民衆運動
ナチズム |
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民衆運動(ドイツ語: Völkische Bewegung、英語: Folkist movement)は、ドイツの民族主義運動の1つであり、19世紀の後半から1945年のナチスドイツの崩壊まで続いた理論でもある。
この理論はドイツ人の血と土、つまり「ドイツ民族としての血のつながり」と「ドイツ国民が住んでいる土地」の2つを全ての基にしており、ドイツそのものを「生きている身体」(Volkskörper)とみなされる[1][2]。ヴェルキッシュ運動やフェルキッシュ運動などにも訳される。
定義
[編集]民衆運動には統一された説教や信念体系が無く、より曖昧なものであるが、唯一共通していたのは「古代ゲルマン民族の伝統の復活」にある[3][4]。
この運動の理論によれば、全世界のほかの民族を「とある土地の範囲内で育った人々が、人為的な方法で強引に1つの国にまとめられて、最終的に民族となったもの」と考え、ドイツ民族だけが「人為的な干渉を一切受けず、大自然で強く生き伸ばしている唯一の成功例」とされている[5]。ドイツ民族は優れている点が多く持つが、その民族性があまりにも干渉されなかったため、歴史の中にはどんどん弱体化してしまった。
原始時代のドイツ民族は全ヨーロッパを征服したローマ帝国でさえも簡単に滅ぼす力を持っていたが、19世紀のドイツ民族はすでにそような力を失った。ドイツは海軍や貿易の面でイギリスやアメリカに、陸軍や文化の面ではフランスやオーストリアに、民族純潔の面ではスウェーデンやロシアに圧迫されるといった状況から[6]、古き良きゲルマン民族の伝統を復活させることが、今のドイツにとっては1番重要な事だとされている[4]。
- 狭い意味では:
- キリスト教とユダヤ人への排除が最優先とされた[8][9]。殆どのヨーロッパ人にとって非常に重要な「キリスト教」は、この運動の観点からはあまり重視されず、キリスト教に含まれる「非ゲルマン的な要素」を取り除くか、それともキリスト教自体を捨てることが求められた。
- 民衆運動の支持者たちは、ほかの民族の影響が入る前のゲルマン民族・ドイツ民族の姿に戻りたいと考えて、キリスト教以前の原始的なゲルマン人の信仰を復活させ、「純粋のゲルマン国家の再生」を目指している[10]。
- イエス・キリストの存在を発明し、弱気な宗教の教義を通じてドイツ人や欧州人が持っていた武力文化を断絶させようとする「ユダヤ人」は、全員ドイツ国外へ追放すべきだとされていた。
実現する方法
[編集]「ゲルマン民族の血」を取り戻すためには、古代のドイツ民族の遺伝的特性を持つ人々とどんどん結婚し、繁殖するべきであった[11]。正常なドイツ人の特徴としては、金髪、青い目、肌が白く、背が高く筋肉質、体臭が少なく、体毛も金色で、寒冷地帯に住むことを好む人々が挙げられている[12]。
大衆運動は特に、スウェーデン・デンマーク・ノルウェーの3つの北欧の国の人々との国際結婚を望み、数十年をかけて、現在のドイツ人の血液成分を原始的なゲルマン状態に戻すことを目指した[13]。
この運動は、学者によって「保守革命」の一環とされ、ヴァイマール共和国の時代(1918–1933)におけるドイツの国民保守主義の一部とみなされていた。第三帝国の時代には、アドルフ・ヒトラーとナチス党はこの原理に基づき、ユダヤ人以外にも、カトリック教徒、エホバの証人、社会主義者、共産主義者、同性愛者などを意図的に排除・殺害しようとしていて、主流のドイツ人が「好ましくない人々」を短時間内で取って代わることができると考えられていた[14][4]。
第二次世界大戦のあとには、この理論を反対するために、または人種差別やさまざまな差別を無くすために「ポリコレ」が欧米の主流的な価値観となっている[15][12]。
関連項目
[編集]- アリオソフィー
- アーリア主義
- アーリア人種
- 血と土
- デア・ヴェアヴォルフ
- ヨーロッパの民族グループ
- ドイツ民族主義
- グイド・フォン・リスト
- ヨルク・ランツ・フォン・リーベンフェルス
- ハンガリー民族主義
- 進歩と統一の委員会のイデオロギー
- ケマリズム(1934年トルコ再定住法)
- マスター・レース
- マチルデ・ルーデンドルフ
- ナチズムとオカルト
- ネオナチズム
- ネオ・ヴォルキッシュ運動
- 北方人種
- パン・ドイツ連盟(アルトドイチェル・ファーバンド)
- パン・ドイツ主義
- パン・トルコ主義
- トゥーラニズム
- ハンガリー・トゥーラニズム
- 人種理論
- ナチス・ドイツにおける宗教
- ナチズムの宗教的側面
- アドルフ・ヒトラーの宗教観
- ロドノヴェリ
- 移民社会学
- チューレ協会
- フォークスドイチェ
- フォルクスハレ
出典と引用
[編集]脚注
[編集]- ^ Longerich, Peter (2010-04-15) (英語). Holocaust: The Nazi Persecution and Murder of the Jews. OUP Oxford. ISBN 9780191613470
- ^ Joseph W. Bendersky (2000). A History of Nazi Germany: 1919–1945. Rowman & Littlefield. p. 34. ISBN 978-0-8304-1567-0
- ^ Hans Jürgen Lutzhöft (1971). Der Nordische Gedanke in Deutschland 1920–1940 (Stuttgart. Ernst Klett Verlag), p. 19.
