八月の正午に太陽は…
『八月の正午に太陽は…』 (はちがつのしょうごにたいようは…、英: At noon, the August sun...) は、日本の作曲家、林光が1990年に作曲した管弦楽曲である[1]。林光の3曲目の交響曲であり、「第3交響曲」とも表記される[2][注釈 1]。
作曲の経緯
[編集]この作品はサントリー音楽財団(現・サントリー芸術財団)の委嘱により作曲、1990年9月19日に完成した[3]。
曲の発想の根底には、1989年4月に中国、北京の学生を中心に起こった民主化運動(6月に軍隊がデモ隊を制圧し、後に「天安門事件」と呼ばれた)があり、またその運動の源流とも言える、中華民国で1919年5月4日に起きた反帝国主義運動(後に「五・四運動」と呼ばれた)がある[3]。さらに1976年4月5日に北京で起きた民主化運動(後に「四五天安門事件」「第1次天安門事件」と呼ばれた)にも想を得ている[3]。
曲のタイトルは、中国の現代詩人ペイ・タオ(1949-)の詩「八月の夢遊病者」の中の「八月の正午に太陽は無く」という一節に依っている。この8月は文化大革命の終結宣言の出た1977年8月を指すが、中国の青年たちにとって明るい意味ではない[4]。曲の第3楽章ではペイ・タオの詩「回答」からの、作曲者による翻案テキストが歌われる[注釈 2]。ペイ・タオが1976年の第1次天安門事件に際して書いた詩である「回答」は[5]、抑圧された肉声をほとぼらせたもので、文化大革命で青春を失われた同世代の強い共感を得た作品である[6]。
林はこの曲の作曲に当たり、「はじめて自伝的作品ということを意識した」と書いている[7]。
編成
[編集]フルート4(3、4番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コーラングレ、エスクラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3(3番はコントラファゴット持ち替え)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ9(奏者2)、小太鼓、大太鼓、シロフォン、グロッケンシュピール、ウッドブロック(以上奏者3)、ピアノ1(チェレスタも奏する)、ハープ1、弦楽5部、ソプラノ独唱
楽曲構成
[編集]3楽章構成で、演奏時間は約31分[2]。第1楽章と第2楽章に特に現れる4+5あるいは5+4というリズムは、中国現代史の2つの日付(1919年5月4日と1976年4月5日)に関わる[1]。
第1楽章
[編集]二分音符=152、最終小節のみ二分音符=80。4+5/4拍子。第2楽章へはattacca(休憩なし)で入る。無窮動ふうの速い音楽[8]。
第2楽章
[編集]二分音符=48⇔54。3/2拍子で始まり、4/2と3/2が繰り返される部分を経て、5+4/8に至る。それぞれのテンポを経て最後は3/2で終わる。エレジー[8]。
第3楽章
[編集]四分音符=72。4/4拍子と4/3拍子が交互に奏された後に、4/3拍子の続く中でソプラノの歌唱が入る。木管群によるコラールによって枠づけられた鎮魂賦[8]。
初演
[編集]作品は1990年10月23日に東京・サントリーホールで開催されたサントリー音楽財団コンサート「作曲家の個展'90 林光」において、外山雄三の指揮、藍川由美のソプラノ、東京都交響楽団によって初演された[9][1]。
楽譜
[編集]スコアは全音楽譜出版社より市販されている[2]。演奏譜は同社よりレンタルされている[10]。
録音
[編集]- 1991年 Fontec FOCD-3132 林光「作曲家の個展」外山雄三(指揮)、藍川由美(ソプラノ)、東京都交響楽団(音源は初演コンサート)[11][12]
- 2008年 小学館 SHM-2 外山雄三(指揮)、 緑川まり(ソプラノ)、新日本フィルハーモニー交響楽団(林光の音楽)(音源は、1999年8月24日サントリーホール「サマーフェスティバル1999 作曲家の個展」[3][13])
評価
[編集]この曲は1999年の尾高賞候補にあがり、熟達と充実さが議論された[14]。
参考文献
[編集]- 林光の音楽 / 林光著 ; 『林光の音楽』編集室編. 小学館, 2008.8、131, 276p : 図版 ; 26cm + CD20枚 ISBN 978-4-09-480161-3
脚注
[編集]注釈
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c 『作曲家の個展'90 林光:サントリー音楽財団コンサート(プログラム冊子)』サントリー音楽財団、1990年10月23日。 NCID BB19809267。
- ^ a b c 林光作曲『第3交響曲<八月の正午に太陽は…>』全音楽譜出版社、2002年3月。ISBN 4-11-899391-0。
- ^ a b c d 『林光の音楽』小学館、43-44頁。
- ^ 財部鳥子訳『億万のかがやく太陽:中国現代詩集』書肆山田、1988年4月、19頁。 NCID BN02672016。
- ^ 浅見洋二『男の子がひとり、境界の河を越えて送信する、詩:北島の詩をめぐる断章(『現代中国詩集』)』思潮社、1996年、118頁。ISBN 4-7837-2506-3。
- ^ 北島著;是永駿編訳『北島(ペイタオ)詩集』書肆山田、2009年1月、392-393頁。ISBN 978-4-87995-758-0。
- ^ 林光 (1991-12). “聴いて、見て、そしてひとこと”. フィルハーモニー 63 (11): 45 .
- ^ a b c 『林光:作曲家の個展(CDライナーノーツ)』Fontec FOCD-3132、1991年8月25日。
- ^ “作曲家の個展 1981 - 2015”. サントリー音楽財団. 2023年8月8日閲覧。
- ^ “オーケストラ レンタル楽譜カタログ”. 全音楽譜出版社. 2023年8月6日閲覧。
- ^ 林, 光、藍川, 由美、東京都交響楽団、外山, 雄三『Hikaru Hayashi : profile of a composer』Fontec、199- 。
- ^ “林光-作曲家の個展 | 外山雄三”. ORICON NEWS. 2023年8月9日閲覧。
- ^ “サマーフェスティバル1999”. サントリー芸術財団. 2023年8月8日閲覧。
- ^ 外山雄三 (1991-03). “「尾高賞」選考にあたって”. フィルハーモニー 63 (3): 47 .