朝日村 (愛知県)
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あさひむら 朝日村 | |
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朝日村道路元標 | |
廃止日 | 1955年(昭和30年)1月1日 |
廃止理由 |
新設合併 朝日村、起町 → 尾西市 |
現在の自治体 | 一宮市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 愛知県 |
郡 | 中島郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 9.98 km2. |
総人口 |
7,725人 (国勢調査、1950年10月1日) |
隣接自治体 |
起町・萩原町・祖父江町・明治村 岐阜県羽島市 |
朝日村役場 | |
所在地 | 愛知県中島郡朝日村大字明地字上平30 |
座標 | 北緯35度16分44秒 東経136度44分18秒 / 北緯35.27892度 東経136.73828度座標: 北緯35度16分44秒 東経136度44分18秒 / 北緯35.27892度 東経136.73828度 |
ウィキプロジェクト |
朝日村(あさひむら)は、かつて愛知県中島郡にあった村。合併で尾西市を経て、現在の一宮市南西部に該当する。
木曽川東岸の村である。東加賀野井は1887年(明治20年)に岐阜県から編入された[1]。
歴史
[編集]朝日村の成立
[編集]1906年(明治39年)5月、玉野村、祐賀村、上祖父江村、明地村と大徳村の一部(大字西萩原・蓮池)が合併して成立した。村名について『朝日村誌』によれば、各村とも自村に関連する名称を提案してまとまらなかった[2]。会議の時、約1年前の日本海海戦の回顧録を記した新聞があり、記事では戦艦「朝日」の功績が称えられていた[2]。その場に戦艦「朝日」に乗艦していた村出身者がいたこともあって、村名を「朝日」とする案が出た[2]。ついに意見がまとまり、「朝日村」として発足したという[2]。
行政区画の変遷
[編集]- 1906年(明治39年)5月10日 - 玉野村、祐賀村、上祖父江村、明地村と大徳村の一部[注 1]が合併し、朝日村となる[3]。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 起町と合併し尾西市となる[3]。
交通
[編集]出身有名人
[編集]- 市川房枝【旧・明地村】(女性運動家・参議院議員)
- 花子【旧・上祖父江村】(本名:太田ひさ/彫刻家ロダンのモデルとなった日本人女優)
- 市川金三郎・市川銀三郎 - 象印マホービン創業者
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 旧・西萩原村、蓮池村。大徳村の残りの地域は起町に編入。
出典
[編集]- ^ 尾西市史編さん委員会 1998, p. 746.
- ^ a b c d 尾西市史編さん委員会 1998, p. 763.
- ^ a b 愛知県総務部地方課 1968, pp. 40–41.
参考文献
[編集]- 愛知県総務部地方課 編『市町村沿革史 ――愛知の百年――』愛知県市長会、1968年1月1日。全国書誌番号:68001904。
- 尾西市史編さん委員会 編『尾西市史』 通史編 上巻、尾西市役所、1998年3月31日。全国書誌番号:99042381。