訟の判決に論及したり、関連資料や書籍をできるだけ渉猟したり、生起した事実を時系列で整理したりして、複雑な事実関係をカバーする必要がある」のであれば仏教や訴訟関係の資料検索能力を持ち合わせていない私がこれ以上こちらでお話を続けても得られるものはなさそうですね。個人的には東村山で興味深いやりとりを知ることができたので得るものはありましたが、ポテンシャルを持っているテーマであるように感じられただけに除去というのは残念です。いつかPass Labさんの納得されるような形での項目化がなされることがあればいいなと思います。さて複数の方が法的リスクを主張されていますが、「東村山の事件は載せること自体が名誉毀損になる可能性がある」と明確に主張されている方もおられるので、後から読んだ方が名誉毀損は除去で対応可能と誤解されることのないように削除依頼にかけ、対応についてある程度かたい合意を得ておきたい思いますがいかがでしょうか。--小牧こまき2009年6月23日 (火) 08:04 (UTC)
私は東村山の事件は載せること自体が名誉棄損にあたるとは必ずしもいえないと思いますし、まして、このノートの議論の範疇であれば、名誉棄損性を問題とするほどの内容ともいえないと考えます。むしろトマさんをはじめとする皆様の真摯で論理的なご姿勢によって、極めて健全な議論が展開されてきたのではないかと強く感じます。従いまして、このノートの内容については現時点では記述に慎重を期すとの判断で合意したものとして記録に留めるのがよろしいのではないかと考えます。本文については、削除依頼を出すまでもなく合意が成立したものとして除去すればよろしいのではないでしょうか。過去ログはノートと相まって丹念に議論を追う編集者・読者に資するものと考えます。--Pass Lab 2009年6月23日 (火) 14:48 (UTC)

小牧様。 いつも議論に割って入ってしまうようで恐縮の極みですが、私の書き込みから始まっている話ですので、意見させて頂きます。

Aという事例が話題に挙った→Aについてあるメディアが報道した→「Aについてメディアが報道した」ということは事実である。

ではAが事実なき中傷や名誉毀損といった内容に類する時、この報道されたという「事実」は対立意見さえ並記すれば記載してもよいとなりますでしょうか。 出典があれば内容を問わず提示可能というのは、(殊この事例に関していえば)少し安易に過ぎます。裁判判決も出ているようですし、事実認定が比較的速やかに行われうる(私も時間がなく詳細に立ち得れず申し訳ないのですが…)。それにこの場合、事実認定が確定されている以上、両論並記する意味が存在しません。しかも内容は「名誉毀損」なのです。毀損内容をわざわざ自身を「定義」する場に書き込まれては、それこそ創価学会側の本意ではないでしょう。記述するならば、Pass Labさんがおっしゃるように、別の項目を立てて詳細から記述しなおすべきです。そこまでしなければ結果的に創価学会の主張の正当性を強調するものとは、なかなかならないのではと感じました。 --G.KOSHINO 2009年6月22日 (月) 18:32 (UTC)

Pass Labさんの意見は創価学会と市議双方に注意を払って詳細に記述すべきというものと理解しました。これであれば別の項目で記述する意味も分かります。それに対してG.KOSHINOさんの意見は事実認定を理由に両論併記を否定されるものと理解しました。これは別の項目で記述しても解決する問題ではないように思います。裁判の経緯を順を追って説明すれば、結果的に両論併記となることは避けられないように思いますがいかがでしょうか。--小牧こまき2009年6月23日 (火) 08:04 (UTC)
小牧様。この項は「マスメディアとの関連」という名称ですが、記載されていたのは疑問符が付くような内容であったことは議論されてきたとおりです。
私は学生時代、マスメディアが権利を侵害する事例について調べた事があり、この東村山の一件を存じておりました。Pass Labさんの言及があったように、この一件は、複雑な経緯をたどったため、当初より安易な記載は慎むべきではないかとの認識でした。
小牧さんのご発言「私が対応策として挙げているのは、単に除去するのではなく、新聞報道やそれに対する判決・創価学会の反論などを淡々と追っていく」を拝読し、上記意見を提示した次第です。
というのも私は、この項目の記載はこの一件を扱うのに、あまりにも端的に過ぎている(雑誌・記事名と、それが批判的内容であったという紹介のみ)と感じておりました。そのような状況が維持されたまま小牧さんのご意見が採用され記載が展開されたならば(実際に小牧さんが要約されたレベルの内容であれば、あまりに不十分であるとの認識です)、名誉毀損の内容をなぞる結果になると推測したのです(これは、あくまで個人的な受け取りであり、当初より小牧さんの意図がPass Labさんほどの慎重さを持ってこの内容を記載するというものであったのだとすれば謹んでお詫びを致します)。
また、端的すぎる「両論並記」には上記の理由から反対申し上げましたが、Pass Labさんのご提案には賛同をしております。と言いますのも、別途の項目をたてて裁判判決の結果に基づき詳細を記載するならば、それを私は「両論」とは考えないからです。その意味におきまして「両論並記」という言葉の意味について、双方の受け取り方に相違があったのでしょう。ただ別途項目を立てる場合も、慎重を期さねばならないとの考えであります。--G.KOSHINO 2009年6月23日 (火) 16:54 (UTC)
すでにPass Labさんにもお伝えしたことなのですが、私は仏教関係者ではないので創価学会についての知識は皆無です。ノートでの内容以外にまだまだ重要な事項があるのであれば「端的に過ぎている」のも当然でしょう。G.KOSHINOさんがどのようにお考えかは分かりませんが、私は除去以外の選択肢を提示しているだけに過ぎません。ですので
  • 東村山について書くこと=名誉毀損、ではない
  • 将来の適切な執筆を妨げない
この二点が合意できた上での除去であればとくに問題はありません。ちなみに一点目についてはこちらで合意ができない場合削除依頼を出す必要があると思います。これまでのところ、最果てさんは「載せること自体が名誉棄損になる」という発言を撤回されており、Pass Labさんは「「東村山のデマ」を記述することそれ自体が直ちに名誉毀損に相当するかどうかは一考の余地がある」「東村山の事件は載せること自体が名誉棄損にあたるとは必ずしもいえない」という見解を示されています。それに対してG.KOSHINOさんは「「関係がある」とする意見が創価学会側の名誉を毀損しているとの法的判断が下された以上、「関係があると言っている人たちがいる」ということを報道すること自体も名誉毀損事項になりえるのではないでしょうか。」という発言をされたままです(私は両論併記どうこうよりこの発言がG.KOSHINOさんのスタンスを分かりにくくしているように思います)。裁判について書くとなれば「関係があると言っている人たちがいる」ということは必ず触れることになるでしょう。Wikipediaは報道機関ではないというスタンスを取っていたかとは思いますが、G.KOSHINOさんの主張を見る限りではだからといって問題がないとおっしゃっているようにも見えません。そこでG.KOSHINOさんにお願いしたいのですが、名誉毀損事項であると判断されるならば削除依頼の提出を、そうでないならば発言の撤回をお願いします。また、G.KOSHINOさんに重ねてお願いしますが、過剰なリンクはおやめください。トマトマではありません。--小牧こまき2009年6月30日 (火) 15:27 (UTC)
苫小牧様
ご指摘、ありがとうございます。
裁判について書くとなれば「関係があると言っている人たちがいる」ということは必ず触れることになるでしょう
仰るとおりです。それについては上記の発言通りの理解です。何か議論がぶつかるような展開になっておりましたが、苫小牧さんのご意見に賛同し発言を取り消すことといたします。--G.KOSHINO 2009年7月1日 (水) 16:33 (UTC)

議論の途中で入り込んでしまい、申し訳ありません。少し疑問に思ったのですが自分が提示したある一文を付け足すという案はどうなってしまったのですか。 後、先刻の自分の発言「載せること自体が名誉棄損になる」はいささか乱暴だったと反省していますのでこの発言を撤回します。最果て 2009年6月25日 (木) 10:40 (UTC)

失礼します。海外メディアの批判についてはいまだ議論中ですが、池田氏の記載については異論がないようですので削除させて頂きました。なお、海外メディアの方も最近議論が落ち着いてきていますので削除の方向へと検討してよろしいですか。最果て 2009年7月3日 (金) 10:22 (UTC)

失礼します。海外に関する記事についてなのですが相当の期間が経過しても異論が出てきませんでしたので削除させて頂きました。最果て 2009年7月15日 (水) 03:34 (UTC)

項目「香典泥棒とのデマについて」

度々申し訳ありません。他にも創価学会について記述するべき内容を見つけました。しかし、この議題は一歩間違えれば名誉棄損に当たる可能性が高く、さらに編集合戦に陥る可能性がありますので慎重にいきたいと思います。

なお、この議題の大前提として創価学会は原則として香典は受け取らないこれは創価学会の公式HPではっきりと記載されています。蛇足かもしれませんが、創価学会はこの手の裁判で負けたことがありません。

昭和三十年代半ば、1時期週刊誌から「学会は葬儀に駆けつけて香典をさらっていく」という内容が度々登場したがそれらの内容は全てデマであり、発案者のジャーナリスト大宅壮一は一九七〇年(昭和四十五年)十月下旬、臨終の際に学会関係者に対して謝罪している。内容はこうである。『昭和三十年代半ばのことです。全日仏(全日本仏教会)の幹部が泣きついてきた。 『最近、創価学会という宗教が勢いを増して、我々の信徒がゴボウ抜きのように取られている。このままじゃ、たまったもんじゃない。創価学会は、こんな嫌らしい宗教だ、と言えるような話はないだろうか』と。 そこで、うちの若い衆に聞いてみたのです」 若い衆。大宅グループと呼ばれた「ノンフィクション・クラブ」の若手ジャーナリストたちである。 「『創価学会は葬式で香典を持って行く』『位牌や仏壇を壊す』というのはどか、となりましてね。根拠は何もなかったんだが… これが全日仏を通して、一斉に全国に広がってしまったのです。言論人として、本当に申し訳なかった」』

自分で言うのも何ですがこの議題は創価学会を説明するにあたって必ずしも必要ではないと考えています。

よってこの議題が原因で編集合戦が起こるようであれば議題自体を却下するのが望ましいです。

 「じゃあなんでこの議題を出したのか?」と問われると

今、この場で却下されれば将来この手の類が議論されるのを防げるであろうとの意向があります。

自分が過去ログを見た限りでは葬儀について議論されていなかったかと思いますがどうでしょうか。

もし、過去に議題にあがっていれば不要な議題をあげてしまい、申し訳ありませんでした。

参考文献

“潮”の4月号P142

- Yahoo!知恵袋最果て 2009年6月3日 (水) 10:55 (UTC)


最果て

議題には挙ってきていないことは確かかと存じます。ですのでノートにおいて議論されたことについては、問題ないと思います。慎重を期すべき議題であります。おっしゃるとおり、表題の「真偽」ついて、まったく創価学会側に非が無く事実無根であれば、創価学会のページに記載がなされること自体が創価学会側の名誉を毀損してしまう恐れもありうる、と考えるからです。

かといって、表題の件について一般の人々の先入見が存在しているというならば、記載されることに一定の意義が見出せるであろうことも、また確かです。あくまで個人的な意見ではありますが、項を新たに追加するというよりは、どこかの項に追記するとか、注などの形で上記内容を付記するという形でもいいのではないか、と感じております。 --G.KOSHINO 2009年6月4日 (木) 03:23 (UTC)


G.KOSHINOさんのご意見ありがとうございます。貴殿の言うとおりにどこかの項に追記するのがよろしいかと思います。自分としましては3、の「教義関連」に注をつけ、8、の「沿革」か11、の「他の組織や宗教の関係」に追記するのが望ましいと考えています。どうでしょうか。

ここからはおそらく演説の部類に入ってしまうので無視してもかまいません。

自分がこの議題をわざわざ立ち上げ、却下させようと思いましたのは2つの理由があったからです。

1つは訴訟の回避。もしBaleaさんのような方がこの議題を立ち上げますとそのまま本文に載せてしまうと懸念したからです。 被害妄想かもしれませんが「合意がなされていないから削除には応じない」その理由でいつまでも本文に残ってしまい、運悪くその時期に創価学会の関係者に見つかり、訴訟を起こされるという事態を避けたかったからです。


そして第2に世間では「葬式にはお金がかかるのが普通」という認識があるからです。

自分の話よりも実際に葬式関係者に聞いたほうが正確でしょうが、普通お葬式とは葬式場の使用料から始まり、場内の飾り、火葬場の使用料。納骨料。etc......

