吉田屋文三郎
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吉田屋 文三郎(よしだや ぶんざぶろう、生没年不詳)は江戸時代から明治時代にかけての書物問屋、地本問屋。
来歴
[編集]文江堂、玉養堂と号す。木村氏。もとは書物問屋をしており、文化年間から明治期に江戸の人形町庄助屋敷彦右衛門店、後に馬喰町4丁目善右衛門地借において地本問屋を営業している。文久1年(1861年)6月に地本草紙問屋に加入した。高井蘭山作の往来物、歌川広重、歌川国春の絵本、歌川国芳の錦絵などを出版している。
作品
[編集]- 高井蘭山作 『女消息往来』 往来物 文化11年(1805年)版
- 歌川広重 『絵本江戸土産』 絵本 和泉屋市兵衛、須原屋佐助らと共版
- 歌川国芳 『義士銘々伝』 大判 錦絵揃物 海老林と共版
- 歌川国春『盛衰記絵抄』 絵本 玉塵園雪住抄録 嘉永3年(1850年) ※玉陽斎国春没後の作品
- 『絵入二十四孝修身児訓』 明治16年[1]
出典
[編集]- ^ 『近世書林板元総覧』による。