和歌山カントリー倶楽部
和歌山カントリー倶楽部 Wakayama Country Club | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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所在地 |
日本 和歌山県和歌山市梅原585番地 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
概要 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
開業 | 1964年(昭和39年)11月29日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
運営 | メンバーシップコース | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
設計 | 佐藤 儀一 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
運営者 | 和歌山ゴルフ場 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
コース | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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その他 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
公式サイト | 和歌山カントリー倶楽部 |
和歌山カントリー倶楽部(わかやまカントリーくらぶ)は、 和歌山県和歌山市にあるゴルフ場である。
概要
[編集]1955年(昭和30年)代初、日本中がゴルフ場新設ブームだったが、和歌山県内のゴルフ場は1956年(昭和31年)開場の「白浜ゴルフ倶楽部」(1956年(昭和31年)開場、設計・佐藤儀一、松山桂司)の一カ所だけだった[1]。そうした状況下で、株式会社毎日新聞社和歌山支局長の原田仁は、1960年(昭和35年)11月11日、会社を退職し、紀ノ川の河川敷に9ホール、2,025ヤード、パー31規模のゴルフクラブを開場させた[1]。
原田が和歌山県庁のプレスクラブに出入りしていた時、北村弥三郎(後・和歌山カントリー倶楽部創業者)と知り合った[1]。北村は、1926年(大正15年)、和歌山県有田に生まれ、野球で有名な箕島高等学校に進み相撲部に入った[1]。関西学院大学で相撲部に入り学生相撲で活躍し卒業、株式会社電通大阪支社に就職した[1]。そこで北村は、和歌山県知事の小野真次の目にとまり、電通を辞め知事室で働くことになった[1]。
スポーツ好きの北村は、原田が開場した紀ノ川の河川敷のゴルフクラブの会員となり、また、原田の事業成功に刺激された[1]。その後、原田から「孝子峠近くに、ゴルフ場向きの山があるが」という話が持ち込まれた[1]。北村は「よし、和歌山カントリー倶楽部を造ろう」と、新たなゴルフ場の建設に向けて経営母体「和歌山ゴルフ場株式会社」を設立した[1]。
ゴルフ場の建設用地は、和歌山と大阪との県境、孝子峠に近い梅原地区の30万坪の山を買収した[1]。コース設計は、日本アマチュアゴルフ選手権競技4回優勝、「廣野ゴルフ倶楽部」(1932年(昭和7年)開場、設計・C・H・アリソン)クラブ選手権12回優勝の佐藤儀一に依頼した[1]。1964年(昭和39年)11月29日、アウトコース9ホールが完成し、開場された[1]。1965年(昭和40年)始、増設のインコース9ホールが完成し、18ホール規模のゴルフ場が完成した[1]。
佐藤が設計したコースは、打上のコースが多く、砲台型の小さな1グリーンで、廣野ゴルフ倶楽部を超える深さのガードバンカー、グリーンに近づくほど戦略的に緊張させられる18ホールが出来上がった[1]。
所在地
[編集]〒640-8452 和歌山県和歌山市梅原585番地
コース情報
[編集]- 開場日 - 1964年11月29日
- 設計者 - 佐藤 儀一
- 面積 - 990,000m2(約29.9万坪)
- コースタイプ - 丘陵コース
- コース - 18ホールズ、パー71、6,139ヤード、コースレート69.2
- フェアウェー - コウライ
- ラフ - ノシバ
- グリーン - 1グリーン、コウライ
- ラウンドスタイル - 全組セルフプレー、乗用カート使用、希望すればツーサム可
- 練習場 - 16打席250ヤード
- 休場日 - 1月1日[2][3]
クラブ情報
[編集]ギャラリー
[編集]交通アクセス
[編集]鉄道
道路
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l m n 美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「和歌山と大阪の県境孝子峠に隣接して昭和39年和歌山2番目の18ホールが誕生」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年5月3日閲覧
- ^ a b 「和歌山カントリー倶楽部」、ゴルフダイジェスト、2021年5月3日閲覧
- ^ a b 「和歌山カントリー倶楽部」、ゴルフホットライン、2021年5月3日閲覧
- ^ a b 「和歌山カントリー倶楽部」、アクセス、2021年5月3日閲覧
関連文献
[編集]- 『ゴルフ場ガイド 西版』、2006-2007、「和歌山カントリー倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2006年5月、2021年5月3日閲覧
- 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「和歌山と大阪の県境孝子峠に隣接して昭和39年和歌山2番目の18ホールが誕生」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年5月3日閲覧