コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

宍戸大全

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ししど だいぜん
宍戸 大全
本名 宍戸 邦博 (ししど くにひろ)
生年月日 (1929-11-24) 1929年11月24日(95歳)
出生地 福島県
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
職業 スタントマン俳優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1956年 - 2012年
受賞
京都太秦映画祭特別賞(1995年)
京都市民映画祭特別賞(1999年)
山路ふみ子映画功労賞(2002年)
テンプレートを表示

宍戸 大全(ししど だいぜん、1929年11月24日 - )は、日本スタントマン俳優福島県出身。本名は宍戸 邦博(ししど くにひろ)。映画テレビドラマ吹き替え水戸黄門でお馴染みの風車の弥七[注 1]など)で活躍した。『週刊朝日』1964年7月3日号のインタビューでは、宍戸大全にししどひろやすとルビが振ってある[1]

来歴・人物

[編集]

1948年(旧制)福島県立保原中学校 (福島県立保原高等学校) 卒業。

オリンピック選手を目指し日本体育大学に進学するが、練習中に左アキレス腱を痛めてしまい、メルボルンオリンピックへの夢を断念。卒業後は秋田の高校の体育教師として生活していた。 

大阪の高校で体育教師をやっていた1956年[1]大映京都撮影所で製作中の長谷川一夫主演『鼠小僧忍び込み控』でケガ人が出たことから[1]、体操の先生なら身軽でスタンド・イン(吹きかえ)によかろうと同作に臨時出演したことを機に大映に入社[1]市川雷蔵などスターのスタンド・インを担当した[1]1961年、当時五社協定時代ながら、岡田茂東映京都撮影所長(当時)に引き抜かれて東映に移り[1][2]、映画・テレビ問わず端役や吹き替えで出演。東映と専属契約はしたが他社にも出演した(1964年大映『忍びの者 霧隠才蔵』で雷蔵の吹き替え)[1]春日太一は、「1962年に公開された市川雷蔵主演の『忍びの者』で、日本初のスタントマンである宍戸大全が、自衛隊のレンジャー部隊に倣って忍者のアクションを考案した」と話している[3]。 東映移籍当初はあまり仕事はなく[1]、体操の先生に戻ろうかと考えていた矢先[1]、1962年頃から映画やテレビで忍者ブームが起こり[1]、以前の忍者映画のようにトリックだけではごまかしが効かず、実技として見せなければならなくなり、主演俳優の身替わりとしてスタンド・インが引っ張りだこになり、その代表格になった[1]。東映京都で、1964年夏に封切りを予定した『鳥人鷹』なる映画(詳細は不明)の準備のため[1]、撮影所内に冒険クラブを作り、跳躍用のトランポリンや、スポンジマットを買い入れ[1]、高さ14~15メートルの城壁から飛び降りる場面をワン・カット(長回し)で撮れるよう猛特訓した[1]1963年アメリカコメディ映画おかしなおかしなおかしな世界』では、スポンジマットを10個並べたスタントシーンがあり[1]、これを観た宍戸は「日本でももっと冒険者の身の保証と、撮影設備があれば」とため息をついた[1]

1970年にフリーとなり、特技スタッフとして数多くの時代劇作品に参加した。時代劇のオープニングやエンディングのクレジットには、「特技 宍戸大全」と表記されている。

1973年4月から、大学の後輩でもある千葉真一が率いるジャパンアクションクラブ(JAC)と業務提携していた。

1990年佐賀県嬉野温泉の時代型テーマパーク肥前夢街道の開業に伴い、園内施設及び「はがくれ忍者屋敷」を建設段階から総合プロデュース。開業後しばらく「はがくれ忍者屋敷」を宍戸大全アクションチームとして忍者ショーを行った。

2012年春に引退。

アクションチームは、一番弟子の森山陽介が後を継いで活動している。

出演作品

[編集]

映画

[編集]

テレビドラマ

[編集]

[4]

