バルベリーニ広場
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バルベリーニ広場(バルベリーニひろば、イタリア語: Piazza Barberini)はイタリアのローマにある広場。クイリナーレの丘とピンチョの丘の合間に位置する[1]。
広場の名称は、すぐ南にあるバルベリーニ家の宮殿、パラッツォ・バルベリーニに由来する[2]。そこはかつてはスフォルツァ家の所有地であり[3]、この広場も1625年ごろからはスフォルツァ広場と呼ばれていた[4][5]。さらにその前、16世紀中ごろには“piazza Grimana”と呼ばれていたらしく、その痕跡はvia degli Avignonesi街に残るプレートに見られる[4]。なお、パラッツォ・バルベリーニは1633年ごろに完成している[6]。
羅馬に往きしことある人はピアツツア、バルベリイニを知りたるべし。こは貝殼持てるトリイトンの神の像に造り做したる、美しき噴井ある、大なる廣こうぢの名なり。貝殼よりは水湧き出でゝその高さ數尺に及べり。羅馬に往きしことなき人もかの廣こうぢのさまをば銅板畫にて見つることあらむ。 — 『即興詩人』(ハンス・クリスチャン・アンデルセン)、青空文庫(森鷗外訳) https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/4376_19283.html
「ピアツツア、バルベリイニ」がすなわちバルベリーニ広場である[7]。「貝殼持てるトリイトンの神の像に造り做したる、美しき噴井」はウルバヌス8世(マッフェオ・ヴィンチェンツォ・バルベリーニ)の命によりベルニーニが制作したトリトーネの噴水のことで、1643年に完成したもの[8]。ヴィットーリオ・ヴェーネト街、バルベリーニ街、トリトーネ街などの複数の街路が集まる、市内交通の要所となっている[9]。ヴィットーリオ・ヴェーネト街の入り口にある蜂の噴水もベルニーニ作で、かつては同じく広場に接続するシスティーナ街の入り口にあった[3]。
1980年、ローマ地下鉄A線が開通すると、バルベリーニ駅が開業した[10]。
脚注
[編集]- ^ 河島英昭『ローマ散策』 新赤版 698、岩波書店〈岩波新書〉、2000年、135頁 。
- ^ “バルベリーニ広場”. HowTravel. 株式会社HIT (2017年12月12日). 2019年5月1日閲覧。
- ^ a b Rosamie Moore. “Piazza Barberini”. Rome Art Lover. BAROQUE ROME IN THE ETCHINGS OF GIUSEPPE VASI. 2019年5月1日閲覧。
- ^ a b “Piazza Barberini”. Roma Segreta. 2019年5月1日閲覧。
- ^ 河島 2000, pp. 138–139
- ^ 日本建築学会『西洋建築史図集』(7版)彰国社、1964年、131頁。
- ^ 河島 2000, pp. 132–134。大畑末吉訳版ではバルベリーニ広場と訳されている。
- ^ 河島 2000, pp. 137–138
- ^ “バルベリーニ広場(読み)バルベリーニヒロバ”. コトバンク. 朝日新聞社. 2019年5月1日閲覧。
- ^ “Metropolitana di ROMA (Rome Metro)”. UrbanRail.Net. 2019年5月1日閲覧。 Ottaviano - Cinecittà(オッタヴィアーノ駅 - チネチッタ駅)間が16 Feb 1980開業で、バルベリーニ駅はその間にある。
外部リンク
[編集]- ウィキメディア・コモンズには、バルベリーニ広場に関するカテゴリがあります。