岐阜市立春近小学校
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岐阜市立春近小学校 | |
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国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 岐阜市 |
設立年月日 | 1873年 |
閉校年月日 | 1964年 |
共学・別学 | 男女共学 |
所在地 | 〒501-2523 |
岐阜県岐阜市森東127[注釈 1] | |
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岐阜市立春近小学校(ぎふしりつ はるちかしょうがっこう)は、かつて岐阜県岐阜市に存在した公立小学校。
概要
[編集]- 旧・山県郡春近村の小学校であり、溝口・世保・森・中屋・古市場・茂地が校区であった。1964年に厳美小学校と統合し、三輪南小学校の新設により廃校。
- 校舎は三輪南第2投票所などとして使用されていたが[1]、建物の老朽化により2019年に取壊しが決まった[2]。
沿革
[編集]春近小学校の前身の春近尋常小学校の開校は1892年である。ここではそれ以前についても記述する。
- 1873年(明治6年) -
- 1875年(明治8年) - 訓蒙舎が得行学校、寛洪舎が寛洪学校に、凱風舎が凱風学校に、駿々舎が駿々学校に改称する。
- 1877年(明治10年) - 得行学校と寛洪学校が統合し、高山学校となる。校舎は石原村字河津に新築。
- 1879年(明治12年) - 戸田村、側島村[注釈 2]が得行学校から分立し、保戸島学校が開校。
- 1886年(明治19年) -
- 高山学校が分立し、石原尋常小学校(校区は福富村・石原村)と中屋尋常小学校(校区は森村・世保村、溝口村・中屋村・茂地村)となる。
- 凱風学校が太郎丸簡易科小学校に改称する。
- 1888年(明治21年) - 石原尋常小学校と中屋尋常小学校が統合され、高山簡易科小学校となる。
- 1889年(明治22年)7月1日 -
- 1890年(明治23年) - 高山簡易科小学校が高山尋常小学校に改称する。
- 1892年(明治25年) -
- 太郎丸尋常小学校と高山尋常小学校が統合され、厳美尋常小学校となる。校舎は旧・高山尋常小学校の校舎を使用。また、校区が変更され、旧・高山尋常小学校に通学していた厳美村の一部(福富・石原)は厳美尋常小学校に移る。
- 北春近村と南春近村で学校組合を設置。旧・高山尋常小学校の校区のうち、北春近村と南春近村を校区として春近尋常小学校が開校。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 北春近村と南春近村が合併し、春近村が発足。
- 1917年(大正6年) - 春近尋常高等小学校に改称する。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 春近国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 春近村立春近小学校に改称する。
- 1956年(昭和31年)4月1日 - 厳美村の一部、山県村、春近村が合併し、三輪村が発足。同時に三輪村立春近小学校に改称する。
- 1961年(昭和36年)4月1日 - 三輪村が岐阜市に編入される。同時に岐阜市立春近小学校に改称する。
- 1964年(昭和39年)3月 - 厳美小学校と統合し、三輪南小学校の新設により廃校。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- ふるさと三輪南 (三輪南まちづくり協議会 2018年) P.39 - 46 86 - 87