横須賀産業
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種類 | 株式会社 |
---|---|
本社所在地 | 神奈川県横須賀市三春町4-3[1][2] |
設立 |
創業 1962年(昭和37年)2月[1] |
業種 | スーパーマーケット及び船積卸[1] |
資本金 |
設立時 100万円[1] ↓ 1968年(昭和43年) 2000万円[1] |
売上高 | 約75億円[3] |
従業員数 | 42[1] |
決算期 | 3月期[1] |
横須賀産業(よこすかさんぎょう)は、神奈川県横須賀市で軍手・軍足の製造・販売から発展したスーパーマーケット[1]。
ディスカウント性を持つ総合スーパーの「ヨコサン」や小型コンビニエンスストアの「ワイマート」、小型生鮮食品店の「フレッシュボックス」などを展開し、直営店の他にフランチャイズも展開していた[4]。
また、「永井」と共に神奈川県内のスーパーのボランタリーチェーン「トータス」を結成し、17社45店舗で総売上約300億円に達していた[5]。
歴史・概要
[編集]1962年(昭和37年)2月に資本金100万円で「有限会社横須賀産業」を設立し、軍手・軍足の製造・販売を行ったのが始まりである[1]。
1964年(昭和39年)に横須賀市三春町4-3に移転し[2]、「横須賀産業株式会社」に改組した[1]。 そして、同年に軍手・軍足の製造から撤退し、食料品卸及び自動販売機の販売・運営業に進出した[1]。
1966年(昭和41年)に自動販売機部門を「朝日商事」として独立させ、電気工事部の新設し、食肉卸業務にも進出した[1]。
1968年(昭和43年)にスーパーマーケット事業に進出して、追浜店・武山店・久里浜店の3店舗を開設した[1]。
1980年(昭和55年)10月にニチイ(後のマイカル)が60%で当社が40%を出資して「ニチイヨコサン」を設立し、共同で小型食品スーパーの出店を進めた[6]。
かつて存在した店舗
[編集]横須賀市
[編集]- 売場面積425m2[8]
- 売場面積330m2[10]
- (初代)久里浜店(横須賀市久里浜4-6-18[1]、1968年(昭和43年)開店[1])
- (2代目)久里浜店(横須賀市久里浜4-1-2[9])
- 大浜店(横須賀市久里浜8-8-5[1])
- 丸花店(横須賀市上町3-53[7][9]、1971年(昭和46年)9月1日開店[7])
- 売場面積396m2[7]
- 売場面積495m2[10]
- 売場面積222m2[11]
- 売場面積206m2[10]
- 市役所売店(横須賀市小川町11[9])
- 汐入店(横須賀市汐入町4-18[9])
- 池上店(横須賀市池上3-8-11[9])
- F.B.中央店(横須賀市若松町1-11[9])
- ハイランド店(横須賀市ハイランド4-2-2[9]、1972年(昭和47年)5月開店[12])
横浜市
[編集]- 売場面積1,670m2[14]
- 売場面積545m2[16]
川崎市
[編集]茅ヶ崎市
[編集]- 売場面積332m2[19]
- 売場面積283m2[19]
三浦市
[編集]葉山町
[編集]鎌倉市
[編集]- 売場面積522m2[16]
東京都
[編集]- 売場面積429m2[16]
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 『産経会社年鑑 第9版』 産業経済新聞社、1970年12月31日。pp1383
- ^ a b c 『全国繊維企業要覧 昭和45年版』 信用交換所大阪本社、1970年。pp2072
- ^ “全国縦継!!食品問屋再点検 第1弾”. 総合食品 1981年4月号 (総合食品研究所) (1981年4月).pp79
- ^ “ストアニュース”. 総合食品 1989年7月号 (総合食品研究所) (1989年7月).pp101
- ^ “ローカルスーパー(地元資本)は生き残れるか 神奈川県 大手量販店の破壊力に混迷する地元資本 激戦期八〇年代!!小売流通の状況と展望”. 総合食品 1980年5月号 (総合食品研究所) (1980年5月).pp123
- ^ “流通年事表”. 流通情報 財団設立15周年記念特集号 (流通経済研究所) (1980年11月).pp74
- ^ a b c d e f g 『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp336
- ^ a b 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp216
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x “7・8月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1992年10月号 (ゼンセン同盟) (1992年10月1日).pp106-107
- ^ a b c d e f 『首都圏ビッグストアマップ・ストア名鑑 1984年版』 日本マーケティング教育センター、1983年8月20日。pp67
- ^ a b c d 『首都圏ビッグストアマップ・ストア名鑑 1984年版』 日本マーケティング教育センター、1983年8月20日。pp68
- ^ a b c 『週刊東洋経済 臨時増刊 大型小売店総覧 首都圈版 1997年版』 東洋経済新報社、1997年。 pp493
- ^ a b c 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2005年版』 東洋経済新報社、2005年。pp713
- ^ a b c 『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp317
- ^ 『全国商業通覧 第3回 1985年版 東日本 2』 通商産業調査会、1985年3月。pp2116
- ^ a b c d e f g h 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp146
- ^ “日本のSC 横浜ベイサイドマリーナショップス&レストランツ”. ショッピングセンター 1998年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1998年11月1日).pp63
- ^ “日本のSC 横浜ベイサイドマリーナショップス&レストランツ”. ショッピングセンター 1998年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1998年11月1日).pp4
- ^ a b c d 茅ヶ崎市史編集委員会 『茅ヶ崎市史 現代 8 図説市民の半世紀』 茅ヶ崎市、2001年3月。pp128
- ^ 『神奈川県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp339