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小槻為景

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

小槻 為景(おづき の ためかげ、生年不詳 - 建長元年(1249年))は、鎌倉時代官人左大史小槻公尚の子。官位正五位下大舎人頭

経歴

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右少史を経て、嘉禄2年(1226年算博士に任ぜられ、安貞元年(1228年正五位下に叙せられる。のち、大舎人頭を務めたほか、仁治3年(1242年紀伊介寛元2年(1244年筑後守と兼国している。また、摂政九条教実政所別当も務めた[1]

建長元年(1249年卒去

官歴

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系譜

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「小槻氏系図」(『宮内庁書陵部』所蔵)による[8]

  • 父:小槻公尚
  • 母:不詳
  • 生母不詳の子女
    • 男子:小槻弥村
    • 男子:小槻順任
    • 男子:成宣
    • 男子:宗海

脚注

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  1. ^ 天福□年□月□日 摂政左大臣九条教実家政所下文『香取文書』「旧大禰宜家文書」18
  2. ^ 「承久日次定記」『壬生新写古文書』
  3. ^ 『類聚国史』紙背文書「大間書」
  4. ^ 『民経記』
  5. ^ a b 『平戸記』
  6. ^ 『百錬抄』
  7. ^ 『葉黄記』
  8. ^ 『国文学研究資料館』宮内庁書陵部所蔵マイクロフィルムの画像作成

参考文献

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  • 永井晋『官史補任』続群書類従完成会、1998年
  • 東京大学史料編纂所編『大日本史料第五編之三十二』東京大学出版会、2003年