利用者‐会話:岡部碩道
こんにちは、岡部碩道さん。はじめまして! ウィキペディア日本語版へようこそ!
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岡部碩道さんがウィキペディアにおいて実り多き執筆・活動をなされることを楽しみにしております。
--ネッツ(Talk / 記録) 2008年1月8日 (火) 10:14 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。よろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年1月12日 (土) 07:51 (UTC)
移動機能のお知らせ
[編集]こんにちはKnuaと申します。清風会 (書道団体)について、清風会からのコピー&ペーストを行われたと思いますが、このようなコピペ移動は著作権を侵害してしまうことになります(幸いなことに今回は、岡部碩道様の編集しかありませんので問題はありません)。こうならないようにも、次からは記事の移動をする際には移動機能をお使い下さい。機能の詳細はHelp:ページの移動をご覧下さい。また、Wikipedia:曖昧さ回避もご覧になってください。岡部碩道様の今後の活躍をご期待申し上げます。--Knua 2008年1月12日 (土) 06:51 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。 大変申し訳ございませんでした。ページの移動について以後、移動機能を使用します。曖昧さ回避について後ほど規則を読みます。今後ともよろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年1月12日 (土) 07:48 (UTC)
一括投稿のお願い
[編集]こんにちは。岡部碩道さんが同じ記事に対して節ごとに分けて連続して投稿されているようでしたので、一括投稿のお願いに参りました。Wikipedia:同じ記事への連続投稿を減らすにあるとおり、同じ記事への連続投稿はウィキペディアのサーバに負荷がかかるうえ、履歴の見通しが悪くなるなど、さまざまな面で支障をきたすおそれがあります。細かい節がたくさんある場合は、節ごとに細かく投稿をするのではなく、上位の節または項目全体の編集を行い、一括して投稿していただきますようにお願いいたします。
その際に細かいところでミスを起こすのではないかと心配な場合は、「投稿する」ボタンの右隣にある「プレビューを実行」ボタンを活用されることをお勧めします(画面右側の図を参照)。投稿される前に「プレビューを実行」のボタンを押すと、成形結果を先に見ることができます。これを使うことで、
などをあらかじめチェックし、修正した上で記事を投稿することができますので、是非ともご活用ください。
また、編集競合を避けたい場合は、Template:工事中をお使いください。ご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力をよろしくお願いします。--Baioextra 2008年1月28日 (月) 00:37 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。大変申し訳ございませんでした。了解しました。これからはご指示どおり連続投稿をしないようにします。今後ともよろしくお願いいたします。なお、このようにメッセージを頂いた場合の返信方法は、これでよいのでしょうか? 教えて下さい。--岡部碩道 2008年1月28日 (月) 00:42 (UTC)
- 了解しました。連続投稿でブロックされる人もいますので注意して編集をこころがけてください。--Baioextra 2008年1月28日 (月) 00:46 (UTC)
- 了解しました。ありがとうございました。--岡部碩道 2008年1月28日 (月) 00:56 (UTC)
- 了解しました。連続投稿でブロックされる人もいますので注意して編集をこころがけてください。--Baioextra 2008年1月28日 (月) 00:46 (UTC)
清風会関連の投稿について
[編集]こんにちは、NoSaitoと申します。お伺いいたしますが、あなたは以前に清風会書道展で入賞された、清風会の関係者様ではございませんか?もしそうであれば、投稿の前にWikipedia:自分自身の記事をつくらないなどのWikipediaの方針もよくお読みください。宣伝と見なされるおそれもあります。また書道展入賞者の記事を何件か立てていらっしゃるようですが、検索でもほとんどヒットせず一般人ではないかと思われるため、削除依頼の提出を検討しております。--NoSaito 2008年3月7日 (金) 07:53 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。ご推察のとおり、私は清風会に関係する人物です。規則をよく読まずに投稿したことをお詫びします。ご面倒をかけますが、規則による処置をお願いいたします。もし、私の方で処置することがありましたら、お申し付けください。よろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年3月7日 (金) 08:08 (UTC)
