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フリードリヒ・キットラー

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フリードリヒ・キットラー(2007年のTransmedialeでの講演)
フリードリヒ・キットラー(2007年のTransmedialeでの講演)

フリードリヒ・キットラー(Friedrich Adolf Kittler, 1943年6月12日 - 2011年10月18日)は、ドイツ文学研究者・メディア研究者。

経歴

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1943年6月12日にザクセン州ロホリッツ英語: Rochlitzにて、ギムナジウム教師の父ギュスターフ・アドルフ・キットラーとその妻の間に生まれる[1]。1958年に一家で西ドイツに亡命し、1958年から1963年の間バーデン=ヴュルテンベルク州ラール英語: Lahrのギムナジウムに通う[2]。1963年から1972年のあいだ、アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク(フライブルク大学)で、ドイツ文学(特にロマン主義文学)や哲学を学ぶ[2]。この頃フランスのポスト構造主義ジャック・ラカンミシェル・フーコージャック・デリダ)に影響を受ける[2]

1976年コンラート・フェルディナント・マイヤーについての論文『夢と語り――コンラート・フェルディナント・マイヤーのコミュニケーション状況の分析』で博士号を取得する[2]。同論文は1977年に単著として刊行される。1976年から1986年の間、フライブルク大学でドイツ文学研究室の助手を務める[2]

1984年にフライブルク大学へ提出された『書き取りシステム1800・1900』で教授資格を取得する[2]。同論文は1985年に書籍として刊行される。アメリカカリフォルニア大学バークレー校1982年-1983年)、カリフォルニア大学サンタバーバラ校1982年-1983年)、スタンフォード大学1982年-1983年)、スイスバーゼル大学1986年)で客員助教・客員教授に就く[2]

1986年に『グラモフォン・フィルム・タイプライター』を刊行する。1986年から1990年の期間、カッセル大学を拠点として行われた、ドイツ研究振興協会(DFG)の「文学とメディア分析」プロジェクトに参加する[2]1987年にはルール大学ボーフムで現代ドイツ文学の教授に着任する[2]

1993年フンボルト大学ベルリンに美学・メディア史の教授として着任する[3]。同年、メディア理論研究への貢献について、カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター(ZKM)から「ジーメンス・メディアアート賞」を授与され[4]。1996年にはイエール大学、1997年にはコロンビア大学にて客員教授を務める[2]

2001年からフンボルト大学ベルリンのヘルマン・フォン・ヘルムホルツ文化研究所ドイツ語: Hermann von Helmholtz-Zentrum für Kulturtechnikの副所長を務める。また、同研究所を拠点に進められたドイツ研究振興協会(DFG)の研究プロジェクト「像、書、数(Bild Schrift Zahl)」に参加する[2]

ベルリン・ドロテーエンシュタット墓地にあるフリードリヒ・キットラーの墓
ベルリン・ドロテーエンシュタット墓地にあるフリードリヒ・キットラーの墓

2011年10月18日にベルリンにて68歳で没する[5]。墓はベルリンのドロテーエンシュタット墓地に置かれている。

主要著作と思想

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キットラーの研究は、文学、技術、軍事、思想などさまざまな領域に及んでいる。彼の思想は、ミシェル・フーコージャック・ラカンマーシャル・マクルーハンマルティン・ハイデガーなどからの影響を受けたとされている[6]

『書き取りシステム1800・1900』

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1984年フライブルク大学に提出された教授資格論文を基にして、1985年に発表された著作である。文学の技術的・制度的前提を体系だった「書き取りシステム」として捉え、1800年前後の文学とその諸前提(詩、哲学、教育)と1900年前後とその諸前提(文学、精神分析、メディア技術)の関係を記述している[7]。「書き取りシステム(Aufschreibesysteme)」という言葉は統合失調症の症例として有名なダニエル・パウル・シュレーバー英語: Daniel Paul Schreberの書き残したメモからとられた言葉である。1990年英語に、2009年ノルウェー語2015年韓国語2021年日本語に翻訳されるなど、世界中で読まれている。

『グラモフォン・フィルム・タイプライター』

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1986年に出版された著作である。『書き取りシステム1800・1900』の後半「1900」の議論を引き継ぎ、1900年前後の文学とその前提としての技術的メディア(蓄音機映画タイプライター)の関係について論じた著作である[8]。本書の冒頭に掲げられた「メディアは私たちの状況を決定している(Medien bestimmen unsere Lage)」というフレーズが有名で、キットラーの技術決定論的な思想を示すものとして広まっている[9]。また本書では文化史と軍事技術の関係が論じられており、ロック音楽など現代文化が「軍事技術の濫用(Mißbrauch von Heeresgerät)」として捉えられている[10]1997年英語に、1999年日本語に、2015年中国語に翻訳されるなど、世界中で読まれている。

『ドラキュラの遺言』

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1980年代から1990年代にかけて書かれた論文を集約し1993年に出版された著作である。書字からコンピュータに至るメディアと文化について、「技術的筆記(technische Schriften)」というキーワードの下で論じた論考が収録されている[11]。特に、当時急速に発展していたコンピュータとIT産業についての論考が複数収録されている。この中ではMicrosoftをはじめとするソフトウェア産業の動向が批判されており、コンピュータのハードウェアの仕組みを詳述する必要性を訴えるために掲げた「ソフトウェアは存在しない(There is no software/Es gibt keine Software)」という挑発的な言葉が有名になっている[12]。1997年に英語に、1998年に日本語に翻訳されるなど、世界中で読まれている。

