中村まり子
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中村まり子 | |
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本名 | 中村真里子。 |
生年月日 | 1953年6月7日(71歳) |
出身地 | 日本・東京都 |
著名な家族 |
父:中村伸郎 姉:井出みな子 |
中村 まり子(なかむら まりこ、1953年6月7日 - )は、日本の女優、翻訳家、演出家、劇作家。本名は中村真里子。東京都出身。父は俳優の中村伸郎。姉は女優の井出みな子。パリでベラ・レーヌ、ニコラ・バタイユに師事[1]。 特技はフランス語会話、翻訳。フランス語検定2級。1980年より個人演劇ユニット「パニック・シアター」を主宰。
来歴・人物
[編集]文化学院大学部仏文科中退。三島由紀夫が主宰した浪曼劇場の『サロメ』(1969年入団)で初舞台を踏み、劇団雲入団、1972年にパリへ渡るとユシェット座のベラ・レーヌ演技教室で指導を受け[2]、帰国後、フリーとして活動。父・伸郎[3]と共に渋谷ジァン・ジァン金曜夜10時劇場で、超ロングラン公演『授業』(1951年イヨネスコ作)に出演[4][5]。伸郎が老齢を理由に出演を辞退し、仲谷昇がその役を引き継いだ後も公演を続け、1987年の最後の舞台[6]まで、15年間参加した[5]。イヨネスコの前で『禿の女歌手』を演じ、褒められた[7]。
また劇作家、演出家、戯曲の翻訳家としても活動している。俳優養成所パフォーミング・アカデミー講師として後進を指導[2]。
受賞
[編集]中村まり子翻訳・演出による『ラスト・シーン』『ラウルの足あと』上演の成果によってパニック・シアターは2007年度湯浅芳子賞・戯曲上演部門賞を受賞[8]。ウジェーヌ・イヨネスコ作『まくべっと』の翻訳[9]で、2013年度小田島雄志・翻訳戯曲賞を受けた[10][8]。
出演作品
[編集]映画
[編集]舞台
[編集]- 地球は丸い
- ラウルの足あと
- サロメ
- 天保十二年のシェイクスピア
- 新・道元の冒険
- ミュージカル紅葉乱舞車達引 (もみじまうくるまのたてひき):劇団動物園公演 (観世栄夫演出)
- 調理場
- 電話劇場
- 旅立ち
- 二階の女
- ホットフラッシュバック
- フェアウェル
- 現代・娘へんろ紀行
- トップ・ガールズ
- ル・バル
- もしもし母さん
- フツーの生活・長崎編
- まくべっと
- 相寄る魂 南青山MANDARAマンダラ 1年間ギィ・フォワシィ連続上演
テレビドラマ
[編集]- 火曜日の女シリーズ / 蒼いけものたち(1970年、NTV / 東宝)
- 花は花よめ(1971年、NTV)
- 大空港 第65話「激突! 赤いビーナス奪回作戦」(1979年、CX/松竹) - トルコ嬢
- ドラマ人間模様 / 続・続 事件 月の景色(1980年、NHK)
- 警視-K 第3話「自白への道」(1980年、NTV
- 噂の刑事トミーとマツ 第28話「トミーびっくり、マツの変身」(1980年、TBS/大映テレビ) - ナース
- 想い出づくり。(1981年、TBS)
- 陽あたり良好!(1982年、NTV)
- 火曜サスペンス劇場 (NTV)
- 狙われた美人キャスター(1983年)
- 青い薔薇殺人事件(1993年)
- 気分は名探偵 第2話「小さな依頼人」(1984年、NTV)
- 月曜ワイド劇場 / 今、いじめが爆発する!(1985年、ANB)
- 誇りの報酬 第35話「ビックマグナムは眠らない」(1986年、NTV/東宝) - 中学校教諭
- 松本清張サスペンス・見送って(1986年、KTV)
- どうぶつ通り夢ランド 第24話「野生は初恋の味! 失恋は愛のあかし センターは今、恋模様」(1987年、ANB)
- 西村京太郎サスペンス / 午後九時の目撃者(1990年、KTV)
- 土曜ワイド劇場 (ANB)
- 越後親不知 死を招くファインダー(1991年)
- 私兵刑事 トリカブト殺人の謎(1993年) - 及川みどり
- 愛という名のもとに 第2話「夢を追って」(1992年、CX)
- 晴れ着、ここ一番 第8話「恋の始まり」(2000年、NHK)
- のだめカンタービレ 第9話・10話(2006年、CX)
吹き替え
[編集]- Dr.Tと女たち
- わが教え子、ヒトラー(2008年) - エルザ・グリュンバウム
- 私はラブ・リーガル(2010年、WOWOW) -ボビー・ドブキンズ
主な翻訳 (戯曲)
[編集]脚注
[編集]- ^ a b “犀”. www.bungakuza.com. 文学座 (2009年4月). 2020年12月6日閲覧。
- ^ a b “中村まり子 | 俳優養成所・演技スクール | 東京”. www.performing.jp. パフォーミングアカデミー. 2020年12月6日閲覧。
- ^ 中村まり子「特集=俳優・父と子:父に似てきた私」『悲劇喜劇』第46巻10 (516)、早川書房、1993年10月、12-13頁、doi:10.11501/7923473。国立国会図書館限定。
- ^ 中村まり子「随想『授業』との日々」『テアトロ』第383号、カモミール社、1975年1月、84-85頁、doi:10.11501/7900599。国立国会図書館限定。
- ^ a b 中村まり子「わが日録『フェアウェル』サヨナラ、ジァン・ジァン『授業』日記」『悲劇喜劇』第53巻6 (596)、早川書房、2000年6月、60-61頁、doi:10.11501/7923553。国立国会図書館限定。
- ^ 中村まり子「エッセイ:ベラへの独り言--『授業』を終えて」『悲劇喜劇』第41巻2 (448)、早川書房、1988年2月、62-64頁、doi:10.11501/7923405。国立国会図書館限定。
- ^ “犀 イントロ”. www.bungakuza.com. 文学座. 2020年12月6日閲覧。
- ^ a b “Information | お陰さまで、パニック・シアター主宰の中村まり子が、2013年第6回小田島雄志・翻訳戯曲賞を頂きました。2007年度『湯浅芳子賞』の団体賞受賞に継ぐ快挙です。”. www.k-kikaku1996.com. パニック・シアター. 2020年12月6日閲覧。
- ^ 中村まり子「追悼・イヨネスコユシェット通り23番地」『悲劇喜劇』第47巻7 (525)、早川書房、1994年7月、62-63頁、doi:10.11501/7923482。国立国会図書館限定。
- ^ a b “第6回小田島雄志・翻訳戯曲賞に中村まり子氏と谷賢一氏”. 産経ニュース. SANKEI DIGITAL INC (2014年1月5日). 2020年12月6日閲覧。
外部リンク
[編集]- プロフィール パニック・シアター公式サイト