そしてここからが香典料になると思います。僧侶に渡すお金、お経料、戒名費、そして7日ごとに僧侶が来、49日まで合わせて7回僧侶に払うお金、それでそれが終わっても1回忌3回忌そして7回忌と続き、相当なお金がかかります。これは伝聞ですので当てにできませんが僧侶があげるお経にも値段が付いているそうでおおよそ50から200万だそうです。また、供養する金額によって戒名が違うそうです。

ですが、学会葬ではそれらを払わなくてもよいそうなんです。世間一般の常識では正直信じることができないでしょう。しかし、学会が香典料を取らないことは事実です。

世間の常識と事実の差が大きいのです。

この記事1つのために無用な混乱を避けるため自分はこの議題を挙げ、却下願いを出しました。最果て 2009年6月4日 (木) 08:39 (UTC)


最果て

Wikipediaというプロジェクトにとって、訴訟リスクほど恐ろしいものはないと思っています。その観点から最果てさんのなされたことは、賢明なリスクヘッジであろうと感じた次第です(Baleaさん。。そんな方がいらしていた時期もありましたね)。

まず、「原則として葬儀に際し香典を受け取らない」という記載がある公式ページがあるのであれば、その旨を教義の項に付け加えて注にリンクを貼る。

その上で、「泥棒された云々」が大宅壮一氏の下に集った若手ジャーナリストたちの虚言であったという話の記載について、慎重に慎重を重ねなければならないと考えます。記載する場合、書き出し部分について「泥棒するという話が飛び交ったが…」としてしまえば、読み手に再びの先入見を与えてしまいかねないということになりましょう。例えば「S30年代、大宅グループは○○より打診を受け…」のような形で始めるというのはいかがでしょうか。お話とソースによる限り、創価学会が一方的に風評被害を被ったようですし、その風評から書き出しては学会側からの訴訟リスクを回避しきれないと思うからです。また端的で、短い文に留めるべきと考えます。

なお、他の宗派との比較ですが、教義の項への記載でひとまずは十分ではないか、というのが拙い私見であります。Wikipediaは何でないかにおけるウィキペディアは演説をする場所ではありませんに抵触するかもしれず、また無用な荒らし行為を呼び込む可能性もあると感じたのです。 --G.KOSHINO 2009年6月4日 (木) 16:09 (UTC)

追加する項目については、「16 社会的評価」に「不当なデマ」という項目を設けて記載してはどうでしょう。内容についてはG.KOSHINOさんの方針に賛成です。参考案をノートに提案して、それに対して皆の意見を集約して記述案を確定するのではいかがでしょう。--Pass Lab 2009年6月6日 (土) 15:21 (UTC)

G.KOSHINOさんPass Labさん意見をありがとうございます。 それでは参考案を提示させていただきます。太字の部分が新規に入れる分です。

A  「4、活動」に追加 葬儀 従来は宗門であった日蓮正宗の僧による葬儀が行われていたが、その関係が解消される前後から、「学会葬」、「友人葬」、「同志葬」などと呼ばれる、僧の代わりとなる「導師」を会員の中から選んで葬儀を執り行っている[7][4]。 なお、原則として「導師」は香典料を受け取らない。(創価学会公式HP参照)

B  「16、事件」に追加

不当なデマ

昭和30年代、創価学会二代目会長戸田城聖が発した「折伏大行進」の号令に既存の宗教団体の信徒がゴボウ抜きに取られていった。既存の僧侶達は何とか創価学会の躍進を止めようと様々な策を張り、その一つが香典泥棒である。

「ジャーナリストである大宅壮一氏のもとに全日仏(全日本仏教会)の幹部が泣きついてきた。 『最近、創価学会という宗教が勢いを増して、我々の信徒がゴボウ抜きのように取られている。このままじゃ、たまったもんじゃない。創価学会は、こんな嫌らしい宗教だ、と言えるような話はないだろうか」

大宅氏はそれを若い衆に話すとある一人が(根拠はなく、憶測で)『創価学会は葬式で香典を持って行く』香典泥棒や『位牌や仏壇を壊す』暴力宗教がいいのではないのかと提案し、そしてそれが全日仏を通して広まってしまった。

なお、晩年に大宅氏は創価関係者に対しこの事実を告白し、謝罪をしている。 創価学会はこの手の裁判に負けたためしがない。


草案を練り上げてみました。文脈がおかしかったり文面に自分の憶測が混ざっているかもしれませんがご容赦ください。最果て 2009年6月8日 (月) 05:17 (UTC)


最果て様。

草案作成のお手間をとって頂きましたことに感謝いたします。「4.活動」の記載について、創価学会のHPを参照し確認しました。上記のような記述でおおよそ問題ないのではと思います。

「不当なデマ」の項ですが、もう少し文章を簡略化してみてはどうかと思い、以下、最果てさんの文章を元に私案を記述してました(それこそ憶測が入り込んでいるかもしれませんが)。

昭和30年代、戸田二代目会長の下で学会の拡大が進む中、信徒数が激減することを恐れた既存宗教団体の僧侶らは、創価学会の拡大を止めるために多くの策略を練ったという。なかでも全日本仏教会(全日仏)は、ジャーナリストである大宅壮一に、”創価学会のイメージダウンを図る術はないか”と相談を持ちかけた。大宅からの話を受けた若手ジャーナリスト(?)たちは「『葬式で香典を持って行く』香典泥棒や『位牌や仏壇を壊す』暴力宗教」というデマゴーグを思いつき、それが全日仏を通じて日本中に広がった。この出来事について大宅は、晩年に創価学会関係者に対して経緯を告白し、謝罪した(出典明記)。

拙文にて申し訳ありません。極力エピソード紹介のようにならないよう心がけてみました。ご意見賜われれば幸いです。「この手の裁判に〜」は、実際の判決文などあれば引用した上で記載してよいのではないかと感じました。--G.KOSHINO 2009年6月12日 (金) 15:51 (UTC)

G.KOSHINOさん意見をありがとうございます。

貴殿の案の良さにいかに自分が稚拙な草案だったのかを実感します。

さて、本当に小さなことですが「~策略を練ったという。なかでも全日本仏教会~」の分なのですが、「なかでも」よりも「その既存宗教団体の一つである」に表現を変えたほうがよろしいのではないかと愚考しますがいかがでしょうか。最果て 2009年6月13日 (土) 06:13 (UTC)


最果て様。 であれば「そのうちの一つである〜」という表記などいかがでしょうか「既存〜」が複数回登場するのもクドいのでは、と思いそのような表記にしたというだけのことです。--G.KOSHINO 2009年6月14日 (日) 02:53 (UTC)

失礼します。相当な期間が経過しましても異論がないようですので掲載させていただきました。最果て 2009年7月3日 (金) 10:22 (UTC)

学会員だらけだね。 この項目の頭に、「創価学会が関与したというデマ。その中でも有名なもののみ記載するが全て根拠のないでたらめである」と書かれているが、この二つ以外に関する事全てもでたらめと誤解させる書き方かと思います。 「この二つに限ってはでたらめである」に修正すべきでは? 「その中でも有名なもののみ記載するが」と前置きしているのであれば、有名無名の懸念材料や事件もデマ扱いするかの様な記述になってます。--Geneisan 2010年5月22日 (土) 21:50 (UTC)

仰るとおりですね。今後加筆修正がかかる場合がありますので文面も「この二つに限ってはでたらめである」から「・・・ここに記載されていることはでたらめである・・・」にしましょう。

内容は事実ですが・・・トークによる議論なき掲載の為本文やセクションをいったん削除しました。再掲載予定の為掲載についての議論は『トークの議論なき勝手な掲載について』にご意見お願いいたします--ノーザン 2010年5月24日 (月) 21:37 (UTC)

創価学会の所轄庁について

本文では「東京都所轄の単立宗教法人。」となっていますが、1996年の宗教法人法改正により、現在では文部科学大臣となっています。

宗教法人法第5条第2項では、「次に掲げる宗教法人にあつては、その所轄庁は、前項の規定にかかわらず、文部科学大臣とする。」なっており、第1号で「他の都道府県内に境内建物を備える宗教法人」とあり、創価学会はこれに該当します。

実際に、2002年4月26日に、創価学会は宗教法人規則の変更をしており、これを認証したのは文部科学大臣です。 もし、現在も所轄庁が東京都知事であるなら、規則変更の認証も所轄庁である東京都知事が行っていなければなりません。 宗教法人法第26条1項では、「宗教法人は、規則を変更しようとするときは、規則で定めるところによりその変更のための手続をし、その規則の変更について所轄庁の認証を受けなければならない。」となっていますので。

また、上記規則変更の認証処分に対する取消訴訟が、元会員から提起されており、訴状が文部科学省に送達されています。 これは、被告が文部科学大臣ということであり、認証処分を所轄庁として行っているからです。 もし、東京都知事が所轄庁であるなら、規則変更の認証処分の取消訴訟は、東京都知事を被告として提起しなければなりませんし、訴状の送達は東京都に対して行われることになります。

立正佼正会や天理教、霊友会などでは、所轄庁の記載はされていません。 他の宗教法人に倣うのであれば、所轄庁に関する記述は削除すべきでしょう。 おそらく、東京都議選を創価学会および公明党が重視している根拠として、創価学会の所轄庁が東京都であるという誤解が挙げられているので、記載されているのだろうと思われますが。 これを踏まえて、敢えて創価学会の所轄庁を記載するのであれば、少なくとも、現在は文部科学大臣あるいは文科省とすべきでしょう。

(参考) 第144回宗教法人審議会

--Amyupa cider 2009年6月15日 (月) 17:03 (UTC)


Amyupa cider様 参考として挙げられたサイトで確認いたしました。Amyupa ciderさんとご意見から考えますと、管轄省庁の記載をすること自体に悪意のようなものすら感じますね。他団体に記載がないのであれば統一を図ってもよろしいのではと感じました。--G.KOSHINO 2009年6月23日 (火) 16:59 (UTC)


項目7.2 歴代会長と名誉会長に、“2002年の会則変更(同年4月6日、文部科学大臣が認証)”とあります。 所轄庁が東京都知事であれば、文科相が認証するはずがないんですよね。 私自身が、前の投稿の際に気づかなかったくらいですから、他の方ならなおさらでしょう。

G.KOSHINO様 私は、むしろ文部科学大臣に改めた方が良いと思います。 宗教法人法改正前の所轄庁を表記し、誤った情報の流布に結果として加担した以上、記載を削除して消極的に否定するにとどめるのは、いかにWikipediaとはいえ個人的にいかがなものかと思います。 所轄庁がどこであるかという情報自体は、価値中立的なものですから、記載したとしても問題はないと思います。 創価学会のように、良くも悪くも関心の高い宗教団体に関しては、可能な限り豊富な情報を記載する方が、Wikipediaの趣旨にも適うのではないかと。 --Amyupa cider 2009年6月24日 (水) 13:35 (UTC)


Amyupa cider様

当方としてはどちらにても意見はございません。都の管轄と言い張る方も現れておりませんし、Amyupa ciderさんの提案に賛同させていただきます。 --G.KOSHINO 2009年6月24日 (水) 17:17 (UTC)


相当の期間が経過いたしましたので合意に至ったものとみなし、所轄庁の「東京都」を「文部科学大臣」に訂正しました。 --Amyupa cider 2009年6月26日 (金) 02:29 (UTC)


「月刊ペン事件」の内容について

失礼します。 先ほど創価の記事を拝見したところ新たな項目が追加されているのを確認しました。Alex DeLargeさん本当に申し訳ありませんが記事を書く前にこの場所で貴殿の主張をお聞きしたいのですがいかがでしょうか。そして、その間この記事はいったん保留という形にしてよろしいでしょうか。失礼しました。最果て 2009年7月31日 (金) 08:17 (UTC)


記載された事実内容が全くの虚構であり、明らかに「荒らし」であると判断してリバートしました。--Pass Lab 2009年8月1日 (土) 00:51 (UTC)


社会的批判への対応

失礼します。 既存の記事を読んでいましたところ、違和感を感じる文章を見つけました。それが下の文です。

聖教新聞、『創価新報』など機関紙や系列の雑誌などでは宗門であった日蓮正宗の管長(日顕)や僧侶、また創価学会に反旗を翻した創価学会・公明党の元幹部(山崎正友元創価学会顧問弁護士、竹入義勝元公明党委員長など)や創価学会に批判的なジャーナリストや雑誌(『週刊新潮』、『週刊文春』)などに対する厳しい批判が行なわれている。これらに対しては「寛容さを持つべき宗教であることや人権擁護を訴えている立場と矛盾している」、「かつての言論出版妨害事件以来、排他的な体質は変わっていない」などの批判がある[7]。

この文章の参考となっている「創価学会解剖」というタイトルの本なのですが。この本は果たして信用できるのでしょうか。ネットで検索したところ、内容が過激ですので自分は参考本というよりは娯楽本の類に入ると思いました。よってこの本を情報源として提示することに関して疑問が浮かんできたのですがいかがでしょうか。最果て 2009年8月10日 (月) 05:58 (UTC)


信用できるか否か以前に、該当する記述が確認されません。法的問題が懸念される箇所について、いったん削除することにします。検証可能な根拠を示してください。--E8 2009年8月10日 (月) 13:09 (UTC)


