小野寅吉
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小野 寅吉(おの とらきち、1867年1月25日(慶應2年12月10日[1][2]) - 1947年3月17日[3])は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、愛媛県会議長、愛媛県新居郡高津村長。
経歴
[編集]愛媛県[3]新居郡沢津村[2](高津村を経て現新居浜市沢津町)で、篤農家・小野嘉平の長男として生まれる[2]。1879年(明治12年)泉川の遠藤石山の稽崇館に入り漢学を修めた[2][3][4]。家督を相続して農業を営む[4]。
1893年(明治26年)高津村会議員となり[2][4]、1897年(明治30年)高津村助役に就任[2]。1908年(明治41年)高津村長となり1928年(昭和3年)まで在任[2]。水資源確保のため吉岡泉を掘削し、西条農業学校(現・愛媛県立西条農業高等学校)の設立に尽力した[2]。
その他、新居郡会議員、同参事会員、愛媛県会議員、同参事会員、同議長、蚕糸業中央会議員、帝国農会議員、愛媛県農会議員、同蚕種配給統制組合長、宇新米種煙草耕作連合組合長、帝国水産会議員、東予蚕種(株)社長、東予製氷(株)取締役となる[3]。
1924年の第15回衆議院議員総選挙において愛媛4区(小選挙区制)から政友本党公認で立候補して初当選[5]。1928年の第16回衆議院議員総選挙で愛媛2区(当時)から立憲民政党公認で立候補して再選[6]。1930年の第17回衆議院議員総選挙と1932年の第18回衆議院議員総選挙は不出馬。1936年の第19回衆議院議員総選挙で復帰[7]。1937年の第20回衆議院議員総選挙で再選した[8]。1942年の第21回衆議院議員総選挙には立候補せず引退した。1947年死去。
親族
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 『愛媛県百科大事典 上』愛媛新聞社、1985年。
- 『愛媛県史 人物』愛媛県史編纂委員会、1989年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。