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弥富市立栄南小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
弥富市立栄南小学校
地図北緯35度4分8.4秒 東経136度46分5.0秒 / 北緯35.069000度 東経136.768056度 / 35.069000; 136.768056座標: 北緯35度4分8.4秒 東経136度46分5.0秒 / 北緯35.069000度 東経136.768056度 / 35.069000; 136.768056
過去の名称 鍋田村立鍋田南部小学校
弥富町立鍋田南部小学校
弥富町立栄南小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 弥富市
設立年月日 1887年
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B123210008700 ウィキデータを編集
所在地 498-0051
愛知県弥富市狐地2丁目163
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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弥富市栄南小学校(やとみしりつえいなんしょうがっこう)は、愛知県弥富市狐地2丁目にある公立小学校

概要

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  • 校区(行政区単位表記)は稲荷、三好、狐地、東末広、西末広、大谷、操出、稲狐、三稲、稲荷崎、境、中原、富島付、鍋田、駒野、楠、上野、富浜 であり、公立中学校へ進学する場合、弥富市立弥富中学校に進学する[1]
  • 旧・海部郡鍋田村の小学校であり、かつての校名は「鍋田南部小学校」である。現在の校名は1958年からである。

沿革

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栄南小学校HPの沿革では、創立は1887年となっている[2]。ここではそれ以前についても記述する。

  • 1875年(明治8年) - 三重県桑名郡富島新田に富島学校が開校する。顕宗寺[注釈 1]を仮校舎とする。
  • 1877年(明治10年) - 芝井学校から稲地学校が分離する。
  • 1880年(明治13年)5月10日 - 三重県桑名郡五明村、小島新田、福原新田、川原欠新田、加稲新田、加稲九郎治新田、三好新田、加稲付新田、富島新田、富島付新田、加稲山新田、稲荷崎新田、稲荷崎付新田、富崎新田、境新田(鍋田川左岸)が愛知県海西郡に移る。
  • 1887年(明治20年) - 富島学校と稲地学校が合併し、三好新田に移転。海西郡尋常小学三好学校となる。民家を仮校舎とする。
  • 1889年(明治22年)10月1日 - 狐地新田、稲吉新田、稲狐新田、三稲新田、三稲外繰出新田、大谷新田、富島新田、富島付新田、富崎新田、加稲新田、加稲九郎次新田、三好新田、加稲付新田、加稲山新田、稲荷崎新田、稲荷崎付新田、境新田が合併し、両国村が発足する。
  • 1892年(明治25年) - 両国尋常小学校に改称する。
  • 1893年(明治26年)9月1日 - 現在地に校舎を新築し、移転する。
  • 1901年(明治34年) - 教室不足のため、民家を借用し繰出分教場(尋常科1・2年)を設置する。高等科を設置し、両国尋常高等小学校に改称する。
  • 1905年(明治38年) - 校舎を増築する。
  • 1906年(明治39年)
    • 4月 - 繰出分教場を廃止する。
    • 7月1日 - 両国村、大藤村、弥富町の一部(中山新田)が合併し、鍋田村が発足する。
  • 1907年(明治40年) - 鍋田村南部尋常高等小学校に改称する。
  • 1909年(明治42年) - 教室不足のため、高等科を鍋田村北部尋常小学校にも設置する。
  • 1911年(明治44年) - 高等科が鍋田村北部尋常高等小学校へ移転。同時に鍋田村南部尋常小学校に改称する。
  • 1912年(大正元年)9月22日 - 暴風雨により1905年建築の校舎が全壊。1893年建築の校舎がが半壊する。
  • 1915年(大正4年) - 校舎を増築する。
  • 1921年(大正10年) - 校舎を増築する。
  • 1933年(昭和8年) - 高等科を設置し、鍋田村南部尋常高等小学校に改称する。
  • 1938年(昭和13年) - 校舎を増築する。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 鍋田村南部国民学校に改称する。
  • 1942年(昭和17年) - 鍋田村青年学校女子部を併置する。
  • 1944年(昭和19年)12月7日 - 昭和東南海地震により、校舎の一部が傾くなどの被害を受ける。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 鍋田村立鍋田南部小学校に改称する。校舎を仮復旧する。
  • 1955年(昭和30年) -
    • 彌富町、鍋田村市江村の一部(楽平、佐古木新田、又八新田)と合併し、弥富町が発足。同時に弥富町立鍋田南部小学校に改称する。
    • 新校舎(木造2階建)が完成する。北校舎(1893年建築)を取り壊す。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 弥富町立栄南小学校に改称する。
  • 1959年(昭和34年)
    • 9月26日 - 伊勢湾台風高潮により、校舎の1階が水没。校舎内の施設や備品などの殆どがが流出し、臨時休校となる。
    • 12月22日 - 授業を再開する。
  • 1960年(昭和35年) - 新校舎(鉄筋コンクリート造)が完成する。南校舎(1915・1921・1938年建築)を取り壊す。
  • 1962年(昭和37年) - プールが完成する。
  • 1971年(昭和46年) - 校舎を増築する。
  • 1974年(昭和49年) - 体育館が完成する。
  • 1978年(昭和53年) - 校舎を増築する。旧校舎(1955年建築)を取り壊す。
  • 1889年(平成元年) - 創立百周年事業として、操出百年記念碑か完成する。
  • 2000年(平成12年) - 東館が完成する。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 弥富町が十四山村を編入。市制施行し、弥富市となる。同時に弥富市立栄南小学校に改称する。

交通アクセス

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周辺施設

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参考文献

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  • 弥富町誌編集委員会『弥富町誌』弥富町、1994年、pp. 391-393
  • 海部郡弥富町教育委員会『やとみ 下巻』、1972年、pp. 45-49

脚注

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注釈

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  1. ^ 現在の愛知県弥富市富島1丁目73にある寺院。

関連項目

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外部リンク

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