失礼します。久しぶりにこのページを閲覧しました。すると違和感を感じる箇所が見受けられましたので議論をしたいと思います。

問題の個所はここです。

離反者による批判 [編集] 1980年代以降、顧問弁護士であった山崎正友、最高幹部であった石田次男、公明党所属の都議会議員、藤原行正など、創価学会を離れ、外部から批判する者たちが相次いだ、また批判はしていないが戸田会長の遺族も創価学会から離反している。[6]。 2009年8月30日の衆議院選挙前には信者が玄関前まで公明党の宣伝に来るなどの苦情も多くあがっている。

の部分ですが特に 『2009年8月30日の衆議院選挙前には信者が玄関前まで公明党の宣伝に来るなどの苦情も多くあがっている』に関しては伝聞または憶測のような気がいたします。問題となる箇所を執筆なされた方にお願いなのですが、この部分に対する何か公的な資料の提出をお願いします。

後、『また批判はしていないが戸田会長の遺族も創価学会から離反している』の部分は資料があるとはいえ、わざわざwikipediaに載せる必要性があるのかも疑問なのですがいかがでしょうか。

個人的な要望ですが戸田会長の遺族が抜けた理由についても載せてほしいのですが。これだけでは読者に誤解を与えてしまう恐れがあると思います。


失礼しました。最果て 2010年5月27日 (木) 03:03 (UTC)

失礼します。相当な時間が経過しても異論が出なかったため問題の文を削除いたします。

失礼しました。最果て 2010年6月2日 (水) 07:58 (UTC)

項目「著名人の学会員」について

今現在、こちらの項目の記述が進んでいるようですが、この記事内容は問題ないのでしょうか?(問題点が明確ではないので、記事の削除は行いませんでした)
以前、過去の議論で似たような話題が出たものの、結論が出ぬまま終わってますし、一度明確な方向性は出せませんかね?--依音 2009年10月1日 (木) 12:29 (UTC)

当該の項目について、個人的には生産性のある情報とは思いません。悪い言い方を許してもらえるなら「だから何?」という感じで、『創価学会』関連の記事群がここまで肥大している状況の中にあっては無くても全く困らない情報だと思います。「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか」のうち「ウィキペディアは名鑑ではありません」あるいは「ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありません」について検証する必要があります。ことに『単に真実であるだけでは、たとえ検証可能であったとしても、百科事典に収録するのに相応しい内容であるとは限りません』について今一度確認する必要があると思います。--Easyman 2009年10月1日 (木) 12:59 (UTC)


失礼します。自分の意見としましては著名人の名前は載せないほうが良いかと思います。何故なら、彼らは認められている信教の自由を行使しているだけですので、それをあえて名前を載せるのはどうかと考えます。また、創価学会関連は賛否両論が激しいので、このwikipediaの記事が原因で何らかの被害が起きるかもしれません。それを避けるためにもこの記事は削除が望ましいと考えます。失礼しました。最果て 2009年10月2日 (金) 06:16 (UTC)

G.KOSHINOさんの編集に対して、一部の記事をリバートをしましたが、この項目についてのリバートは行いませんでした(結論だけ言えば、削除されました)。
Easymanさんの発言にありました、「ウィキペディアは名鑑ではありません」あるいは「ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありません」を考慮しますと、項目「マスメディアとの関係」内の「提供番組」、項目「関連する企業・団体」、項目「創価学会に関連する作品」についても、検証する必要がありますかね?
非常に答えの出にくい問題なので、議論がドロ沼になりそうで怖いですが・・・--依音 2009年10月3日 (土) 03:51 (UTC)

失礼します。依音さんの意見を聞き、自分なりに考えたのですがwikiに載せるのは関係のある企業や団体のみで個人の情報はなるべく控えたほうがよろしいのではないのかと愚考します。何故なら、個人の情報をを載せることはそれだけで当事者にとって苦痛を与える可能性があるかもしれないからです。まあ、企業の場合も当てはまるかもしれませんが利害関係がほとんどですので訴えられるリスクは高くないと思います。あくまで自分の意見です。依音さんのおっしゃった提案通り泥沼になるおそれがありますので是々非々でいきたいと思います。最果て 2009年10月5日 (月) 08:16 (UTC)

失礼します。相当な期間がたっても他に意見がなかったため恐れ多いですが定義を出します。


1、 wikipedia創価学会ページに固有名詞を載せることは極力控える。

2、 しかし、幹部または企業関係においてはその限りではない。


この二つの定義を出します。2週間経っても異論がなければ、これら定義が執行されます。失礼しました。最果て 2009年10月14日 (水) 08:48 (UTC)


失礼します。定義を提出させて頂いてから2週間が経過しても異論がなかったためこれら2つの定義を執行します。失礼しました。最果て 2009年10月28日 (水) 08:20 (UTC)

項目「沿革」について

IPアドレス「118.8.177.190」さんの記述は、事実誤認がある上、名誉毀損に該当する恐れがあるため、削除させていただきました。

まず、信平氏は当時、悪質な金銭貸借がもとで学会の役職を解任されており、自ら脱会届も提出しております。したがって、記述の役職は間違いです。

また、記述中の「裁判」は、「訴権を濫用する訴え」「不当な企て」などと判決で一蹴された、曰く付きのものです。実際、平成13年6月26日に最高裁が信平氏の上告を棄却し、信平氏側の完全敗訴で決着済みです。

この裁判では、信平氏の告発手記について、学会の役職を解任されたこと、学会を恐喝して金を取ろうと画策したが失敗したこと、の「仕返し」として発表されたものであると、判決で認定されています。 また、信平氏の手記をもとに記事を掲載した一部マスコミについても、「事実的根拠が極めて乏しい事柄について、しかも、スキャンダラスな内容のものをいたずらに報道されるいわれはない」と断罪しています。

つまり、「そもそも事実的根拠が乏しいことを、学会への個人的な仕返しのために騒いで回った」というのが、裁判で認定された信平氏の手記の本質なのです。

さらに判決では、裁判自体についても、「訴権を濫用する訴えであるから、不適法」である、とし、“このまま裁判を続けることは、信平の不当な企てに裁判所が加担する結果になりかねない”としています。

結論すると、手記も、裁判も、いい加減なものであり、個人的恨みを背景にした悪質な企てであったわけです。こうしたものをウィキペディア上に掲載することが不適当であることは言うまでもありません。

また、そもそも、「118.8.177.190」さんの記述は、創価学会そのものを説明することが目的である本欄に掲載すべきようなものではありません。

以上の理由から、削除させていただきました。--Necessary 2009年10月7日 (水) 5:56 (UTC)

IPアドレス「118.8.177.190」から記述した者です。 2009年10月7日 (水) 5:56 の Necessary氏の削除に 抗議します。 まず、私の記述した >2月15日 北海道副総合婦人部長:信平 信子 氏の「池田大作名誉会長にレイプされた」という告発記事が週刊新潮に載る。(池田大作レイプ裁判の始まり) という内容は、客観的事実であります。また、これは、創価学会を揺るがす大事件でした。 この報道によって、創価学会の折伏(勧誘)は、ほとんど不可能になるほどのダメージを受けました。 この事実を、沿革に記述するのは当然のことです。 よって、Necessary氏の「本欄に掲載すべきようなものではありません」という意見は否定されます。 また、Necessary氏は、本事件の真偽を、創価学会員の立場から、一方的に「デタラメ」と主張して おりますが、このような自分達の都合の悪い意見を封殺する姿勢は、Wikipedia の理念に反しています。 私は、「そういう報道が、この日に行なわれた」という事実を記述しただけです。 Necessary氏は、池田大作レイプ裁判の真偽について、言いたいことが おありのようなら、 新たに「池田大作レイプ裁判」の項を新設して、そこで述べたらよろしいでしょう。 その時には、私も「ではなぜ創価学会は、そんな人間を『北海道副総合婦人部長』という要職に就けて いたのか?」という事について述べさせて頂きます。 ちなみに、 >自ら脱会届も提出しております。 これはその通りですので、次回記述する時には『元・北海道副総合婦人部長』と訂正いたします。 --118.8.177.190 2009年10月7日 (水) 07:04 (UTC)

勝手ながら、Necessary氏の発言の削除をリバートさせていただきました。
118.8.177.190さん。抗議していただくのは大いに結構ですが、冷静になりましょう。特にノートページでは、基本的には他人のコメントを削除してはいけません。この行為によって、118.8.177.190さんの品位や主張を疑わしいものにしてしまいかねません。また、118.8.177.190さんが主張される『自分達の都合の悪い意見を封殺する姿勢は、Wikipediaの理念に反しています。』という言葉にも跳ね返ってきてしまいます。
それと、今回の記事の削除理由についてですが、「事実誤認である」という点と「名誉毀損に該当する恐れがある」という点が指摘されています。過去の議論でも話題に出ていますが、客観的な事実であるか否かに関わらず訴訟の可能性のあるものは記載できません。ちなみに、この「訴訟の可能性」というのは『訴訟され敗訴する可能性』ではなく『訴訟を起こされる可能性』です。
なお、118.8.177.190さんは「裁判の真偽について、言いたいことがおありのようなら、(中略)その時には、私も「ではなぜ創価学会は、そんな人間を『北海道副総合婦人部長』という要職に就けていたのか?」という事について述べさせて頂きます。」とおっしゃっており、(『有罪であった』等の)裁判の結果について明示できない以上、創価周辺の訴訟リスクが非常に高い(らしい)という点も踏まえて、この記事内容に対する訴訟のリスクは高いものと思われ、記事の掲載には賛同いたしかねます。
最後に、「記事を記載しておく」ことで訴訟のリスクが発生する(可能性がある)ため、本文の118.8.177.190さんの編集をリバートさせていただきます。本ノートでの合意を得た上で再度編集していただきますよう、ご理解のほど宜しくお願いします。--依音 2009年10月7日 (水) 11:52 (UTC)

IPアドレス「118.8.177.190」から記述した者です。 >>創価周辺の訴訟リスクが非常に高い(らしい)という点も踏まえて、この記事内容に対する訴訟のリスクは高いものと思われ、記事の掲載には賛同いたしかねます。<< これは実際の創価学会の判断と全く異なっています。創価学会は、信平氏や週刊新潮に対して名誉毀損の告訴をしていません。 当人達に告訴していないのに、なんでWikiが訴えられるのですか? 全くバカバカしい論法で、反論にも何も なっていません。よって貴方の反論に、私は全く同意できかねますので、記述を復活させてもらいました。--61.213.74.51 2009年10月7日 (水) 16:23 (UTC)

失礼します。先刻118.8.177.190さんの意見を拝見させていただいたのですが貴殿の意見に疑問を感じました。名誉棄損云々についてはこれから議論していくと思いますので、現時点では依音さんの提案通り一度保護扱いにしてはいかがでしょうか。wikipediaは世界を定義する場です、拙速より巧遅が望まれます。十分議論をしてから載せることでwikipediaの信用性がさらに高まります。最果て 2009年10月8日 (木) 04:28 (UTC)

118.8.177.190さんは「これは、創価学会を揺るがす大事件でした。 この報道によって、創価学会の折伏(勧誘)は、ほとんど不可能になるほどのダメージを受けました。」と仰せですが、そう言える何か客観的な裏付けはあるのですか。この件はあくまで、一地方の一脱会者が、個人的な恨みで騒いだだけの話であり、本人は裁判でも敗訴しています。あまりにも明確な話であり、仰せのような「ダメージ」を学会が受けたなど聞いたこともありません。裏付けなき抽象的な「意見」「想像」で論議すべきではありません。この一件が学会の「沿革」を語る上で欠かせないものである、ということが客観的に証明できない以上、ウィキに載せる必然性はありません。まして、名誉毀損の恐れが高いものを、わざわざ載せるべきではありません。

あと蛇足ながら、「Necessary氏は、本事件の真偽を、創価学会員の立場から、一方的に「デタラメ」と主張して おります」と仰せですが、勝手に創価学会員と決めつけないで下さい。私は、公然情報たる裁判判決を示し、事実誤認と名誉毀損の恐れがある事を指摘しただけです。冷静に事実を直視していただければと存じます。--Necessary 2009年10月8日 (木) 5:20 (UTC)

議論中に編集合戦が続いていましたので、記事を保護しました。これは1週間で解けますが、その後も話し合いがまとまるまで問題箇所の編集は控えてください。--Kinori 2009年10月8日 (木) 10:02 (UTC)

横から失礼しますよ。8日以降議論が停滞していますが、最果て様、Necessary様、およびIPユーザー様は本文が保護になったことで議論する気が失せてしまったのでしょうか?IP氏はともかく最果て、Necessary両氏は主張したいことがおありじゃないのですか?まさかこの後保護が解けてまた同じような編集合戦をするつもりじゃないでしょうね。今の内に議論しておいて、意見の合意を見たいと思っているのは私だけじゃないと思うのですが。

