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中村浩 (国文学者)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中村 浩(なかむら ひろし、1920年7月15日 - 1985年8月23日[1])は、日本の国文学者、歌人。

大阪市生まれ。本名・米島勉。父は書道家で大阪朝日新聞にも勤務した中村眉山(本名は平三)[2]。父親が阪田の書の代筆をしていた関係で、晩年の阪田三吉と交流があり、のちにその思い出をもとに阪田の27回忌(1972年)に、それを記念した『実録王将伝』を執筆、のちに『棋神・阪田三吉』として刊行した。

國學院大學文学部国文学科卒。折口信夫金田一京助に師事。戦後、関西大学薫英学園で教職につき、その後、大阪府議会事務局、四天王寺女子大学羽衣学園短期大学辻調理師学校に勤務[3]

著書

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  • 『若き折口信夫』中央公論社 1972
  • 『句碑のある風景』現代創造社 1976
  • 『棋神・阪田三吉講談社 1980、小学館文庫 2002
  • 『十方化おおさか史 懐しき大正・昭和一けた』現代創造社 1981
  • 『宵待草 中村浩短歌集』中村泉 1987
  • 『父の残したもの 中村浩ファイルより』全3巻、吉本泉編 1991-97。昭和47年-60年

共著

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脚注

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  1. ^ 『著作権台帳』
  2. ^ 『棋神・阪田三吉』(小学館文庫)P.23
  3. ^ 『棋神・阪田三吉』小学館文庫、著者紹介