リディア・シモン
| ||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2009年世界陸上ベルリン大会にて | ||||||||||||||||||||||||
選手情報 | ||||||||||||||||||||||||
フルネーム | リディア・シモン | |||||||||||||||||||||||
ラテン文字 | Lidia Simon | |||||||||||||||||||||||
国籍 | ルーマニア | |||||||||||||||||||||||
種目 | 長距離走・マラソン | |||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1973年9月4日(51歳) | |||||||||||||||||||||||
生誕地 | ルーマニア ゴルジュ県 トゥルグ・カルブネシュティ | |||||||||||||||||||||||
身長 | 157cm | |||||||||||||||||||||||
体重 | 44kg | |||||||||||||||||||||||
自己ベスト | ||||||||||||||||||||||||
1500m | 4分22秒57(1991年) | |||||||||||||||||||||||
3000m | 9分25秒84(1991年) | |||||||||||||||||||||||
10000m | 31分32秒64(1998年) | |||||||||||||||||||||||
ハーフマラソン | 1時間08分34秒(2000年) | |||||||||||||||||||||||
マラソン | 2時間22分54秒(2000年) | |||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||
編集 |
リディア・シモン(Lidia Simon, 1973年9月4日[1] - )は、 ルーマニア出身の女子陸上競技選手(主にマラソン)である。
戦歴
[編集]シドニー五輪以前
[編集]マラソンデビューは早く、1990年17歳で初マラソンを経験している。だがこの時の記録は2時間58分18秒。国際的なランナーには遠く及ばない記録だった。
シモンが最初に世界大会に登場したのは1995年の世界陸上イェーテボリ大会だった。この大会の女子マラソンで10位になった。
1996年7月に行われた、アトランタ五輪女子マラソンでは、30km地点まで優勝したファツマ・ロバを追う2位集団についていた。しかし30kmを過ぎた直後で銅メダル獲得の有森裕子、銀メダル獲得のワレンティナ・エゴロワのスパートについていけずにペースダウン、結果6位入賞にとどまった。
1997年8月に行われた世界陸上アテネ大会では、レース中盤嘔吐症状により優勝争いから脱落するが、後半追い上げて3位入賞、銅メダル獲得。1999年8月に行われた世界陸上セビリア大会でも、レース中盲腸炎による腹痛の影響で優勝を逃すが、再び3位に入って銅メダルを獲得した。
シドニー五輪での高橋尚子との戦い・世界陸上で金メダル
[編集]2000年1月に行われた、シドニー五輪女子マラソン代表選考レースであった大阪国際女子マラソンでは、弘山晴美とデッドヒートを繰り広げながらも僅差で当時大会新記録の2時間22分54秒の自己ベストタイムで優勝し、大阪で大会史上初の3連覇を達成した(大会最多優勝回数はカトリン・ドーレの4回)。
同年9月に行われた、シドニー五輪女子マラソン本番では、中間点前の18km付近でスパートした高橋尚子についていき、その後高橋との激闘を演じたが、レース後半の34km付近で高橋に突き放される。40km地点で高橋とは28秒の差が付き、シモンの優勝は絶望的と思われたが、そこからシモンは驚異的な追い上げを見せる。しかし時既に遅し、僅か8秒差で高橋が最初にゴールテープを切って金メダル、シモンは惜しくも2位で銀メダル獲得となった。
2001年8月に行われた世界陸上エドモントン大会では、終盤まで銀メダル獲得の土佐礼子とデッドヒートとなったが、ゴール直前の陸上競技場へ入る手前、土佐をラストスパートで突き放し、土佐とは5秒の僅差で優勝。念願であった世界大会で初の金メダルを獲得、ゴール後のシモンは嬉しさの余り地面に突っ伏したまま号泣していた。
アテネ五輪以降
[編集]2004年8月に行われたアテネ五輪女子マラソンでは、出産後の準備不足と体調が万全で無かった為、途中棄権となった。その後のレースでも不本意な成績が続いていたが、2007年8月に行われた世界陸上大阪大会では久々の好走、レース終盤まで優勝を争って5位入賞と健闘した。
2008年8月の北京五輪女子マラソンでは、35km過ぎまで2位集団に加わった。その後ペースダウンするも粘りの走りで、結果8位入賞を果たした(優勝は同国代表のコンスタンティナ・トメスク)。さらに5大会連続五輪代表となる、2012年8月のロンドン五輪女子マラソンにも出場した(結果は45位)。現在でも1児のママさんランナーとして、大変息の長い活躍を続けている。
オリンピックでは1996年・6位、2000年・2位、2008年・8位と計3回入賞、また世界陸上選手権では1997年・3位、1999年・3位、2001年・1位、2007年・5位と計4回入賞している。五輪・世界陸上と合わせて合計入賞7回は、女子マラソン選手としては史上最多記録である。また、世界陸上選手権での女子マラソンメダル獲得数3個(1997年・銅、1999年・銅、2001年・金)は、マヌエラ・マシャド(1993年・銀、1995年・金、1997年・銀)、キャサリン・ヌデレバ(2003年・金、2005年・銀、2007年・金)と並び、史上最多タイ記録である。
