コンテンツにスキップ

利用者:青犀/sandbox

絶対音感(ぜったいおんかん、英語:Absolute pitch)は、音を高さ(音高)で分類する感覚であり、音の高さのクラスを表す特徴であるクロマを捉える能力とされる。

ターゲットとなる音の高さについて、参照音からの音程で捉える相対音感よりも直接的に音の高さを知覚認識する能力と説明される。この説明は字義上の意味に近く、実際にはより狭義の「音と音高クラス」を直接結び付けてクラス名を言い当てる能力を指すことが世間一般でも学術領域でも普通である。

知覚した音の高さを音名で示す、いわゆる「音名あて」によってこの能力は示されることが多いが、十分な条件ではない。成人で保持している人は少数派とされる。

概要[編集]

本項の絶対音感はあくまで Absolute pitch(AP) の訳語であり、日本語の言い回しとしての「絶対的な音感」よりも限定的な概念である。より広義の絶対音感に相当しうる概念としてレビテン効果が挙げられる。

絶対音感は、他の音を手掛かりにせずに、音の高さを特定するないしは指示された高さの音を発する能力である。[1] ゆるぎない絶対音感を保持する者は1万人に一人より少ないとも言われ、その多くは自身の感覚について「他の音を頼りにせず、努力や工夫なしで、即座に、音の高さの判別がつく、その状態を獲得するために特別な努力はしていない」と説明する。

ハイトとクロマ[編集]

Bachem が「クロマ、chroma」という言葉を使い始めて以来、絶対音感(AP)は、「クロマを捉える能力」と説明されることがある。多くの人が音の高さを、「トーン・ハイト」と「音程」で把握する。※誰しも大幅に音高が異なればこれを区別することができる。例えばソプラノ歌手の歌声が高い、コントラバスの音が低い、というような大まかな音域については誰しも知覚できる。周波数と対応して連続する心理量である。こういった普遍的に受け入れられている特徴が「ハイト」であり、周波数の対数値と対応する質感と考えられている。

これに対し、絶対音感保持者はトーン・ハイトに加えてオクターブで循環し、ある分解能を伴う特徴であるトーン・クロマ(音名に対応する特有の響き)を捉えているとされる[2]※オクターブで循環する12個のピッチクラスに音の高さを区分けしたときに、各クラスごとに特有の質感がクロマである。「Cらしさ、Dらしさ」といった感覚であり、「不連続なカテゴリ的属性」とも説明される。

音の高さに対する感覚がハイトとクロマの2つの重畳であることをもって「二次元性」と言い表している文献が見られる。

認知機能、表現機能および記憶機能の3側面から語られる。

クロマを捉えなくとも、音名を言い当てるといったことは習熟次第で容易となる。文脈によってはクロマを捉えることこそが本来の絶対音感とされ、「genuin AP」 などと表される。APであることとハイトについての鋭敏差は無関係とされる。レベチン効果はAP機構と対比される文脈において語られることがあるが、レベチン効果についてもクロマの聞き分けであることが示唆されている。いずれにせよAPはクロマの聞き分けについて自覚的で音名を明確に答える者を前提としている。

絶対音感の分解能は標準的なピアノすなわち12平均律に基づいて語られることが多いが、絶対音感保持者の中でも高精度な者も[注釈 1]、より精度が落ちる者もおり、個人差があるし、必ずしも精度を問うものではない[注釈 2]。また、ピアノの白鍵に該当するクラスのみ識別できるといった限定的なAPも認められる。

もっぱらピアノの音を前提に語られることが多い。日常生活で耳にするサイレンクラクションなどについても音高を(CDE、ドレミ…などの音名で)認知できることがあるものの、ピアノの音と同等に判別できるとは限らない。実験において、ピアノで発生させた音を当てようとした場合は94.9%の確度で当てられる絶対音感所有者のグループが、電子的に作った純音で同じ実験を行った場合、正解率が74.4%程度に落ちたという[3]

言語処理との関連[編集]

新潟大学脳研究所統合脳機能研究センターなどの研究グループは、絶対音感がある人の音の処理は、聴覚野で左半球が優位であったことを脳波から解明し、左半球が担う言語処理との関わりを推定している[4]

5度の重畳と2次のうなり[編集]

クロマについて、五度音程の連鎖やそこからずれた音のもたらすうなりから生じるという説が示されている。

獲得プロセス[編集]

先天的素養や幼少期の経験によって獲得できるといった見解が支持されがちであるが、成人でも習得できるという報告もある。[5] クロマに対する知覚そのものは誰しも幼少時に有しており、いわゆる相対音感の発達によって発揮されなくなっていくといった見解もある。

