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基部系統

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
動物界

海綿動物

基部系統

有櫛動物

刺胞動物

平板動物

左右相称動物

海綿動物を最も基部の系統とする動物の分子系統樹の例[1]

基部系統(きぶけいとう)は系統樹の基部で分岐した系統を呼ぶ用語で[2]、ある分類群の進化史において、その初期に他の構成要素から分かれている系統である[3]。そういった分類群 (taxon)は基部分類群(きぶぶんるいぐん、basal taxon)と呼ばれる[3]。そういった系統上の位置は、「基部の (basal)」と表現され[4][5]、「最も初期に分岐した」[6]とも表現される。化石脊椎動物の文脈では、「基盤的」と訳されることも多い[7][8]

意味と用法

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基部で分岐した末端群を基部系統と呼ぶのは分岐学においては厳密には適切ではないため、そのような用い方に対しKrell & Cranston (2004)が論説にて問題提起した。

「基部」に意味はあるのか

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有根系統樹には、「基部 (base)」が生じる[9]。系統樹において、分岐する枝はそれぞれ同等であり、回転(相互に交換)可能である[9][10]。そのため、最も分岐の基部に位置する枝の左右両方が「基部系統群」である[9]。そのため、1つのクレードのみが最も基部とはなり得ない[9]。ある姉妹群において、一方のクレードを基部系統だとすると、他方のクレードは「派生的なクレード」となる[9]。種数が多い方の群が「より派生的な」クレードだとすると、確かにより多くの種が含まれるが、これは本質的には意味がない[9]。系統樹の各枝に含まれる分類群の数はそのデータの集め方によって変わり、現生で種数が少ない基部のクレードでも、絶滅したより多くの種を含んでいたかもしれないためである[9]系統分類学分岐学においては、系統樹の各クレードに重みづけをする理由はない[9]

昆虫の一群、新翅類の系統樹の例[9]
新翅類
多新翅類

襀翅目 Plecoptera

ゴキブリ目 Blattodea

カマキリ目 Mantodea

ガロアムシ目 Grylloblattodea

カカトアルキ目 Mantophasmatodea

ナナフシ目 Phasmatodea

紡脚目 Embiidina

直翅目 Orthoptera

革翅目 Dermaptera

絶翅目 Zoraptera

Polyneoptera
新性類
準新翅類

咀顎目 Psocoptera

総翅目 Thysanoptera

半翅目 Hemiptera

Paraneoptera
完全変態類

脈翅目 Neuroptera

広翅目 Megaloptera

ラクダムシ目 Raphidioptera

鞘翅目 Coleoptera

撚翅目 Strepsiptera

双翅目 Diptera

長翅目 Mecoptera

隠翅目 Siphonaptera

毛翅目 Trichoptera

鱗翅目 Lepidoptera

膜翅目 Hymenoptera

Holometabola
Eumetabola
Neoptera
新翅類

多新翅類 Polyneoptera

新性類
準新翅類

咀顎目 Psocoptera

総翅目 Thysanoptera

半翅目 Hemiptera

Paraneoptera
完全変態類

脈翅目 Neuroptera

広翅目 Megaloptera

ラクダムシ目 Raphidioptera

鞘翅目 Coleoptera

撚翅目 Strepsiptera

双翅目 Diptera

長翅目 Mecoptera

隠翅目 Siphonaptera

毛翅目 Trichoptera

鱗翅目 Lepidoptera

膜翅目 Hymenoptera

Holometabola
Eumetabola
Neoptera
新翅類

新性類 Eumetabola

多新翅類

襀翅目 Plecoptera

ゴキブリ目 Blattodea

カマキリ目 Mantodea

ガロアムシ目 Grylloblattodea

カカトアルキ目 Mantophasmatodea

ナナフシ目 Phasmatodea

紡脚目 Embiidina

直翅目 Orthoptera

革翅目 Dermaptera

絶翅目 Zoraptera

Polyneoptera
Neoptera
新翅類は多新翅類と新性類からなり
系統樹において、これらは相互に交換可能である
新性類をメインのクレードとすると、
多新翅類は「基部系統」となる
系統樹の枝は回転可能であるため、
多新翅類をメインのクレードとして、
新性類を「基部系統」と見なすこともできる

