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桂朝彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
桂 朝彦
生誕 1888年7月19日
日本の旗 日本 山口県
死没 (1950-06-06) 1950年6月6日(61歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1909年 - 1945年
最終階級 陸軍少将
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桂 朝彦(かつら あさひこ、1888年明治21年)7月19日[1] - 1950年昭和25年)6月6日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]

経歴

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1888年(明治21年)に山口県で生まれた[1]陸軍士官学校第21期卒業[1]1936年(昭和11年)12月1日陸軍歩兵大佐進級と同時に留守第12師団司令部附となり[2]旧制佐賀高校に配属された[2]1938年(昭和13年)7月に第12師団第1後備隊長に転じ[2]1939年(昭和14年)1月19日歩兵第11連隊補充隊長[2]8月1日留守第5師団司令部附を経て[2]1940年(昭和15年)10月に高雄要塞司令官に着任した[2]

1941年(昭和16年)3月1日に陸軍少将に進級し[2]12月29日に歩兵第20旅団長(第13軍第116師団)に就任し[1]1942年(昭和17年)12月に同旅団が第116歩兵団に改編されると[1]、そのまま団長となった[1]1943年(昭和18年)3月1日に第4独立守備隊長に転じ[1]11月24日に第31警備司令官(第5方面軍[3][4])に就任[1]1945年(昭和20年)3月19日に新編された独立混成第101旅団長(第5方面軍・第7師団)となり[1]北海道標茶で終戦を迎えた[1]

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[5]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k 福川 2001, 213頁.
  2. ^ a b c d e f g h 外山 1981, 270頁.
  3. ^ 外山・森松 1987, 899頁.
  4. ^ 外山・森松 1987, 901頁.
  5. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」53頁。

参考文献

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  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026 
  • 外山操・森松俊夫 編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。