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十三宗五十六派

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

十三宗五十六派(じゅうさんしゅうごじゅうろっぱ)とは、宗教団体法が施行される1940年(昭和15年)4月1日より前の時点における、日本の仏教の伝統的有力宗派のことである。

十三宗」とは、それぞれの宗旨のことである[1]。「五十六派」とは、それぞれの分派のことである。宗教学上で仏教の伝統宗教と定義されるのは、この五十六宗派に基づく。また、歴史教科書に書かれる鎌倉祖師たちの宗名は宗旨のことである。

ただし、法相宗華厳宗律宗融通念仏宗曹洞宗時宗黄檗宗は、宗派に分かれていないため、宗旨と宗派が同一である。また天台宗・浄土宗・日蓮宗のように宗派名が宗旨名と同一の場合でも、他派を従属するものではなく、本末・包括関係もない。

本項では、宗旨と宗派を区別するため、宗旨を見出し表示・強調表示とする。また、当時の名称に現名称を補足する形で記述する。

宗教団体法施行前

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下記の「五十六派」に分類される宗派名は、宗教団体法施行以前の名称である。

法相宗

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華厳宗

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律宗

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天台宗

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天台宗は、以下の3派。

真言宗

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真言宗は、以下の9派。

融通念仏宗

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浄土宗

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浄土宗は、以下の4派。

浄土真宗

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浄土真宗は、以下の10派。

臨済宗

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臨済宗は、以下の14派。

曹洞宗

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日蓮宗

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日蓮宗は、以下の9派。

時宗

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黄檗宗

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宗教団体法施行

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宗教団体法」は、1940年4月1日に施行される。同法の施行により、宗教団体は認可制となる。「十三宗五十六派」から合同し、下記の「二十八宗派」が認可される。

  • 法相宗⇒法相宗
  • 華厳宗⇒華厳宗
  • 律宗⇒律宗
  • 天台宗・天台宗寺門派・天台真盛宗⇒天台宗
  • 古義真言宗・真言宗東寺派・真言宗善通寺派・真言宗山階派・真言宗醍醐派・真言宗泉涌寺派・新義真言宗豊山派・新義真言宗智山派⇒真言宗
  • 真言律宗⇒真言律宗
  • 融通念仏宗⇒融通念仏宗
  • 浄土宗⇒浄土宗
  • 浄土宗西山光明寺派・浄土宗西山深草派・浄土宗西山禅林寺派⇒浄土宗西山派
  • 臨済宗建仁寺派・臨済宗東福寺派・臨済宗建長寺派・臨済宗円覚寺派・臨済宗南禅寺派・臨済宗大徳寺派・臨済宗向嶽寺派・臨済宗妙心寺派・臨済宗天龍寺派・臨済宗永源寺派・臨済宗方広寺派・臨済宗相国寺派・臨済宗佛通寺派⇒臨済宗
  • 臨済宗国泰寺派⇒臨済宗国泰寺派
  • 浄土真宗本願寺派⇒浄土真宗本願寺派
  • 真宗大谷派⇒真宗大谷派
  • 真宗高田派⇒真宗高田派
  • 真宗佛光寺派⇒真宗佛光寺派
  • 真宗興正派⇒真宗興正派
  • 真宗木辺派⇒真宗木辺派
  • 真宗出雲路派⇒真宗出雲路派
  • 真宗誠照寺派⇒真宗誠照寺派
  • 真宗三門徒派⇒真宗三門徒派
  • 真宗山元派⇒真宗山元派
  • 曹洞宗⇒曹洞宗
  • 日蓮宗・顕本法華宗・本門宗⇒日蓮宗
  • (旧)本門法華宗[注釈 5]・法華宗(本成寺派)・本妙法華宗⇒法華宗
  • 日蓮正宗⇒日蓮正宗
  • 日蓮宗不受不施派・日蓮宗不受不施講門派⇒本化正宗
  • 時宗⇒時宗
  • 黄檗宗⇒黄檗宗

宗教法人法施行

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「宗教団体法」は、1945年(昭和20年)12月28日に廃止になる。同日に「宗教法人令」が施行され、宗教団体は認可から届出に変更となる。

1951年(昭和26年)4月3日に「宗教法人法」が公布・施行され、「二十八宗派」の一部が独立・分派する。

  • 真言宗高野派(現、高野山真言宗) - 1946年(昭和21年)、宗教団体法施行により合同した「真言宗」(大真言宗)より独立する。
  • 真言宗御室派 - 1946年(昭和21年)に、宗教団体法施行により合同した「真言宗」(大真言宗)より独立する。
  • 真言宗大覚寺派 - 1949年(昭和24年)、宗教団体法施行により合同した「真言宗」(大真言宗)より独立する。
  • 日蓮宗不受不施派不受不施日蓮講門宗 - 1946年(昭和21年)、本化正宗は2派に分かれ独立する。
  • 東寺真言宗 - 1963年(昭和38年)、「真言宗東寺派」から分派・独立する。

補足

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「十三宗五十六派」ではないが、戦後単独宗制となった聖観音宗(総本山浅草寺)は、天台宗(総称)に分類される伝統宗教として認知されているが、それは浅草寺教団が幕末期以前に観音を本尊とする教団として成立していたからである。

