山本雄二郎
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山本 雄二郎(やまもと ゆうじろう、1930年7月13日[1] - 2010年1月1日)は、成田空港地域共生委員会元代表委員、高千穂商科大学教員。
人物
[編集]1930年、愛知県福江町(現・田原市)に生まれる[2][3][4]。
1950年、早稲田大学第一法学部卒業後、産経新聞東京本社へ入社[5][6]。
1970年より産経新聞論説委員として交通・物流問題を担当した[2]。
1984年、観光政策審議会委員[6]。
1985年、航空政策研究会理事に就任、1988年から事務局長、1999年より会長補佐[2]。
1986年、高千穂商科大学教授、2001年より客員教授[2]。
1991年、成田空港問題収束に一定の貢献を果たした隅谷調査団に参加。成田空港問題円卓会議終了後は成田空港地域共生委員会の代表委員を務めた[3][7]。
1992年、交通文化賞受賞[8]。
全国広域観光振興事業運営評議会委員長、中部国際空港株式会社監査役、新石垣空港ターミナルビル等検討委員会委員長なども努めた[6][9]。
主要著書
[編集]- 『新制度「地域公共交通活性化・再生法」』(監修・著)地域科学研究会(2008年)
- 『新バスシステム』(監修・著)地域科学研究会(2005年)
- 『規制緩和時代のバス&タクシー』(監修・著)地域科学研究会(2002年)
- 『日本版Private Finance Initiative』(共著)地域科学研究会(1999年)
- 『交通計画集成』(編集委員・監修・著)地域科学研究会(1996~98年)
- 『内発型活性化の実践』(監修・著)地域科学研究会(1994年)
- 『鉄道高架とまちづくり(上) (中) (下)』(監修・著)地域科学研究会(1994~95年)
- 『運輸のしくみ』ポプラ社(1990年)
- 『日本航空』朝日ソノラマ(1980年)
主要映像作品
[編集]- 『東京・杉並・南北バスすぎ丸が行く!』(監修)地域科学研究会(2002年)
- 『ムーバス、サクセス ストーリー』(監修)地域科学研究会(2001年)
- 『バス交通の新しい試み』(監修)地域科学研究会(2000年)
- 『快走 ムーバス』(監修)地域科学研究会(1996年)
- 『立体交差からのまちづくり』(監修)地域科学研究会(1994年)
- 『発見と創造』(監修)地域科学研究会(1993年)
- 『高架下からのまちづくり』(監修)地域科学研究会(1991年)
脚注
[編集]- ^ 『現代物故者事典2009~2011』(日外アソシエーツ、2012年)p.656
- ^ a b c d “講師・著者・監修者等のプロフィール”. chiikikagaku-k.co.jp. 地域科学研究会. 2019年6月2日閲覧。
- ^ a b c “山本雄二郎氏死去/成田空港地域共生委元代表委員”. 四国新聞社 (2010年1月2日). 2019年6月2日閲覧。
- ^ “第2回 田原市・渥美町による新市のまちづくり講演会”. 田原市. 2019年6月2日閲覧。
- ^ “東アジア運輸シンポジウム-東アジアの成長と交流を支える運輸インフラ整備の現状と課題-”. nippon.zaidan.info. 日本財団図書館. 2019年6月2日閲覧。
- ^ a b c “主要スタッフ”. www.p-c-i.or.jp. パブリックコミュニケーション研究所. 2019年6月2日閲覧。
- ^ 原口和久 (2000). 成田空港365日. 崙書房. p. 101
- ^ “地域航空の果たす役割―小型機就航の首都圏路線がひらく地域の創生―”. 全国地域航空システム推進協議会事務局. 2019年6月2日閲覧。
- ^ “新石垣空港ターミナル計画の検討開始”. 八重山毎日新聞社 (2008年6月5日). 2019年6月2日閲覧。