- ^ a b c Dohe 2016, p. 36.
- ^ Dupeux, Louis (1992) (フランス語). La Révolution conservatrice allemande sous la République de Weimar. Kimé. ISBN 9782908212181
- ^ Christopher Hutton (2005). Race and the Third Reich: Linguistics, Racial Anthropology and Genetics in the Dialectic of Volk. Polity. pp. 93, 105, 150. ISBN 978-0-7456-3177-6
- ^ James Webb. 1976. The Occult Establishment. La Salle, Illinois: Open Court. ISBN 0-87548-434-4. pp. 276–277
- ^ Georg Schmidt-Rohr: Die Sprache als Bildnerin. 1932.
- ^ Ewald Banse. Landschaft und Seele. München 1928, p. 469.
- ^ “volkstümlich | translate German to English: Cambridge Dictionary” (英語). dictionary.cambridge.org. 2019年11月1日閲覧。
- ^ Petteri Pietikäinen, "The Volk and Its Unconscious: Jung, Hauer and the 'German Revolution'". Journal of Contemporary History 35.4 (October 2000: 523–539), p. 524
- ^ a b Goodrick-Clarke 1985, p. 3.
- ^ Dupeux, Louis (1992) (フランス語). La Révolution conservatrice allemande sous la République de Weimar. Kimé. pp. 115–125. ISBN 978-2908212181
- ^ A. J. Nicholls, reviewing George L. Mosse, The Crisis in German Ideology: Intellectual Origins of the Third Reich, in The English Historical Review 82 No. 325 (October 1967), p. 860. Mosse was characterised as "the foremost historian of völkisch ideology" by Petteri Pietikäinen 2000:524 note 6.
- ^ Birken, Lawrence (1994). “Volkish Nationalism in Perspective”. The History Teacher 27 (2): 133–143. doi:10.2307/494715. ISSN 0018-2745. JSTOR 494715 .
注釈
[編集]参考書物
[編集]- カミュ, ジャン=イヴ、ルボール, ニコラ『ヨーロッパの極右政治』ハーバード大学出版局、2017年。ISBN 9780674971530 。
- ドゥヘ, キャリー・B.『ユングのさすらいのアーキタイプ:分析心理学における人種と宗教』ラウトレッジ、2016年。ISBN 978-1-317-49807-0 。
- フランソワ, ステファン (2009年). “保守革命とは?” (フランス語). Fragments sur les Temps Présents. 2019年7月23日閲覧。
- ガーデル, マッティアス (2003). 血の神々:異教の復興と白人分離主義. デューク大学出版. doi:10.2307/j.ctv11vc85p. ISBN 978-0-8223-3059-2. JSTOR j.ctv11vc85p
- グッドリック=クラーク, ニコラス『ナチズムのオカルト的起源:秘密のアーリア教団とナチス思想への影響』(1992版)ニューヨーク大学出版局、1985年。ISBN 978-0-8147-3060-7。
- コーネ, サミュエル「ナチスはヴォルキッシュ党だったのか?異教、キリスト教、ナチのクリスマス」『中央ヨーロッパ史』第47巻第4号、2014年、760–790頁、doi:10.1017/S0008938914001897、hdl:11343/51140、ISSN 0008-9389。
- クルランダー, エリック (2002). “ヴォルキッシュ民族主義の台頭とドイツ自由主義の衰退:シュレスヴィヒ=ホルシュタインとシレジアにおける自由主義的政治文化の比較1912–1924”. ヨーロッパ歴史レビュー 9 (1): 23–36. doi:10.1080/13507480120116182. ISSN 1350-7486.
- モッセ, ジョージ・L. (1964). ドイツ思想の危機:第三帝国の知的起源. ニューヨーク:グロセット&ダンラップ。
- オーバマイア, ハンネス (2020) (de, it). "大ドイツは呼ぶ!" 南チロルのナチス・オプションプロパガンダとヴォルキッシュ社会化. ティロル城: 南チロル歴史博物館. ISBN 978-88-95523-35-4
- シュテルン, フリッツ (1961). 文化的絶望の政治:ドイツ的思想の台頭に関する研究 (1974 ed.). カリフォルニア大学出版局. ISBN 978-0520026261
- ホワイト, イーサン・ドイル (2017). “北方の神々、北方の人々:英国のフォルキッシュ・ヒーザーたちにおける人種的アイデンティティと右派思想”. ヨーロッパの宗教誌 10 (3): 241–273. doi:10.1163/18748929-01003001. ISSN 1874-8929 .
- “フォルキッシュとは”. オディニック・ライト (2011年4月21日). 2021年11月17日閲覧。
- “ネオ・ヴォルキッシュ”. 南部貧困法律センター. 2021年10月28日閲覧。
外部リンク
[編集]- ジョン・ローゼンタール (2005年4月22日) "ウマとダス・フォルク:イスラム主義者と「ヴォルキッ*シュ」イデオロギーについて".
- トランスアトランティック・インテリジェンサー