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国立病院機構大牟田病院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
国立病院機構大牟田病院
国立病院機構大牟田病院
国立病院機構大牟田病院
情報
英語名称 NHO Omuta National Hospital
前身 日本医療団福岡銀水園
標榜診療科 内科
神経内科
呼吸器科
循環器科
小児科
外科
呼吸器外科
リハビリテーション科
放射線科
麻酔科
許可病床数 400床
一般病床:380床
結核病床:20床
開設者 国立病院機構
管理者 藤井 直樹(院長)
開設年月日 2004年12月1日
所在地
837-0911
福岡県大牟田市橘1044-1
位置 北緯33度4分17.2秒 東経130度28分19.6秒 / 北緯33.071444度 東経130.472111度 / 33.071444; 130.472111 (国立病院機構大牟田病院)座標: 北緯33度4分17.2秒 東経130度28分19.6秒 / 北緯33.071444度 東経130.472111度 / 33.071444; 130.472111 (国立病院機構大牟田病院)
二次医療圏 有明
PJ 医療機関
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独立行政法人国立病院機構大牟田病院(どくりつぎょうせいほうじんこくりつびょういんきこうおおむたびょういん)は福岡県大牟田市医療機関国立病院機構に所属する病院であり、現在は政策医療分野における神経・筋疾患、呼吸器疾患への専門的医療、重症心身障害児・者への専門的療育、および認知症診療を中心とした医療を提供している。

概要

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当初は日本医療団の結核療養所として創設され、戦後の厚生省移管により国立療養所となった。結核患者の減少と政策医療の推進により、現在の病棟構成は神経難病病棟(100床)、重症心身障害児・者病棟(80床)、筋ジストロフィー病棟(80床)、結核病棟(20床)、呼吸器内科・外科(120床)となっている。また、福岡県認知症医療センターが設置され認知症診療における地域中核病院として機能している。

1940年代に俳人の野見山朱鳥が入院していたことがある。

沿革

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  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 日本医療団福岡銀水園として創設
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 国立療養所屋形原病院の分院となる[1]
  • 1947年(昭和22年)8月1日 - 国立療養所銀水園として独立[1]
  • 1977年(昭和52年)4月1日 - 国立療養所大牟田病院と改称する
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 独立行政法人化により国立病院機構大牟田病院となる[2]
  • 2004年(平成16年)12月1日 - 国立病院機構筑後病院を統合する[2]
  • 2024年(令和6年)5月2日 - 男性介護職員らが、筋力が衰える難病・筋ジストロフィーや体を動かせない難病の入院患者らに性的虐待をしていたとして、院長らが会見し、謝罪する

診療科

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医療機関の指定

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  • 福岡県認知症医療センター

アクセス

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鉄道

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バス

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自家用車

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出典

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外部サイト

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