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円田村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
えんだむら
円田村
廃止日 1955年昭和30年)4月1日[1]
廃止理由 新設合併
円田村宮村蔵王町[1]
現在の自治体 蔵王町[1]
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
刈田郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 55.86 km2
総人口 9,509
(『宮城県町村合併誌』、1955年3月31日)
隣接自治体 刈田郡宮村
柴田郡川崎町村田町大河原町沼辺村
円田村役場
所在地 宮城県刈田郡円田村
座標 北緯38度05分53秒 東経140度39分31秒 / 北緯38.09814度 東経140.65869度 / 38.09814; 140.65869座標: 北緯38度05分53秒 東経140度39分31秒 / 北緯38.09814度 東経140.65869度 / 38.09814; 140.65869
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円田村(えんだむら)は、1955年昭和30年)まで宮城県刈田郡の北東部にあった村。現在の蔵王町円田・小村崎・塩沢・平沢・曲竹・矢附にあたる。

地理

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  • 山:大鳥谷山
  • 河川:松川

沿革

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  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、円田村・小村崎村・塩沢村・平沢村・曲竹村・矢附村の計6か村が合併して新制の円田村が発足。
  • 1955年昭和30年)4月1日 - 宮村と合併し、蔵王町となる[1]

行政

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歴代村長

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氏名 就任 退任 備考
1 佐藤長十郎 明治22年(1889年)4月 明治36年(1903年)8月19日
2 佐藤松太郎 明治36年(1903年)9月12日 明治38年(1905年)11月29日
3 村上勇吉 明治38年(1905年)12月14日 明治40年(1907年)8月25日
4 佐藤善八 明治40年(1907年)11月8日 明治43年(1910年)5月6日
5 村上勇吉 明治43年(1910年)5月20日 大正4年(1915年)8月17日 再任
6 斎藤松太郎 大正4年(1915年)10月29日 大正7年(1918年)2月21日
7 村上勇吉 大正7年(1918年)3月16日 昭和12年(1937年)2月21日 三任
8 佐藤忠治郎 昭和12年(1937年)2月22日 昭和21年(1946年)3月13日
9 佐藤省三 昭和21年(1946年)3月26日 昭和22年(1947年)4月5日
10 村上勇吉 昭和22年(1947年)4月6日 昭和26年(1951年)4月5日 四任
11 佐藤省三 昭和26年(1951年)4月6日 昭和30年(1955年)3月31日 再任

交通

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鉄道路線

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脚注

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  1. ^ a b c d 豊田英夫(2015年4月2日). “ご当地ナンバー:交付開始 ざおうさま/お釜をデザイン 蔵王町PR”. 毎日新聞 (毎日新聞社)

参考文献

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関連項目

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