絶対音感にまつわるエピソード[編集]

一点イ音(A音)=440ヘルツと定義されたのは1939年5月にロンドンで開催された標準高度の国際会議であり、それ以前は各国によって基準となる音高は一定していなかった。また同じ国でも時代によってチューニングは変わっており、18~19世紀頃は概ね422~445ヘルツと大雑把なものであった。 現代においては、1939年に基準とされたよりもやや高いA=442~444ヘルツで演奏されることが多い。20世紀初めの古い録音では標準音が435ヘルツオーケストラもあった。 (詳しくは演奏会におけるピッチを参照)

1845年にオランダユトレヒトで行われた、ドップラー効果を実証する実験では、走行中の列車で複数の奏者にトランペットを演奏させ、それを地上にいる絶対音感を持った複数の音楽家に聴かせた[6]

あるとき、カール・ベームが『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を当時広まり始めた高めのピッチで演奏した際、それを聴いていたリヒャルト・シュトラウスは「あなたは何故あの前奏曲をハ長調でなく嬰ハ長調で演奏したのですか?」と述べた、という話が伝わっている[7]

絶対音感の上限[編集]

発振器を用いた実験によると、絶対音感という感覚は、およそ 4 kHz 以下の領域でのみ成立することがわかっている。すなわち、およそ 4 kHz が絶対音感の上限であり、この上限より上の音でクロマが区別できなくなり、クロマが変化しなくなると(と誤認する)クロマ固定(fixation)が起きる者も見られる。上限が左右ので異なる人もいる。

時間による変化[編集]

長期間経過した記憶の音高はずれることが指摘されている。APをもたらす機構と、いわゆる短期記憶との関わりが深いことが示唆されている。

また、加齢により高い方にずれていくとされており、APに係る文脈において「ピッチシフト」というとこのことを指す。

「絶対音感」の保持者の特徴[編集]

12音につき鋭敏な絶対音感を持つ人は、次のことが、基準音を与えられずにできる。

  • 様々な楽音やそれに近い一般の音に対して音名を答える。
  • 和音の構成音に対して音名を答える。

絶対音感の保持者にはある特定の器楽経験者が多いが、声楽領域には少ない。

また、絶対音感保持者は、次のようなことをする際にも、絶対音感を保持しない人より容易にできる。

  • 耳で知っているだけの曲を楽譜なしで正確に楽器で再現する。
  • 早く12音音楽や無調音楽などのソルフェージュができる。
  • 無調の聴音で一個ぐらいずれても、すぐに途中から正しい音高に持っていく。

一方で、人によっては次のような不便さを感じる場合がある。

  • 移調楽器や現在の基準音(A=440~442)に設定されていない楽器(古楽器等)を演奏する場合、鳴っている音と譜面の音が一致していないと感じてしまい、演奏に抵抗を感じることがある。
  • 移動ド唱法で歌うことや移調して歌うことを苦手とする場合がある。
  • 止め薬(ベンプロペリンリン酸塩製剤)や抗てんかん(癲癇)薬(カルバマゼピン製剤)の副作用による音感異常で、非常に不快感を覚えることがある。
  • 調性音楽分析の際に旋律や和音の機能がわからなくなり各の役割による表情が付けにくくなる。

プロの音楽家だからといって、絶対音感があるかというとそうではなく、相対音感だけを持っている人がほとんどである。通常、ピアノなどは若干高めにチューニングされているが、プロの音楽家でも違いを聞き取れる人はほとんどいない。

  • クロマ固着(fixation)、クロマを判別できる領域の上限で、「5000Hzより上の音がすべてC#に聞こえる」といった‘‘固着’’が起きる。(Bachem 1948)
  • クラス区分からずれた、コード化できない音を認識しづらい(記憶できない)(Rakowski 1972)

「絶対音感」の有益性[編集]

絶対音感を身につけると、音楽を学んだり楽器を演奏したりする際に有利であると言われる。たとえばピアノのような演奏すべき音符が絶対的に多い楽器では、絶対音感があると曲に習熟すると同時に暗譜が成立し、しかも音が頭の中に入っていればキーを見失うことなく反射的に正確に打鍵できるので、技術的に有利である[8]

一方で、基準音A=440~442Hzの平均律のみに対応する絶対音感で、なおかつ相対音感が発達していない場合、現行の基準音A=440=442に依る音高の把握ばかりが勝ってしまい、上述したように、基準音の異なる楽器との演奏に支障を来たすなど、弊害も生じる。

