御明神村
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おみょうじんむら 御明神村 | |
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廃止日 | 1955年4月1日 |
廃止理由 |
新設合併 御明神村、雫石町、御所村、西山村 → 雫石町 |
現在の自治体 | 雫石町 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 岩手県 |
郡 | 岩手郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 177.47 km2. |
総人口 |
4,472人 (『岩手県町村合併誌』、1955年2月) |
隣接自治体 |
岩手県: 岩手郡:雫石町、西山村、御所村 和賀郡:沢内村 秋田県: 仙北郡:生保内町、田沢村 |
御明神村役場 | |
所在地 | 岩手県岩手郡御明神村上野第11地割字片子1-2 |
座標 | 北緯39度41分31秒 東経140度56分36秒 / 北緯39.69197度 東経140.94322度座標: 北緯39度41分31秒 東経140度56分36秒 / 北緯39.69197度 東経140.94322度 |
特記事項 | 雫石・西山・御明神組合村(1889〜1897) |
ウィキプロジェクト |
御明神村(おみょうじんむら)は、昭和30年(1955年)まで岩手県岩手郡の南西部に存在していた村。現在の雫石町御明神・上野・橋場にあたる。
地理
[編集]- 河川:雫石川
沿革
[編集]- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、御明神村・上野村・橋場村の計3か村が合併して新制の南岩手郡御明神村が発足。雫石村・西山村と組合村を形成。
- 明治29年(1896年)3月29日[矛盾 ][矛盾 ] - 南岩手郡と北岩手郡が合併して岩手郡が復活。岩手郡御明神村となる。
- 明治30年(1897年)4月 - 雫石村・西山村との組合村を解消。
- 昭和30年(1955年)4月1日 - 雫石町・御所村・西山村と合併し、新制の雫石町となる。
行政
[編集]- 歴代村長
雫石・西山・御明神組合村長
雫石町の項を参照のこと
御明神村長
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 小田友吉 | 明治30年(1897年)4月 | 明治36年(1903年)3月 | |
2 | 安本善太郎 | 明治36年(1903年)3月 | 明治38年(1905年)5月 | |
3 | 似鳥英 | 明治38年(1905年)6月 | 明治40年(1907年)4月 | |
4 | 大坪慶幸 | 明治40年(1907年)5月 | 明治41年(1908年)2月 | |
5 | 川端休太郎 | 明治41年(1908年)4月 | 明治43年(1910年)5月 | |
6 | 下川原金蔵 | 明治43年(1910年)6月 | 大正4年(1915年)5月 | |
7 | 岩持倉蔵 | 大正4年(1915年)11月 | 大正5年(1916年)3月 | |
8 | 下川原金蔵 | 大正5年(1916年)3月 | 大正6年(1917年)2月 | 再任 |
9 | 下黒沢文助 | 大正6年(1917年)2月 | 大正8年(1919年)6月 | |
10 | 下川原金蔵 | 大正8年(1919年)7月 | 大正11年(1922年)8月 | 三任 |
11 | 小田中米作 | 大正11年(1922年)11月 | 大正13年(1924年)6月 | |
12 | 下川原金蔵 | 大正13年(1924年)7月 | 大正15年(1926年)2月 | 四任 |
13 | 下黒沢文助 | 大正15年(1926年)3月 | 昭和2年(1927年)3月 | 再任 |
14 | 下川原金蔵 | 昭和2年(1927年)7月 | 昭和13年(1938年)7月 | 五任 |
15 | 谷地重之助 | 昭和13年(1938年)7月 | 昭和17年(1942年)7月 | |
16 | 千葉貞三 | 昭和17年(1942年)8月 | 昭和21年(1946年)12月 | |
17 | 曲谷地庄蔵 | 昭和22年(1947年)10月 | 昭和24年(1949年)9月 | |
18 | 竹花庄蔵 | 昭和24年(1949年)10月 | 昭和28年(1953年)10月 | |
19 | 曲谷地庄蔵 | 昭和28年(1953年)10月 | 昭和29年(1954年)2月 | 再任 |
20 | 岩持静麻 | 昭和29年(1954年)3月 | 昭和30年(1955年)3月31日 |
交通
[編集]鉄道
[編集]参考文献
[編集]- 『岩手県町村合併誌』(岩手県総務部地方課、1957)