IP氏もたまたまこの状態で保護になっただけであなたの編集方針が認められたわけではありません。今後議論に参加するつもりがあるなら、アカウントを取得してログインしてから編集してください。よろしくどうぞ。--Easyman 2009年10月11日 (日) 08:15 (UTC)

ようやく時間ができたので、書き込ませていただきます。またEasymanさん、削除された文章の復帰ありがとうございます。
さて、118.8.177.190さん。まず、Easymanさんが復帰してくださいましたが、あなたは私のコメントの一部を削除なさいましたね。しかも言わせていただくなら、『ノートページでは、基本的には他人のコメントを削除してはいけません』と指摘した直後に、そのコメントと同時に投稿された文章を、です。
もしも『分かっていたが誤って消してしまった』というのなら、即修正するのが礼儀と思われます。そして、それが出来るのがWikiの特色です。ですが、もしもそうではないのなら、あなたは『人の意見を受け入れず、ただ自分の主張したいことだけを立て並べる、まともに議論できない有象無象』と判断されてもおかしくはありません。
今後気をつけていただければ結構ですので、ご注意のほどよろしくお願いします。
本題に入りますが、118.8.177.190さんは私の意見に対して『全くバカバカしい論法で、反論にも何もなっていません』と仰いましたが、あなたの反論の論法も全く成り立っていないのに気づいていらっしゃいますでしょうか?
私の意見を否定する理由として『これは実際の創価学会の判断と全く異なっています。創価学会は、信平氏や週刊新潮に対して名誉毀損の告訴をしていません。当人達に告訴していないのに、なんでWikiが訴えられるのですか?』と主張されていらっしゃいますが、答えは至って簡単です。過去に名誉毀損の告訴がされていないからといって、今も告訴されないという保証は無いからです。
確かに創価学会は(やろうとすれば出来たのにも拘らず)信平氏や週刊新潮に対して名誉毀損の告訴(反訴?)を行ってないようです。この(創価学会の判断)理由としては、「裁判を長引かせると創価学会側に不利なものが出る可能性があった」のかもしれませんし、「棄却されたので名誉毀損でさらに訴える必要性も無い」と判断されたのかもしれませんし、それ以外かもしれません。しかし結局のところ、それらは想像の域を出ませんもしも理由が後者であったとしたら、訴えられることはないと言い切れますでしょうか?
しつこいかもしれませんが、Wikipediaは他者の名誉等を傷つけ、結果的に名誉毀損罪・侮辱罪・信用毀損罪などに問われる可能性のあるものは記載できませんので、よろしくお願いいたします。
ついでに、本事件の判決文について少し調査したので、以下に残します。
Wikipedia:検証可能性の点を踏まえるならば、2つ目のリンクの出典とされている「判例タイムズ976号262頁」を挙げるか、もしくは裁判所に「事件番号:平成八年(ワ)第一〇四八五号」として判決文を請求するのが良いと思われます。--依音 2009年10月11日 (日) 11:45 (UTC)

失礼します。自分はIPアドレスさんが過ちを認めてくれればこれ以上議論することはありません。見たところIPアドレスさんは最近書き込んでいませんのでもうよろしいかなと思っています。また書き込んできたら自分も書き込むというスタンスをとっています。失礼しました。最果て 2009年10月14日 (水) 08:53 (UTC)

過去の議論が挙げられているのでコメントしておきますが、あの議論では「名誉毀損のため削除」といったことは合意されていません。また、依音さんが挙げられているWikipedia:削除の方針は私たち一般利用者が記事から記述を除去するための方針ではなく、管理者が記事から履歴ごと削除するための方針です。つまり「名誉毀損のため削除」を主張される方は削除依頼を行わなうべきで、過去の議論にもそういったことが書かれているはずです。--小牧こまき2009年10月14日 (水) 10:39 (UTC)

記述した=名誉毀損になるという結論になるのかは、もちろん一考の余地がある。書き方にも依るんでしょう。ただ依音さんのいう「後者の可能性」を否定しきれない中で、記載を漫然と放っておくということにも賛同しづらい。そのようなリスクを孕んでいるというのなら、管理者側に削除依頼を出すこととしましょう。--G.KOSHINO 2009年10月24日 (土) 17:14 (UTC)

ようやく書き込む時間が確保できました。レスが遅くなり大変に申し訳ありません。
苫小牧さんの主張は全くもって正しいものであり、私の安易かつ稚拙な理解によって、本来の意味を捻じ曲げた主張をしてしまいました。ここで皆様にお詫びいたします。
この失敗を踏まえ、次回からはこのような内容のものは削除依頼を行っていきます。--依音 2009年11月8日 (日) 13:28 (UTC)

 項目「世界諸国との友好関係」について 

これから詳述されてくる項目であろうと拝するのですが、現状の記述ですと韓国のみの記述です。一国だけのクローズアップになってしまうと、項目の名前からしても、いささか不足になろうと思います。是非Ameixa様による一層の健筆を拝見したいと感じております。拙いながら、私もお手伝いできればと思っております--G.KOSHINO 2009年11月11日 (水) 15:17 (UTC)

ご指名ありがとうございます。一応私が知っているのは国内や東アジア圏内での僅かな行動ぐらいですが、それでも宜しければ少しずつ加筆していく方針でいきます。もし間違いなどがあれば是非ご指摘や加筆のご協力をしてくれると幸いです。--Ameixa 2009年11月12日 (木) 19:15 (UTC)

世界諸国との関係 について

Wikipediaを情報源とする記述を削除しました。Wikipediaは信頼できる情報源たりえません。また当該記述は過去ログでも議論されてきたところですので、よくお読みください。そのうえで記述にあたっては当ノートにおいて草案を提示し、了承を得てから編集にあたるべきと考えます。--Pass Lab 2009年11月24日 (火) 00:35 (UTC)


Wikipediaを情報源としていることもあり、削除依頼を出すことで削除も可能だと考えます。また、出典先においては、団体そのものの危険性を断定しないという、いくつかのエクスキューズが付いている(フランス、ベルギーなど)ものもある。ですので少なくとも以前の記述ではミスリードがありえる感じます。記述例について再考してみたいと思うのですが。また、創価学会ではなくSGIについての記載にすべき国もあったと考えますが、いかがでしょうかね。--G.KOSHINO 2009年11月25日 (水) 01:53 (UTC)

Wikipediaを情報源にしてる、だけ見ると確かに問題ですね。だけども発想を和らげると、Wikipediaが引用元ならその記事にも情報源がある事になりますね。ある程度あの内容に脚注でいいので情報源を添え、詳しい概要は例の情報源(Wikipedia)ページにリンクするようにしてみればいかがですか?そうすれば両者共に納得するような記述になる、気がします。--Ameixa 2009年11月28日 (土) 21:31 (UTC)

Wikipediaの参照先は些か古いものが多く、法的係争を惹起した内容も含んでいるようです。従って、できるだけ新しく、かつ(日本語で)検証可能で信頼できる情報源を提示したうえで、該当する各国SGIの項目に於いて記述を試みるべきと考えます。--Pass Lab 2009年11月30日 (月) 07:22 (UTC)

各界との関係についてですが

創価大学出身者が公務員を出しているとか教師を出しているとか、そんなことはどの大学でも一般的に見られることなので削除したいと思うのですが如何ですか? わざわざWIKIに乗せるべき内容ですか?中立的な意見だとは思えません。--125.2.58.210 2010年3月16日 (火) 17:51 (UTC)

議論が無いようですので削除致しました。--125.2.58.210 2010年3月29日 (月) 19:01 (UTC)


事件についてですが

過去に創価学会が関与しニュース報道等で広く世間一般に知られた事件については事実内容のみを掲載しているのであれば削除対象とせず掲載してもよいのではないでしょうか?

実際さまざまな事件を起こしていますが『大阪事件』、『言論出版妨害事件』、『電話盗聴事件』以上3つの事件は創価学会が関与した事件の中でもニュース等で報道されで広く世間一般に知られた事件ではないでしょうか?

ちなみにですが、出典としてYouTube動画というのは個性的すぎますw。出典要件についてはWikipedia:信頼できる情報源をお読み下さい。--せんとくん 2010年5月14日 (金) 07:14 (UTC)

起きた事実のみを載せることにも問題はあるのでしょうか?自己解釈のない事実だけであれば中立的な立場から是非載せるべきであると考えております--112.138.50.179 2010年5月13日 (木) 15:43 (UTC)

事実を載せられない理由はありませんし、反対したつもりもないです。「記述されるのなら出典要件を満たしましょうよ」と申し上げたまででありました。単に当YouTube映像は「参照資料」にはなりえますが「出典資料」としての要件は満たさないと思ったのです、Wikipedia:信頼できる情報源によるのならば。この映像を用いるならば「当時の○○ニュースは○○と報じている」という程度の話を脚注に入れるくらいのレベルかなあと感じていますが、いかがですかね--せんとくん 2010年5月17日 (月) 17:55 (UTC)
事実であれば記載できない理由はないと思います。編集合戦になることが多いページですので、ロックを避ける意味でもノートで議論を重ねたいと思います。また「事件」において項目を削除させていただいた理由として、創価学会「員」の事件と創価学会そのものの事件は区別すべきではと考えたためです。創価学会「員」の数はそれこそ多いわけで、記載自体に明快な基準を設けられないことと思うのですが、112.138.50.179さん、いかがでしょうか。また私としては記載に当たっての出典明記をWikipedia:信頼できる情報源に基づき要望したいところです。--せんとくん 2010年5月14日 (金) 06:38 (UTC)

せんとくんさん。了解しました。非常に難しい問題と考えます。こうなっている間にも編集合戦が有るようなので一日も早い改善を期待したいです

せんとくんさん、112.138.50.179さん。ひとつの提案として

1.掲載する【事件】の項目はまず【大阪事件】【言論出版妨害事件】【電話盗聴事件】【月間ペン事件】

2.題名とwikiリンク(

)のみ掲載。解説はたとえ事実でも一文も入れない。解説が入った場合は荒らしとして即削除とする

3.項目に入れたい事件がwikiにない場合やリンク不可の場合は事実か確認が困難なため議論の上掲載しない方針とする こんなものでどうでしょうか?

せんとくんさんの「創価学会「員」の事件と創価学会そのものの事件は区別すべきでは」との意見に反するかもしれません 112.138.50.179さんは「起きた事実のみを載せることにも問題はあるのでしょうか」といいますが本件はあくまで【創価学会】です。【大阪事件】や他の事件は各々のページで見たい方が確認をすればよいと考えます

話しは変わりますが現在【事件】は【電話盗聴事件】のみ掲載されています。この事件は学会を離反した山崎氏が犯人と断定されたため創価学会のプロパガンダに利用される恐れがあります。

この議論が終了するまでは掲載されている【電話盗聴事件】も削除してもよろしいでしょうか--58.156.232.218 2010年5月14日 (金) 14:50 (UTC)

112.138.50.179さん。【電話盗聴事件】削除いたします

IP113.36.142.138の編集で適切でないタグが入っていましたので、趣旨を忖度し、いったん「事件」を削除しました。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 06:33 (UTC)

「事件」というセクション自体が全く必要ないと考えます。それぞれ別のWikipedia項目が存在しますし、いずれもセクション「沿革」に記載されており、セクション新設は冗長で百科事典的ではないでしょう。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 05:07 (UTC)

確かに「2度書き」になってしまうんですよね、「事件」セクションがあると。どうしてもクローズアップしたい人たちもいるんでしょうけど(逆も然り?ww)、私もあまりスマートでないとは思うんですよね--せんとくん 2010年5月17日 (月) 17:55 (UTC)

学会員によるものと思われる過剰な削除について

過去ログにあったら申し訳ないのですが創価学会関連のWIKIでは学会員によるものと思われる過剰な編集、削除(荒らし)が散見されます。内容が誹謗中傷であればわかりますが中には事実として認定されしっかりとリンクが出展されている項目も容赦なく削除されています。創価学会を守るための削除と取られても仕方のないものもあります 私も学会員ですが過去の学会が起こした関与した事柄を中立的な立場から見た際は中にはWIKIに掲載されて仕方のない事例もあると思います。

ここで一つ提案ですが

今後削除された項目、内容を参照し

・削除した人がおもに創価学会関連(事件、人物等)のWIKIを編集削除していた場合、

・内容が誹謗中傷ではなくすでにニュース報道等で事実として世間で認識されリンク等で出典が確認できるもの、

・明らかに学会の組織防衛のための項目削除

いずれかに該当すると判明した場合は

WIKIの中立的な立場を遵守するためノートに記載の後、削除された項目、内容を復元し再掲載を了承してもよろしいでしょうか?