絶対音感保持者とされるヴァイオリニスト千住真理子は、無伴奏で演奏する際は作曲者によって基準音を使い分け、重音を弾く際には3度音程の取り方を平均律とは変えていると証言している[9]

絶対音感の弊害[編集]

クロマに依存して音楽体験を積むことにより音程感の発達が阻害されるといった指摘がある。[10]  日本の音大生は、中国、ヨーロッパ、アメリカの学生と比較して絶対音感試験については最も成績が良く一方で音程試験については最も成績が悪いという。

絶対音感という訳語についての意見[編集]

心理学者の宮崎謙一は、「絶対音感を巡る誤解」『日本音響学会誌』 69(10), 562-569 (2013)の中で次のように述べている[11]

絶対音感に対応する英語のabsolute pitchということばはどちらかというと学術的な用語であるが,英語圏ではその同義語としてperfect pitchということばが広く用いられていて, こちらの方が一般の人々にはよく知られている。 絶対音感が完ぺきな素晴らしい音感として理解されている。日本では 完ぺき音感という同義語はないが,絶対音感の「絶対が,絶対的に(ほかに 比べるものがないほどに) 素晴らしいという意味で受け取られることが多く, 一般に理解されている絶対音感と英語のperfect pitchの意味はほぼ重なる。 しかし学術用語としての絶対音感の絶対( absolute) は, 他と比較することなしにという操作的な意味を表しているだけであり, 特別に素晴らしいとか 完ぺきなとかいう価値的な意味は含んでいない。

日本における西洋音楽演奏者と絶対音感[編集]

日本において、絶対音感の強い者の多くは、固定ド唱法(調にかかわらず「ド」をCまたはC#、C♭に固定して歌う音名唱法。調の主音を「ド」とする(長調の場合)のが移動ド唱法である)で旋律を捉えることが多い。 ただし、絶対音感保有者の中でも得手不得手の音高、音域、楽器の種類など様々なタイプが存在する。

日本での受容[編集]

1933年(昭和8年)、園田清秀ピアノで小児への早期教育を実施。1939年(昭和14年)頃、ピアニスト笈田光吉の呼びかけに軍人が全国民が飛行機など機械音に敏感になるため普及活動を展開。一部の音楽家は反対するも大日本帝国海軍対潜水艦戦教育、大日本帝国陸軍防空教育で採用されたが、1944年(昭和19年)には中止されたという。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ピアノ調律師のフランツ・モアは『ピアノの巨匠たちとともに』(音楽之友社2002年)の中で、1Hzレベルで音を言い当てると豪語する音楽家に数多く出会ったが、真にそれを言い当てた人は一人もいなかったとして、オーマンディホロヴィッツがピッチを取り違えたエピソードを紹介している。
  2. ^ 江口寿子・江口彩子『新・絶対音感プログラム』(全音楽譜出版社、2001年)では、ピアノの全音域をランダムに鳴らしたとき90%以上で音名を当てる能力のある人を絶対音感保持者としている。また、新潟大学の宮崎謙一「絶対音感保有者の音楽的音高認知過程」『1997年度~1998年度文部省科学研究費補助金(基礎研究C)研究成果報告書』(1999年)によれば、ピアノの音階を90%以上の確率で当てられる人は、日本の音大生で30%、ポーランドの音大生で11%であるという。

出典[編集]

  1. ^ A.H.Takeuchi (1993). “Absolute Pitch”. Psychological Bulletin. 
  2. ^ Bachem, A. (1937). “Various types of absolute pitch”. The Journal of the Acoustical Society of America 9 (2): 146–151. Bibcode1937ASAJ....9..146B. doi:10.1121/1.1915919. 
  3. ^ 宮崎 (1999)
  4. ^ 脳は“ドレミ”を言語処理!?-脳波により絶対音感の仕組み解明へ-”. 新潟大学 (2019年8月8日). 2020年1月12日閲覧。
  5. ^ Wong, Alan C.-N.; Yip, Ken H. M.; Lui, Kelvin F. H.; Wong, Yetta Kwailing (28 January 2019). "Is it impossible to acquire absolute pitch in adulthood?". bioRxiv 10.1101/355933
  6. ^ Roeckelein (1998, p. 148)。
  7. ^ ベーム (1970, p. 222)。
  8. ^ 江口 (2000)
  9. ^ 最相 (1998, pp. 191–192)。
  10. ^ 宮崎 (1999)
  11. ^ 宮崎 (2013, p. 562)

参考文献[編集]

外部リンク[編集]