「Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/ボスニア・ヘルツェゴビナ文学 20241011」の版間の差分
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* {{賛成}} 概説書やレビュー論文から専門的な論文まで、参考文献が広範なのが良いと思います。また、文学の内容面だけではなく、出版・図書館や地理的条件なども踏まえており、良質な基準として相応しいと思います。--[[利用者:Gynaecocracy|Gynaecocracy]]([[利用者‐会話:Gynaecocracy|会話]]) 2024年10月13日 (日) 08:19 (UTC) |
* {{賛成}} 概説書やレビュー論文から専門的な論文まで、参考文献が広範なのが良いと思います。また、文学の内容面だけではなく、出版・図書館や地理的条件なども踏まえており、良質な基準として相応しいと思います。--[[利用者:Gynaecocracy|Gynaecocracy]]([[利用者‐会話:Gynaecocracy|会話]]) 2024年10月13日 (日) 08:19 (UTC) |
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*:ありがとうございます。ボスニア・ヘルツェゴビナ文学について触れた書籍や論文が日本語でも意外と多いことに気づき、そうした研究や著述を応援する意味でも立項しました。--[[利用者:Moke|Moke]]([[利用者‐会話:Moke|会話]]) 2024年10月15日 (火) 00:33 (UTC) |
*:ありがとうございます。ボスニア・ヘルツェゴビナ文学について触れた書籍や論文が日本語でも意外と多いことに気づき、そうした研究や著述を応援する意味でも立項しました。--[[利用者:Moke|Moke]]([[利用者‐会話:Moke|会話]]) 2024年10月15日 (火) 00:33 (UTC) |
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* {{賛成}} 英語版からの |
* {{賛成}} 英語版からの出典を使ってもう少し加筆できると思いますが、現状でも良質ではあると思います。--[[利用者:アロイス・ヒトラー|アロイス・ヒトラー]]([[利用者‐会話:アロイス・ヒトラー|会話]]) 2024年10月14日 (月) 00:04 (UTC) |
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*:ありがとうございます。後学のために、英語版からどのあたりを翻訳すればよいかうかがえれば幸いです。なお英語版は、出典のない記述や、他項目からの引き写し的な記述、中世キリスト教関連の文献を重視した内容などが理由で最小限の参考にとどめました。また、日本語の書籍や論文にも有益な記述がありましたので、英語版にはない記述を盛り込めたと考えています。--[[利用者:Moke|Moke]]([[利用者‐会話:Moke|会話]]) 2024年10月15日 (火) 00:21 (UTC) 脱字を訂正--[[利用者:Moke|Moke]]([[利用者‐会話:Moke|会話]]) 2024年10月15日 (火) 00:35 (UTC) |
*:ありがとうございます。後学のために、英語版からどのあたりを翻訳すればよいかうかがえれば幸いです。なお英語版は、出典のない記述や、他項目からの引き写し的な記述、中世キリスト教関連の文献を重視した内容などが理由で最小限の参考にとどめました。また、日本語の書籍や論文にも有益な記述がありましたので、英語版にはない記述を盛り込めたと考えています。--[[利用者:Moke|Moke]]([[利用者‐会話:Moke|会話]]) 2024年10月15日 (火) 00:21 (UTC) 脱字を訂正--[[利用者:Moke|Moke]]([[利用者‐会話:Moke|会話]]) 2024年10月15日 (火) 00:35 (UTC) |
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* {{コメント}} よくまとめられていると思うのですが、一点、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学」という用語の用例を見つけることができず、広く使われている概念なのかどうか気になりました。軽く調べる限り「ボスニア文学」のほうが用例は多そうですが、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学とは別概念なのでしょうか(両地域の歴史的関係性について私は無知です)。--[[利用者:Nux-vomica 1007|Nux-vomica 1007]]([[利用者‐会話:Nux-vomica 1007|会話]]) 2024年10月19日 (土) 14:46 (UTC) |
* {{コメント}} よくまとめられていると思うのですが、一点、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学」という用語の用例を見つけることができず、広く使われている概念なのかどうか気になりました。軽く調べる限り「ボスニア文学」のほうが用例は多そうですが、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学とは別概念なのでしょうか(両地域の歴史的関係性について私は無知です)。--[[利用者:Nux-vomica 1007|Nux-vomica 1007]]([[利用者‐会話:Nux-vomica 1007|会話]]) 2024年10月19日 (土) 14:46 (UTC) |
2024年10月22日 (火) 00:19時点における版
ボスニア・ヘルツェゴビナ文学(ノート / 履歴 / ログ / リンク元)
選考終了日時:2024年10月24日 (木) 16:56 (UTC)