皆様の意見待ってます--112.138.50.179 2010年5月13日 (木) 16:55 (UTC)

もちろん要件を満たしていれば編集し再掲載可能と考えます。その際、当然のことですが112.138.50.179さんの責任で、再掲載にあたり過去のログ等を当たっていただく必要が出てくるでしょう。
というのも、いくつかの削除項目についてはノート上でWikipedia記載の原則(Wikipedia:検証可能性Wikipedia:信頼できる情報源Wikipedia:独自研究は載せない)を満たしていないとの結論が出た上で削除に至ったものがあるからです。その場合はノートでの合意が合ったはずですので、112.138.50.179さんが合意に対して意義があれば、同様にノートにて個別の話題についてご意見を仰るべきと存じます。
「明らかに学会の組織防衛(こういう言い方なんでしょうかねw?)と判明」については分かりかねます。112.138.50.179さんが判断なされるのでしょうか……?再掲載を企図される際には、話題の選定も含めて独自研究にならぬようご要望いたします。--せんとくん 2010年5月14日 (金) 06:54 (UTC)
IP:112.138.50.179(IPに敬称を使うのはおかしいので呼び捨てですが)は、ノートでまともに議論をする気があるのであれば、まず少なくともアカウントを使うべきでしょう。IPは固定されているとは限りませんし(JPNICで調べると、株式会社が管理しているIPのようですが、成りすましの懸念も残ります)、議論の積み重ねが困難だからです。また、削除された内容につき挙げた3項目は、以下の通りいずれも失当といわざるをえません。
(1)過去の編集については、現在議論となっていないのであれば、都度妥当な期間を経て承認され定着してきているものと考えられ、それを単に編集者の過去の書き込みにのみ依拠した基準で引っ繰り返すのは、これまでに関わってきた多くの編集者の尽力を踏みにじる著しく不当な行為であること。また編集者が過去に於いていかなる編集作業を行ったかについてではなく、当該編集行為について個別に判断・議論すべき。
(2)「ニュース報道等で事実として世間で認識されリンク等で出典が確認できる」という基準はIP:112.138.50.179独自の見解であること(たとえば「リンク等で出典が確認できる」という条件を満たすだけでは、必ずしもWikipediaに記述可能とはなりません。Wikipedia:検証可能性を参照のこと)。編集は、あくまでもWikipediaの編集方針に則るべき。
(3)Wikipediaに於いては、「明らかに学会の組織防衛」であるか否かの判断には、物理的技術的理由等により客観的で妥当性のあるプロトコルやプロセスが存在せず、恣意性が入り込む余地が多分にあること。繰り返しになるが、あくまでもWikipediaの編集方針に照らして編集すべき。
以上を踏まえたうえで、新たに加えたい内容があれば、ノートに案を記述して、皆の詮議に付すようにしてください。--Pass Lab 2010年5月14日 (金) 08:46 (UTC)

せんとくんさんお疲れ様です。了解しました。再掲載の際は独自研究にならないよう極力気をつけますが明らかに学会の組織防衛のための項目削除はいろいろ研究しましたが難しいようですw

Pass Labさん。まずは別項でIDやアカウントを取得していない理由を述べてますのでそちらを参照下さい。今後はWikipediaの編集方針に則りノート等での議題に努めますがIDを取得しましたのでここにあった記述を一部削除とさせていただきました。

理由はあなたが仰った独自の研究によるものが記載されているからです。別項でこの件について郵便番号から住所を調べるのとまったく同じことですよと述べていますがこれは独自判断によるものではないでしょうか?もとは私がアカウントを取得せずに記載したため貴殿が調べたものでしょうからアカウントを取得した現在一部文章の削除は問題ないと思います。掲載の際は通常と同じくノートでの議論をお願い致します。議論なく削除された項目が貴殿の手で再掲載された場合はノートでのこの項目の全削除を依頼をさせていただきます。--ノーザン 2010年5月15日 (土) 22:55 (UTC)

ノーザンさん、アカウント取得できましたか。とりあえず、あなたが改竄した当方の発言を復活させていただきました。ただし、アカウント取得により同一性が担保できるようになったことと、あなたがあまりにも気にされるので、武士の情で法人の固有名詞については削除しました。今後はノートでの他人の発言を改竄するような行為は厳に慎んでください。IPアドレスからJPNICのデータベースを逆引するのは、違法でも何でもありません。IPアドレスは、インターネットにおける住所と同じです。これは独自研究でも何でもなく、普通程度のインターネットの知識を持った人間ならば常識となっていることです。「スーパーでサンマを買う時に対価が要る」と同じ常識です。IPアドレスなどをご参照ください。そのうえで、独自研究が容認されないのはWikipedia本体の記述であって、ノートは(違法性や法的紛争を惹起しない限りにおいて)自由に議論すべき場と考えます。この点も混同しないよう、頭を整理してください。
なお、違法性について懸念を述べれば、あなたが「学会の組織防衛のための項目削除」などと再三にわたって、何の根拠もなく述べていることのほうが、名誉棄損ないし信用毀損を構成する可能性が高いのではと憂慮します。私のアカウントを名指しして、独断と偏見で事実的根拠のない情報を流して誹毀讒謗するのと合わせて、ご自身でよく思料なさって、危ないと思う自分の記述は整理・削除してはどうでしょうか。過去にどのような編集をしてきたかについては、その内容が荒らしなど明らかに合理性や妥当性を欠く場合を除いては、とやかく論評する対象とはなりえません。項目の分野や領域ごとにアカウントを使い分けている編集者もいるはずです。また、過去の編集履歴については、その時点時点で妥当な了承期間を経るなど適切に行われてきたとみなされるべきで、それを一から引っ繰り返す行為は傲慢不遜以外の何物でもありまえん。偏見や邪推で「学会員だ」などと決めつけ排除しようとするのは、まさに魔女狩りであり、言論封殺にあたると深く憂慮するものです。ノーザンさんは、ごく最近Wikipediaの閲覧をはじめたようにお見受けしますが、一時の気の迷いで興奮したりせず、落ち着いて場のルールや過去ログの熟読に努めていただければと切に願うものです。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 04:40 (UTC)

アカウントの使い分けについて若干追記します。複数アカウントを使って同一項目についてノートで議論するなどの行為はソックパペットとして排除されるべきです。しかし、当方もそうですが、複数の領域(たとえば数学とクラシックなど)で、かなり先鋭的・先端的な趣味趣向をもっている編集者が、同一アカウントで編集を行った場合、それらの過去の履歴によって個人が特定されかねないという危険が生じえます。そうした状況に対処するため、ソックパペットとならないよう配慮しながら複数アカウントを使用することは当然あると思います。当アカウントの編集履歴が、特定の領域項目に偏っているのは、そうした理由があるとお考えください。いずれにしろ、言論の自由が保障された国家にあって、特定アカウントの編集履歴のみをもって当該編集者の編集行為そのものを排除・阻害することがあってはなりません。ノーザンさんは、基本的人権や表現・言論の自由についても、もう少し学習なさったほうがよろしいでしょう。書き込まれている内容を拝すると、どうもその辺の基本的な教養が欠落しているのではないかと懸念されてなりません。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 04:49 (UTC)

本項と関係が薄く冗長な記述の整理

「政教分離原則」については、セクション「政府の公明党と創価学会に対する見解」にリンクが張られていますし、記述が冗長となるため、同原則に関わる憲法20条1項後段の条文を残す形で整理しました。--Pass Lab 2010年5月14日 (金) 09:01 (UTC)

議題削除について

112.138.50.179さん【学会員によるものと思われる過剰な削除について】の項目は前項に同氏が議題とした【事件についてですが】とにかぶるところがありどちらかに統一すべきと私は考えます。

実際は112.138.50.179さんの返答があればよいのですが数日中に返答がない場合は議題とさせていただいてもよいでしょうか?

Pass Labさんの編集について疑問があります

Pass Labさんの編集履歴はいままでwikiで編集、削除したおよそ240件の項目はそのほとんどが創価学会や関連項目の編集だというのです。

なぜそこまで創価学会関連の編集・削除を行うのか。確かに創価学会関連の荒らしは目を覆うものがあります。しかしPass Labさんがここまで創価学会関連の記事削除を行うのか? 20090830の項目を保護指定した理由も含め削除した理由もwikiの方針だけで片付けられるものでしょうか?Pass Labさんがここまで編集に偏りを見せるのは記事を書いた相手方の内容もも含め問題がありますが第三者のIPアドレス管理会社を公にすることは常軌を逸している行動と感じます。その方がPass Labさんに危害を加えましたか?Pass Labさんの行動について皆さんはどう思いますか?

Pass Labさん今後は創価学会関連以外の削除編集も行ったらいかがでしょうか? --58.156.232.218 2010年5月14日 (金) 16:03 (UTC)

久々に来てみたら、なにやら始まってますねえ!
58.156.232.218さん。お世話様です。議題統一について賛同します。Pass Labさんについて意見噴出という感じですが、少なくともこのノートで議論する話ではないかとw。直接コンタクトをお取りになるのもよいでしょうし、規定違反があればWikipedia管理側に話をすればいいだけのことです。なぜPass Labさんが58.156.232.218さんのいう「偏り」、「そのほとんどが創価学会や関連項目の編集」を見せるのかなど当人しか分からないことですし、特定の話題にしか書き込まない○○ウォッチャー的ウィキペディアンは星の数ほどいるでしょう(ワタシも含めてw)。それを理由に編集権を失効させるべきという規定はなかったかと。あ、あとそもそもなんですが、Pass Labさんは削除にあたり上の議題で論を展開されています。それに対しては反論というか意見される予定でしょうか?ここでの議論ですと、論拠はどうあろうとPass Labさんの資質に問題があると断じるためその編集の多くは問題である、ゆえに今までの記事を見直すべきという、若干斜め上からの展開になっている気がするんですが。--ほーじー 2010年5月15日 (土) 02:39 (UTC)

58.156.232.218さん。ほーじーさん。お疲れ様です。それでは議題を『事件について』に統一しましょう。

Pass La氏についてはあくまで個人なのでここで議題にすることではないかと思いますが彼の更新削除は少しやりすぎではという印象があります。まずwikiの削除は基本マークアップ無効での削除となっていますが同氏は削除の際、マークアップ無効を使わないのはなぜという疑問はあります。また同氏へは個人的にはIPアドレスをJPNICのデータベースで逆引きされてますのでいい印象は一つもありません。記述を確認し私個人が特定できる情報が記載された場合は即削除しますがよろしいでしょうか?

追記される前に記載しますが私がIDではなくIPアドレスで記載しているのはまだメルアドがないためです。IDを取得しようとしましたがメルアドが必要な様子(家庭の事情から取得不可)でしたので当分は無理です。今後は早急にIDを取得するようにはいたします--112.138.50.179 2010年5月15日 (土) 21:55 (UTC)

アカウントの作成にメールアドレスは必須ではありません。アカウントを作成されてはいかがですか。いずれにしろ、Wikipediaの基本的な編集方針等をまずお読みください。それから議論を始めましょう。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 00:49 (UTC)
IP58.156.232.218へ(敬称の省略はIPに付けるのはおかしいからです)。履歴の残らぬIPで平然と他を誹毀する書き込みを行うような輩から、過去の編集履歴について、あれこれ難癖を付けられる筋合いはありません。当方の編集に問題があると感じるなら、個別に当ノートで取り上げてください。徹底的に議論いたしましょう。ただし、アカウントを使っていない場合は、荒らしと判別つきかねるので、まともには取り合いません。ノートの履歴を見ればわかる通り、当方は、これまで正々堂々と議論をしてきました。姑息にIPで書き込んで、罵声を浴びせて逃げるような薄汚いマネはしたことがありません(IP58.156.232.218がそうでないといいのですが)。
なお、IPアドレスをJPNICのデータベースで逆引きすることは、違法でもクラッキングでもなく、郵便番号から住所を調べるのとまったく同じことですよ。誤認に基づき他者を讒謗するとは卑劣の極みです。従って記述を戻しました。
IP58.156.232.218は、もう少しWikipediaやインターネット(さらにいえば社会道徳)の基本を学ぶとともに、自らの愚劣と不明を恥じるべきでしょう。
ほーじーさんの書き込みで既に意は尽くされていると思料しますが、あえて付言させていただきました。--Pass Lab 2010年5月15日 (土) 05:05 (UTC)

PassLabさん、IPで書き込んだ人に対する呼び捨ては誹謗中傷以外の何物でもありません。愚劣と不明? そんなことを堂々とノートの発言にできる貴殿の性格は疑われて当然でしょう。貴殿が今やっていることはほーじーさんの言われている若干斜め上ではなく、完全に他の投稿者を見下した態度です。貴殿がWikipediaのすべてのコンテンツをひとつ残らずチェックして徹底的に管理しているのですか? そんなことはまず不可能です。ましてや貴殿の投稿記録に創価学会関連のページしか残っていないとなれば尚更です。58.156.232.218さんは良心ある投稿者としてあえてIPアドレスで書き込んだのかもしれません。その点を弁えた上で編集してください。110.164.250.172 2010年5月15日 (土) 19:01 (UTC)

過去にどのような編集を行ったかは、その内容において判断されるべきと思料します。IP:110.164.250.172の発言は他者の言論の自由を抑圧する悪質行為と考えます。内容についての批判であれば、いくらでもお受けしますし議論いたします。個別に当ノートで取り上げてください。IPに「さん」をつけないのは、郵便番号や電話番号に「さん」をつけないのと同じです。感情的でなく論理的にお考えください。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 00:49 (UTC)
今ゆっくり見直してみましたら、IP112.138.50.179は当方の発言を勝手に改竄したようです。これまた正に「愚劣と不明」以外の何物でもありますまい。そもそも「他の投稿者を見下している」わけではなく、論理的に支離滅裂な理屈をふりまわして、他者のアカウントを名指ししてあげつらうような卑劣な輩に対し反論しているだけです。「Wikipediaのすべてのコンテンツ……」云々以下の文章は理解不能です。当方の記述をよく読んで、意味をきちんと理解したうえで、もう少し分かりやすく書いて頂けませんか。ただし、IP110.164.250.172も真面目に議論する気があるならアカウント使用をお願いします。荒らしかどうか判別がつかず、まともに相手にできません。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 04:12 (UTC)

一連の流れをかたっぱしから調べてみましたけどこのページ自体全削除するものではないでしょうか?