適切な用法

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基部に近い節や分岐は「基部節 (basal nodes)」または「基部分岐 (basal branchings)」である[9]。「基部の枝 (basal branch)」は最も基部の節(対象とする群のうち最も古い共通祖先)の間にある枝である[9]。「基部単系統群 (basal clade)」は、2つ以上の末端分類群(末端節にある分類群)の前の節で終わるの一部分である[9]。「基部分類群 (basal taxon)」はあくまで(仮説上の)祖先種、つまり分岐図におけるステムの種であり、末端分類群ではない[9]。それ以外の「基部」の用法はすべて間違っており、誤解を招く[9]。しかし、分岐学における方法では祖先を特定できないため、「"正しい"基部分類群」であっても、系統分類における議論ではあまり意味がない[9]。同様に「"正しい"基部単系統群」も末端分類群の関係を議論する上ではあまり意味がない[9]。そのため一般に、「基部」は系統学的な議論において、現状よりもはるかに少ない頻度で使われるべきものである[9]

以下の用法は、上記の説明における「"適切な用法の"基部系統」には当たらないが、よく用いられ、系統樹における位置関係を示すのに有用であるためここで解説する。

「原始的」

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ラン科の花。左上から順に
Phalaenopsis hieroglyphica
Ophrys tenthredinifera
Paphiopedilum concolor
Maxillaria tenuifolia

系統樹の基部で分岐した群は「原始的 (primitive)」系統と呼ばれることもあるが、これは誤りである[2]。基部で分岐した群はその末裔である現生種が古い形質(= 原始的な形質)を保持しているとは限らない[2]。系統樹が示すのは、共通祖先から進化したことであり、一方の群から他方が進化したことを示すわけではない[3]。そのため、基部系統であることが故に原始的と言うことはできない。

以下の図は、Seberg et al. (2012)およびAPG IV (2016)によるキジカクシ目 Asparagales の系統樹である[2]。キジカクシ目において、最も基部で分岐した群はラン科 である[2]。しかし、キジカクシ目の共通祖先の花の形態はラン科とは大きく異なっていたと考えられており、ラン科の花形態はラン科の祖先が分岐した後で進化し、獲得されたものであると考えられる[2]

キジカクシ目

ラン科 Orchidaceae

ボリア科 Boryaceae

ブランドフォーディア科 Blandfordiaceae

ラナリア科 Lanariaceae

アステリア科 Asteliaceae

キンバイザサ科 Hypoxidaceae

イクシオリリオン科 Ixioliriaceae

テコフィラエア科 Tecophilaeaceae

ドリアンテス科 Doryanthaceae

アヤメ科 Iridaceae

クセロネマ科 Xeronemataceae

ツルボラン科 Asphodelaceae

ヒガンバナ科 Amaryllidaceae

キジカクシ科 Asparagaceae

Asparagales

基部系統の例

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コケ植物

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現生陸上植物の最基部で分岐したのはコケ植物であると推定されている[11]。そのため、コケ植物は基部陸上植物と呼ばれる[2]。形態形質の分岐学的解析から側系統群であると考えられたが[12]、分子系統解析により最近では単系統となる解析結果も得られている[13][14]。以下にPuttick et al. (2018)による系統樹を示す[13]

陸上植物
コケ植物

ツノゴケ植物門 Anthocerotophyta

Setophyta

苔植物門 Marchantiophyta

蘚植物門 Bryophyta

Bryomorpha
維管束植物

小葉植物 Lycophytina

大葉植物
大葉シダ植物

トクサ亜綱 Equisetidae

リュウビンタイ亜綱 Marattidae

ハナヤスリ亜綱 Ophioglossidae

薄嚢シダ亜綱 Polypodiidae

Polypodiopsida
種子植物

裸子植物 Gymnospermae

被子植物 Angiospermae

Spermatophyta
Euphyllophytina
Tracheophyta
Embryophyta

基部被子植物

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アンボレラは被子植物の初期に最も分岐した群であり、これを含む、被子植物の系統進化の初期に分岐した側系統群は基部被子植物Basal Angiosperms, ANA)と呼ばれる[2][15][16]

