京都トヨタ自動車
種類 | 株式会社 |
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市場情報 | なし |
略称 | 京都トヨタ |
本社所在地 |
日本 〒601-8319 京都府京都市南区吉祥院三ノ宮町100 |
設立 | 1944年12月15日 |
業種 | 小売業 |
法人番号 | 4130001012168 |
事業内容 |
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代表者 | 芳賀将英(代表取締役社長) |
資本金 | 3億円 |
売上高 | 267億円(2020年度) |
純利益 |
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総資産 |
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従業員数 | 453名(2021年6月1日現在) |
決算期 | 3月31日 |
主要株主 | 洛陽交運株式会社(ヤサカグループ) |
外部リンク | https://kyoto-toyota.jp/ |
京都トヨタ自動車株式会社(きょうとトヨタじどうしゃ)は、京都府を主な販売エリアとする、トヨタ自動車の販売チャンネル(トヨタ店)である。通称、京都トヨタ。1944年12月設立。
ヤサカグループの1社である。
歴史
[編集]前史
[編集]1937年(昭和12年)5月、トヨタ自動車工業(当時)の創設と同時に京都府・滋賀県一円の特約店として京都トヨタ自動車販売株式会社が設立される[2]。取締役社長は京都高島屋支配人の飯田新三郎であった。この頃、トヨタ自動車の豊田喜一郎は高島屋社長の飯田新七の娘、二十子を妻として迎えており、豊田家と飯田家は遠戚関係にあった[3]。
この会社は1943年(昭和17年)、戦時体制による戦時企業整備令により日産、いすゞの販社と合併し、京都府自動車整備配給株式会社として統合された。敗戦と配給制度の廃止によって再び分離し、各社が販売代理店として再発足することになる[2]。
設立
[編集]現在の京都トヨタ自動車は1944年に資本金70万円で設立されたトヨタ自動車の販売店、光工業株式会社[4]を1946年10月に京都トヨタ販売株式会社と商号を変更したもので、1948年9月に京都トヨタ自動車株式会社と改称している[2]。高島屋との資本関係は戦後も続いていたが[2]、1970年にヤサカグループの傘下[5]に入り、彌榮自動車の副社長、粂田禎雄が代表取締役社長に就任[6]する。
事業内容
[編集]- トヨタの新車販売
- U-Car(中古車の販売)
- レクサス車の新車販売
- フォルクスワーゲン車の新車販売
- 自動車の整備、点検修理
- 自動車関連部品用品販売
- 保険代理業
- 通信事業(au 携帯電話など)
- JAF入会受付、TSCUBIC CARD入会受付
店舗情報
[編集]- トヨタ事業
- 本社店 - 京都市南区吉祥院三ノ宮町100
- 中央店 - 京都市上京区上立売通新町西入ル
- 伏見店 - 京都市伏見区下鳥羽但馬町104
- GRGarage京都伏見 - 京都市伏見区下鳥羽但馬町104(伏見店2F)
- 桂川洛西店 - 京都府向日市寺戸町寺田50-3
- 城陽店 - 城陽市寺田新池38-9
- 山科店 - 京都市山科区東野北井ノ上町10-30
- 御池店 - 京都市中京区西ノ京銅駝町76-1
- 修学院店 - 京都市左京区山端森本町3-1
- 乙訓店 - 京都市伏見区羽束師菱川町190-1
- 宇治店 - 宇治市宇治樋ノ尻52-1
- 木津店 - 木津川市相楽台三丁目3番地
- 亀岡店 - 亀岡市大井町土田3丁目154
- 中丹店 - 綾部市高津町大橋10-1
- 舞鶴店 - 舞鶴市字京田小字大角134
- 峰山店 - 京丹後市峰山町荒山377-10
- レクサス事業
- レクサス北大路 - 京都市北区紫野花ノ坊町15
- フォルクスワーゲン事業
- フォルクスワーゲン京都吉祥院 - 京都市南区吉祥院三ノ宮町100
取扱い車種
[編集]- セダン
- SUV
- ミニバン
- ワゴン
- スポーツ
- コンパクト
- ビジネスカー
- 軽自動車
車検案内『SQ CUBIC 45車検』
[編集]この節は広告・宣伝活動のような記述内容になっています。 (2024年9月) |
「上質」「迅速」「 驚き」の45分車検では、トヨタならではの工夫でスピーディな車検を実現している。