  • 銭形平次 (1966年 - 1984年)
  • 怪獣王子(1967年 - 1968年)
  • 必殺シリーズABC / 松竹
    • 新・必殺仕置人
      • 第17話「代役無用」(1977年5月20日) - 久六
      • 第40話「愛情無用」(1977年10月28日) - 又八
    • 必殺商売人
      • 第5話「空桶で唄う女の怨みうた」(1978年3月17日) - 酔っ払いの男
      • 第26話「毒牙に噛まれた商売人」(1978年8月18日) - 参造
    • 翔べ! 必殺うらごろし 第22話「死人が教えた金のありか」(1979年5月4日) - き樵り
    • 必殺仕事人
      • 第63話 「誘い技死霊からくり岩山落し」(1980年8月22日)- 源次
      • 第70話「慕い技 神輿暴れ突き」(1980年10月10日) - 刺客
    • 新・必殺仕事人
      • 第23話「主水かくれて夜勤する」(1981年10月23日) - 森田屋泰蔵
      • 第40話「主水ケチに感心する」(1982年3月12日) - 盗賊
      • 第51話「主水ビックリする」(1982年5月28日) - 越前屋
    • 必殺仕事人III
      • 第27話「暴力塾生にいじめられたのは順之助」(1983年4月15日) - 塾講師
  • 妖術武芸帳 第1話「怪異妖法師」(1969年3月16日、TBS / 東映)
  • ナショナル劇場TBS
    • 水戸黄門[5]C.A.L
      • 第1部 第12話「隠密無情 -磐城-」(1970年2月9日)- 乞食
      • 第2部
        • 第12話「黒い誓約書 -久保田-」(1970年12月14日)- 忍び
        • 第30話「隠密兄妹 -佐賀-」(1971年4月19日)- 雲水
      • 第3部 第15話「忍びの掟 -伊賀上野-」(1972年3月6日) - 柘植者の忍者
      • 第4部
        • 第8話「忍び狩り -米沢-」(1973年3月12日)- 俊助
        • 第33話「長槍始末記 -古河-」(1973年9月3日) - 捕り方
      • 第5部 第7話「盗まれた路用金 -富山-」(1974年5月13日) - 玄竜の手下
      • 第7部 第7話「帰ってきた南部駒 -八戸-」(1976年7月5日)
      • 第8部 第29話「妖雲晴れた桜島 -鹿児島-」(1978年1月30日)- 薩摩の忍び
      • 第31部 第1話「水戸黄門 -水戸・江戸-」(2002年10月14日) - 太田の百姓
    • 大岡越前(C.A.L)
      • 第2部
        • 第14話「呪われた鎧」(1971年8月16日)
        • 第22話「幻術師」(1971年10月11日)※欠番作品
    • 江戸を斬る 梓右近隠密帳 第5話「和蘭陀囃子の謎」(1973年10月22日、C.A.L) - 淡路屋の用心棒
  • 遠山の金さん捕物帳NET / 東映
    • 第36話「寝返った女」(1971年3月14日)- 浪人
    • 第78話「赤ちゃんを盗んだ男」(1972年1月2日)- 疾風組の男
    • 第93話「虎が惚れた女」(1972年4月16日)- 忍び
    • 第138話「天井天下に命を張った男」(1973年2月25日)
    • 第165話「玉の輿を蹴る女」(1973年9月2日)
  • 吉宗評判記 暴れん坊将軍 第152話「将軍と馬泥棒とガキ大将」(1981年3月14日)- 馬方

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 主に宙返りや飛び降り、それらをした直後の後ろ姿、後ろ姿での立ち回りシーン、後ろ姿で走っている姿などの吹き替え。

出典

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 岡田誠三「ばらえてぃ 忍者ブームの陰に"影"の存在 主演俳優のスタンド・インで活躍の宍戸大全インタビュー」『週刊朝日』1964年7月3日号、朝日新聞社、127頁。 
  2. ^ 土橋亨『嗚呼!活動屋群像 ―化石になんかなりたくない―』開発社、2005年、p197
  3. ^ 2018年11月17日三重県伊賀市において三重大学の忍者・忍術講座の中で『時代劇における忍者像の変遷』と題して講演した
  4. ^ 木枯し紋次郎に出ていた人たち
  5. ^ 【す】スタントはお任せ!宍戸大全 水戸黄門大学

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]