大町町立小中一貫校大町ひじり学園
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大町町立小中一貫校大町ひじり学園 | |
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北緯33度12分54.7秒 東経130度07分09.5秒 / 北緯33.215194度 東経130.119306度座標: 北緯33度12分54.7秒 東経130度07分09.5秒 / 北緯33.215194度 東経130.119306度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 大町町 |
併合学校 |
大町町立大町小学校 大町町立大町中学校 |
設立年月日 |
【小学校】 1875年(明治8年) 【中学校】 1947年(昭和22年)4月1日 【小中一貫校】 2011年(平成23年)4月1日 【義務教育学校】 2016年(平成28年)4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | C241242300017 |
所在地 | 〒849-2101 |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
大町町立小中一貫校大町ひじり学園(おおまちちょうりつ しょうちゅういかんこう ひじりがくえん)は佐賀県杵島郡大町町大字大町にある公立義務教育学校。
概要
[編集]- 歴史
- 大町小学校の創立は1875年(明治8年)、大町中学校の創立は1947年(昭和22年)。2011年(平成23年)に小中一貫教育校となり、2016年(平成28年)には九州では初めて[1]義務教育学校となった。
- 校名の由来
- ひじり学園の「ひじり」は、大町町の山「聖岳(ひじりだけ)」に由来している。
- 教育目標
- 「大磨 智誠 ~知・徳・体を大きく磨き、人格の完成を目指す~」
- 「大磨智」は過去の小学校名の大磨智(おおまち、大町と同じ読み)にちなんでいる。
- 特色
- 前期課程6年間、後期課程3年間を基本に、1~4年生を「前期ブロック」(基礎期)、5~7年生を「中期ブロック」(定着期)、8・9年生を「後期ブロック」(発展期)に分けた「ブロック制」をとっている。
- 校章
- 学園名のひじりの「ひ」の文字をベースにして、笑顔に見えるようなデザインとなっている[2]。ローマ字で「HIJIRI」(横書き)が入っている。
- 校歌
- 大町中学校の校歌がひじり学園の校歌として歌い継がれている[3]。1954年(昭和29年)制定。作詞は中島哀浪、作曲は真島豹吉による。歌詞は2番まであり、1番の冒頭で学園名の由来となった「聖岳」が登場する。
- 校区
- 杵島郡大町町全域。
沿革
[編集]- 旧・大町小学校
- 1875年(明治8年)- 大字大町に「花山[4]小学校」が、大字福母「含文小学校」が開校。
- 1878年(明治11年)頃 - 花山小学校が「大磨智小学校」に改称。大磨智は「おおまち」と読み、大町と同じ。
- 1883年(明治16年)- 含文小学校を統合。
- 1885年(明治18年)- 「公立中等大磨智小学校」に改称。
- 1887年(明治20年)- 小学校令施行により、尋常科(4年生)を設置の上、「尋常大磨智小学校」に改称。
- 十二ヶ村組合立高等東郷小学校が創立。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、大町村と福母村が合併し、「大町村」が発足。
- 1892年(明治25年)4月 - 「大町尋常小学校」に改称。高等東郷小学校が白石高等小学校に改称。
- 1894年(明治27年)- 現在地に木造2階建て校舎1棟が完成。
- 1897年(明治30年)- 白石高等小学校の設置者であった学校組合から大町村が脱退。
- 1899年(明治32年)9月 - 四ヶ村[5]組合立江北高等小学校が新設[6]される。
- 1900年(明治33年)4月 - 四ヶ村[5]組合立江北高等小学校の廃止[6]により、高等科を併置の上、「大町尋常高等小学校」に改称。
- 1902年(明治35年)- 福母炭鉱の発展により、労働者が増加。それに伴い、児童数が増加したため、校舎1棟を増築。
- 児童の増加は続き、校舎不足で、役場や寺社等に仮教室を設置し、分散授業を行うこととなる。
- 1907年(明治40年)4月 - 大町農業補習学校が併置される。村内10地区(島・上揚・大谷口・下潟・上分・小通・下大町・上大町・畑ヶ田・不動寺)に補習学校の分教場が設置される。
- 1908年(明治41年)4月 - 改正小学校令により、尋常科(義務教育)が4年制から6年制に変更となる。旧高等科1・2年を新尋常科5・6年、旧高等科3・4年を新高等科1・2年とする。児童数増加により、校舎1棟を改築(この時の児童数約700名)。
- 1919年(大正8年)- 佐賀炭鉱の創業により、児童数は急増。以降、ほぼ毎年校舎の増築を行うこととなる。
- 1922年(大正11年)- 農業補習学校の10分教場が廃止され、本校1校に統合。
- 1923年(大正12年)- 児童数1,583名。農業補習学校に女子部が設置される。
- 1926年(大正15年)- 児童数約2,000名。農業補習学校が青年訓練所充当となる。
- 1927年(昭和2年)- 佐賀炭鉱が「杵島炭鉱」に改称。児童数2,462名。
- 1928年(昭和3年)1月 - 大町農業補習学校が大町公民学校に改称。
- 1930年(昭和5年)- 新運動場を整備。児童数3,142名。
- 1932年(昭和7年)- 特別教室(剣道道場兼用)1棟が完成。
- 1934年(昭和9年)- プール(後に中学校用プール)が完成。
