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刈谷球場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
刈谷球場
Kariya Baseball Stadium

球場外観

グラウンド
施設データ
所在地 愛知県刈谷市城町1丁目49番地(亀城公園内)
座標 北緯34度59分14.9秒 東経136度59分3.08秒 / 北緯34.987472度 東経136.9841889度 / 34.987472; 136.9841889座標: 北緯34度59分14.9秒 東経136度59分3.08秒 / 北緯34.987472度 東経136.9841889度 / 34.987472; 136.9841889
開場 1950年
所有者 刈谷市
管理・運用者 刈谷市
グラウンド 内野:クレー舗装、外野:天然芝
照明 照明塔 - 6基
使用チーム • 開催試合
愛知ディオーネ(2018年)
*全国高等学校野球選手権愛知大会
収容人員
10,000人
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積:-m2
両翼 - 95 m
中堅 - 122 m

刈谷球場(かりやきゅうじょう)は、愛知県刈谷市城町1丁目49番地の亀城公園内にある野球場。施設は刈谷市が所有し、運営管理を行っている。

歴史

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刈谷市営競技場時代

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1950年昭和25年)、刈谷市城町に刈谷市営競技場(かりやしえいきょうぎじょう)として開場した。近世には刈谷城二の丸があった場所であり、城跡一帯は刈谷市営競技場を含めて亀城公園として整備された。刈谷市営競技場の内野席からホームベース付近には、かつて刈谷城の桜馬場堀があった[1]

開業当時の両翼は91.5m、中堅は115mと一般的な数字であったが、右中間および左中間は125.6mとかなり広かった。これは、左中間=中堅=右中間が一直線になっており、角団扇形をしていたためだった。刈谷市は当時から「サッカーの街」として知られ、野球だけでなくサッカーなど各種スポーツを行えるグラウンドとして建設されたためである。1950年(昭和25年)の第5回国民体育大会の際には刈谷市営競技場がサッカー会場として使用された。1964年(昭和39年)にはナイター設備(照明塔)が設置された[2]

刈谷球場時代

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1994年平成6年)の愛知国体(わかしゃち国体)の際、改修工事を実施して一般的な形状の野球場となり、刈谷球場(かりやきゅうじょう)に改称された。なお、この際に刈谷市総合運動公園にサッカー兼陸上競技施設として刈谷市総合運動公園多目的グラウンドが建設され、わかしゃち国体のサッカー競技に使用された。

2019年令和元年)秋から2020年(令和2年)春にかけてリニューアル工事が行われた[3]

利用

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高校野球社会人野球などのアマチュア公式戦の他、プロ野球オープン戦でも使用されることがある。開業当初は中日ドラゴンズ主催のプロ野球公式戦も行われたことがある。2018年(平成30年)5月29日には日本女子プロ野球機構愛知ディオーネのホームゲームも行われた[4]

プロ野球オープン戦

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施設概要

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  • 両翼:95 m、中堅:122 m
  • 収容人員:10,000人
  • 照明塔:6基
  • スコアボード:磁気反転式

交通アクセス

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鉄道

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名古屋鉄道名鉄
東海旅客鉄道JR東海

脚注

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関連項目

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外部リンク

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