APG IV (2016)による系統樹は以下の通りである[17][注釈 1]

被子植物

アンボレラ目 Amborellales

基部被子植物Basal Angiosperms

スイレン目 Nymphaeales

アウストロバイレヤ目 Austrobaileyales

モクレン類 Magnoliidae

センリョウ目 Chloranthales

単子葉類 Monoctyledoneae

マツモ目 Ceratophyllales

真正双子葉類 Eudicotyledoneae

Angiospermae

また、真正双子葉類のうち基部に位置するものは基部真正双子葉類 (basal eudicots)と呼ばれる[18][16][19][20]キンポウゲ科 Ranunculaceaeハス科 Nelumbonaceaeヤマグルマ科 Trochodendraceaeが含まれる[16]

無翅昆虫類

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六脚類 Hexapoda の中でも、翅をもたないカマアシムシ目トビムシ目コムシ目(以上三群は内顎類と呼ばれる[21])、イシノミ目シミ目の5群は基部系統であり、翅を獲得しておらず、原始的な形質を保持していると考えられている[22]。以下にMisof et al. (2014)による六脚類の系統樹を示す[23]。和名は『岩波生物学辞典 第5版』(2013)より[24]

六脚亜門
欠尾類

トビムシ目 Collembola

カマアシムシ目 Protura

内顎綱 Entognatha
有尾類

コムシ目 Diplura

昆虫綱
単関節丘亜綱

イシノミ目 Archeognatha

Monocondylia
双関節丘亜綱
結虫下綱

シミ目

Zygentoma
有翅類
旧翅類

トンボ目カゲロウ目

Palaeoptera
新翅類

多新翅類 Polyneoptera

節顎類

半翅目アザミウマ目

準新翅類
Condylognatha

咀顎目 Psocodea

完全変態類 Holometabola

Neoptera
Pterygota
Dicondylia
Insecta
Cercophora
Hexapoda

脚注

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注釈

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  1. ^ APG IV (2016)で定義されない学名は Cantino et al. (2007)により補った

出典

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  1. ^ Laumer, Christopher E.; Sørensen,Martin V. and Giribet, Gonzalo (2019). “Revisiting metazoan phylogeny with genomic sampling of all phyla”. Proc. R. Soc. B 286: 1-10. doi:10.1098/rspb.2019.0831. 
  2. ^ a b c d e f g h 長谷部 2020, pp. 66–67.
  3. ^ a b c Urry et al. 2018, p. 643.
  4. ^ 伊藤 2012, p. 145.
  5. ^ 伊藤 2012, p. 153.
  6. ^ 日本動物学会 2018, p. 57.
  7. ^ 久保泰 (2011). “三畳紀の恐竜型類における植物食と二足歩行の進化”. 福井県立恐竜博物館紀要 10: 55-62. https://www.dinosaur.pref.fukui.jp/archive/memoir/memoir010-055.pdf. 
  8. ^ 川上和人江田真毅 (2018). “鳥類の起源としての恐竜と,恐竜の子孫としての鳥類”. 日本鳥学会誌 67 (1): 7-23. doi:10.3838/jjo.67.7. 
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q Krell & Cranston 2004, pp. 279–281.
  10. ^ Urry et al. 2018, p. 646.
  11. ^ 長谷部 2015, p. 176.
  12. ^ 伊藤 2012, p. 108.
  13. ^ a b Puttick et al. 2018, pp. 733–745.
  14. ^ 長谷部 2020, p. 69.
  15. ^ 伊藤 2012, pp. 145–146.
  16. ^ a b c 伊藤 2013, pp. 79–82.
  17. ^ APG IV 2016, pp. 1–20.
  18. ^ 伊藤 2012, p. 155.
  19. ^ 山田敏弘ありふれた植物化石に生物学的意義を見出す」『化石』第100巻、日本古生物学会、2016年、61‒67、doi:10.14825/kaseki.100.0_61 
  20. ^ 佐藤由夏・伊藤元己「基部真正双子葉類に属するキンポウゲ科タガラシにおけるMADS-box遺伝子群の単離及び発現解析」『第50回日本植物生理学会年会講演要旨集』、日本植物生理学会、0668頁、doi:10.14841/jspp.2009.0.0668.0 
  21. ^ 日本動物学会 2018, p. 82.
  22. ^ 町田龍一郎 (2014). 六脚類の初期進化—比較発生学の立場から見えてくるもの— (PDF). 生命誌研究館 (Report). 2022年2月27日閲覧
  23. ^ Misof et al. 2014, pp. 763–767.
  24. ^ 巌佐ほか 2013, pp. 1598–1601.