逆に本門仏立宗新宗教の魁けとされるのは、幕末期に教団が設立され、1869年(明治2年)に本門仏立宗の宗祖日扇が廃寺となった宥清寺を入手したことによる。

脚注

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注釈

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  1. ^ 古義真言宗 - 「十三宗五十六派」に分類される「古義真言宗」とは、1925年(大正14年)に、合同して組織した「古義真言宗」(古義八派連合)を指す。詳細は、「真言宗#真言宗の解体と「古義八派・各派」の分離独立」を参照。
  2. ^ 明治14年(1881年)6月25日、公式の宗派名を「真宗大谷派」と定める。(出典…柏原祐泉 『近代大谷派の教団』P.45。)
  3. ^ 1941年(昭和16年)、宗教団体法施行により顕本法華宗本門宗と「三派合同」、それぞれの組織を解体して対等合併し、日蓮宗と公称する。
  4. ^ 1941年(昭和16年)、宗教団体法施行により日蓮宗本門宗と「三派合同」し、日蓮宗と公称する。1947年(昭和22年)、妙満寺が旧末寺200ヶ寺とともに日蓮宗を離脱し、再度顕本法華宗として独立。旧末寺180ヶ寺は現在も「合同」を維持し、日蓮宗内で日蓮宗什師会を組織。
  5. ^ a b (旧)本門法華宗 - 「十三宗五十六派」に分類される「本門法華宗」とは、1898年(明治31年)に「八品派」から改称した「本門法華宗」(日慶門流)を指し、本項では「(旧)本門法華宗」とする。宗教団体法施行により1941年(昭和16年)に、「(旧)本門法華宗」・「法華宗(本成寺派)」(日陣門流)・「本妙法華宗(本隆寺派)」(日真門流)が合同し、「法華宗」と公称する。宗教法人法施行の影響により、1951年(昭和26年)に「法華宗」を解体し、「法華宗本門流」・「法華宗陣門流」・「法華宗真門流」に分派し、1952年(昭和27年)には、妙蓮寺が「法華宗本門流」から離脱し「本門法華宗」として独立する。
  6. ^ 1941年(昭和16年)、宗教団体法施行により「(旧)本門法華宗」・「法華宗」・「本妙法華宗」が合同し「法華宗」と公称する。1951年(昭和26年)、「法華宗」を解体し「法華宗本門流」・「法華宗陣門流」・「法華宗真門流」に分派する。1952年(昭和27年)、妙蓮寺が「法華宗本門流」から離脱し「本門法華宗」として独立する。
  7. ^ 1941年(昭和16年)、宗教団体法施行により日蓮宗顕本法華宗と「三派合同」し、日蓮宗と公称する。1950年(昭和25年)、所属の旧7本山のうち1本山(下条妙蓮寺)とその旧末寺のほとんどが日蓮宗より独立して日蓮正宗に合流。別の1本山(京都要法寺)とその旧末寺の一部が「日蓮本宗」として独立。1957年(昭和32年)、さらに2本山(西山本門寺、保田妙本寺)とその旧末寺の一部が日蓮宗より離脱し、いったん日蓮正宗に合流したのち1975年(西山)および1993年(保田)にそれぞれ別個の単立の宗教法人として独立。3本山(北山本門寺、小泉久遠寺、伊豆実成時)とその旧末寺の全ては現在も日蓮宗に残留(合同を維持)、日蓮宗から離脱した4本山(下条妙蓮寺、京都要法寺西山本門寺保田妙本寺)の旧末寺の一部も、現在も残留(合同を維持)、これらの本山・旧末寺は日蓮宗内で日興門流の独自色を出す為、興統法縁会を組織。
  8. ^ 宗教団体法施行時に、日蓮系諸門流の中で唯一、他門流と合同せず、軍部の圧力をはね退け、一宗派としての独立を貫く。(昭和16年4月1日付朝日新聞「仏教の宗派は半減(中略)日蓮正宗だけがそのまま一派として残った」)
  9. ^ 1900年(明治33年)に、大石寺とその末寺87ヶ寺が1872年(明治5年)の強制合同以来続けられた内務省への一宗単独請願を結実させ、日蓮宗富士派として本門宗から完全に独立する。1912年(明治45年)6月に日蓮正宗と改称する。1940年(昭和15年)対米開戦が近づいてくると当局は宗教団体法を制定、宗祖が同じ仏教諸派に統合圧力をかける。1941年(昭和16年)、それまで9派あった日蓮系の諸宗派は4派に統合される。しかし日蓮正宗のみが文部省宗務局へ合同拒否・単独維持を請求し、独立を保つ。

出典

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参考文献

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  • 大法輪閣編集部 編『日本仏教十三宗:ここが違う』大法輪閣、1998年。ISBN 4-8046-1144-4 
  • 柏原祐泉『近代大谷派の教団 ―明治以降宗制史―』真宗大谷派宗務所出版部、1986年。ISBN 4-8341-0155-X 
  • 朝日新聞社知恵蔵編集部『ことばの知恵蔵 とっさの日本語便利帳』朝日新聞社、2003年12月30日。ISBN 4-02-222052-X 

関連項目

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