- 1935年(昭和10年)- 青年学校令施行により、併置の大町公民学校が大町実業青年学校に改称。
- 1936年(昭和11年)1月1日 - 町制施行により、大町村が大町町になる。
- 1938年(昭和13年)- 講堂が完成。児童数3,783名。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令施行により、「大町町国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。児童数4,007名。職員室が完成。
- 1943年(昭和18年)- 通学路が完成。
- 1944年(昭和19年)- 運動場を拡張。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革が行われる。
- 大町町国民学校の初等科は、新制小学校「大町立大町小学校」に改組・改称。
- 大町町国民学校の高等科は青年学校の普通科とともに、新制中学校「大町村立大町中学校」に改組される。
- 1948年(昭和23年)- PTAが発足。
- 1950年(昭和25年)- 児童数急増のため、5部制を実施。
- 1952年(昭和27年)- 保健室・2階建て木造校舎が完成。児童数3,159名。
- 1955年(昭和30年)
- 3月 - 校旗・校歌(二代目)を制定。
- この年 - 木造2階建て特別教室が完成。
- 1957年(昭和32年)- 鉄筋コンクリート造3階建て新校舎(14教室、第一期工事)が完成。
- 1958年(昭和33年)- 鉄筋コンクリート造3階建て新校舎(12教室、第二期工事)が完成。86学級、児童数4,065名。
- 1960年(昭和35年)- 児童数が最大(ピーク)の4,069名を記録し、日本一のマンモス校となる[7]。
- 1963年(昭和38年)- 牛乳給食を開始。児童数2,375名。
- 1966年(昭和41年)- 給食センターの完成により、完全給食を開始。
- 1968年(昭和43年)- プールが完成。
- 1969年(昭和44年)- 杵島炭鉱の閉山により、児童約250名が転出し、在籍児童数が1,225名となる。
- 1973年(昭和48年)3月 - 校歌を改定(三代目)。
- 1974年(昭和49年)- 火災により校舎2棟(14棟・15棟)を焼失。
- 1976年(昭和51年)- 創立100周年記念式典を挙行。
- 1979年(昭和54年)- 運動場を整備。
- 1988年(昭和63年)- 管理棟・特別教室棟が完成。
- 1992年(平成4年)- 体育館が完成。
- 旧校章 - 「大町」の文字(縦書き)を図案化したデザインとなっている。
- 旧校歌
- 初代 - 作詞は古川邦司、作曲は吉田修一による。2番まであり、両番の歌詞中に校名の「大町」が登場。1921年(大正10年)から1945年(昭和20年)にかけて歌われていた。
- 二代目 - 1955年(昭和30年)制定。作詞は中島哀浪、作曲は陶山聡による。歌詞は2番まであり、両番の歌詞中に「大町小学校」が登場。
- 三代目 - 1973年(昭和48年)制定。作詞は前田清馬、作曲は富永操による。歌詞は2番まであり、両番の歌詞中に「大町小学校」が登場。
- 旧・大町中学校
- 1947年(昭和22年)
- 4月1日 - 学制改革が行われ、新制中学校「大町村立大町中学校」が発足。小学校校舎および青年学校校舎を使用。
- 5月3日 - 開校式を挙行。
- 1948年(昭和23年)- 青年学校が廃止される。第6棟が完成。
- 1949年(昭和24年)- 第7棟・第8棟が完成。
- 1954年(昭和29年)5月 - 校歌を制定。
- 1955年(昭和30年)- 図書館が完成。
- 1957年(昭和32年)- 校旗が寄贈される。
- 1961年(昭和36年)- 生徒数が最大(ピーク)の1,791名を記録。
- 1962年(昭和37年)8月- 鉄筋コンクリート造2階建て校舎(9教室)が完成。
- 1964年(昭和39年)- 運動場を全面改造。
- 1966年(昭和41年)- 学校給食を開始。
- 1970年(昭和45年)2月 - 体育館が完成。
- 1971年(昭和46年)- 運動場を整備。体育部室が完成。
- 1972年(昭和47年)- 鉄筋コンクリート造2階建て校舎(10教室)が完成。
- 1973年(昭和48年)- 南運動場を整備。
- 1978年(昭和53年)- 運動場を整備。
- 1980年(昭和55年)- 管理・特別教室棟が完成。
- 1997年(平成9年)- 新体育館が完成。
- 小中一貫校
- 2011年(平成23年)4月1日 -「大町町立 小中一貫校 大町ひじり学園」(現校名)になる。校舎隣接型の小中連携を開始。
- 2013年(平成25年)- 小中一体型の新校舎が完成し、移転を完了。小中それぞれの体育館、南運動場は、既存のまま使用を継続[8]。
- 2014年(平成26年)- コミュニティ・スクールに指定される。
- 2015年(平成27年)- 小学校と中学校のPTAを統合。
- 義務教育学校
- 2016年(平成28年)4月1日 - 大町小学校と大町中学校が統合の上、義務教育学校となる。
交通
[編集]- 最寄りの鉄道駅
- 最寄りのバス停留所
- 祐徳バス 武雄線 「大町ひじり学園前」停留所
- 最寄りの幹線道路
- 国道34号 「大町ひじり学園前」交差点
周辺
[編集]- 大町町役場
- 大町町総合福祉保健センター
- 大町東郵便局
脚注
[編集]参考資料
[編集]- 「大町町史 下巻」(1987年(昭和62年)9月21日, 大町町)p.187~p.278
- 「義務教育学校の充実に関する基本方針~大町町第二期小中一貫教育推進プラン~ (PDF) 」- 大町町ウェブサイト