参考文献

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  • APG IV (2016). “An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV”. Botanical Journal of the Linnean Society 181: 1–20. 
  • Cantino, Philip D.; Doyle, James A.; Graham, Sean W.; Judd, Walter S.; Olmstead, Richard G.; Soltis, Douglas E.; Soltis, Pamela S.; Donoghue, Michael J. (2007). Towards a phylogenetic nomenclature of Tracheophyta. 56. E1-E44 
  • Krell, Frank-T.; Cranston, Peter S. (2004). “Which side of the tree is more basal?”. Systematic Entomology 29: 279–281. doi:10.1111/j.0307-6970.2004.00262.x. 
  • Misof, B.; Liu, S.; Meusemann, K.; Peters, R. S.; Donath, A.; Mayer, C.; Frandsen, P. B.; Ware, J. et al. (2014-11-07). “Phylogenomics resolves the timing and pattern of insect evolution”. Science 346 (6210): 763–767. doi:10.1126/science.1257570. 
  • Puttick, Mark N.; Morris, Jennifer L.; Williams, Tom A.; Cox, Cymon J.; Edwards, Dianne; Kenrick, Paul; Pressel, Silvia; Wellman, Charles H. et al. (2018). “The interrelationships of land plants and the nature of ancestral Embryophyte”. Current Biology (Cell) 28: 733–745. doi:10.1016/j.cub.2018.01.063. 
  • Seberg, Ole; Petersen, Gitte; Davis, Jerrold I.; Pires, J. Chris; Stevenson, Dennis W.; Chase, Mark W.; Fay, Michael F.; Devey, Dion S. et al.. “Phylogeny of the Asparagales based on three plastid and two mitochondrial genes”. American Journal of Botany 99 (5): 875-89. doi:10.3732/ajb.1100468. 
  • Urry, Lisa A.、Cain, Michael L.、Wasserman, Steven A.、Minorsky, Peter V.、Reece, Jane B.『キャンベル生物学 原書11版』池内昌彦伊藤元己箸本春樹道上達男 監訳、丸善出版、2018年3月30日(原著2017年)。ISBN 978-4-621-30276-7 
  • 伊藤元己『植物の系統と進化』裳華房〈新・生命科学シリーズ〉、2012年5月25日。ISBN 978-4785358525 
  • 伊藤元己『植物分類学』東京大学出版会、2013年3月25日。ISBN 978-4-13-062221-9 
  • 巌佐庸、倉谷滋、斎藤成也塚谷裕一『岩波生物学辞典 第5版』岩波書店、2013年2月26日、1598-1601頁。ISBN 9784000803144 
  • 公益社団法人 日本動物学会『動物学の百科事典』丸善出版、2018年9月28日。ISBN 978-4621303092 
  • 長谷部光泰 著「陸上植物の系統」、長谷部光泰 監修 編『進化の謎をゲノムで解く (細胞工学別冊)』学研メディカル秀潤社、2015年8月28日。ISBN 978-4780909227http://www.nibb.ac.jp/~evodevo/pdf_JP/2015_Hasebe_saibokogaku_betu.pdf 
  • 長谷部光泰『陸上植物の形態と進化』裳華房、2020年7月1日。ISBN 978-4785358716 

関連項目

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