- (自動推薦)2024年9月度の月間新記事賞受賞記事。--totti(会話) 2024年10月10日 (木) 16:56 (UTC)
- 賛成 概説書やレビュー論文から専門的な論文まで、参考文献が広範なのが良いと思います。また、文学の内容面だけではなく、出版・図書館や地理的条件なども踏まえており、良質な基準として相応しいと思います。--Gynaecocracy(会話) 2024年10月13日 (日) 08:19 (UTC)
- ありがとうございます。ボスニア・ヘルツェゴビナ文学について触れた書籍や論文が日本語でも意外と多いことに気づき、そうした研究や著述を応援する意味でも立項しました。--Moke(会話) 2024年10月15日 (火) 00:33 (UTC)
- 賛成 英語版からの出典を使ってもう少し加筆できると思いますが、現状でも良質ではあると思います。--アロイス・ヒトラー(会話) 2024年10月14日 (月) 00:04 (UTC)
- ありがとうございます。後学のために、英語版からどのあたりを翻訳すればよいかうかがえれば幸いです。なお英語版は、出典のない記述や、他項目からの引き写し的な記述、中世キリスト教関連の文献を重視した内容などが理由で最小限の参考にとどめました。また、日本語の書籍や論文にも有益な記述がありましたので、英語版にはない記述を盛り込めたと考えています。--Moke(会話) 2024年10月15日 (火) 00:21 (UTC) 脱字を訂正--Moke(会話) 2024年10月15日 (火) 00:35 (UTC)
- コメント よくまとめられていると思うのですが、一点、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学」という用語の用例を見つけることができず、広く使われている概念なのかどうか気になりました。軽く調べる限り「ボスニア文学」のほうが用例は多そうですが、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学とは別概念なのでしょうか(両地域の歴史的関係性について私は無知です)。--Nux-vomica 1007(会話) 2024年10月19日 (土) 14:46 (UTC)
- ありがとうございます。難しいところですけれど、少なくとも日本語文献では、ボスニア文学とボスニア・ヘルツェゴビナ文学は別概念ではないと考えています。判断材料は以下のようになります。
- 記事名については、出典に使った奥彩子『ボスニア・ヘルツェゴヴィナと文学①』、『ボスニア・ヘルツェゴヴィナと文学②』を参考にしました。『ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章』(2019年)に収録されています。
- ボスニア・ヘルツェゴビナの略称で「ボスニア」を使ったり、ヘルツェゴビナを含めて「ボスニア」と呼ぶ場合があります。上述の文献にも「ボスニア文学史」などの表記がありますけれど、文脈から「ボスニア ・ヘルツェゴビナ文学史」だと解釈しました。また、ヘルツェゴビナの人は、「ボスニア」と略されることを快く思わないと書かれた文献があった気もします。これらの情報も出典に使うとよいのかもしれません。
- ヘルツェゴビナ文学という名称は、検索結果から見たかぎり日本語ではほとんどないと判断しました。ボスニア文学とヘルツェゴビナ文学を区別することは、現時点では一般的ではないようです。
- 他言語版と齟齬がない名称だと考えています。
- --Moke(会話) 2024年10月20日 (日) 00:31 (UTC)
- ありがとうございます。奥2019を確認し、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学」の用例を確認いたしました。少なくともGAC「独自研究になっていない」には抵触しないと考え、 賛成 票を投じます。とはいえ、同文献では「『ボスニア・ヘルツェゴヴィナ文学』について語ることは難しい。(p.271)」「ボスニア文学史の再構築は、いまだ難しい局面にある。高校教科書ではボスニア文学とは、ボスニア語で読めるすべての文学作品、と定義され、ボスニアとは特段のかかわりがないユーゴスラヴィアの作家もボスニア文学史に含められている。このような事態は、他のユーゴスラヴィア諸国では見られない(p.279)」と、この概念を巡る困難さについても触れられていますから、このあたりの難しさも含めて将来的な加筆ができればよいなと感じます。--Nux-vomica 1007(会話) 2024年10月20日 (日) 01:50 (UTC)
- ありがとうございます。難しいところですけれど、少なくとも日本語文献では、ボスニア文学とボスニア・ヘルツェゴビナ文学は別概念ではないと考えています。判断材料は以下のようになります。
UTC)
- 出典も確認してくださり、ありがとうございます。引用された部分は、文学の定義として重要なので盛り込みたいです。ただ、ボスニア・ヘルツェゴビナはボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人の3民族の分権化が進んでいるそうなので、どの民族(全民族?)の教科書なのかが気になります。私見ですが、民族ごとにボスニア・ヘルツェゴビナ文学の範囲が異なることが推測されます。クロアチア人とセルビア人は隣国のクロアチアとセルビアに引き寄せて文学を考える可能性があり、ムスリム・ムスリマのボシュニャク人はトルコ文学との距離感が近いかもしれません(10年以上前ですが興味深いニュースがありました[1])。そのあたりの事情が分かる文献とセットで更新したいです。教科書について触れた記述が他にもあるので、まとめて更新できれば都合がよいです。
- この他にも、戯曲について触れられていない点、ジェンダーの観点からの記述が少ない点など課題がありますが、ひとまず概説としてはまとまっていると考えています。--Moke(会話) 2024年10月21日 (月) 11:27 (UTC)