『音楽と数学』

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2000年代にキットラーが出版を計画していた著作シリーズである。2006年に『音楽と数学:第1部 ヘラス 第1巻 アフロディーテ』、2009年に『音楽と数学:第1部 ヘラス 第2巻 エロス』が発表された。第1巻の予告によると全8巻以上となる計画であったようだが、2011年にキットラーの他界によって未完のままとなった。既刊では、古代ギリシャの文化に焦点があてられており、当時用いられていた情報を記録するための技法(アルファベット数字)と文化(文芸音楽数学思想)の関係が詳述されている[13]。この文化史の再記述にあたって導入された「再帰(Rekursion)」という概念に注目が集まっている[14]

著書

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  • 1977年: Der Traum und die Rede. Eine Analyse der Kommunikationssituation, Francke: Bern.
  • 1979年: Dichtung als Sozialisationsspiel. Studien zu Goethe und Gottfried Keller (with Gerhard Kaiser). Vandenhoeck+Ruprecht: Göttingen
  • 1985年: Aufschreibesysteme 1800・1900. München: Wilhelm Fink. ISBN 3-7705-2881-6
    • Discourse Networks 1800/1900, with a foreword by David E. Wellbery. Stanford:Stanford University Press, 1990.
    • 『書き取りシステム1800・1900』 大宮勘一郎、石田雄一訳、インスクリプト、2021。
  • 1986年: Grammophon Film Typewriter. Berlin: Brinkmann und Bose. ISBN 3-922660-17-7
    • 『グラモフォン・フィルム・タイプライター』 石光泰夫、石光輝子訳、筑摩書房、1999。ちくま学芸文庫(上下)、2006
  • 1990年: Die Nacht der Substanz. Bern: Benteli Verlag.
  • 1991年: Dichter – Mutter – Kind. München: Wilhelm Fink.
  • 1993年: Draculas Vermächtnis: Technische Schriften. Leipzig: Reclam. ISBN 3-379-01476-1
    • 『ドラキュラの遺言――ソフトウェアなど存在しない』 原克・前田良三・副島博彦・大宮勘一郎・神尾達之訳、産業図書、1998
  • 1997年: Literature, Media, Information Systems: Essays (published by John Johnston). Amsterdam: Routledge.
  • 1999年: Hebbels Einbildungskraft – die dunkle Natur. Bern: Peter Lang.
  • 2000年: Eine Kulturgeschichte der Kulturwissenschaft. München: Wilhelm Fink.
  • 2000年: Nietzsche – Politik des Eigennamens: wie man abschafft, wovon man spricht (with Jacques Derrida). Berlin: Merve.
  • 2001年: Vom Griechenland (with Cornelia Vismann; Internationaler Merve Diskurs Bd.240). Berlin: Merve. ISBN 3883961736
  • 2002年: Optische Medien. Berlin: Merve. ISBN 3-88396-183-3
  • 2002年: Zwischen Rauschen und Offenbarung. Zur Kultur- und Mediengeschichte der Stimme (hrsg. mit Thomas Macho und Sigrid Weigel). Berlin: de Gruyter.
  • 2004年: Unsterbliche. Nachrufe, Erinnerungen, Geistergespräche. Wilhelm Fink Verlag, München.
  • 2006年: Musik und Mathematik. Band 1: Hellas, Teil 1: Aphrodite. München: Wilhelm Fink.
  • 2009年: Musik und Mathematik. Band 1: Hellas, Teil 2: Eros. München: Wilhelm Fink.


脚注

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  1. ^ Geoffrey Winthrop-Young and Nicholas Gane. 2006. "Friedrich Kittler: An Introduction."Theory Culture Society 23(7-8):5-16.
  2. ^ a b c d e f g h i j k Friedrich Kittler: Former Professor of Media Philosophy at The European Graduate School / EGS. Biography”. Europian Graduate School. 2024年3月16日閲覧。
  3. ^ デビッド・ウッダード、"In Media Res" (英語)、032c、2011年夏、180-189ページ
  4. ^ Internationaler Siemens Medienkunstpreis”. Zentrum für Kunst und Medien (ZKM). 2024年3月16日閲覧。
  5. ^ Friedrich Kittler ist tot Spiegel Online 2011-10-18
  6. ^ 以下を参照。Gane, Nicholas. 2005. "Radical Post-humanism: Friedrich Kittler and the Primacy of Technology." Theory, Culture & Society 22, no. 3: 25-41. 大宮勘一郎.2023. 「フリードリヒ・キットラー――メディアの系譜学と技術への問い」伊藤守編『メディア論の冒険者たち』186-201, 東京大学出版会.
  7. ^ 大宮勘一郎.2021.「訳者解題」『書き取りシステム1800・1900』, 763–783. インスクリプト.
  8. ^ 石光康夫・石光輝子. 2006.『グラモフォン・フィルム・タイプライター(下)』347-362. ちくま学芸文庫.
  9. ^ Geoffrey Winthrop-Young. 2011. Kittler and the Media. Cambridge: Poligy, 120-124
  10. ^ John Durham Peters. “Strange Sympathies: Horizons of Media Theory in America and Germany”. electoronic book review. 2024年3月16日閲覧。
  11. ^ 前田良三. 「ドイツから来た〈最後〉のマイスターのために――フリードリヒ・キットラー『ドラキュラの遺言』」『思想』1103, 117-124.
  12. ^ Wendy Hui Kyong Chun. 2004. "On Software, or the Persistence of Visual Knowledge." Grey Room 18: 26–51.
  13. ^ John Durham Peters. 2015. “Assessing Kittler’s Musik und Mathematik.” In Kittler Now: Current Perspectives in Kittler Studies, edited by Stephan Sale and Laura Salisbury, 22–43. Cambridge: Polity.
  14. ^ Geoffrey Winthrop-Young. 2015. "Siren Recursion". Kittler Now. Current Perspectives in Kittler Studies, edited by Stephen Sale and Laura Salisbury, 71-94. Cambridge: Polity.

外部リンク

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