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吉田重貞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

吉田 重貞(よしだ しげさだ、1868年明治元年)11月 - 没年不明)は、日本実業家。札幌毎日新聞社社長[1]衆議院議員立憲民主党代表泉健太は曽孫。

経歴

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吉田亀次郎の長男として千葉県山武郡豊成村に生まれる[1][2]1898年(明治31年)家督を相続し、1921年大正10年)前名・辰蔵を重貞に改名する[1]

日本法律学校(現・日本大学)を卒業後、1902年(明治35年)「北政日報」を札幌に創刊し、続いて1916年(大正5年)3月、旬刊「北海時報」を同地に創刊。1925年(大正14年)2月28日には「北海時報」を「北海道毎日新聞」と改め、日刊とした[3]

1934年昭和9年)10月16日、株式会社に組織を改め、1936年(昭和11年)11月、再び吉田の個人経営となった[2]

札幌毎日新聞社(昭和16年時点)

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所在地:札幌市南八條西5丁目(4丁目との記載もあり)

創刊:1925年(大正14年)2月28日(個人経営)

紙面:夕方小型4ページ

付録:日曜随時発行

活字:7ポイント、15字、9段

機械:平盤三台の活字鋳造機、ステロ、写真版の設備あり。

社主・社長・支配人:吉田重貞

編集:太田司、水島彩

営業:松井定、外三名

工場員:21名

家族

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  • 先妻・キミ
  • 後妻・テツ1901年5月 - 没年不明、北海道、佐々木與市の次女)
  • 長男・重春
  • 長女・貞子
  • 孫・安賢
  • 孫・博子(元北海道石狩市議・泉訓雄の妻、藤女子短大卒)
  • 養子・まさ子1924年3月 - 没年不明、北海道、鈴木隆の娘)

脚注

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  1. ^ a b c 人事興信録. 第12版下 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2022年4月11日閲覧。
  2. ^ a b 日本新聞社史集成. 上巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2022年4月11日閲覧。
  3. ^ 日本新聞年鑑. 昭和16年版 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2022年4月11日閲覧。

参考文献

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新聞研究所『日本新聞年鑑 昭和16年版』新聞研究所、1940年