仏眼院 (各務原市)
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前渡不動尊矢熊山佛眼院 | |
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所在地 | 岐阜県各務原市前渡西町6-1975 |
位置 | 北緯35度23分5.84秒 東経136度52分51.28秒 / 北緯35.3849556度 東経136.8809111度 |
山号 | 矢熊山 |
宗旨 | 古義真言宗 |
宗派 | 醍醐派 |
本尊 | 不動明王 |
創建年 | 江戸時代 |
開基 | 明心 |
正式名 | 矢熊山佛眼院 |
別称 |
前渡不動尊 前渡不動山佛眼院 |
札所等 | 美濃四国25番 |
法人番号 | 7200005002493 |
仏眼院(佛眼院、ぶつがんいん)は、岐阜県各務原市前渡西町[1]にある真言宗醍醐派の寺院である。
概要
[編集]山号は矢熊山。
通称「前渡不動尊(まえどふどうそん)」。正式名称より通称で呼ばれる事が多い。眼病治癒にご利益があるという。
美濃四国札所第二十五札所。
沿革
[編集]前渡の旗本坪内家の家臣・山本軍八郎藤原盛行の一子・秀之助が盲目となり成田不動に眼病治癒を祈願し開眼。その報恩のために成田不動於いて得度を受け僧名を明心と改名。
1890年(明治23年)、標高87mの矢熊山(現在の不動山)の山頂付近に二間四面の仮堂を建て、諸人の厄除の霊場となる。
1891年(明治24年)、京都市醍醐山にあった土御門天皇1203年(建仁3年)創建による豊臣秀吉の祈願所・仏眼院を移転、安置し奉る。
現在の本堂は1900年(明治33年)に再建、1910年(明治43年)には鐘楼堂、1928年(昭和3年)に弘法堂を建立。
仏眼院開山:明心、二代目:了明、三代目:了英、四代目:心行 5代目:優王。
所在地
[編集]- 岐阜県各務原市前渡西町6丁目1975
交通アクセス
[編集]その他
[編集]- 承久の乱合戦供養塔
- 矢熊山山頂には高さ2メートルの開山碑「開山明心之碑」がある。
脚注
[編集]外部リンク
[編集]ウィキメディア・コモンズには、仏眼院 (各務原市)に関するカテゴリがあります。