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名馬のふるさとステーション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

名馬のふるさとステーション(めいばのふるさとステーション)は、北海道新冠町緑町56-2[1]にかつて存在した功労馬および種牡馬の繋養牧場である。当時の代表者は上野康[2]

概要

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北海道ホースマンアカデミー理事長、および上野育成牧場場主を務めていた上野康が所有していた施設で[2]、多くの功労馬や、ラガーレグルスなどの種牡馬が繋養されていた。会員制であり、「MFS CLUB」に加入し年1万円の会費を払うことで見学が可能になっていた[2]ほか、提携牧場である上野育成牧場の見学、ステーション内のログハウスに会員料金で宿泊できるなどの特典を受けることが出来た[3]2003年10月時点での会員数は300人ほどであった[2]

繋養馬の飼育問題

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2003年、名馬のふるさとステーションの代表であった上野康が理事長を務めていた北海道ホースマンアカデミーの全生徒が、授業を満足に受けられないことを理由に休学。これにより、実習も兼ねて同ステーションの繋養馬の管理を行っていた[2]生徒がいなくなったことで、MFS CLUBの会員を中心に心配の声が上がった[2]

当初は馬の状態はそれほど酷いものではなかった[2]ものの、近隣の上野育成牧場分場で[2]12頭もの馬が昼夜放牧されていた[注 1]こともあり馬には怪我なども見えるようになり、第三者により行政指導を要請した[4]。しかし、飼育状態の問題を指摘されることはなかったため、北海道議会藤沢澄雄らを中心に、繋養馬の他の牧場への移動が開始させられた[4]

問題の沿革

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繋養馬

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脚注

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注釈

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  1. ^ その中には、未去勢牡馬も含まれいた。
  2. ^ 報道によっては「浦河町乗馬公園」。
  3. ^ 同馬は2005年12月31日付で転売不明の事由で種牡馬の供用を停止されている。

出典

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  1. ^ 名馬のふるさとステーションのはじまり”. 名馬のふるさとステーション. 2002年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月17日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k 田中哲実 (2003年10月14日). “名馬のふるさとステーション”. netkeiba.com. 生産地便り. ネットドリーマーズ. 2023年2月17日閲覧。
  3. ^ 仲間募集”. 名馬のふるさとステーション. 2002年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月17日閲覧。
  4. ^ a b c d 「あの馬は今?」ストーリーズ P144
  5. ^ a b 「あの馬は今?」ストーリーズ P148
  6. ^ a b 田中哲実 (2004年2月2日). “マイシンザンとワイルドブラスター”. netkeiba.com. 生産地便り. ネットドリーマーズ. 2023年2月17日閲覧。
  7. ^ a b ホースマンアカデミー、前理事長を解任”. netkeiba.com. ネットドリーマーズ (2003年11月28日). 2023年2月17日閲覧。
  8. ^ 「あの馬は今?」ストーリーズ P149
  9. ^ a b c d e 名馬のふるさと繋養馬の移動先”. 競走馬のふるさと案内所. 日本軽種馬協会 (2003年12月19日). 2023年2月17日閲覧。
  10. ^ a b 「あの馬は今?」ストーリーズ P151
  11. ^ a b c 「あの馬は今?」ストーリーズ P155

参考文献

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  • 『「あの馬は今?」ストーリーズ 引退した名馬、その後の物語』(流星社、2004年)

外部リンク

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