松岡長康
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松岡 長康(まつおか ながやす、1856年9月6日(安政3年8月8日[1]) - 1908年(明治41年)4月26日[2])は、日本の政治家、衆議院議員(2期)。
経歴
[編集]肥後国八代郡高田村(現・熊本県八代市)の地主の家に生まれる[1]。漢学を学ぶ[1]。農業と商業を営み、学区取締、熊本県会議員、熊本県御用掛、県収税属、八代郡所得税調査委員となる[1]。日清戦争後の1895年、台湾総督府雲林支庁長、同法院雲林支部審判官、台中県支庁書記官となり[1][2]、従七位に叙せられる[1]。
1898年3月の第5回衆議院議員総選挙において熊本5区から自由党公認で立候補して当選する[3]。同年8月の第6回衆議院議員総選挙で再選[4]。衆議院議員を2期務め、1902年の第7回衆議院議員総選挙は不出馬。1908年死去。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『衆議院議員列伝』山崎謙編、衆議院議員列伝発行所、1901年。
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。