- お返事ありがとうございます。明らかに著名性がないと思われる書家の方の項目だけ削除依頼に出させて頂きます。書道関係はなかなか専門的な書き手の方もいない分野だと思いますので、これからも執筆がんばってください。--NoSaito 2008年3月7日 (金) 08:14 (UTC)
- 了解しました。ありがとうございます。規則に留意し執筆させていただきます。これからもよろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年3月7日 (金) 08:24 (UTC)
- Wikipedia:削除依頼/書家関連を提出いたしました。お知らせまでに。--NoSaito 2008年3月7日 (金) 08:40 (UTC)
- 了解しました。確認しました。--岡部碩道 2008年3月7日 (金) 08:44 (UTC)
- Wikipedia:削除依頼/書家関連を提出いたしました。お知らせまでに。--NoSaito 2008年3月7日 (金) 08:40 (UTC)
- 了解しました。ありがとうございます。規則に留意し執筆させていただきます。これからもよろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年3月7日 (金) 08:24 (UTC)
- お返事ありがとうございます。明らかに著名性がないと思われる書家の方の項目だけ削除依頼に出させて頂きます。書道関係はなかなか専門的な書き手の方もいない分野だと思いますので、これからも執筆がんばってください。--NoSaito 2008年3月7日 (金) 08:14 (UTC)
古墨の要出典について
[編集]中国の墨でもよいものがあるということですが、それはなんですか?その墨は古墨に入ると思いますか?上のような人たちみたいにはなりたくないのですが、要出典がなんかよけいな気がしたので。なんか腹立ちますよね。ウィキペディアンの人たちって。人を見下したような。ま、そういうことで。一緒に編集がんばりましょう。--以上の署名のないコメントは、Son5ku(会話・投稿記録)さんが 2008年3月25日 (火) 16:56 (UTC) に投稿したものです(Ziman-JAPANによる付記)。
- ご連絡ありがとうございます。古墨の初版投稿をされた方ですね。はじめまして。お蔭様で墨の勉強をする機会ができ、感謝してます。実は私は古墨なるものを使ったことがないので、その良さを論ずることはできないのが正直なところですが、周りにいる先生方や、書物から推察すると、1910年代から鉱物性の油が使われはじめ、その後、一般の墨はだんだんとそれが主流になったと思われますので、文化大革命(1966年)以降ではかなり品質が悪くなり、古墨には成り得ないと思います。
文化大革命に関する面白い話を聞きました。このころ、墨の品質が極端に悪くなるという噂が流れ、当時の書家たちは唐墨を買いあさったそうです。文化大革命により製墨業も国営化されるから品質が落ちるとの理由からでした。しかし、実際は従来どおりの業者が製墨したとも聞きます。そこを境に本当に墨の品質が落ちたという先生がおりましたが、年々品質が悪くなっていた状況下で、文化大革命を境にしてということを証明するのは難しいと思います。これに関して、中国の書家に聞いてみようと思っています。その回答が出典になるかどうか分かりませんが、文化大革命によって実際になにが起きたのかは興味あるところです。
一気にたくさん書いてしまいました。気長にやっていきますので、こちらこそよろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年3月26日 (水) 01:03 (UTC) - 民国期の墨事情を知るには有効かと思います。http://members.at.infoseek.co.jp/yamashina/inkyee.htm
ReijiYamashina 2009年5月30日 (土) 23:41 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。画像のアップロードなどいつも大変感謝してます。
- 興味深く読ませていただきました。葉恭綽の文章の翻訳で、清末から墨の製造技術が衰え、墨コレクションは清末に盛んになったこと。またこのころから日本のカーボンブラックが輸入されて使用されていたこと。日中戦争後、自分で煙をつくっていたのは、曹素功と胡開文だけだったこと。などなど有益な情報がありました。おしいかな葉恭綽は、1968年に没していますので、文化大革命には触れていませんでしたが、民国期からはカーボンの使用が一般的になっていったことがわかりました。調査を続けます。--岡部碩道 2009年6月1日 (月) 04:53 (UTC)