日本のマラソン大会には、大阪国際女子マラソンへ過去に10回出場のほか、名古屋国際女子マラソン・長野オリンピック記念長野マラソンにも出走。なお、2011年の第1回大阪マラソンでは女子選手として初代覇者に輝き、翌2012年の第2回大阪マラソンでも優勝し大会2連覇を果たす。また、TBS系の期首期末特番『オールスター感謝祭』のメイン企画「赤坂5丁目ミニマラソン」にかつてゲストランナーとして数回登場し、自身のトレーナーである夫のリビュー・シモン(通称・旦那シモン)と共に、夫婦揃って出走していた。さらに2009年3月に行われた名古屋国際女子マラソンでは、引退ランの高橋尚子にレース後花束を贈呈する役をこなした。
マラソン主要戦績
[編集]- 自己ベストタイム 2時間22分54秒(2000年大阪国際女子マラソン)
年 | 大会 | 開催国 | 成績 | タイム |
---|---|---|---|---|
1994 | リヨンマラソン | フランス | 優勝 | 2:33:59 |
1994 | カストリアマラソン | ギリシャ | 優勝 | 2:32:38 |
1994 | ヨーロッパ陸上選手権ヘルシンキ大会 | フィンランド | 10位 | 2:36:14 |
1995 | ワールドカップアテネ大会 | ギリシャ | 2位 | 2:31:46 |
1995 | 世界陸上イェーテボリ大会 | スウェーデン | 10位 | 2:33:18 |
1996 | 名古屋国際女子マラソン | 日本 | 8位 | 2:30:13 |
1996 | アトランタオリンピック | アメリカ合衆国 | 6位 | 2:31:04 |
1997 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 3位 | 2:27:04 |
1997 | ロンドンマラソン | イギリス | 3位 | 2:27:11 |
1997 | 世界陸上アテネ大会 | ギリシャ | 3位 | 2:31:55 |
1998 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 優勝 | 2:28:31 |
1998 | ロンドンマラソン | イギリス | 3位 | 2:28:41 |
1999 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 優勝 | 2:23:24 |
1999 | ロンドンマラソン | 日本 | 5位 | 2:24:46 |
1999 | 世界陸上セビリア大会 | スペイン | 3位 | 2:27:41 |
2000 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 優勝 | 2:22:54 |
2000 | ロンドンマラソン | イギリス | 2位 | 2:24:46 |
2000 | シドニーオリンピック | オーストラリア | 2位 | 2:23:22 |
2001 | ロンドンマラソン | イギリス | 4位 | 2:24:15 |
2001 | 世界陸上エドモントン大会 | カナダ | 優勝 | 2:26:01 |
2004 | ウィーンマラソン | オーストリア | 2位 | 2:30:40 |
2004 | アテネオリンピック | ギリシャ | DNF | 途中棄権 |
2005 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 5位 | 2:27:01 |
2005 | 長野マラソン | 日本 | 2位 | 2:31:20 |
2006 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 9位 | 2:33:53 |
2006 | シカゴマラソン | アメリカ合衆国 | 11位 | 2:30:39 |
2007 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 6位 | 2:32:09 |
2007 | 長野マラソン | 日本 | 4位 | 2:34:48 |
2007 | 世界陸上大阪大会 | 日本 | 5位 | 2:31:26 |
2008 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 6位 | 2:27:17 |
2008 | 北京オリンピック | 中国 | 8位 | 2:27:51 |
2008 | ニューヨークシティマラソン | アメリカ合衆国 | 8位 | 2:30:04 |
2009 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 5位 | 2:27:14 |
2009 | 名古屋国際女子マラソン | 日本 | 21位 | 2:41:12 |
2009 | 世界陸上ベルリン大会 | ドイツ | 22位 | 2:32:03 |
2010 | 大阪国際女子マラソン | 日本 | 4位 | 2:27:11 |
2011 | 大阪マラソン | 日本 | 優勝 | 2:32:48 |
2012 | 名古屋ウィメンズマラソン | 日本 | 19位 | 2:33:41 |
2012 | ロンドンオリンピック | イギリス | 45位 | 2:32:46 |
2012 | 大阪マラソン | 日本 | 優勝 | 2:33:12 |
脚注
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- リディア・シモン - 国際オリンピック委員会
- リディア・シモン - オリンピックチャンネル
- リディア・シモン - ルーマニアオリンピック委員会
- リディア・シモン - Olympedia
- リディア・シモン - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ
- リディア・シモン - 国際陸上競技連盟
- リディア・シモン - TrackField.brinkster.net
- リディア・シモン - Munzinger Sports Archives