**理由として 1.アカウントのない者が起こした提案議題であること

2.もとの議題とは内容がすり変わり個人攻撃の場になっていること

3.議題自体が個人を誹謗中傷している議題であること

4.このままにしておくことで誹謗中傷合戦や荒らしが広まる可能性がある(現におきている)こと。

ゆえに削除すべきと考えます。--113.36.142.138 2010年5月16日 (日) 07:44 (UTC)

ずいぶん乱暴な議論です。もう少し精緻に事項を挙げて俎上に乗せてください。それから、いくら御託を並べても、あなた自体が「アカウントのない者」ではしょうがありません。IP113.36.142.138はアカウントを取得して、丁寧な議論を心がけて頂けませんか。ここは便所の落書きではありません。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 09:01 (UTC)

PassLabさん。良心のある名無しさんとしてあえてIPアドレスで書き込んだ投稿者に対してその態度は何ですか。貴殿がこのページの唯一絶対の管理者としてWikipedia財団から任命されたかのような偉そうな態度はノートでの議論に値しません。そして学会が不利を蒙った項目は例え結果が学会の勝利に終わってもすべて削除するというポリシーでなされていることはよくわかりました。「論理的に支離滅裂な理屈をふりまわす卑劣な輩に対し反論しているだけ」であればこれだけの編集合戦にはなっていません。まず上述の「便所の落書き」発言について撤回を求めます。名無しはまともに取り合いませんというのはなしでお願いします。その上で5月13日以降の更新をすべて差し戻し、無期限の全保護とすべきです。58.9.170.35 2010年5月16日 (日) 11:06 (UTC)

PassLabさん。わかりました。初心者故わかりませんでしたが今後は他人の文章に障らないよう気をつけます。法律を確認しましたがIPアドレスをJPNICのデータベースで逆引きすることは、確かに合法です。しかしそれは個人がその目的に使用した場合のみです。今回のよう使用以外に大勢の第三者の目の届くところに(今回はノート)記載した場合は弁護士の法解釈にもよりますが個人情報保護法に違反するケースになります。すでに削除されたようなのでこれ以上は言いませんがお互いに気をつけましょう。 ただ113.36.142.138さんの提案を便所の落書き扱いは無いわな。113.36.142.138さんの提案はまともな提案ですよ。とくにあなたが提案した独自研究の削除項目に賛成意見を述べてますよね。そっちには反論や賛同の意見は無いのですか?自分にとっていやな言動が有るといちいち攻撃するようではまるであなたの言動が他人を煽るようにも見えます。2ちゃんねるで良く見ますがまずは『人にやさしく』からでしょう--ノーザン 2010年5月16日 (日) 12:45 (UTC)

ノーザンさん、法律を確認したのであれば、IPアドレスの逆引結果の公表が、いわゆる個人情報保護法に抵触しないことはお分かりのはずですが。抵触するなどという弁護士がいたら、それは紛い物といえるでしょう。もう一度、インターネットの基本と個人情報保護法(特に、その適用範囲)を勉強し直してみてはいかがでしょうか。あんまりうるさく言うのであれば、善意で削除した固有名詞を復活させます。社名の削除は、法的ないし論理的な理由ではなく、本当に「武士の情」でやったことなので。この件に関しては「お互い気をつけよう」ではなく、あなたが言葉遣いや、でたらめな発言(弁護士がどうとか個人情報保護法がどうとか)にお気をつけになるべきです。
閑話休題。IP113.36.142.138についての当方の論評も変更する必要性は感じません。あの杜撰窮まる4項目を挙げて「このページ自体全削除する」などというのは暴論以外の何物でもないのは明々白々ではありませんか。いずれにしてもIPでの書き込みは、相手にしても議論が積み重ならないので(同一性が担保できないので議論のキャッチボールができない)、まともに取りあう気は今後もありません。ノーザンさんも、簡単な手順でアカウントを取得できることはお分かりになったでしょう? そういう最低限の努力すら払わない者と、まともに話しあうのは不可能です。Wikipediaでも、保護によりIPユーザの書き込みを禁ずる措置が用意されていますが、これも最低限の同一性すら担保されていない状況では、荒らしの書き込みが増加することを懸念してのことです。「良心のある名無しさん」など論理的に存在しえないし、存在したとしても確認しえないとことだけは確かでしょう。
それから、タイトルに当方のアカウントが出ていますが、実に不愉快なので削除させていただきます。2ちゃんねるはほとんど見た事がありませんが、ノーザンさんがいうには、まずは『人にやさしく』なのでしょうから、ご同意いただけるものと信じています。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 13:16 (UTC)

PassLabさん。それは不愉快でしょう。私もあなたからIPアドレスの逆引結果や社名を出された時は不愉快でしたしいい印象はない。だからハンドルネームは削除するべきでしょう。ただ今こうやって話すとフツーの人なんだって思いますよ。これから仕事なんで・・・--ノーザン 2010年5月17日 (月) 02:54 (UTC)

お仕事お疲れさまです! アカウントの削除にご同意いただけて何よりです。またお時間できたら議論いたしましょう。本題の記述案もお待ちしています〜! それでは、また。--Pass Lab 2010年5月17日 (月) 13:25 (UTC)

独自研究の制限について

信頼できる情報源が提示されておらず検証可能性を満たしていない独自研究を削除しました。こういった書き込みは、学術的な内容など第三者への影響範囲が限られている場合や法的紛争を惹起する可能性がない場合には、ある程度許容されることもあるでしょうが、すでに保護依頼が出され、厳密なローカルルールが設定されているうえ、法的紛争が大いに懸念される(実際、インターネット上での名誉棄損訴訟で勝訴している法人である)本項の場合には制限されるべきでしょう。いずれにしろ、今回、削除された部分に類するような大幅で大胆な加筆を行う場合は、当ノートに記述案を提示して合意を形成してから加筆すべきでしょう。Wikipediaは週刊誌やビラではないのですから、十分な根拠のない独自研究を、慌てて書き記すような行為に及ぶべきではありません。--Pass Lab 2010年5月15日 (土) 08:22 (UTC)

議論以前の問題として、貴殿の言い分がそのまま通るようでは今後一切の新記述はできなくなります。事前にノートで議論して合意してからでなければというのでは検閲と一緒です。Wikipediaでそんなことが許されていいのですか? 原理主義もいい加減にしてください。このままの状態が続くようでは「公明党」「池田大作」と同様に無期限の全保護、または貴殿の今後の更新全てを差し戻し依頼することになります。110.164.250.172 2010年5月15日 (土) 18:47 (UTC)

110.164.250.172氏の意見に賛同します。Pass Lab氏の意見『Wikipediaは週刊誌やビラではないのですから、十分な根拠のない独自研究を、慌てて書き記すような行為に及ぶべきではありません』という内容は賛同できますが逆にいえば貴殿は独自な判断で必要以上に項目を削除しては貴殿の話に矛盾や齟齬が生じます。Pass Lab氏が編集した2010年5月13日5:13から現在に至るまでの削除した内容がどのように正しいか項目ごとに具体的にしていただく必要性はあると思います

説明が無き場合は一度Wikipedia本体の管理者にPass Labの更新履歴が妥当なものか確認する必要性があると考えます--112.138.50.179 2010年5月15日 (土) 21:22 (UTC)

112.138.50.179さん、うーん、Passlabさんの編集に百家争鳴なのは分かりますよw。ただこれだけだと微妙に感じます。というのもPassLabさんの編集手法が俎上にのせられる一方、PassLabさんが削除した当の記述自体の妥当性も問われるべきなのですが、それを問わない、または妥当である論拠を補強していない。PassLabさんが「ノートの議論から」と提案されるのは、それはそれで筋が通っているんで。--ほーじー 2010年5月17日 (月) 17:37 (UTC)

編集してはならないというのではなく、保護依頼が出されていること、再三の荒らしにより紛糾していることを考えて、抑制のとれた編集をすべきであり、そのためにノートでの議論をスタート地点とすべきと提案しているのです。なお、ノートにおける他人の発言を勝手に改竄するのはルール違反です。差し戻しいたしました。今後、二度と他人の発言を改竄せぬようお願いします。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 04:03 (UTC)

独自研究の制限というよりも早急に全保護として編集できないようにすべき。そうすれば独自研究もなくなります。--113.36.142.138 2010年5月16日 (日) 07:06 (UTC)

創価学会の早急なる全保護化依頼とその先について

創価学会のwikipediaはここ1ヶ月あたりで80件近くが編集・削除されてます。中身に問題があり内容は

・いたずらや根拠のない不要なものの記載が後を絶たないこと。

・いたずらや根拠のないものだけでなく必要なものまで事実誤認や根拠なしとして削除されていること

・同一人物による複数回の更新が目立つこと

通常物事を編集する際は必要最小限度の編集・添削にとどめるべきである。荒らしのせいもありますがしかし最近の履歴では荒らしに便乗して必要以上の加筆を行ったり削除しているというものが相次いでます。また現在創価学会のページが編集できる状態にあることも原因のひとつです

以前は保護指定がかかっていたと思いましたがいつから指定解除になったのでしょうか?

私の考えでは最近の編集と削除を全て無効とし以前保護がかかっていた状態に戻した上で再度全保護を依頼すべきと考えます。


乱暴な議論で取り上げる価値が乏しいと思いますが、あえて一言。もう少し具体的に、どの書き込み、どの削除が、どういう問題を孕んでいるのか、一つ一つ丁寧に取り上げてノートで議論するようにしてください。全部が全部を差し戻すのは拙劣で短兵急すぎるでしょう。保護の履歴や経緯についても、すべてログが残っているのですから、人に聞かずに自分で調べるべきです。それから、全部を差し戻すというような大それたことを提案したいなら、せめてアカウントを使うべきです。ここはどこかの落書き掲示板ではありません。--Pass Lab 2010年5月16日 (日) 09:06 (UTC)

それには賛成。このページは直接編集すると、ほぼ確実に編集合戦が起こってフリーズするw--ほーじー 2010年5月17日 (月) 17:39 (UTC)

私はアカウントのないユーザーの編集は出来ないよう依頼すべきと思います。いくらノート(今はトークに変わってますが)への定義を依頼してもアカウントを持たないユーザーは必ず直接編集をします。そのほとんどが荒らしです。一概に言えませんがこういう状況が起きるのは「誰でも編集できる状態にあること」も原因のうちだと思う。荒らしから元栓を締める意味でも依頼には賛成です。--ノーザン 2010年5月18日 (火) 10:19 (UTC)

トークの議論なき勝手な掲載について

もとよりこの項目はトークでの議論ありきで成り立つものだが必ず議論なしで掲載されるものが存在する

今回は『創価学会へのデマ』という新セクションである。

内容自体は事実が記載されており問題はないがトークでの議論なしで掲載されていることに問題ありと考えます。

また創価学会に都合のよい内容はトークでの議論なしでも掲載され創価学会に都合の悪い内容は事実やリンク出典があってもセクションが削除されることが有ります。

以前は普通に存在していた『事件』というセクションがその例にあたります。wikiは広告宣伝の場ではありません。またルールもあります。いくら正しい内容とはいえ『創価学会へのデマ』という新セクションはルールに基づきいったん凍結とし削除。トーク議題とさせていただきます。

期限は2週間ほど。皆さんの意見お待ちしています--ノーザン 2010年5月24日 (月) 21:25 (UTC)