二つの「書道界」記事の「書史」への改名提案
[編集]- 岡部碩道さんがお書きになっている二つの記事、日本の書道界を日本の書史へ、中国の書道界を中国の書史へそれぞれ改名を提案しています。業界解説のようですが、中身はそれぞれの国の書の歴史解説記事のため、題名もそれに合わせた方がよいと思います。議論はノート:日本の書道界で。--58.87.254.190 2008年4月3日 (木) 08:30 (UTC)
- 岡部碩道さん自身が書き起こされ圧倒的な編集量ですから、ご自身が同意してノート:日本の書道界に記されたなら、それぞれの記事の上部にある「移動」タブの機能で即座に改名されてよいかと思います。なお、改名される場合、リード文と最初の節名を書き換える必要が生じます。また、「移動」によって元の記事は自動的にREDIRECTになりますので、これらは即時削除({{SD|記事改名後の不要なREDIRECTため}})されるのがよいと思います。--58.87.254.190 2008年4月3日 (木) 08:43 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。改名に同意ですが、ノート:日本の書道界に少し意見を書きましたので、回答をお願いいたします。--岡部碩道 2008年4月4日 (金) 01:43 (UTC)
- 「中国の書道界->中国の書道史」と「日本の書道界->日本の書道史」へのlink修正を完了し、REDIRECTの即時削除依頼を行いました。link修正をしていて、カテゴリ及び関連項目のミニマム派の立場にいる私が気付いたこと、感じたことを申し述べたいと思います。--58.87.254.190 2008年4月8日 (火) 03:05 (UTC)
「Category:書」の構造
- *書に関する複数のカテゴリにカテゴライズされている記事(特に個別書家)が多すぎます。よほどの特筆性が無ければ過剰です。カテゴリの定義文には関連カテゴリ・記事を記述することもできます。カテゴリの構造をお考えいただき、下位にカテゴライズしているカテゴリ・記事の上位カテゴリへのカテゴライズは慎重にご検討いただきたいと考えます。
- *「中国の書家一覧」と「日本の書家一覧」、あるいは「中国の書道史」と「日本の書道史」にリンクつきで記載されている人物は、その「関連項目」に一覧や書道史を記載する必要はないと考えます。
- *単なる「書家」ならば文中にリンクつきで記述するだけで「:Category:書家」にカテゴライズする必要はないと考えます。各「書家一覧」にリンクつきで記載されている人物でなければ、ようするにカテゴライズするほどの特筆性も無いわけですし。
- ご連絡ありがとうございます。
- link修正と削除依頼、ありがとうございました。助かりました。
- ご連絡ありがとうございます。
- >カテゴリの構造をお考えいただき、下位にカテゴライズしているカテゴリ・記事の上位カテゴリへのカテゴライズは慎重にご検討いただきたいと考えます。
- →了解しました。
- >「関連項目」に一覧や書道史を記載する必要はないと考えます。
- →了解しました。次回編集のタイミングで削除していきます。
- >各「書家一覧」にリンクつきで記載されている人物でなければ、ようするにカテゴライズするほどの特筆性も無いわけですし。
- →記事としての特筆性の他にカテゴライズの特筆性もあるとは知りませんでした。カテゴリは記事を分野別にまとめた単なる索引であり、その分野に属する記事であればすべてカテゴライズしても良いと思ってました。「書家一覧」は現存しない書家という条件をつけておりますので、特筆性がないから記載がないわけではありません。そもそも特筆性があるから記事になるのであって、さらにカテゴライズのための特筆性は必要あるのでしょうか?もし必要があるとしてもその基準は難しく、定義が必要だと思います。すでに定義があれば教えて下さい。--岡部碩道 2008年4月8日 (火) 06:19 (UTC)
- 最後の項は走りすぎたと思います(反省)。ところで、王羲之の書は上海博物館で見ました。(台湾の故宮博物院にも行ったことがありますが、所蔵品を見たかどうかの記憶はありません。毎日展示品を入れ替えても5年はかかるというくらいですから、展示されていなかったかもしれません。)筆の質も今程よくは無かったでしょう古代において達筆であるというのは凄いことなんでしょうが、さしたる感動はありませんでした。平家納経を見た時は千年近く前に生きた人の文字を見たことに感動を覚えたのですが。(なお、ノート:王羲之をご覧ください。一部の記述に疑問を呈しています。)--58.87.254.190 2008年4月8日 (火) 10:33 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。了解しました。
