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千島徹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
千島 徹
名前
カタカナ チシマ トオル
ラテン文字 CHISHIMA Toru
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-05-11) 1981年5月11日(43歳)
出身地 埼玉県川越市
身長 170cm
体重 58kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1997-1999 日本の旗 浦和レッズ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2006 日本の旗 浦和レッズ 11 (0)
2006-2009 日本の旗 愛媛FC 43 (2)
2011-2012 日本の旗 狭山ラトルズSC 0 (0)
通算 54 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

千島 徹(ちしま とおる、1981年5月11日 - )は、埼玉県川越市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー

来歴

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浦和レッズのユース出身。トップ昇格後、2003年ナビスコカップ、対FC東京戦にてプロ初得点を挙げた。これは浦和レッズのユース出身選手としてのプロ初得点でもあった。2005年以降は浦和で出場機会がなく、2006年シーズン途中に愛媛FCに完全移籍。

2007年5月に左膝前十字靭帯に重傷を負い戦列を離脱。2008年の終盤に復帰した。

2009年11月16日、2009年シーズン限りで現役引退すると発表した。

2011年1月2日埼玉県社会人サッカーリーグ1部、狭山ラトルズSCで現役復帰するも[1]2012年3月26日に勤務先であるサッカースクールの指導との両立が困難な為、退団した[2]

その後、2015年に千島の故郷である川越市で設立されたNPO法人、川越FUTUREで代表を務め、サッカースクールを実施しながら2019年途中からトップチームの選手兼任監督となり、同クラブを川越市1部リーグから埼玉県3部リーグへと昇格させた[3]2020年はトップチームの指揮を浦和レッズの先輩にあたる広瀬治に委ね[4]、自らはNPO代表とトップチーム選手となった。

人物

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  • 画やイラストを描く趣味を持っており、サッカー雑誌でたびたびコラムとともに紹介された。また、三線も趣味として嗜んでいることも紹介された。
  • 過去に幾多の奇抜な髪型で登場したり、かつて浦和が襟付きのユニフォームを採用していた際、その襟を立てて自己主張していたこともあった。
  • 引退を発表した直後の愛媛FCホーム最終戦では、「ファンへの最後の顔向けを」として監督からベンチ入りを打診されたが、「戦術を優先してほしい」としてこれを断った。

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2000 浦和 30 J2 0 0 1 0 1 0 2 0
2001 23 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2002 2 0 1 0 0 0 3 0
2003 15 8 0 2 1 1 0 11 1
2004 1 0 4 0 0 0 5 0
2005 0 0 0 0 0 0 0 0
2006 0 0 0 0 - 0 0
愛媛 32 J2 18 1 - 2 0 20 1
2007 7 8 0 - 0 0 8 0
2008 2 0 - 0 0 2 0
2009 15 1 - 0 0 15 1
2011 狭山 埼玉県1部 0 0 - - 0 0
2012 0 0 - - 0 0
通算 日本 J1 11 0 7 1 1 0 19 1
日本 J2 43 2 1 0 3 0 47 2
日本 埼玉県1部 0 0 - - 0 0
総通算 54 2 8 1 4 0 66 3

代表歴

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  • 2002年 U-21日本代表

注釈

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関連項目

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外部リンク

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