原案

『香典泥棒』内容が正確で出典リンクがあるが『葬儀』の項目とダブるが50年以上経過した現在でも葬儀の場で事実を誤認し直接香典を渡そうとする参列者がいることから全文をそのまま掲載。 『仏壇壊し』のデマは朝日映画ニュースのyou tubeで戸田会長自身が疑惑を否定している十分な証拠があり、簡潔に掲載。 『大宅氏のコメント』は掲載、削除どちらでもよいと考えます

『2ちゃんねる』元々2ちゃんねるの内容に信頼性がなく、仮に内容が事実であっても故人の死の真相の噂や皇室の噂をWikipediaに乗せるのは適切ではないと考えるため削除(伊丹十三氏のWikipediaにも記載がないことを考慮)

そのほか掲載したい内容があれば内容の記載をお願いします--ノーザン 2010年5月24日 (月) 22:29 (UTC)


ノーザンさん。羹に懲りて膾を吹くの愚は避けたいと思います。あなたが削除なさったカ所は、長期にわたって存続・定着してきた内容であり、潜在的に法的問題を惹起する懸念が存するなど急迫不正の理由がない限り、それを根こそぎ削除するべきではありません。また伊丹十三氏に関する記述は、裁判判決という信頼すべき情報源が担保されているものであり、かつ、あなたのおっしゃる「故人の死の真相の噂」を記載するものではなく、むしろ反対に、そうした噂を安易に流したことが法的に問題とされ裁かれたケースを適示するものであるから、趣旨が全く違います。以上より、前2題はあなたも問題視していないゆえ、後1題は趣旨違いゆえ、削除をいったん復活します。--Pass Lab 2010年5月25日 (火) 07:50 (UTC)

IPを使った大量の根拠なき削除行為に対処して編集を取り消させていただきました。いずれも急迫不正の理由なき削除と考えられます。ご意見があれば当トークにて議論をお願いします。--Pass Lab 2010年5月25日 (火) 13:22 (UTC)

再三にわたりIPによる荒らし行為(根拠なき削除・訂正)が繰り返されています。アカウントを使い、ノートで議論を行ってから編集に臨むよう重ねてお願いします。--Pass Lab 2010年5月28日 (金) 01:25 (UTC)

失礼します。IPによる荒らしが行われていたため元に戻しました。最果て 2010年5月28日 (金) 07:14 (UTC)

トークで議論が行われ、再三注意されているにもかかわらず、IPを使って荒らしを繰り返しているIP:219.196.18.169会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisについて、Wikipedia:進行中の荒らし行為にエントリさせて頂きました。--Pass Lab 2010年5月28日 (金) 08:00 (UTC)

問題の記述が繰り返すためWikipedia:保護依頼‎に提出しました。--Colocolo 2010年5月28日 (金) 08:34 (UTC)


IP:122.214.119.138会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisによるトークでの議論なき荒らしの書き込みをいったん削除しました。上位項目にあたる「社会的評価」とも無関係ですし、ただ無意味に事項を羅列しただけで、誰がみても冗長で無駄な、百科事典にふさわしくない記述であることは明白といえるでしょう。また裁判の有無自体は特記すべきことではなく、それぞれの案件については別項で取り上げられていることも斟酌すべきです。いずれにしろIP:122.214.119.138会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisは、まずトークで提起を。--Pass Lab 2010年5月28日 (金) 14:30 (UTC)

ノーザンさんの出典なき記述をいったん削除させて頂きました。これは多分、別項の戸田城聖に絡めた編集かと思います。それはそれで該当するトークページで議論すべきと思いますが、少なくとも「急性心衰弱」という死因所見は存在します。ネット上でも慶応義塾大学の天野道之助名誉教授による「実験的急性心衰弱の観察」大阪医科大学チームによる「汎發性石灰沈着性に基く冠不全性急性心衰弱剖檢例」等の論文タイトルにも記されている通りです。死因としての「心衰弱」もごくありふれており、これもGoogleなどで検索しただけでも、いくらでも信頼できる情報源を伴う形で裏付けを取る事ができます。医学用語というのは難しいですね。くれぐれも偏頗かつ偏狭な知識や視野に基づくデタラメな編集を行って、赤っ恥を晒すことのないようご注意申し上げる次第です。--Pass Lab 2010年5月28日 (金) 15:34 (UTC)

IPによる荒らし(トークでの議論なき大幅な改変)に対処して差し戻しをいたしました。--Pass Lab 2010年6月6日 (日) 08:20 (UTC)

すいません 間違えました

誤ってほとんど消してしまいました。すいませんが文章全体が分からないためどなたか復旧してください。本当にすいません--113.36.142.138 2010年5月25日 (火) 14:00 (UTC)

伊丹十三氏のデマに追記。

伊丹氏のデマについて以下の記述を追記・挿入したいと思います

・デマが生まれた背景の一つとして伊丹氏の死後、著名人数人がマスコミの取材で「不倫報道ぐらいのことで、あいつは自殺しない」と話していたことや過去の伊丹映画の中で数々のトラブルがあったことが背景としてあげられる。しかし警察の司法解剖の結果、伊丹氏の胃の中に大量の酒が残っており、最後の瞬間は酩酊(めいてい)状態だったことも判明したため死因は自殺と断定された。

出典先としてhttp://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/calender/calender_200912/KFullNormal20091220000.html

をいたします

(もちろんデマの生まれた背景は上記以外にも複数ありそれらすべての出典は事実上不可能であることは承知している)

原因として通常、物事は原因があって結果が生まれるものである。香典泥棒は原因と結果がともに記載されているが伊丹氏の場合は結果のみが記載されており原因の記載がない。なぜこのデマが生まれたのか背景を入れることは文章上必要でであると考えます。--ノーザン 2010年5月30日 (日) 23:27 (UTC)

失礼します。ノーザンさんの主張を読ませて頂いたのですが、貴殿が取り上げた記事を自分なりに要約してみますと。

伊丹十三氏はがベランダから飛び降りて自殺した。検死解剖の結果、胃の中に大量の酒が残っていたため検察は泥酔による自殺と判断した。本来ならこれで事件は閉じるが、伊丹十三氏はたまたま創価学会に批判的な人物だったため一部の人が2チャンネルに『伊丹十三氏の死に創価学会が関係している』等書き込んだ。それをあるジャーナリストが鵜呑みにし、週刊誌で騒ぎ立てた。学会は事実無根として週刊誌相手に告訴をし、学会の勝利で終わった。

この要約から因果を考えると

因     このデマの原因は自殺した伊丹十三氏が創価学会に批判的な立場であった。

果     それを一部の週刊誌が煽りたてた結果、学会は名誉を毀損され、その週刊誌を訴えた。

これと近しい実例をあげると『東村山デマ事件』が該当します。この事件も自殺した市議が創価学会に批判的な人物であり、さらにその市議の娘が自殺ではないと主張したがゆえにあれだけ取り上げられたのです。

前置きが長くなってすいません。

私の意見としては、貴殿の主張する部分まで掘り下げると記事の内容が複雑になってしまうので、理解し易くかつシンプルである現在の記事がベストだと考えるのですがいかがでしょうか。

失礼しました。最果て 2010年5月31日 (月) 08:30 (UTC)

創価学会のデマに追記

失礼します。この項目にいくつか加えたい案件があるので、まずは提起してみたいと思います。

東村山事件

狂言訴訟事件

白山さん事件

こちらの都合により今回は議題を挙げるだけで終わります。

失礼しました。最果て 2010年5月31日 (月) 11:35 (UTC)

最果てさん。創価学会のデマって本当に2ちゃんねるが発信源ですかね

ここにあるものと上記の伊丹氏の件など主に創価学会に対するデマは公明党が自民党と反目していた1993年6月~公明党が連立政権に加入する1999年10月までに集中していることからデマの発端が2ちゃんねるを媒体とした自民党説や四月会説、共産党説も聞いたことがあります(もちろん確証はありません。当時学会員の友人は自民党が黒幕ではと言ってました)。実際自民党による創価学会への嫌がらせもすごかったですよ。大きいところでは内部映像が流出しメディアで放送されましたからね。これも連立政権加入前でした。

実際、公明党が連立政権に入ると創価学会の新しいデマもそこまで聞かなくなりましたしね。もし上記3点を入れるのであれば文頭または文末に『デマの発端が2ちゃんねる説が主流だが中には自民党説や四月会説、共産党説も存在する』と一文加えてほしいですね。--ノーザン 2010年5月31日 (月) 23:11 (UTC)

ノーザンさん意見をありがとうございます。

しかし、ノーザンさんの仰る1文を加えることは難しいことかと思います。何故なら、伊丹十三氏の場合は裁判の判決で『2チャンネル』と明記されていますが上記の3件は明記されていなかったからです。よって他の自民党説や共産党説においても公的な証拠がない以上付け加えるのは避けさせて頂きますがいかがでしょうか。


東村山事件

1995年9月1日の午後10時半ごろ一人の市議が屋上から飛び降りて亡くなった。検察はその市議の近辺状況や自殺の現場においても不審な点が見受けられなかったため自殺と断定した。

本来ならここで終わりのはずがこの市議が創価学会に批判的な立場であったため週刊誌が大きく騒ぎたて、その市議の娘も友人も『創価学会が関与している』と証言したために大きな事件となった。しかし、検察も第1発見者も学会関与説を否定していたため事実無根として週刊誌側の敗訴で終わった。


訴権の乱用

1996年2月15日北海道に住むある夫婦が(昭和48年6月27日 当時46歳、昭和58年8月のある日の朝7時半頃 当時56歳、平成3年8月16日の朝7時半頃 当時64歳等計3回)当時創価学会会長池田大作に暴行されたとして裁判所に訴えた事件。それを週刊誌側が騒ぎたて、さらに国会議員も国会で池田氏に証人喚問を訴えた。

だが、法廷での証言はあいまいで肝心な箇所がすぐ変わり、事件回数も何度も変わったことから裁判所はこの夫婦の訴えを却下ではなく訴権の乱用という100万件に1件の判決で幕を閉じた。余談として特集を組んだ週刊誌は軒並み敗訴し、時の総理大臣も学会に謝罪した。

白山さん事件

1994年7月21日午後6時10分ごろ、北海道・大滝村の国道で1台の乗用車が猛スピードでセンターラインをオーバーし、対向するトラックに衝突した。乗用車の運転手は死亡、トラックの運転手も外傷を負った。当時の検察も保険会社も100対0の過失とし、幕は閉じた。

しかし、この乗用車の運転手が日蓮正宗の僧侶であり、白山さんが学会員だったため週刊誌で取り上げられ、国会質問も行われた。 その内容は白山さんがあたかも故意に事故を起こしたような報道をされたとして白山さんは週刊誌を名誉棄損で訴えた。

裁判所の結果。悪質な報道を行ったとして週刊誌側は敗訴。慰謝料を支払うことで決着した。


以上を草案として練り上げてみました。かなり稚拙な文面なのでどなたか加筆、訂正してくださることを願います。

参考HPです。http://lll440lll.hp.infoseek.co.jp/index.html

失礼しました。最果て 2010年6月1日 (火) 03:20 (UTC)

最果てさま。東村山事件については、死亡した市議の同僚市議の行状や右翼活動家が同僚市議に協力して実力行動などに出たことにより、ネット上で詳細な内容が知られるようになっています。朝木明代矢野穂積は、それを反映しています。それらを踏まえると、上記の記述では、

  • 「週刊誌が大きく騒ぎたて」は95年から96年にかけてのことであり、検察が「自殺の可能性が高く、他殺の確証なし」としたのは(自殺と断定はしていません)は1997年4月ですので、時系列的には不正確です。なお、このときに創価学会系のメディアが「自殺と断定」と勇み足な報道したことは、週刊誌等に大きな影響力を持つ矢野穂積氏や乙骨正生氏らの逆宣伝の格好の材料となりました。
  • 「市議の娘(=朝木直子氏)も友人(=矢野穂積氏)も『創価学会が関与している』と証言した」とありますが、彼らはほのめかしに終始しましたが、断定はしていなかったと考えられます。ほのめかしが過ぎて「学会が関与しているように読める」とされて名誉毀損で敗訴したことはあります。
  • 「検察も第1発見者も学会関与説を否定」第一発見者は当時の状況を証言しただけですし、検察は学会関与説にそもそも言及していなかったと思います。矢野穂積氏が「検察が学会関与を否定できないと言ったのを(たまたま)立ち聞きした」と主張したが裁判で認められなかったことと混同していないでしょうか。敗訴したのは、1つには他殺であることや関与について認めるに足る根拠を示せなかったこと、また、矢野氏らが「創価学会が殺害に関与したなんて言っていない」と週刊誌側を切り捨てる主張をしたことによると考えられます。

私自身はこの項目を編集する気はありません(申しわけありません)が、ご検討下さい。--鼠餅 2010年6月1日 (火) 14:38 (UTC) (追記)--鼠餅 2010年6月1日 (火) 14:44 (UTC)