すごいですね。色々行かれたんですね。私も北京に行ったことがありますが、その時は、瑠璃廠の店の看板の字を見て「すごいすごい」と、はしゃいだだけで帰ってきました。王羲之は蘭亭序を書くのに「鼠鬚筆」を使ったそうです。硬そうですね。
ノート:王羲之を見ました。→新しい節を作りました。--岡部碩道 2008年4月9日 (水) 05:04 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。了解しました。
- 最後の項は走りすぎたと思います(反省)。ところで、王羲之の書は上海博物館で見ました。(台湾の故宮博物院にも行ったことがありますが、所蔵品を見たかどうかの記憶はありません。毎日展示品を入れ替えても5年はかかるというくらいですから、展示されていなかったかもしれません。)筆の質も今程よくは無かったでしょう古代において達筆であるというのは凄いことなんでしょうが、さしたる感動はありませんでした。平家納経を見た時は千年近く前に生きた人の文字を見たことに感動を覚えたのですが。(なお、ノート:王羲之をご覧ください。一部の記述に疑問を呈しています。)--58.87.254.190 2008年4月8日 (火) 10:33 (UTC)
王羲之について
[編集]登場人物と関係する人の生没年を調べてみました。
- 王羲之(303年 - 361年)
- 衛夫人(衛鑠)(272年 - 349年)
- 王導(276年 - 339年)
- 衛瓘(220年 - 291年)…衛夫人の父(確かではないようです)
- 衛恒(252年 - 291年)…衛夫人の兄
- 衛世?
王羲之が子供のころに衛夫人から書法を伝授されたのは正解のようです。衛世というのはわかりませんでした。たぶん、衛瓘か衛恒のことだと思います。もし同僚が正解だとすると衛恒であり、娘ではなく妹ということになります。娘が正解だとすると衛瓘であり、同僚は間違いです。もう少し調べます。--岡部碩道 2008年4月9日 (水) 05:04 (UTC)
あれ、王羲之が生まれる前に、衛瓘も衛恒も亡くなってますね。同僚というのはありえませんね。--岡部碩道 2008年4月9日 (水) 05:09 (UTC)
衛夫人は、衛瓘の孫娘、衛恒の姪という説もありました。よって、衛世が衛瓘の誤りとは断定できず、まともに修正するにはまだ調査が必要です。--岡部碩道 2008年4月9日 (水) 11:09 (UTC)
ノート:王羲之に訂正案を書きました。ご意見をお願いします。--岡部碩道 2008年4月10日 (木) 00:39 (UTC)
増田艸亭先生について
[編集]はじめまして、Ziman-JAPANと申します。このたび岡部碩道さんが書道に通じられていることをうかがい、ひとつ相談したいことがあり、こちらにまいりました。
先ごろWikipedia:削除依頼/増田艸亭で、利用者:増田艸亭さんが作成された記事が削除になりました。もしこの利用者が増田先生ご本人であるならば、たしかにWikipedia:自分自身の記事をつくらないに抵触してしまいます。しかし、審議での発言は先生に対して無礼なものになってしまっており、門外漢の私としても心が痛みます。
つきましては、岡部さんが増田先生についてご存知であり、Wikipedia:信頼できる情報源があるのであれば、記事の再作成をご検討いただけませんでしょうか?勝手なお願いになり申し訳ないですが、私もなんとかしたい思いがあり、できることがあれば協力いたします。ぜひともよろしくお願い申し上げます。--Ziman-JAPAN 2008年11月25日 (火) 04:31 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。お問合せの先生は存じ上げませんし、情報源もありません。ご期待に副えず申し訳ございません。よろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年11月25日 (火) 06:06 (UTC)
- こちらこそ無理を言ってしまい申し訳ありませんでした。またの機会にはよろしくお願いします。--Ziman-JAPAN 2008年11月25日 (火) 06:15 (UTC)
- 了解しました。微力ながら協力させていただきます。またのご連絡をお待ちしております。--岡部碩道 2008年11月25日 (火) 06:29 (UTC)
- こちらこそ無理を言ってしまい申し訳ありませんでした。またの機会にはよろしくお願いします。--Ziman-JAPAN 2008年11月25日 (火) 06:15 (UTC)
2008年11月期 月間感謝賞の受賞のお知らせ
[編集]おめでとうございます!
