後藤秀弘
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後藤 秀弘(ごとう ひでひろ、1907年9月11日 - 没年不明)は日本の化学者。
経歴
[編集]1907年(明治40年)大阪府生まれ。1933年(昭和8年)東北大学理学部化学科を卒業後、助手、講師を経て1938年(昭和13年)助教授に就任。1945年(昭和20年)東北大学教授[1]。理学博士[2]。
1969年(昭和44年)6月、富山大学学長に就任。当時、富山大学では学生運動が活発化しており、事態を重く見た後藤は大学問題対策本部を設置。学生との対話を進めながら学生運動の鎮静化を進めた[3]。1973年(昭和48年)に退任。この間、1972年度に日本分析化学会会長[4]。1978年(昭和53年)東北福祉大学学長。
長男の後藤和弘は東京工業大学教授、次男の後藤幸弘は東北学院大学教授。
受章歴
[編集]著作
[編集]- 『金属材料の光度定量』(柿田八千代、鈴木進との共著) 丸善 1956年