最果てさま。こういうことを言うのは不謹慎かもしれませんが『訴権の乱用』はどう考えてもおかしいですよね。普通男として50代や60代の女性をレイプしてまで抱きたいと思いますか?(それが池田大作であっても男なら若い女をと思いますよ) 同時期に起きた『阪神大震災』では報道されていませんが実際は震災直後レイプ被害が相次ぎ市民は自警団を設置し対策にあたりました。しかし被害者は10代~20代の女性です。そこからしてもおかしいでしょう? また自民党黒幕説や四月会説の根拠は自民党の小沢一郎潰しが目的であるため学会撲滅をたくらんだというわけです。96年に行われた総選挙では当時住んでいた自宅(マンション)のポストに『新進党=創価学会だ』という中傷ビラがまかれました。それ以外にも会合中にわざわざ駐車違反を取り締まりを行い会合が中座することもありました。そういうこと等から自民党黒幕説をいう学会員がいるのです。 伊丹氏の事は現状のままで問題ありませんがそれ以外は編集しない方がよいかと思います。--ノーザン 2010年6月1日 (火) 23:10 (UTC)

最果てさんの原案につきましては、その編集意図は理解できるものの、鼠餅さんやノーザンさんご指摘の通り、大量の訴訟関連資料等が存在するうえ複数当事者が複雑にからんだ案件に関わるものとしては少々ラフな印象を免れません。背景問題ひとつをとっても、2ちゃんねる云々は瑣末な話であり、ノーザンさんご指摘の政治状況が大きく陰を落としていることは間違いないでしょう。公明党が野党時代は与党・自民党が論い、与党となったら民主党が目の敵にするなど、国会を舞台にした一民間団体(の票田)を狙った類い稀な抑圧行為とみることもできるようです。また「狂言訴訟」にしても「東村山市議」にしても、訴訟マニア・事件屋といわざるをえないような、究めて特異で常軌を逸した性向をもつ者たちによって騒乱が起こされた側面は否めません。そうした実態も訴訟の判決で具に検証されているところですが、この件にどこまで踏み込むかというバランス問題も生じましょう。いずれにしても、当方にその能力の有るや無しやはいったん置くとして、極力、諸状況を勘案する形で記述案を起草したいと思います。ただ、まずは資料の渉猟等に時間がかかると思いますので、1カ月ほどご猶予を拝借できればと存じます。その間、ご意見はウォッチしておりますので、皆さま挙ってご表明ください。--Pass Lab 2010年6月2日 (水) 01:50 (UTC)

Pass Labさんありがとうございます。自分で挙げた議題にも関わらず結果的にPass Labさんへ全てを任せる事態になってしまったのは申し訳ないと思います。それでは、記述案の起草をどうかよろしくお願いします。

鼠餅さんの意見の検討もお願いします。

ノーザンさん意見をありがとうございます。ノーザンさんは二つの疑問を投げかけられたと解釈しました。

まず一つ目。『訴権の乱用』は訴えた原告側に下される判決です。

また、判決でも「このまま審議を続けることはかえって原告側の不当な企てに裁判所が加担する結果になりかねない」と指摘されています。

よって、おかしいと思われる箇所は無いと判断したのですがいかがでしょうか。

さらに申し上げさせてもらいますと、この事件を『池田レイプ事件』としてしまうと。名誉棄損の対象なる恐れがありますから、それ以外の妥当な名称として100万件に1件という『訴権の乱用』とさせて頂きました。もし、他に良い名称があれば教えてくださるようお願いします。

二つ目。仮に自民党が黒幕で、週刊誌も市議も自民党の陰謀に踊らされた被害者だったとしましょう。しかし、それを証明する証拠があるのでしょうか。wikipediaは伝聞・憶測で載せることは許されないのです。もし、自民党黒幕説を載せるのであれば自民党が関与していたという絶対的で疑問の入る余地がない証拠が見つからない限り追記することは難しいと考えるのですがいかがでしょうか。

しかし、これらの事件も含めて大きなニュースになった裏では山崎正友氏が動いていたそうですから、そこを踏まえると自民党ではなく『上記の3件は山崎正友氏が黒幕である』と載せることができるかもしれません。

失礼しました。最果て 2010年6月2日 (水) 08:42 (UTC)

最果てさま。ネーミングは『訴権の乱用』で問題ないですよ。上記内容は『訴権の乱用』の訴訟内容がおかしいと書いたつもりでした。また黒幕は難しい問題ですね。自民党や四月会、共産党、山崎正友氏も確証となる証拠は今のところありません。伝聞・憶測の可能性が高いからです。仮に『上記の3件は山崎正友氏が黒幕である』と記載して山崎氏の関係者から『事実無根』といわれる可能性もあります。

例として昨日の鳩山・小沢の辞任劇を「鳩山総理が説得した」説と『小沢氏が引導を渡した』説が飛び交い様々な報道されていますがすべては伝聞・憶測でしかありません一度Pass Lab氏の草案を確認したほうがよいでしょう。--ノーザン 2010年6月2日 (水) 22:26 (UTC)

あと創価学会のデマに加えたいのが「ノースアジア大学乗っ取り疑惑」

ノースアジア大学「旧秋田経済法科大学」が経営破たんした際に創価学会が資金提供し乗っ取ったという話。実際に創価学会が資金提供し大学を再建したのであれば載せる必要はありませんが。ネット上では同大学は創価学会の傀儡と言われています。いったん詳細を確認し継続審議にしたいと考えています--ノーザン 2010年6月2日 (水) 23:11 (UTC)

最果てさん、「黒幕」については、やはりWikipediaで記述するのは困難といえるかもしれません。山崎氏の関与についても、裁判での認定事実など信頼できる情報源を提示しつつ両論併記を心がけ、なるべく皮相的でなく事案の本質を浮き彫りにできる形を模索してみたいと思います。
ノーザンさんご指摘のノースアジア大学は、少し調べてみましたが、大変興味深い案件です。この事件で「噂」をそのまま垂れ流した新潮サイドは「噂があると述べたときの真実性の立証対象は、噂そのものの存在であって、噂の内容ではない」などとトンチンカンな主張を行ったようですが(既に裁判例の積み重ねで踏み固められた場所を、あえて逆さまにつつくとは。弁護士の頭脳・見識を疑いたくなりますね)、判決は、これらを明確に阻却し、「大学が創価学会に乗っ取られようとしている」という噂について「推測に基づくもの」「証拠は見当たらない」「伝聞を内容とするものであり、その伝聞元であるものに対する取材は、一切行われていない」と判示したとのことです。ぜひこれも草案に入れる方向で進めたいと思います。ノーザンさん、いつもながら建設的なご意見に感謝いたします。--Pass Lab 2010年6月3日 (木) 01:42 (UTC)

Pass Labさん 実はもうひとつありますそれは

「愛川欽也さん入信の件」です

今回は原文を作成しています

you TUBE等のサイトにタレントの愛川欽也さんが「創価学会の学会員」であるというデマが流れた。デマの根拠は不明だが2009年2月15日愛川氏自身の公式サイトで「僕は創価学会の会員ではありません」と発言、完全に否定した。愛川氏はyou TUBEやその他いろいろなサイト、『きっこのブログ』などにも、同じような情報がたくさん出ていると述べた上で創価学会に対しても迷惑なこと。僕はこのサイトの方へ訂正して削除をするように連絡します。学会もそうして下さい。削除されないと、(創価学会が)黙認しているのかと思ってしまいます。僕にとっても、学会にとっても困ることだと思いますと発言した。

これを受け『きっこのブログ』では3/1のブログで謝罪のコメントを掲載。あるサイトからの2次掲載だったことを明らかにし該当記事は削除された。創価学会はこの問題に対して発言はない。you tubeでは一部の動画は削除されたが愛川欽也さんが学会員であるという動画はまだ掲載されている

問題点

1.現在愛川氏の公式サイトはリニューアルされ記述の確認が取れない点

2.きっこのブログも同様に該当記事や謝罪記事が削除され事実関係を確認できない点、またきっこのブログの著作権の問題もあり

3.公式に出展できる素材が無い事。個人的なサイトオンリーになってしまうことも問題です

一度ご検討願います--ノーザン 2010年6月3日 (木) 23:26 (UTC)

失礼します。

ノーザンさん挙げた意見に対してですが、載せる必要はないと感じます。

何故なら、この問題は個人が宗教に入会しているかどうかですので、この創価学会のページで載せることは相応しいと思えないからです。 もし、載せるのであれば愛川欽也氏のページに記載すべきと考えるのですがいかがでしょうか。

失礼しました。最果て 2010年6月4日 (金) 01:53 (UTC)

久しぶりです。ノーザンさんの愛川氏~内容は私もきっこ等で内容を確認した事実ですが現在は仰るとおり削除され確認が取れません。また今後このような編集が増えることも予想できます。そこで一例を挙げたいのですが本能寺の変の編集内容のように重要部分とその他部分を分けて一括りにするのはどうでしょうか?

*香典泥棒や2ちゃんねる~のような重要(裁判判例等で確認できる)場合は独自にひとつの文献とし「愛川欽也さん入信の件」のように内容が事実であっても出展先が閉鎖等で確認が困難な場合は「その他のデマ」として一括りで掲載(表題のみ掲載)する。それで対処可能と考えます。--113.36.142.138 2010年6月5日 (土) 10:40 (UTC)

経緯等を端折って固有名詞や事実を羅列するのは、殊にプライバシーや名誉棄損に関わる内容の場合、セカンドインジャリーとなる可能性があるので、愛川氏の件など瑣末な事実は、敢えてWikipediaに記す必要はないと考えます。Wikipediaは、法的責任を取る事が事実上不可能なので、法的紛争が懸念される事項については、臆病すぎるくらい臆病になるべきです。--Pass Lab 2010年6月6日 (日) 09:14 (UTC)

この項目のタイトルですが、「創価学会『の』デマ」ですと明らかに趣旨が全く違いますので、「創価学会に関するデマ」ないしは「創価学会を狙ったデマ」にしたいと思いますが、いかがでしょうか。--Pass Lab 2010年6月6日 (日) 09:19 (UTC)

私は前者の「創価学会に関するデマ」で良いと思います。確かにいろいろなデマはありますが全てが悪質ではないと思いますし後者の場合見た方へ与える印象を考え優しい文面にした方が良いと思います。--ノーザン 2010年6月9日 (水) 00:05 (UTC)

香典泥棒に下の文章を追記したいと考えます。問題があれば加筆修正願います

また香典泥棒のデマが飛び火していくに従い、デマに尾ひれがついて広まった 地方によっては 『創価学会員は他人の家に上がりこみ勝手に位牌や仏壇、(他宗派のご本尊)を壊す』 『香典だけではなく保険金や預金通帳も全部持っていく』 『創価学会の人間が遺族の許可なく勝手に葬式を仕切る』 とデマに尾ひれがつき広まっていった。 なお創価学会はHPで香典は一切受け取らないとはっきり記載している--113.36.142.138 2010年6月18日 (金) 02:25 (UTC)

IP:113.36.142.138会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisは、荒らし行為との区別および筆者の同一性確保のために、アカウントを使って書き込みしてください。また、上記の記述案に出てくる各事実に関し、信頼できる情報源を明示してください。トークでの合意が成り立つ前に本文の編集は行うべきではありません。加筆修正等は、これらが満たされてからの話となります。--Pass Lab 2010年6月18日 (金) 05:48 (UTC)

無効リンクの削除について

お疲れ様(元ノーザンです)久しぶりに来てみたら無効リンクがありますね(NO13) 本日少し削除しました。特に影響はなかったけどまだたくさんあるらしくどこにあるかわかりません 通常他のサイトではリンクが無効となっているものやリンク先が削除されているものはどんどんユーザーの手で削除されるようです(重さの関係で)。無効リンクの削除で特に画像等に影響がないならば削除をしても問題ないのでは--ノーザン123 2010年7月12日 (月) 22:49 (UTC)


IP:113.36.142.138会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisの編集行為について

IP:113.36.142.138会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisが「フォーラム21」を情報源とする記述を行っていますが、同誌は当ノートでふわりーなさんが指摘されているように、創価学会が提訴した名誉棄損訴訟で何度も敗訴していること、同会への中傷を専らとする媒体であると裁判判決で指摘されていること、およそ査読制度など中立性を担保する機構を備えた媒体とはいえぬことなどから、WIKIPEDIAで採用すべき信頼できる情報源たりえないので、当該媒体を典拠とする記述は独自研究として除去されるべきではないでしょうか。--Guarneri 2010年7月27日 (火) 11:46 (UTC)

御本仏、御本尊、御書

御本仏、御本尊、御書などという「御」をつけた語句は百科事典の記述としてふさわしくないと思いますが・・・--122.17.135.48 2010年9月12日 (日) 22:38 (UTC)