岡部碩道さんは、2008年11月の月間感謝賞の受賞者に選ばれました。投票結果は、Wikipedia:月間感謝賞/投票/2008年11月からご覧になれます。また、岡部碩道さんには、ウィキマネーが12ウィキ贈呈されます。
岡部碩道さんはウィキバンクに口座をお持ちではないようですから、ウィキマネーとウィキバンクについて、簡単なご案内をいたします。
ウィキマネーとは、ウィキペディアでの活動の相互扶助を促進するための仮想的な通貨です。また、ウィキバンクとは、そのウィキマネーの口座と残高を記録するシステムです。
ウィキマネーは、ログインしての活動が1か月以上かつ200回以上の編集をしていれば20ウィキ獲得できますから、岡部碩道さんはこれを獲得しており、口座開設をまだなされていないということはまだ引き出されていないということだと思いますので、おそらく32ウィキの残高となろうかと思います。口座開設と残高の記録は、Wikipedia:ウィキバンクに「~~~:ψ32」という形式で、残高を記入するだけになります。
これからも書道関係の記事の執筆など、ますますのご活躍を祈念いたします。--mizusumashi(月間感謝賞を応援します) 2008年12月1日 (月) 09:55 (UTC)
- お知らせありがとうございます。大変うれしく思っております。早速、口座を開設させていただきました。ご丁寧なご案内、ありがとうございます。
- 確か古筆了佐を新着記事にしていただいた直後に推選していただいたと記憶しております。これが励みになって、その後、『法隆寺五重塔初層天井組木落書』と『風信帖』を頑張りました。mizusumashiさんのお蔭です。大変感謝しております。
- これからも頑張ってください。私も月間感謝賞に参加できるようにしたいと思っています。よろしくお願いいたします。--岡部碩道 2008年12月2日 (火) 03:50 (UTC)
集帖
[編集]はじめまして。Kurihayaと申します。岡部碩道さんのおかげで、書道記事の充実ぶりが目覚ましく、読み手として感謝しております。本日は集帖の投稿ありがとうございました。うれしかったので、新着に推薦いたしました。画像が増え、鑑賞や論評が加わっていく日が来るかと思うととても楽しみです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。--Kurihaya 2009年2月27日 (金) 12:38 (UTC)
- メッセージありがとうございます。推薦ありがとうございました。私も投票させていただきました。喜んでくれる方がいて励みになります。まだ書きかけの中国の書道史・中国の筆跡一覧・中国の書家一覧の完成を目指して頑張ります。こちらこそよろしくお願いいたします。--岡部碩道 2009年2月27日 (金) 13:01 (UTC)
大師流テキスト
[編集]岡部碩道さんが書道研究に熱心に取り組んでおられるのを拝見しアドバイスをいただけたらと思っております。
手元に曽祖父が明治末から昭和にかけて出版した11種の大師流書道お手本テキストが伝わっております。大師流を研究または興味を持たれる方がいらっしゃれば、使っていただけるようにしたいのですがいかがでしょうか。--鎌倉ポネ 2009年6月24日 (水) 02:45 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。すごい家系ですね。お問合せの大師流ですが、私も含め、私の周りで学書している人達はみな、なぜか中国の筆跡ばかりを教材にしておりまして、大師流に限らず日本の書は教材にしておりません。ご期待に副えず申し訳ございません。よろしくお願いいたします。--岡部碩道 2009年6月24日 (水) 03:46 (UTC)
- ご回答ありがとうございました。--鎌倉ポネ 2009年6月29日 (月) 01:40 (UTC)
利用者ページ編集のお願い
[編集]利用者ページ編集のお願いに来ました。現在、利用者ページがCategory:趣味・嗜好ユーザーボックスにカテゴライズされた状態になっていますが、そのカテゴリはユーザーボックスそのものなどをカテゴライズするものですので不適切です。ユーザーボックス作成者の意図から外れるとは思いますが、{{利用者:Tomomori/Template:User 書道|暦25年}}などとするのではどうでしょうか?もし現在のままにしたいのであれば、<noinclude>から</noinclude>までを削除して下さい。しばらく待ってこの投稿に対して何らかの反応がなかった場合、こちらで編集させてもらいます。--124.146.69.121 2009年12月28日 (月) 01:52 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。<noinclude>から</noinclude>までを削除しました。--岡部碩道 2009年12月28日 (月) 11:52 (UTC)
