汲みたて
汲みたて(くみたて)は、古典落語の演目の一つ。原話は、滝亭鯉丈が文政3年(1820年)に出版した「花暦八笑人」の「第三編・下」[1]。
主な演者には、6代目三遊亭圓生や5代目三遊亭圓楽などがいる。
江戸落語では珍しく、夕涼みのシーンで「ハメモノ」(BGM)が入る。
あらすじ
[編集]昔は、各町内に一人は遊芸の師匠がいたもので、「清元」・「常磐津」・「長唄」などを教えていた。
それがいい女となると、『我こそは師匠としっぽり』などよからぬ下心を出した「経師屋連」なる連中がわいわい押しかけ、何かと騒動を起こしていた。
ある夏の日。暇な若い衆が寄り集まり、例によって師匠のうわさに熱を上げていた。
すると、後からやってきた八五郎が「やめておけ。師匠には、もう定まった相手がいるんだよ」
一同騒然! 詳しく話を聞いてみると、相手はなんと建具屋の半公。確かに美男子で、女にモテソウな感じだが…。
「去年の冬にさ、師匠の部屋へ通ってみると、半公が主人然として、師匠と火鉢を囲んでいたんだ」
火鉢が真ん中。半公向こうの師匠こっち、師匠こっち半公向こう。火鉢が真ん中…。
「いつまでやってるんだ!!」
半公がすっと立つと、師匠もスッと立ち上がる。ぴたっと障子を閉めて、中でコチョコチョと二人じゃれついていた…らしい。
「嘘だと思うなら、ほら、いま師匠の家に与太郎がお手伝いに行ってるだろ? あいつに聞けば…、ほら、噂をすれば影が差した」
やってきた与太郎に聞いてみると、やっぱり半公がちょくちょく泊まりに来る…という。
「師匠と半公が喧嘩して、半公が師匠の髪をつかんでポカポカ…」
「殴ったのか!?」
「うん。だけど、そのあと師匠が『いやな奴に優しくされるより、好きな人にぶたれた方がいい』」
「チクショー!! そう言えば与太郎…、今日はやけにいい身なりをしているな」
「うん。今日は、師匠と半公のお供で、柳橋から船で夕涼みなんだ」
師匠が「みんなも一緒に」と言うと、半公が『あの有象無象(うぞうむぞう)どもが来ると、せっかくの気分が台無しになる』。
「何だ、その有象無象ってのは?」
「うん、おまえが有象で、こっち全部無象」
「この野郎!!」
怒り心頭に発した江戸っ子連中、これから皆で押しかけて、逢瀬(おうせ)をぶちこわしてやろうじゃねえかと相談する。
「半公の野郎が船の上で、師匠の三味線で自慢のノドをきかせやがったら、こっちも隣に船を寄せて、鳴り物をそろえて馬鹿囃子を聞かせてやろうじゃないか」
逃げたらどこまでも追いかけていって、頭にきた半公が文句を言ったら「かまわねぇから襟首つかんで川の中に放り込んでしまおう」…という算段だ。
鉦や太鼓を用意し、船に乗り込んでスタンバイしていると師匠と半公が屋根船に乗って現れる。
半公が端唄をうなり出すと、待ってましたとばかりにピーヒャラドンドン!
「見てごらん。有象無象が真っ赤になって太鼓をたたいてる」
与太郎がクビを出したので、江戸っ子連中が「てめえじゃ話にならねぇ、半公を出せ!」
このまま引き下がっては江戸っ子の恥。連中の言葉を聴いた半公が、師匠の制止を振り切って船べりへ躍り出た。
「なんだ!? 師匠と俺がどういう仲になろうと、てめえたちには関係ないだろうが!! 糞でもくらいやがれ!」
「おもしれえ。くってやるから持ってこい」
川のど真ん中でやりあっていると、その間に肥船がスーッ。
「汲み立てだが、一杯あがるけえ?」
滝亭鯉丈とその作品
[編集]滝亭鯉丈(1777-1841)はもともと小間物屋で、寄席に入り浸っているうちに本職になってしまったという粋人。
この「汲みたて 」の原話となった『花暦八笑人』の他にも、「猫の皿」の原話となった『大山道中膝栗毛』や、「お化け長屋」の原話である『和合人』など、さまざまな作品を書いていた江戸のマルチタレントだった。
弟子の呼び名
[編集]落語に出てくる『稽古屋の弟子』は、女の師匠に手を出すことがまず目的になっている場合が多く、そのような弟子に対する隠語としての呼び方も様々にある。
- 「蚊弟子」:夏、蚊の出る時分には内職ができないため、涼みがてら稽古にくるような弟子のこと。冬まで居残れば「やぶ蚊」とも呼ぶ。
- 「経師屋連」:「師匠を張り合うところ」からその名がついた。
- 「狼連」:師匠が転んだら、襲い掛かってやろうというような弟子。『送り狼』に由来。
弟子と師匠の小噺
[編集]『汲みたて』の冒頭では、師匠を何とか手に入れようとする「経師屋連」のドタバタ振りを入れることが多い。
この噺のほかにも、こんな弟子連中は「あくび指南」や「稽古屋」の枕などで珍妙な行動を繰り広げている。
稽古が終わり、師匠と弟子がコタツに入って暖まっている。
「外からは見えないので、師匠の手を握っても分からないかな?」と考えた一人の弟子が、コタツの中で師匠のものと思われる手をギュッ!
「握り返してきたぞ…。ひょっとしたら、俺に気があるのかな?」
一人で喜んでいると、向こうから声がかかって師匠は行ってしまう。
「ん? 師匠は向こうへ行ったのに、手だけこっちにある…これは他の奴の手か!?」
「エヘヘヘ、俺のだ」
「何で握るんだよ!?」
「俺も師匠の手と思ったんだ。ここでこうなったのも何かの縁、腕相撲でもしようか?」
「俺さ、小唄から三味線に切り替えたんだよ」
「どうして?」
「膝と膝を突き合わせて、間違えたらツネツネしてもらえるから…」
「アホか、お前は…」
「でもさ、俺、この前師匠にバチでひっぱたかれたんだ」
師匠が立て膝になったのを見て、中が見えないかと浴衣のすそをフーフー…。
「ま、仕方ないよ。ただでご開帳を拝もうとしたら、罰(バチ)があたったんだ」