早いだけでなく、しっかりとした技術でお車を点検する。
- SQ CUBIC 45車検のPOINT
- トヨタ車を知り尽くしたプロの技術力 - 国家資格取得者100%(1級、2級)
- 知恵の詰まった車検ツールで無駄の無い作業を実現 - 世界に認められている「トヨタの改善」を受け継ぐ究極の車検ツールで実現
- 検査員とエンジニアの抜群のチームワークで時間短縮 - 京都トヨタ独自の作業訓練法により検査員とエンジニアが抜群のチームワークを発揮
「SQ CUBIC 45車検」の紹介動画もYouTube「京都トヨタチャンネル」で閲覧可能
初代クラウンのレストア(DISCOVER CROWN SPIRIT PROJECT)
[編集]この節は広告・宣伝活動のような記述内容になっています。 (2024年9月) |
京都トヨタ自動車は1962年式のRS30のレストアにチャレンジした。レストア期間は約1年。京都トヨタのHPには初代クラウンのレストア作業の様子が見られる『クラウンレストアブログ』がある。
提供番組
[編集]この節は広告・宣伝活動のような記述内容になっています。 (2024年9月) |
- AKB48チーム8太田奈緒のEverybody?? チャレンジ!(2017年6月18日 - 2018年5月20日、KBS京都)[7]
- 第1回放送『京都の絶景の写真撮影にチャレンジ』
- 第2回放送『エコカーカップ2017にチャレンジ』
- 第3回放送『京都北部の旅レポートにチャレンジ』
- 第4回放送『未来のエンジニアの発掘にチャレンジ』
- 第5回放送『最先端の自動車技術にチャレンジ』
- 第6回放送『カートレースにチャレンジ』
- 第7回放送『MIRAIでどこまで行けるかチャレンジ』
- 第8回放送『4WDでオフロード走行にチャレンジ』
- 第9回放送『雪道走行にチャレンジ』
- 第10回放送『京都マラソンにチャレンジ』
- 第11回放送『車いす体験にチャレンジ』
- 第12回放送『未来のエンジニアの発掘にチャレンジ part2』
企業CM
[編集]この節は広告・宣伝活動のような記述内容になっています。 (2024年9月) |
2017年、太田奈緒(当時AKB48チーム8・京都府代表)が出演する企業CMを制作。2017年6月18日より、太田の冠番組である「京都トヨタPRESENTS AKB48チーム8太田奈緒のEverybody?? チャレンジ!」番組内でテレビCMとして放送されたほか、京都トヨタホームページ内の特設サイトで番組の初回放送終了後の12時30分にCM動画が公開された[7]。
- CMストーリー
- 主人公は京都トヨタに勤務する新入社員。いつもはおっちょこちょいであるが、仕事に向かう姿勢はとても真面目。失敗を恐れずに積極的なまわりの社員たちとコミュニケーションを図り、鍛えられていくことで、少しずつ仕事を覚えていく。
- CMタイトル
- 『初めての商談』篇
- 『初めての納車』篇
- 『初めての整備場』篇
脚注
[編集]- ^ a b 京都トヨタ自動車株式会社 第110期決算公告
- ^ a b c d 日本自動車大鑑 1967, p. 637.
- ^ 牧 2001, p. 67飯田新三郎は1941年にトヨタ自動車工業の取締役に就任
- ^ 日本自動車大鑑 1971.
- ^ ヤサカグループのあゆみ.
- ^ 日本自動車大鑑 1971, pp. 1046–1047.
- ^ a b “太田奈緒の冠番組がスタート! 京都トヨタのホームページでは京都トヨタ新CMを公開!”. AKB48 Team 8公式ホームページ. AKS (2017年6月18日). 2017年10月23日閲覧。
参考文献
[編集]- 「自動車販売部門」『日本自動車大鑑 1968』交通毎日新聞社、1967年11月15日、637頁。NDLJP:2516535/334。
- 「自動車販売部門」『日本自動車大鑑 1971』交通毎日新聞社、1971年6月20日、818頁。NDLJP:11914985/424。
- 牧幸輝「豊田利三郎と豊田業団-経営構想,企業家ネットワークと同族経営体制-」『経営史学』第46巻第2号、経営史学会、2011年、49-73頁、doi:10.5029/bhsj.46.2_49。
- “ヤサカグループのあゆみ”. ヤサカグループ. 2023年4月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月12日閲覧。