- 編集ありがとうございました。--124.146.69.121 2009年12月28日 (月) 14:07 (UTC)
姚鼐
[編集]ありがとうございます。Dirrival 2011年7月11日 (月) 10:00 (UTC)
- ご連絡ありがとうございます。どういたしまして。今後のご活躍を期待しております。--岡部碩道 2011年7月11日 (月) 13:10 (UTC)
李斯の字について
[編集]はじめまして。あなたが中国の書家一覧の記事で李斯の字を「通古」と記されてますが。出典はあるのでしょうか?もし、あればご教示いただきたく思います。--Échalote(会話) 2013年11月8日 (金) 07:07 (UTC)
- お問い合わせのご連絡ありがとうございます。記事中、李斯の字の出典を示しました。中田勇次郎がこの李斯の小伝を記述するにあたって参考とした資料は、年代の古い順に『史記』、『漢書』、『説文解字・序』、『四体書勢』、『古今書評』、『書断』、『書史会要』などがありますが、李斯の字として「通古」と見えるのは、明代の『書史会要』が初見のようです。たぶん、中田勇次郎は『書史会要』を典拠に記述されたのではないかと思われます。ちなみに、『書史会要』には、「李斯字通古楚上蔡人始皇丞相也…」とあります(『書史会要』の原文より)。--岡部碩道(会話) 2013年11月8日 (金) 09:37 (UTC)
- なるほど、そうでしたか。ご丁寧な対応をいただいてありがとうございます。--Échalote(会話) 2013年11月8日 (金) 12:59 (UTC)
2021年ウィキメディア財団選挙の候補者を紹介します
[編集]こんにちは!
2021年ウィキメディア財団選挙が8月に始まります。今年の理事会選挙は、2021年8月4日から17日まで実施されます。ウィキペディア日本語版の編集者を含むウィキメディア・コミュニティのメンバーは、3年の任期で4人の新しい理事を選出する機会があります。理事会選挙の開始に先立ち選挙運動期間が設けられており、この期間中にコミュニティが候補者と顔を合わせる機会があります。
- ウィキメディア財団における理事会の役割は何ですか?
- 候補者紹介
- 今回の選挙には20名の立候補者がいます。候補者についてはこちらをご覧ください。
理事選挙をサポートするファシリテーター チームは、選挙運動期間中にいくつかの活動を用意しています。
7月31日(土)の19:30(JST)から、日本を含むアジア・太平洋地域のユーザーが候補者と交流できるオンラインイベントが開催されます。日本語による同時通訳も提供される予定ですので、どうぞお気軽にご参加ください。
- こちらのフォームから事前に参加登録をお願いします。
- フォームのプライバシーポリシーをご確認ください。
その他の活動については、メタウィキの理事選挙ページをご覧ください。
ご質問がございましたら、ファシリテーターか選挙ボランティアまでお問い合わせください。
選挙ボランティア一同 2021年7月24日 (土) 15:04 (UTC)
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まもなく終了 理事会選挙へ投票のお願い
[編集]岡部碩道さん
こんばんは。お忙しい時間帯に恐れ入ります。
2021年ウィキメディア財団選挙は最終盤に入っております。これまでご協力いただいた皆様、ご投票いただいた皆様に心より御礼申し上げます。
もし岡部碩道さんが投票をお済ませでなければ、ぜひこちらから清き一票をお願いいたします。
ウィキペディア日本語版の運営にも深く関与する理事会の候補者の選出に際し、投票資格をお持ちの数少ないユーザーの一人である岡部碩道さんのご意見を反映することは非常に重要だと考えています。
投票いただくに際し、まず19名の候補者から岡部碩道さんが支持する方をお選びください。 支持する候補者を選んだら、支持する順に候補者の名前を選び、投票ボタンを押すだけです。 所要時間は5分未満で、完全な匿名性が保証されます。
投票は、日本時間の9月1日(水)の朝9時に締め切られます。
ウィキメディア財団の運営にウィキペディア日本語版コミュニティの意見を反映させるために、岡部碩道さんのご協力を重ねてお願い申し上げます。
どうぞよろしくお願いいたします。
--選挙ボランティア一同 2021年8月31日 (火) 11:12 (UTC)
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